13

 事のはじまりは午前十時に遡る。
 「ヘドロの森」開店前に行う掃き掃除は恙無く終わり、屁怒絽さんに用向きを尋ねると、今日は「配達を手伝っていただけますか」と指示がでた。店番であれば幾度かこなしているため慣れたものだが、配達とは珍しい。首を傾げると、曰く、予約が早まり急遽届けなくてはいけなくなったところがあるが、自分は別の届け先にも回らなければいけないという。取り扱いの難しい外来種の植物のため、どうしても代役をたてることが出来ないとのことであった。
 届け先を聞いてみると、そうさな、東京でいう初台辺りのところか。かぶき町からは徒歩三十分強もあれば辿りつく距離で、品物もそう大きなものでもなかったし、断る理由もなかったため了承した。店を出たのは午前十時半過ぎ。少々迷いながらもなんとか配達先である斎木様のお宅に到着し、用事が済むと、空腹を覚える頃合いだった。
 さてこれから何をしようか。
 今晩はスナックお登勢に出勤する予定はなく「配達さえ済んでしまえば好きにしていいですよ」と御達しが出ている。
 せっかくだから、たまにはこの辺りで昼食をとる場所を探してみようか。
 そうやって、てくてくと周囲を散策しはじめて、十分もたたなかったと思う。

「おお、アンタ! ちょうどいいところに」
 いくつかの角を曲がったところで、町人然とした男に声を掛けられた。この江戸で数少ない知り合いのうちのどれでもなく、出会いがしらに呼び止められる覚えはまるでなかったが、ほとんど反射的に目をあわせてしまったので首を傾げて近づいた。男の娘だろうか。臙脂色の着物を着た、四つ五つほどの幼い女の子が難しい顔をして傍に立っている。「おはなのおねえちゃん」と小さな声がした。
「どうかしましたか」
 なんとなく面倒事の匂いを嗅ぎながら尋ねると、男は聊か興奮した様子で上から下までこちらを眺め、「ああ、やっぱり!」と声をあげた。重ねていうがこの男は知り合いではない。
「アンタ、かぶき町にある花屋の娘だろう? ほら、あの荼吉尼族の」
 驚いた。
「……ご存じなんですか?」
 かぶき町で、花屋で、荼吉尼族といえば屁怒絽さんに違いない。
 身元が知られていることもあり、咄嗟に笑顔をつくって取りつくろう。ただでさえ屁怒絽さんは誤解を生みやすい。居候であり、サービス業に従事するものとして、笑顔は必須のスキルである。
「そりゃあ有名な話だからなぁ。あの店である日突然若い娘が店番しだして、しかもそこに住んでるっていうんだから! いやぁ、みんな驚いたさ」
 ……スキルではあるが、いつでも百点満点というものでもない。見ず知らずの人々の間で自分のことが話題にあがっていただなんて、ぞっとしない話だ。

