また会いましょう

――我々は負ける。

ウォーリアの言葉に、ただ愕然とした。仲間に剣を向けて、険しい表情で言い放ったその姿にも。


ラグナたちが秩序の聖域を離れてからも重い空気が流れていた。
しばらくの沈黙のあと、鎧がこすれる音がした。声をかけられると判断して彼を見上げると、ウォーリアは静かに切り出した。

「君は……すべてを終わらせたら、帰るつもりだったのだろう。弟とともに」
「……うん」
「巻き込んでしまったな。すまなかった」
「……バカじゃないの」
「なに……?」

視線を逸らし返事をする代わりに悪態をつく。ウォーリアのまとう空気が少しとげとげしくなったから、きっと眉間にしわでも寄せているんだろう。

「帰りたかったよ、帰りたかったけど。こんなに敵が湧いて出てくるんだもの。なんとなく、想像ついたよ。帰れないことくらい」
「……眠りにつけば、きっと次こそは帰ることも可能だったはずだ。このまま残っては――」
「だから、そういうところがバカだっていうのよっ」

ウォーリアの言葉を遮って腕を拳で叩けば、少し困惑する様子を見せた。

「気にしなくていいのよっ、そんなこと! 生きて、次の戦いで帰ればいいんだから!」

きっと、彼らのことだから。
どうせ、自分とカインが残れば充分だとでも考えたんだろう。
仲間のためなら、たとえ孤独に犠牲になるのだって厭わないんだろう。そのためなら、裏切り者の汚名を着せられたって、構いやしないのだ。

涙腺が緩む。分かってない。思いやりのない自己犠牲だ、あんたたちがやろうとしているのは。全然優しくなんか、ない。
悲しくて、腹立たしくて仕方ない。不本意だったって分かるから、余計に頭にくる。二人の思惑に気づけなかった自分も殴りたい。

「……君たちと違い、私には元の世界の記憶がない。それは帰る場所がないということなのだろう。だからこそ、コスモスやレイ、君たちに希望を託したかった」
「だからって、どうしてたった二人で……っ、どうなってたか分からないのに! 帰る場所だってあるはずなのにっ」

腹立たしい気持ちを隠さずに吐露すれば、ウォーリアは押し黙る。コスモスもただ悲しそうに俯いた。
カインには帰りたい場所があるはずだ。会いたい人がいるはずだ。ウォーリアにだって、見てみたいものや行きたいところがあったはず、なのに。

「仲間を思ってくれるのは嬉しいよ。でも、もっと頼ってよ! 犠牲になる人がいるのに、もう二度と会えなくなるかも知れないのに、何も知らないままなんて……っ」

目頭が熱くなって鼻の奥がつんとする。あれ、わたしってこんな涙もろかったっけ。もう少しずぶとかったと思うんだけど。
遠くで無機質な音が聞こえた。水たまりの中を走る音、金属が擦れ合うような音。それも十や二十じゃない。
……もう、時間が、ない。

「……前に背中は守るって言ってくれたでしょう。わたしもみんなを守るって決めたんだ。悲しいだけの自己犠牲なんて、絶対にさせない」
「……、すべてを話せば、君たちならそう言うだろうと思った。だが、君の気持ちも分かった。……すまない、レイ」

目を伏せた仲間の腕をもう一度叩く。「そういう時はありがとうって言うの」

「ごめんなさい、私にみんなを助ける力があれば、きっとこんなことには」

成り行きを静かに見守っていたコスモスが口を開いた。胸の前で手を握り目を伏せる主。彼女の言葉に首を振り、コスモスと向き合い片膝をつく。

「いいえ、コスモスが謝る必要はありません」
「あなたのその力は、この世界を救うためのものだ。私たちに使ってしまっては何の意味がない」
「世界のために使っていただければ、ひいては仲間を助けることに繋がります。……その力、残しておいてください」

本当は怖い。だけど、大切な人たちのためなら、わたしは。
コスモスがふっとわたしの手を取った。思いがけない行為に少し身を引いてしまったけれど、コスモスがわたしの手を優しく握るから、大人しくさっきと同じ体勢に戻る。

哀愁の色を湛えた瞳。コスモスの言いたいことが分かって、わざと笑顔を作ってみせた。「大丈夫ですよ」と一言だけ添える。
すると主の哀愁の色が一層濃くなって、少し胸が痛んだ。
……どうなるか全然想像がつかないのに、「大丈夫」だなんて。

そういえば、この人を……調和の神を軽蔑したことも、恨んだこともないことに、今になって気がついた。与えられた使命に戸惑ったことはあっても。
だから、目が覚めないことになってもいいんだとか、意地でもあなたの元に戻るんだとか、そういう言葉を伝えるつもりもなかった。きっと、コスモスにもっと悲しい思いをさせるだけだ。
コスモスの手を握り返して、そっと離した。春の木漏れ日のように儚く柔らかい暖かさが、少し名残惜しい。
剣を鞘から抜きながら立ち上がる。さっきよりもずっと近く、すぐそばで嫌な金属音が響いた。

「――来たか」

ウォーリアの声に背後を振り返ると、そこにはおびただしい数の人形の群れがあった。ぐるりと聖域を囲んでいるから、あちこちで鈍い光がチラついている。――そうしたら、なんだか急に冷静になれた気がした。

「いけるな、レイ」

少し振り返って真っ直ぐに見つめてきた瞳を見返す。敵とは違う、眩しいくらいに真っ直ぐで綺麗な光。それでいて、その奥底に優しさを湛えるスカイブルーの色。それがあるだけで、充分心強い。

「もちろん」

それからさっきは殴ってごめんと付け足すと、「構わない」と短い返答があった。

「……ありがとう」

武器の切っ先を天に向け、祈りを捧げる。まぶたを閉じ、ひとつ、深呼吸をする。心に未来を思い描く。仲間たちの笑顔がよみがえった。

――どうか、眩しい風景が広がっていますように。最後には、みんなで笑って帰れる未来が待っていますように。
遺る君たちが唯一気がかりだけど、わたしは行くよ。

悲しくて切なくて、少しだけ優しさも混ぜ合わせた犠牲を。


……きっと、次こそは。


大丈夫、前へ進めるよ。
そして願わくは、未来でまた会いましょう。



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