月の渓谷はいつ来ても夜の姿をしている。

ひやりとした空気に、満天の星。
どこか荘厳で幻想的な雰囲気でありながら落ち着けるこの場所が、わたしは好きだった。

月の渓谷へ来た時は、決まって向かう場所がある。
それは青い惑星の見える場所。
その美しい姿を見ながら、夜風に当たるのが最近のお気に入りだった。

いつも通りに青い星を見ようと歩みを進めていると、聴覚が服が擦れる音を拾った。その音は頭上――つまり、岩の上から。
反射的に身構えつつ見上げた先にあった姿は。

「……あ、セシル?」
「レイ?」

少々驚いた顔を見せる、仲間である青年だった。
渓谷に差す光で、銀色の髪が美しく透けて見える。

「どうしたんだい、……まさか1人でここに?」

岩から飛び降りながら聞くセシル。
夜は危険だから女の子1人で歩かないで、そう仲間からキツく言われていた。

苦笑するわたしにセシルは肩をすくめてみせて、また星を見に来たの?、と問う。
そうだと答えれば、「じゃあ、折角だから僕も一緒に。レイ1人にしておくのも心配だし」



「気に入ってるんだね、ここ」

適当に腰を下ろして落ち着いていると、隣に座るセシルが口を開く。

「うん。幻想的で好きなんだ。あの青い星が見えるし」

素直に述べれば、そっか、と複雑そうな表情をするセシル。
思い返せば、少し前にセシルはこの地でのいい思い出はなかった気がすると、語っていた。記憶は曖昧だけれど、と。

だから、ここを好きだと言われても素直には喜べないのか。
だがいい思い出はないと言っても、この地にいたのはそう長い期間ではないらしい。

「……幻想的といえば、セシル」

彼の顔を覗き込みながら話題を切り出す。
なに?、と促すセシルにわたしは口を開く。

「セシルは月みたいだよね」
「月? ……僕が?」

きょとん、と首を傾げる彼。
どこか可愛らしいその行為も、様になるから羨ましい。
それに動きに合わせて揺れる銀髪も綺麗だった。

初めて彼に会った時(その時は聖騎士の姿だった)から、月のようだと思っていた。

「正確には月光かな。月光みたいに幻想的で優しいから」
「そっか。……光、かあ」

呟いて、少し考える風のセシル。
光と言われすぐさま連想する人物は皆同じなのだろうか。光の戦士、と呼ばれるだけはある。

「…ウォーリアはちょっと眩しい、な。でもセシルはもっと柔らかいの」
「褒めてもらえてるなら、嬉しいな」
「褒めてるんだよ」

そう、ありがとう、と微笑むセシルに、わたしも笑みをこぼす。

セシルは月の明かりのようで、それに穏やかで紳士的。彼が穏やかに微笑む姿が、いつしか好きになっていた。
優しさ故に悩みが多いけれど、

「……わたしはそういうセシルがさ、」



(好きになったんだよ、と何気ない風を装って恋心を告げる。そうして告げられたのは、僕も好きだよ、と)

(たとえ「好き」の意味が違っても。穏やかで素敵な時間が永遠に続けばいいのにと、密かに願う)

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