 なんと言っていいのかわからなかったので、曖昧に笑って返した。男は気にした素振りもなく「そうそう、それでだ」と思い出したように、小さくなっている女の子に手を向けた。
「この子、どうも迷子みたいなんだが、男の俺らが話しかけると答えられなくなっちまうみたいでな。つるって名前だけはなんとか聞き出したんだが、それっきりだ。ねえさん、悪いがちょっと話を聞いてやってくれないか?」
「はい?」
 なんでだ。いや構わないが、なぜ私に白羽の矢があたったのか。
 男の目は「荼吉尼族とコミュニケーションがとれるのなら迷子の相手くらい朝飯前だろう」と、さも当然のように言っている。それは買い被り過ぎというものだが、だからといって断れば、屁怒絽さんから「今月の売上が……」という話を聞きかねない。
女の子の視線に合わせるように静かに腰をかがめた。
「こんにちは」
 努めて、やさしく。朗らかに。
 一言目での返答はない。女の子の体からは緊張感が漂っているが、好奇心は感じ取れた。
「ね、お名前なぁに?」
「……おつるちゃん。おつるちゃんはね、さえきつるっていうの」
「つるちゃん。おつるちゃんでいいのかな。おつるちゃんは今何歳?」
 三本、指が立った。
 すると、おおっ、と背後で男がどよめく声が聞こえた。察するに、本当に名前だけしか聞き出せなかったようだ。
「三歳かぁ。おつるちゃんはどこからきたのかな?」
「……おうち」
「おうちから来たの。それで、おつるちゃんのおうちって、どこにあるのかな?」
「あのね、おつるちゃんちのおはな、きれいなの」
「……そっかぁ。いいねぇ、きれいなんだ」
 あらら、と背後で男が息を吐いた。物事は思うように進まない。何かわかることはないかと男を振り返り見たが、困った顔で小さく首を振られた。迷子の相手を受けるには受けたが、この先どうしていいのかは私だってわからない。第一自分も大規模で絶賛迷子中ではあるのだ。
「あの。私、この辺りに来るのははじめてなんですが、この辺りに佐伯さんの御宅はありますか?」
「佐伯……佐伯ねぇ。いいや、この辺りじゃ聞いたことねぇな」
「……まあ、そうですよねぇ」
 ショッピングモールやテーマパークであれば迷子センターに届けてひとまず安心といったところだが、ここはすぐ隣を車が行き交う道の真ん中だ。何某かの店がすぐ正面にでもあれば一時的に預かってもらうことが出来るかもしれないが、そのようなものもない。
 男は顎に手を当て、考え込むような素振りを見せてから言った。
「ここを真っすぐ行くと、確か番屋があったかなぁ」
「ばんや?」
「そっちに預けるといいんじゃねぇかな。俺も約束があって急がなきゃいけねぇんだ。ほんと悪い、頼むな」
「えっ、あ」
 戸惑っているうちに、男は足早に去っていった。平謝りのポーズを振り返り振り返りしながらされても困る。大体番屋ってなんだ。真っ直ぐってどれだけ歩けばいいのか。
 なかなかいいスピードで遠ざかっていく男の姿を見送りながら、溜息をついた。腹の虫も鳴った気がしたが、それどころではなくなってしまった。
 どうしたものか。
 そっと落とし見た視線の先では、ぎゅっと着物の裾を掴むおつるちゃんがいた。苦い顔を噛みしめ、無理やり口角をあげる。
「……いこっか?」
 おつるちゃんがゆっくりと頷く。先導するように、男が指示した方角をゆっくりと歩いて行く。

 二十分ほど歩いて、人に尋ね、引き返して五分ほど戻ると、ようやく目当ての番屋がみえた。付いてみれば話は簡単なもので、番屋とは交番のようなものらしい。
 道中、おつるちゃんは素直なもので、不安そうな顔は隠しもしなかった。しかし裾の代わりに握られた手を離すまいとぎゅっと握り、やさしく問いかけると一生懸命に答えてくれた。
 その様子を見ていると、かくいう私自身、坂田さんにどのように見られていたのかとふと思案する。
「こんにちは」
 番屋の戸を叩きカラカラと引き戸をひいた。すると、お巡りさんと呼べばいいのだろうか。真選組とはまた違う制服らしきものを着用した男が「おや」と顔をあげた。
「すみません。あの、迷子を見つけたのですが」
「はいはい、そこの子かな? じゃあこちらにかけて下さい」
 珍しいことではないのだろう。馴れたように着席を促された。まずはじめにおつるちゃんを座らせ、その隣に腰掛ける。
「保護した場所とか、名前とか、わかることは?」
「ええと、ここから十五分ほど西に行ったところの、コンビニの近くにいるところを見つけました。名前は、佐伯つる。三歳だそうです」
「佐伯つる、三歳ね。親御さんの居場所とか、心当たりは?」
「実は、それ以外はまったく。私が通りすがる前は、別の方が話を聞こうとしていたみたいですが、男の人だと喋らないみたいで」
「その方は今どちらに?」
「急いでいたみたいで、行ってしまいました。代わりに私がここに」
「ふうん、なるほどね」
 男は、手元の書類にさらさらと何事かを書き込んでいく。それから手を止め、じっと私の目を見た。
 ピリ、と少し空気が緊張したのがわかる。
 この先、何を言われるか想像がついたからかもしれない。
「えーと、あなたは?」
「……鳴海秋乃と申します」
「鳴海さんね。お住まいはどちらに?」
「私は、かぶき町の──」
 そこまで言って、言葉に詰まった。かぶき町の、どこだろう。屁怒絽さんの家の番地、覚えてない。「ヘドロの森」と言えば済むのかもしれないが、どうしても言い難かった。
 屁怒絽さんのところで御世話になっていることを、知られたくないわけじゃない。「ヘドロの森」の名前を出して「ああ、あの」と好奇に満ちた目で見られるのが耐えられないというわけでもない。
 単純な話、国家権力を相手に、自身の不確かな身の上を開示するのがこわくなってしまったのだ。

