「政宗様、貴方の着物が出来上がりましたよ」

風邪が治ってから、小十郎は用意した政宗の着物を差し出した。
着付けが分からない政宗は、小十郎に全てを任す。
小十郎は襦袢姿の政宗を少しまぶしそうに見た後、着付けをはじめた。

「いかがでしょうか?」
「綺麗、だが…」

政宗は小十郎の合わせを、いきなりがばりと開いた。

「ま、政宗様?」

政宗は小十郎の胸をぺたぺたと触った。
戸惑う小十郎に政宗は首をかしげる。

「お前、男だよな?」
「当たり前でしょう。この身体で女だったら怖いでしょうに」
「じゃあ、なんでオレの衣はこんなのなんだ?」

政宗に着せ掛けた着物は夏大島。
鮮やか過ぎるほどの蒼に菖蒲模様が美しく咲いている。
およそ、男が着るものではない。
しかし、小十郎は政宗なら似合うと思ったのだ。
女が着れば毒々しい蒼の色も、男の政宗が着ると涼しげに見える。
政宗の疑問に、小十郎は合わせを直しながらクスッと笑っただけで答えなかった。

「今日は、町をご案内したいと思うのですが」

月に帰る方法を探そうと思っていた政宗は、その言葉に迷った。
日の本の町を見てみたい。

「色々な物が売っておりますよ。きっと政宗様もお楽しみいただけるかと」

その言葉に政宗は負けた。


町には士農工商、色々な人が行き交い賑わっている。
店並びも様々だ。
政宗は目を輝かせてきょろきょろとしている。

小十郎は政宗の手を握った。

「なんだよ、この手は」
「貴方はこの地をご存知ないので、はぐれないようにと」
「オレはガキじゃねえ!」
「では、この小十郎がはぐれないように繋いでいてください」

なにか不満気だったが、政宗はそれ以上何も言わずにいた。

手を繋いで二人歩いていると皆の視線が集まる。
小十郎はその視線の意味が分かっていた。
それは己には向けられていない、政宗を見ているのだ。
政宗はとても目立つ。
通りすがりの人が振り向く程に。

「おい、やっぱ大人の男同士で手を握ってるから皆に見られていねえか?」
「そうではありませんよ。皆が見ているのは貴方だ」
「オレ?なんでだ?」

答えずにクスッと小十郎は笑った。

それでも政宗は町にあふれる色んなものに目を輝かせ、あれは何だこれは何だと小十郎に聞いてははしゃいでいる。
その中で政宗が足を止めたのは玩具が売ってる店だった。
町の物珍しい物の中でも、政宗には少しも分からない物が売っている。

「これ、なんだ?」
「お手玉ですね」
「なに?どうやって遊ぶ?」
「さて、店主に聞いてみますか」

小十郎が声をかけると、店の中から女が出てきた。

「このお手玉とやらを使って見せてくれ」

政宗が言うと、店主はにこにこと笑って3つのお手玉をポンポンと投げる。

「Great!!これ買おうぜ!小十郎!!」
「お手玉をですか」
「駄目か?あ、金がねえからか…」
「いえ。これくらいのもの、いくらでも」
「オレは3つと言わず倍の6つ投げてみせるぜ!」

政宗がそう言うので、お手玉を6つ買う事にした。

「これは?」
「竹とんぼといいます。回すと空に飛んでゆくのですよ」
「これも買う!」


そんな調子で政宗はあれこれと店で玩具を買い求めた。

からからから。
風の流れるままに回る風車。
政宗はとても気に入ったようで、小十郎に買ってもらった風車にふぅふぅと息を吹きかけいる。
その様子にクスクスと小十郎が笑った。

「なんだ?何がおかしい?」
「いえ、おかしいのでなく、かわいらしいなと思いまして」
「かわいい?」

政宗はムッとして言った。

「男にかわいいなどと言うな」
「すみません、すみません」

それでも小十郎は笑っている。

「笑ってんじゃねえよ!」

政宗は少し怒って、つないでいた手をぶんと振って手をはなした。
その時。
とん、と小十郎に人がぶつかった。
相手は低姿勢で謝ってきたので、小十郎も気にせずに歩き始めようとしたが、かたわらに政宗が居ない事に気づく。

「政宗様?」

辺りを見回したが政宗はいない。
どこに行ったのかと探していると、声が聞こえた。

「男なのか?!」
「見て分かるだろ」
「おなごに見えたぞ。まぁ良い。一緒にどこか遊びに行きはしませぬか」

政宗に声をかけていたのは武士崩れの男だった。
小十郎は近づいて、その男の襟を後から掴んで引き倒した。
男は一度尻餅をついた形になったが、身軽く起き上がる。

「何をする!」

小十郎は冷たい目で言った。

「このお方に馴れ馴れしく触れるんじゃねえ」
「この侮辱、許されると思うな!」

その男はすぐに刀を抜いて斬り掛かったきた。
瞬時、小十郎は刀を抜いてそれを受け止める。
ガキンッ!
鋼同士がぶつかり合う音。
そして小十郎は素早く峰を返して、斬りつけた。
男はその衝撃に意識を失った。

「峰打ちですましてやった事をありがたく思え」

意識のない男は何も言えぬまま、地にころがっていた。
小十郎は面白くなさそうにその男の横腹を一度蹴る。

「さ、政宗様。行きましょう」
「小十郎……Coolだ。オレとも手合わせしようぜ!」
「貴方も剣術を?」
「おう!お前に負けないほどは腕があるぜ?」
「それなら、帰りましたら…」

