06

 昼過ぎになって、万事屋の面々とファミレスに出掛けた。土方さんは仕事があるからと屯所に戻ってしまったため、独りだった。万事屋の息のあったやり取りを聞いていると、アウェイというか、今こうして自分のために行動を起こしているのに他人事のように思われた。
 自分は話に入れないので、ぼうっとしながら 辺りの景色を眺めていた。はじめてこの場に来たときは景色なんて眺めている余裕がなかったし、朝に関しても隣に屁怒絽さんがいては同じことだったので、興味深いものはいくつもある。
 屁怒絽さんの店がある付近はまだ時代劇の舞台のようであったが、こちらは近代的な色が強く、十階以上のビルが平然と軒を連ねていた。通りは片道三車線と大きなもので、大型トラックから小型のバイクまでありとあらゆる車が行き交っていた。ビルの谷間からは、巨大なタワーが見える。スカイツリー然とした建築物の周りでは空飛ぶ船が点々と浮遊し、仕組みこそさっぱりわからないが、駅のような役割をもっているのかもしれないと考えた。
 歩道には街路樹が続いている。草に覆われた部分は少なく、地面はアスファルトで舗装されていた。昨晩雨がぱらついていたせいか、ところどころ、濃く湿ったところがある。アパートから駅までの約二百メートル、高架下。毎日の通勤路にもそんな箇所があったなと思い出して、些末な事にまで自分の居場所を探そうとしているのかと、私は驚いた。この七日で踏ん切りはついたと思ったのに、思いの外ダメージが大きいようだ。ダメージが大きいというか、孤独を比較するものがこの場にあるから、かな。屁怒絽さんひとりと人間三人、決してどちらかを蔑んでいるわけではないけど、違うものは違うらしい。
 溜息をつくと、前を歩いていた眼鏡の少年が寄ってきて、眉を顰め、そうして言った。
「大丈夫ですか? 銀さんと神楽ちゃんがすみません。向こうで話を進めれば早かったんですが、何せあの二人、しばらく水しか口にしてないからって無理にファミレスに行こうとして」
「いえ、平気です。……ちょっと人通りが多いなと思っただけで」
「ああ、この辺りは毎月新しい店が出来るような通りですからね。おいしい店も出来てるってことですが、天人も多いし、はぐれたら大変なので気をつけて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
 にこやかに返しながら、頭の中は「あまんと?」でいっぱいだった。
 「天人イチオシのお江戸スイーツ」だとか「天人御用達老舗料亭」というテロップと共に何度かニュースで見掛けた単語ではあるが、実のところ何を意味しているのかはわかっていない。字面としては高貴な身分の方が該当するのではないかと思うのだが、そういった場での出演者は必ずしもお高い着物を纏っているわけでも雅な言葉を使っているのでもないのだ。姿形は多用。獣頭もいれば、うら若い少女も妙齢の男性も天人として紹介されていた。ひょっとすると、特定の個人なり集団を愛好する人々の俗称だったりするのかもしれない。キティラー然りアラシック然り。ってのはまあ今はよいとして。

 ファミレスに着いた頃には十四時をまわっていて、店内の客はまばらだった。無論江戸のファミレスに訪れるなんて事は生涯初めてだったため、一体どういう具合かとわくわくする気持ちがなくもなかったが、意外と普通、という感想は、注文の品が運ばれるや否や、死にもの狂いで皿をかっこむ白髪と鴇色二人の姿に、瞬く間に吹き飛んでいくのだった。
「……よく召しあがりますね」
 素直に感想を述べると、
「見苦しくてすみません」
 と一人ドリンクバーだけで済ませた眼鏡の少年が畏まって言った。まだ若く見えるが、比較対象が比較対象なだけに大人びて礼儀正しく見える。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだでしたね。僕は志村新八。こっちの白髪頭が坂田銀時──銀さんで、こっちの女の子が神楽ちゃん。一応、万事屋の代表者は銀さんで、僕ら二人は従業員ってことになってるんだ。まあ、毎月の給料は貰えてないけど」
「うちは現物支給だよ〜? 新八くん。今日はせっかく金が入ったんだ。給料を貰いたいヤツは飯を頼め飯を」
「現物支給とかマジありえないんですけど。っていうか、依頼まだ受けてないんですけど。依頼者ここにいるんですけど」
「……ああ、いえ、落ち着いてからで結構です……」
 自由でアットホームな雰囲気の会社です! という文言を思い浮かべながら、改めて変わった集団だなと認識を深めた。
 成人男性一人に、未成年と思わしき男女が一人ずつ。昔は小学生時分でも奉公に駆り出されていたというが、少女のほうはまさしくそのぐらいの年頃だろうか。成長期にしろ、桁違いによく食べること。今は腹こそふくれているが、深紅のチャイナ服から伸びる手足はほっそりとしていて、透き通るような肌をしている。小さな顔にくりっとした薄青の瞳と、美少女といって相違ない容姿なだけに、一体どういう身体をしているのだろうと首を傾げる他なかった。