 思えば、真選組の屯所に赴くなど大胆な事をした。当時は用件が用件だったため危機感はまるでなかったが、今回は話が変わってくる。迷子を届けたことでどれほどのことを調書されるのかはわからない。大したことではないのかも知れない。その場しのぎの嘘を吐いて交わすことも、やろうと思えば出来る。……嘘が露呈した時、何が起こるかはわからないが。
 出来る事なら嘘はつきたくない。もっといえば、これ以上喋りたくもない。
 私がおつるちゃんのように小さな子供であれば、こんなことまで考えなかっただろう。周りの大人達だって、黙りこくろうが親身になってくれただろう。
 しかしもう、いい大人だ。何事にも責任がつきまとう。たとえ荒唐無稽な逸話があろうとも。

「お姉さん、どうかしましたか?」
 そうこうしているうちに、男の目が胡乱なものに変わっていく。
 失敗した。これじゃ怪しんで下さいと言っているも同じ。握りっぱなしだった女の子と繋いだ手が汗ばんでくる。それでも繋ぎ続けてくれた彼女の存在が、白んできた頭を現実に繋ぎ止めているようだった。
「──私は」
 次に何を言うのか見つからないのに、我慢できずに声を出した。
 それなのにまた言葉に詰まり、再び訪れた沈黙は男の目付きをますます鋭いものにする。ピイピイと甲高い鳥が頭の中で騒ぐ音がした。
 男が、少し驚いた顔をしたのは一瞬だった。
「おっと、副長さんじゃないですか」
 ふくちょうさん?
 視線は私を通り越して、戸口のほうに向いている。不審に思って男の視線を辿り、そっと振り返り見ると人影があった。逆行に霞んで顔が判別出来ず、目を細めた。見知った姿だと思った。
「……土方さん?」
「やっぱりアンタか」
 思わず呟いた言葉に返ってきた声は、やはり土方さんのものだった。
 土方さんは開け放した戸口から建物の中に入ると、ずいずいとこちらに近づいてきた。鼻先をふわりと煙草の香りが撫でる。
 何しろ突然のことだったのでぼうっとしている私に目をやり、それから土方さんを見てと繰り返している男からは、疑念は消えないものの緊張感がいくらか削ぎ落されている。「知り合いですか?」と尋ねられると、土方さんは「ちょっとな」と曖昧に答えた。
「近くを通りかかったから寄ってみたんだが、何か問題でもあったのか?」
「ああ、ええ。この方が迷子の子供を保護したと言っているんですが、どうも住まいが──」
「住まいって、ヘドロの森のことか? 万事屋の隣の」
 土方さんはあっさり言った。私が言い淀んでいたことをあっさりと。
「ああ、あの花屋の……」
 男は、好奇心を滲ませながらじっとこちらを見た。何を想像したのかは知らないが、それから察しましたという風に頷き、机に向き直って筆を走らせた。先ほどまで漂っていた緊迫した空気は霧散し、代わりに不憫なものでも相手しているような、そんな視線を時折チラと向けてくる。
「それで、詳しい住所は?」
「……あっ、そうだ。確か伝票が」
 はっとし、袂に入れていた袋から紙を取りだした。思った通り、「ヘドロの森」の住所から電話番号までキッチリ記載されていた。
 読み上げると、男はあっさり納得しあっさり筆を進めた。
 同業であるが故の信頼なのかと思い大人しくしていると、「最近どうですか?」「総悟は相変わらずだな」だとか「また飲みに行きたいですね」「そうだな」だとかの世間話が聞こえてきた。

