「……ねぇアーティさん」
「うん?」

椅子に座って膝の上にはクルミルを乗せて、トウコはアーティが描く絵のモデルになっていた。


Nが行方をくらまして早くも一週間、それがトウコにとってひどく悲しくて。

気分を紛らわすためにもヒウンタウンに来て、ショッピングでも、なんて思っていたらアーティに再会した。

ちょっと話して、そうして少し二人で街を歩いてたら、ふと「モデルになってくれないかい?」なんて頼まれてしまって。
モデルになってほしいなんて言われて、恥ずかしさはあったけど悪い気はしなかったのでトウコは承諾したのだった。


案内されたのは、ジムの奥にあるこぢんまりとした部屋だった。
そこには人物像や描きかけらしい風景画などがあった。他にもレシラムやゼクロム の。


アーティが絵を描き始めた頃からは世間話とか他愛もない話とかしていたけれど、トウコはふと気になってたことを聞く。

「どうしてまた、あたしがモデルに選ばれたんですか?」
「どうしても何も。キミが悲しそうにしてたから」
「、……理由になるんですかそれ?」
「ボクにとってはなり得るねえ」

そう言うアーティの声はゆったりとしていて、別に怒る風でもなく。
それでトウコはぽつりと呟いた。

「……あたし、悲しそう、でした……?」

そんなあからさまだったかな。
俯いたトウコに彼は「動かないで」と一言。
続いて、アーティは少女の考えたことを見抜いたように言う。

「露骨ではなかったけど、ただなんとなくね。……めまぐるしいくらいに一気に沢山のことあったからね、色々と想うんだろう?」

筆を置いて、アーティはトウコの目の前に片膝をつく。

見透かすような、それでいて優しげな緑の瞳で彼は。
自分で良ければ想いをこぼしてくれ、と。
アーティの穏やかで小さな笑みに誘われて、トウコは口を開く。

「……Nを止められなかったことが気になってて」
「あの、青年?」
「そうです。本当に色んなことが一気に起きて、気持ちの整理がつかないうちに全てが終わっちゃって、そしたらNは行方くらましちゃうし。……せめて、サヨナラだなんて言わせたくなかったっ」

再び俯いたら涙がこぼれた。

(ああ、あたしこんなにも後悔してる)
(例え英雄に選ばれたって、あたしはちっぽけな存在なんだ)


濡れた頬を包み込んだのは暖かくて大きな手。
それはまるで割れ物を扱うような丁寧な手付きで、トウコの涙を拭う。

「……きっと彼も混乱してたろうね。一旦距離を置くべきだと判断したんじゃないかなあ。だからお別れを。今、あの子には自由な時間が必要なんだ」

雫を拭っていた手を止めてアーティは、窓の向こうの空へ目を向けて、諭すように言った。

「けど、いつかきっと帰ってくるよ。彼は気づいたんだから、この世界には泣きたくなるほど美しい色やものが沢山あることに」

彼の言葉に顔をあげるトウコ。それと同時にアーティの手は降ろされる。

涙の止まったトウコの瞳はアーティの横顔を捉える。
ずっと胸の中で絡まっていたものが解けたような気がした。なんだか、彼の態度に感じるものがあって。
優しい緑色の瞳、整った顔立ち。子どものような純粋さを残しながら、大人らしい落ち着きもある。

(いつも掴みどころないような態度取ってる変態くせに。……顔も中身もカッコイイとかさ、そんなの、ずるい)

慰めてもらっているというのに、こんな風に毒づくなどと我ながら酷い思う。

それでも確かに自分は、彼の優しさに嬉しさを噛み締めている。
だからアーティの視線を追って、トウコも同じように窓からのぞく青を見た。

「……Nが帰って来た時、彼はこの間よりも強くなってるでしょうか」
「うん、きっと比べ物にならないほどに」

そうしたら、また戦うんだろう?
そう言ってトウコへ向けるアーティの笑顔はひどく穏やか。

“大丈夫、また会える”、大好きな彼がそう言っているのだ。だから自分はそれを信じようと思う。

再会した時、彼を叱ろうか。喧嘩になるのならそれでもいい。
そうしてトモダチになって、ポケモンバトルに抵抗がなくなっていたら、きっと。

だから、会いに行こう。探しに行こう。
そうして、一緒に帰ろうと手を取るのだ。
誰よりもポケモン想いな彼と。

「……アーティさん。あたし、強くなりたいです。今まで会った人たちの恥にならないように、Nに負けないように」


(だからアーティさん、絵が終わったらバトルしてもらっていいですか?)(んうん、いいよー)(な、なんか残念なイケメン……)(ん? 何か言ったかい?)(ふふ、いいえ)


想い


(ほら、世界はこんなにも美しい。汚いところも醜いところも忘れてしまうほどに)
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