 あからさまに凝視してしまったせいだろうか。志村さんは苦笑して取り繕った。
「神楽ちゃんは夜兎ですからね。大食いなのは仕方がないですよ」
「やと」
 また知らない単語がでてきた。
 確かめるように反芻すると、「そうそう」とパフェを飲み物のように流し込んで坂田さんが頷いた。見ていた限り、パフェはこれで四つ目だった。
「ほんと大食らいで悪食っつーか……悪食といえば秋乃ちゃんとこの天人、何食べるの? ていうか何食べさせられてんの? やっぱ毎日ゲテモノ? あ、なんだったら俺、犬の餌だったら作れますけど。ほら、ちょうどマヨネーズ貰ったばかりですし」
「糖分ばっかり摂取してるアンタにゲテモノだなんだって言う資格ないですよ。ってか失礼でしょうが!!」
「はあ」
 よくわからなかったので適当に相槌を打つ。それから「やと」について考えた。
 やとなるものが大食いであることは至極当然のようだが、どういうことだろう。胃下垂だから痩せていてもお腹だけぽっこり出るのは仕方がない、みたいな? そもそもやととはどんな字をあてるのだろう。夜盗の聞き間違いだったりはしないだろうか。夜盗なら、なんとなく大食いというのもイメージ出来なくないが、「夜盗だから仕方がないですよ」なんて台詞、見ず知らずの人間に言えるものではない。よって夜盗案は却下。もういっそ聞いたほうがいいのかもしれない。
「……坂田さんもよく召しあがりますが、やと、だったりするんですか?」
 言葉を選びながら慎重に口にした。坂田さんがぱちくりと目を瞬かせるのと、神楽ちゃんがいやそうな顔をしたのはほとんど同時だった。
「俺? 俺は正真正銘人間だよ? こんな金ばっかかかる、燃費の悪い高級車みたいな身体してねーよ?」
「そうネ。銀ちゃんはただの事故車アル。私みたいに傷の治りも早くないしな」
「神楽ちゃんそれどーいう意味ィ? 確かにここ最近メンテナンスはご無沙汰だけど、馬力はあるからね。そこは負け知らずだからね」
「食事中に何の話をしてんだアンタはァァァ!!」
 志村さんが威勢よく突っ込みをいれたものだから慌てて辺りを見回すと、ちらほらと客席から視線が集まっているのを感じた。まともそうな志村さんでさえこうなってしまうのだから、声を抑えて下さいと私が告げるのは無理じゃないだろうか。ろくに喋っていないのに、私が一番恥ずかしい思いをしている気がする。
 いくらか注目が緩んでからそっと息をついて向き直ると、神楽ちゃんが白んだ目でこちらを見ていることに気が付いた。
「……もしかして夜兎を知らないアルか」
「えっ」
 ふいに図星をつかれて、変な声が出てしまった。今度は私が注目を浴びる番だった。
「え、そうだったんですか鳴海さん。それならそうと早く言ってくれればいいのに。……ええと、夜兎っていうのは夜兎族のことで、数ある天人の種族の中でも最強の戦闘民族なんだ。かなりの怪力で食欲旺盛。日光が苦手というのも特徴かな。ほら、神楽ちゃんも傘を持ち歩いてるでしょ」
「あまんと……なるほど、そうだったんですね」
 天人とはようするに異種族──異星人のことだったのかとようやく得心した。異星人というと屁怒路さんの荼吉尼族や道行く獣頭といった「らしい」イメージで凝り固まっていたが、地球人と相違ない外見の種族もいるらしい。これで心おきなくニュースが見れる。
 と気持ち晴れ晴れしたのだが、だからといって神楽ちゃんの機嫌が治るのものでもない。
「この女とんだもぐりネ。一体どこの田舎からでてきたアルか」
「……まあ、宇宙最強の傭兵種族といっても絶滅寸前だしな。日常生活ではそうそう聞きやしねーよ」
「でも荼吉尼族に飼われてるアル」
「あー、そういやそうだったな」
「……すみません、以前は山奥の方に住んでいて」
 言って思い浮かべたのは、母の生家だった。
 見渡す限りの濃緑の山々。小寒い頃には霧の帳で民家も畑もくるりくるまれ、ちょっと外の通りに出ただけで、戻る方向がわからなくなったりもした。途方に暮れていると、鈍色の中から母の声が聞こえてきて、「早くおうちに入りなさい」と幼い私を引き戻すのだ。時にシロも吠えたてて名前を呼んだ。
 あそこは田舎も田舎。後ろめたさもあるにはあったが、嘘をついているという気はいくらか減る。幸いにして突き詰めるのでもなく、坂田さんは「ふぅん」と相槌を打ってしばし沈黙した後、少し真面目な顔を作った。
「それで、人を探してるっつったか。同郷の者でも探してるのか」
「いえ、それは関係ないんです。私が探しているのは、かぶき町の公園で一度会っただけの人なんですけど……」
「……へぇ、一目惚れでもしたとか?」