 しばらくして男が席を立ち、奥の方へ消えて行った。私とおつるちゃんと土方さんとで三人になり、沈黙が漂っていると、何本目かの煙草を弄んでいた土方さんが、ふうと紫煙を吐きだして言った。
「アンタ、この間はうちの総悟が悪かったな。聞いたぜ、店先で暴れてたって」
「あー……はい、あの時の」
 一瞬、何を言っているのかわからなかったが、先日店先で、神楽ちゃんとやり合い始めていたことを思い出した。あの時は二人のやり取りに商品が巻き込まれ、寄せ植えを駄目にしてしまったのだった。
「万事屋が屯所まで来たから、きちんと金は払っておいた。受け取ったか?」
「いえ。あの時は坂田さんが買い取る形で場が収まったので、こちらは事前に頂いています」
「……道理で値が張ると。あの野郎いくらか懐に入れやがったな」
 ……聞かなかったことにしたほうがいいのだろうか。
 なんと言っていいのかわからなかったので沈黙していると、「まぁ、どうせ総悟の金だからな」と続けたので、さっぱりした気持ちになった。「それならいいんですけど」と本音がこぼれると、土方さんはちょっと吃驚したように目をまるくしてから、悪そうな顔で笑った。私も似たり寄ったりな顔をしているのだろう。
「それで、迷子を見つけて連れてきたってとこみてぇだが、仕事は大丈夫だったのか?」
「はい。配達を終えた後のことで、そこから先は自由にしていいと言われていたので。……土方さんこそ、お仕事ですか?」
「いんや、非番だよ。ここへは、通り掛かったんでちょっと挨拶しようと思って寄っただけだ。まさかアンタがいるとは思わなかったが」
「私も、土方さんに会えるとは思ってもいませんでした」
「だろうな。いや、会えて良かった」
 目付きは悪いのに、土方さんの表情はやわらかい。
 律儀な土方さんのこと、総悟さんがやらかした件で言っているのだろう。それなのに油断すると表情はゆるみきってしまうから、くっと力をこめ、諫めて「そうですか」と当たり障りない台詞を返した。

 猿飛さんとのやり取りが、ふいに頭を過る。
 土方さんはいい人だ。坂田さんと似ているような、異なるような、表情や言葉の裏に隠れたやさしさが見える。
 この江戸に来て、かつて通り過ぎるだけだった人々の心根が、僅かに見えるようになった。坂田さん、土方さん、お登勢さん、それから屁怒絽さんもそうだ。江戸は人情の町だなんて聞くが、放り出された先で受ける親切は、からからに乾いた土を潤す水に似ている。注がれた水は忽ち器を潤すが、過ぎれば根を腐らせる。

 番屋の男は未だ戻らず、土方さんが出ていく気配もない。おつるちゃんを気にするふりをしてうつむくと、一定のリズムを刻むように頭を上下に動かしながら、おつるちゃんは着物の柄を指でなぞっていた。彼女の臙脂の着物には、手鞠に菊が鮮やかに彩られている。
「きれいな着物だね」
 そう呟くと、
「おつるちゃんちもおはな、きれいなの」
 と言っておつるちゃんはえくぼをつくった。
 土方さんが「花?」と不思議そうに繰り返した。
「さっきも言ってたんです。お庭がきれいなんでしょうね」
「花、ねぇ」
 土方さんは煙草の煙を吐き出すと、中空を見上げた。煙のむらむらとしたものを見ていると、以前の職場で喫煙をしていた上司やら同僚を思い出し、ここは禁煙があれほど叫ばれていない世界なのかしら。などと考えた。
 考えていると、俄かに煙草の香りが濃くなった。いつの間にか土方さんがずいとしゃがみこみ、おつるちゃんを覗きこんでいるのだった。
「おい。おつる……でいいのか?」
 おつるちゃんに問いかけていたのかもしれないが、案の定というか、おつるちゃんは怖がったように口を引き結んでしまったから「そうです」と代わりに応じた。
「名前、もう一度言ってみるように頼んでくれねぇか?」
 今度は私を見上げて土方さんが言ったので、おつるちゃんと目を合わせて「おなまえは?」と口を動かした。おつるちゃんは「おなまえ?」と復唱して、おかしいのか恥ずかしいのか、身をよじって、
「……さ……き、つるちゃん」
 と曖昧に答えた。
「佐伯……斎木か?」
「斎木?」
 サエキ、サイキ。
 確かめるように幾度か反芻しながら、
「佐伯つる?」
 とおつるちゃんに尋ねると、おつるちゃんはこくりと頷いた。
「……斎木つる?」
 また尋ねると、ややあってまた、こくりと。
 ……これはひょっとするとひょっとするのかもしれない。戸惑いつつ、土方さんを窺った。土方さんの視線が机の上に流れる。机の上には、先に訪問した「斎木様」の伝票がある。

