いとしさを患う

 うとうととまどろんでいた意識は、かくり、と大きく頭が垂れた途端に無理やり覚醒させられた。ふっと勢いよくあげた双眸に飛び込んできたのは薄暗い室内で、ああ主の寝床かと理解しながら床に伏せる君の姿を見た。こんな時にまで品よくしていなくてもいいのにと溜息をつきたくなるような、綺麗な寝姿だった。布団の上であおむけになって眠る主の頬は赤みを帯び、額にはうっすらと浮かぶ雫に細い前髪がぺたりとくっついている。霞みを払うよう首を振り、水桶に布地を浸し掬いあげたそれをきつく絞り上げた。そろそろ氷枕も換えてやらねばなるまい。
「…………」
 と、ぽたぽたと滴る水音に夢の世界から引き戻されたのか、伏せた睫毛を儚げに震わせて主が目を覚ました。ぼんやりと空を見つめていた瞳はゆっくりと瞬きをした後に、そっとこちらを見やる。
「……具合はいかがですか」
「……」
「お水を飲みましょうか」
「……ん」
 微かに首を動かして目を伏せ、長く息を吐く。それから力を込めて上体を起こそうとするものだから、あまり無理をさせてはならないと慌てて背中に手を差し入れた。ゆらゆらと小舟に揺られたような主はされるがまま、しなだれかかるように体重をこちらに傾ける。腕だけでなく体ごと割り込ませて背後から支えてやると、ようやく支えを見つけて安堵したように息を吐いた。小さな体は未だ、燃えるように熱い。
 腕を伸ばして掴んだ水差しをようやっとのことで主の口元まで持ってきて、こくりこくりと喉が動く様を上から確認する。と、喉の隆起はふと止んだ。水差しを離し覗きこむように頭を傾けると、主は気だるげに首をまわし呟いた。
「…………あつい」
「……お着替えもしないといけませんね」
「ん」
「氷枕もかえましょう」
「……ん」
「それじゃあ、一旦お布団の中にはいりましょうか」
「……」
「恭弥さん?」
 睡魔に誘われたのか、答えるのも億劫になるほどどっと疲れが出たのか、口を噤み動こうとしない主に心が波立った。主はたっぷりの時間を置いてゆっくりと頭を持ちあげ、水気を孕んだ双眸の先に私を捉えた。何か言いたげに数秒の沈黙。漸く視線を外したかと思えば、花びらのような唇はつんと尖り。
「…………まだ。いいっていうまで、うごいちゃダメだから」
 ぎゅっと、ちいさな指先が裾を離さない。多くを語らずだだをこねる主に、なんだか胸が張り裂けそうなほどのうれしさを感じて気づかれぬように破顔した。どこにもいきませんよ、と囁けばあたりまえだろうと返すように裾の皺が更にきつくなる。誤魔化すような間で、くあ、とかいた欠伸。そのはずみにころがった雫を親指でやさしく拭ってやると、ちらと上目に視線をよこしてまた逸らす。いつもこうだったらいいのにという不謹慎な考えには蓋をして、いとおしさを味わうようにぬばたまの髪を撫でた。


(110316)

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