言いかけて小十郎はやめた。

「いえ、明日にでも手合わせいたしましょう」

少しでも、政宗を月に帰ってしまわぬようにそう言ってみれば、政宗は頓着せずに「おう」と返事を返したのだった。


屋敷に帰ると政宗は早速お手玉を始めた。
だが、上手くはできない。

「難しいな。小十郎、ちょっと手本を見せてくれ」
「俺ですか?俺はしたことがないので…ああ、そうだ。少し待っていてください」

しばらくすると、小十郎は一人の女を連れて戻ってきた。

「こちらが政宗様だ。俺の姉です」
「喜多と申します」

喜多は、にこやかに笑いながら頭を下げた。

「政宗様は異国にいらっしゃった。日の本の文化に興味をお持ちだ。姉上ならばお手玉で遊んだ事がありますでしょう?どうぞ手本を政宗様に」

「伊達政宗だ。喜多、指南を頼む」

言われた喜多は、やはりにこやかに笑って政宗の前に座り手本を見せた。


一刻程たっただろうか。
喜多が小十郎の私室に顔を出した。

「政宗様は?」
「夢中になってお手玉で遊んでいらっしゃるわ」

小十郎は楽しそうに笑った。
そして政宗の部屋に行こうとして、やめる。
あまりに構うと、うっとうしいと思われても困る。
ここは自室に戻っていようと、小十郎はひきかえした。



「小十郎!小十郎!見てくれ!」

バン!と小十郎の部屋の襖が開いた。
政宗が少し興奮した顔で立っている。
少し驚きながらも小十郎は部屋に招きいれた。

政宗は喜多に教えられた数え歌を歌いながら、3つのお手玉を飛ばし回してみせた。

「もう、できるようになりましたか。器用なお方だ」
「まだ3つだけどな、すぐに6つ投げれるようになるぜ!」

6つのお手玉を投げれるようになるまで、月に帰る気はないのかもしれない。
そう思うと小十郎は少しホッとした。


夜になると小十郎は、いつもの通り月の光を浴びながら笛を吹いている。
しばらくすると政宗が後から肩をたたく。

「眠れねえならオレのところへ来い。オレと一緒なら眠れるんだろう?オレが滞在してる間は毎晩来ていい。これくらいしかお返しできねえしな」

そう言って政宗に与えた部屋に小十郎を連れていくのだ。

この言葉通り、政宗がいる間二人は共に眠った。
眠れる事も嬉しいが、この美しい月の王と共寝できることの方が小十郎には嬉しかった。
邪念を抱く事もあったが、多くは政宗から香る優しい芳香に絡め取られてすうっと眠りに落ちる。

どうかこの幸せな時が一刻でも長く続けばいい。
そう願いながら毎晩政宗を抱いて眠るのだった。





カン!カン!カンッ!
屋敷の庭で木刀同士がぶつかる音がする。
政宗が上から斬り付けようとしたとき小十郎はそれを跳ね返した。
力に負けて政宗の手から木刀が離れて地に落ちた。

上がった二人の息が暑い気候の中に落ちる。
それを整えながら政宗は言った。

「強いな。まさかここまで強いと思ってなかったぜ」
「政宗様も十分お強い。俺こそ三本に一本取られるとは思っておりませんでした」

政宗は汗で張り付いた髪をかきあげた。
小十郎の目が見開く。

「どうした?」

政宗が不思議そうに小十郎に声をかけた時、地面に眼帯が落ちているのに気づいた。
政宗は青ざめた後、さっと右手で顔の半分を隠す

「見るな!」
「政宗様」
「見るなッ!!!」
「政宗様?」
「─────見るな!見るな!見るな!見るなアアアアアアッ!!」

半狂乱で政宗は後に下がった。

「政宗様、その右目は…」

ちらりと見えただけだったが、小十郎はしっかりと政宗の右目を見てしまっていた。
半分だけ開いた瞼から、まるで乾いた木の瘤のようなごわごわした右目が見えたのだ。
膿み腐り、そして目のまわりには痘痕がある。

「いやだ!!見るな!!」

走り出しそうになる政宗を小十郎は引き止めて政宗の両肩を掴んだ。

「政宗様、落ち着いて」
「見ないでくれ!頼む!いやだ!オレの右目を見るな!」
「政宗様!」
「放せ!小十郎!放せ!見るな!見るんじゃねえ!!」
「政宗様ッ!!」

小十郎は声を高くして政宗の名を呼ぶ。

「醜いだろう?!この右目のせいで何人の家臣が離れたか!母親でさえオレを嫌う程醜悪な目だ!!放してくれ!オレはもうお前といられねえ!嫌われたくねええ!!」
「醜くなどありませんッッ!!」

混乱している政宗を落ち着かせるように小十郎は政宗の名を何度も呼ぶ。
それでも政宗は小十郎から離れようと、叫び声を上げながらもがく。

小十郎は、その右目に口づけた。
政宗はびくっと震えて暴れるのを止めた。
その上、小十郎は膿みをちゅっと吸って飲み込んだ。
政宗の左目が大きく見開く。

「政宗様、小十郎は貴方を嫌ったりいたしませぬ」
「小十郎……?」
「完璧なのが美なのではありません」
「嘘だ…」
「醜いと思う所に唇を寄せられると思いますか?」
「小十郎……。オレは……」

小十郎はまた右目に口づけた。
政宗の左目から、つつと涙が溢れる。
その涙を親指でぬぐってから小十郎は静かに伝えた。

「醜くなどありません」

政宗は涙を流しながらも小十郎を見上げた。

「貴方は、美しい」














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