 そこからは早かった。
 この辺りで斎木というと一軒しかないと調べがつき、連絡をとると「孫がいない」とおろおろした様子で老婆が電話口に出た。その後自宅に送り届けると、玄関先で落ち着きなく道を眺めていた老婆はくたびれて見えた。ついさっき見た顔だったから、余計にそう思ったのだろう。老婆は元気な様子のおつるちゃんを見るとわかりやすく安堵し、孫の手を引きながら振り返り振り返り家の中に入っていった。
 影が薄くなり、長く伸びて、夕暮れが近づいてくる。夕食の香りと入り雑じりながら、もう嗅ぎ慣れた煙草の煙が風に流れていく。
「すみません」
 二人を見送っても息苦しさは胸の辺りに残留していた。これだけは言わなければと口を開くと、なんだか妙な沈黙が流れたので、続けた。
「ちゃんと聞き取っていれば、話はもっと早かったんですよね。土方さんが気付いてくれなければ、大事でした。その、非番だったんですよね。せっかくの休日なのに最後まで付き合わせてしまって……」
 段々声は小さくなっていった。我ながら卑屈だなと思った。
 しおらしくしてみせる一方で「土方さんのことだから許してくれるに決まっている」と高を括ったこの卑屈さが、卑しくもある。
 己の卑しさを自覚しなければいけない。
 時々、こうして自分を卑下しなければいけない。
 理不尽な不幸に巻き込まれた私にやさしくして欲しいという欲求は大抵の場合叶えられ、与えられたやさしさは有難く頂戴しているが、いつかそのやさしさに慣れてしまったら帰れなくなってしまうのではと漠然と思うのだ。

 おんなのひととはしゃべれる。
 おとこのひとはこわい。
 たばこをすうおとこのひとはもっとこわい。

 これが幼い時分であれば、与えられるやさしさを素直に取捨選択して、靴を履き替える容易さで脱ぎ捨てたものは忘れ、家に帰ったのだろう。
 大人というのは本当に厄介だ。何事にもつきまとう責任は、やさしさには恩で返そうと縁を作ってしまう。固く結ばれた縁を。

「アンタ、仕事は何だ」
「え」
 突然の問いかけに対し、まず生まれたのは戸惑いで、遅れてかっと瞼裏が熱くなった。土方さんの短い言葉は、皮肉や叱責として耳に残った。
「せっかくの休日なのに最後まで付き合わせただぁ? 警察ってのは事件があれば休みも何もない職業だ。事件の大小に違いはねぇし、そもそも聞き取りを怠ったのはこっちのミスだ。蓋を開けてみれば簡単な事だったのに長引かせて、あの娘の時間もアンタの時間もドブに捨てちまった。アンタはせっかく休みだったのに付き合わせて……」
 耳に覚えのある台詞の途中、土方さんは口を噤んだ。
「……あー。はじめ、公園で人探しをしてたアンタを万事屋に押し付けたからな。説得力ってものが欠けてることは自覚してるが、ようするに、気にするなってことだ。わかるか?」
 そうして決まり悪そうに首を掻いた。
 私は黙って頷いた。
「大丈夫です」
 胸がどきどきしている。土方さんにこんなことを言われるなんて。
 やっぱり、土方さんはやさしい。
 打算染みた言い訳を考えると、やさしい言葉で、代わりに私を卑しんでくれる。

「私、土方さんにはお世話になりっぱなしだっていう気持ちが強いみたいで。お金のこともそうですし、万事屋さんを紹介してくれたこともそう。あの人がいなければ今の私でいられないこと、いくつもあるんですから」
 長谷川さんのこと、夜の公園でのこと、着物のこと、お登勢さんと引き合わせてくれたこと、寄せ植えのこと。この江戸で起きた物事は不思議と坂田さんに帰結していく。引力にひかれるように、ぐるぐると。
 少し照れくさくなってはにかむと、土方さんは眉根を寄せ、よくわからないという表情を浮かべていた。

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