「まさかそんな。ちょっと確かめたいことがあるんです。……私にとってはとても大事なことなんです」
 唯の一度も潜ったことのない、新宿は歌舞伎町のアーケード。その向こう側にあるものは、むしろ最初から異端の地であったのか。もちろん常識的に考えれば、アーケードを潜った先に江戸情緒溢れる町並みが広がり、あらゆる民族が往来を歩いている坩堝であるわけがない。しかし都合の悪いことに、私はこのいかにも可笑しな町で七日も過ごしていた。どうしてそうなったのか。理屈が通じないことを理屈で説明しようとしても無理な話だが、いつかぶき町の公園に現れ、どのような状態にあったのか。近くに誰もいなかったのか、何かうわ言を唱えてやしなかったか。せめてそれだけでも知りたかったのだ。
「それで、鳴海さん。その探し人はどんな人なんですか? 何か手掛かりになるものは……」
「ごめんなさい。二言三言言葉を交わしただけなので、その時の外見くらいしか情報がないんです」
「その時の外見だけが手掛かりって、どんなクソゲーやらせる気ネ。そんなの名探偵のいないコナンみたいなものアル。未来少年に事件を解決出来るとおもってるアルか」
「いや、未来少年のほうも驚異的な身体能力と不屈の根性を持ってるって点では名探偵とタメはれるよ? っていうかこの依頼解決しないと俺ら所持金ゼロ円どころかマイナススタートだからね。警察に世話頼まれて俺らが世話される結果になるからね」
「悲観するのはやめましょう銀さん。聞いてもないのに諦めるのはまだ早いです。まだ牢への道は完全に繋がっていません」
 志村さんが無理して鼓舞する姿に、告げる前から申し訳なさが込み上げてきた。半ば顔色の悪くなってきた三人の安否を気遣うよう、おそるおそる、殊更慎重に言葉を繋いだ。
「髭をはやしたサングラスの……おそらくはホームレスで、三十代から四十代の男性。その方を探しています。……情報らしい情報といえばそれだけで」
「あー、はいはい、長谷川さんね」
「え?」
「サングラスといえばマダオ。これかぶき町の常識ネ」
「マダ……え?」
 まだお。まだおさん? 私が探している人は長谷川マダオさんというの?
 先のお通夜モードから一転、坂田さんと神楽ちゃんはまるで心配事などないような顔をしていて、知ったかぶりをしているようにも見えなかった。常識? サングラスといえばマダオが常識なんて聞いたことがない。聞いたことがないが、天人も夜兎も知らなかった私に語れる常識は少ない。あまりにも当然のような顔をして反応されたものだから、なるほどなーと納得する方向にふり幅が寄りつつある。
「ちょっと待って下さい二人とも。確かに長谷川さんは髭でサングラスですが、そんな特徴の人他にも色々……」
 そう、それだけの情報で個人が特定出来るなんて至難の業だ。そうして志村さんが続けた、その時だった。
「──あれ。銀さん? そこにいるの、銀さんじゃないか?」
「え、嘘。長谷川さん!?」
「……すげぇタイミングだな」
 噂をすれば影とはよく言ったもので、果たしてそこにいたのは探し人に他ならなかった。
 着ているものこそ工事業者といったツナギ服ではあったが、髭もサングラスも健在。場所も装いも異なる今、どちらか片方でも欠けていたら判別し切れなかったであろう。先の神楽ちゃんが口にした常識がふいに信憑性を帯びて胸に落ち着くのだった。そう、かぶき町はそういう町なのか。
「なんだよみんなして鳩が豆鉄砲くらったような顔して。そうそう、銀さん聞いてくれよ。俺ようやく就職先が……ってあれ? アンタどこかで……」
 呆けてしまっていたが、すぐに我に返り、慌てて居住まいを正した。
「先日はありがとうございました。かぶき町の公園でお会いしたものです」
「ああ、アンタあの時の!」
「おいおいマジで長谷川さん? マジで長谷川さんだったの? え?」
「仕事、終わったアルな」
 神楽ちゃんは退屈そうにぶくぶくとジュースに泡をたてている。そう、探し人は見つかった。ここにきて思いの外呆気なく。誰かの企みでもあったかのように。
 落ち着き払って、内心うろたえていた。見つからなければよかったなんて思っているんじゃない。ただあまりに急だったので心の準備ができていなかっただけだ。けれどもこう易々と事が済んでしまうと、崖の縁に立たされてどうにも逃げられない気持ちがする。聞いて知ったところで、「はいそれで? 次のアテでもあるの?」と醒めた目で見ている自分がいることに薄ら気づいているのだ。
 私にはわからないことばかりがある。天人も夜兎もいついつかぶき町にいるのかを知っても、切りがない。かといって探し人に聞きたいことも聞かず帰してしまうだなんて芸当は、どうしたって借り事の多い私には無理な話なのだ。

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