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土曜日・午後十一時三十分。かれこれ一時間近く新宿駅構内を彷徨っている。
就職を機に上京して二年が経つ。三十分に一本電車がくれば万々歳であった田舎育ちにとって、魔窟と称されるこの駅で行きつ戻りつし続けるのは覚悟の上であったが、まさかここまで惑わされるとは思ってもみなかった。こんなことなら都会人ぶって、日頃利用しない路線を利用してまで、旧友の見送りなどしなければよかったと後悔している。
あの子はもうとっくに都内を出ただろうか。考えてみれば、学生の頃から遠征と称し何度も東京に出ていたと聞くし、案内などいらなかったのではないか。頭にはつい一時間前に別れたばかりの旧友の顔が浮かび、次いで、待ち合わせてからのあれこれが浮かんできた。
午前十一時三十分に渋谷駅ハチ公前で待ち合わせ。正月以来の再会を喜び、駅ビルを冷やかしながらメトロに乗って表参道へ。話題のパンケーキ屋に二時間並んで舌鼓を打ち、表参道ヒルズ、竹下通り、明治神宮を見て回った。代々木公園もぐるぐる歩いた。
新宿駅から帰るのだといって、そう広くもない原宿駅で路線を真っ先に探し当てたのはあの子が先だった。テキパキと道を辿る背中にくっついて歩いて、手を振って別れた後にどっと押し寄せてきたのは「おいていかれちゃった」という正体不明の寂しさだった。
実際今日の出来事を思い返してみると、背中を眺めていた記憶がどこにだってあった。それは物理的なものだけではなく、聞くところによれば地元での生活は順風満帆で結婚の話も出ているという精神的な「おいていかれちゃった」もあった。私をさして「都会で暮らせるなんてうらやましい」とあの子は笑ったが、二年も経つのに大して都会ぶれず、有名観光スポット以外のどこも知らず、彼氏の一人も紹介できず、月曜からまた満員電車に揺られては帰って寝るだけの生活を送る私のどこがうらやましいのだろう。
あーあ、やんなっちゃう。
気が大きくなるまで飲んだはずなのにすっかり肌寒くなってきたし、下ろしたてのヒールは痛いしでどこかで一休みしたい。しかし悲しいかなこの時間になるととっくに地下街の店は閉まっている。都会の癖にどうしてもっと長く営業しないのだろう。大体朝だってそうだ。どこのショッピングセンターも十一時営業で、郊外のショッピングモールのほうがよほど早くから営業している。
見ている人もいないからと歩きながらぐるり自転して、おぼつかない足元と揺れる頭の浮遊感をやけくそに味わった。胃の中でちゃぷりとアルコールが掻き混ぜられて、自業自得に気持ち悪さが胃から競りあがってくる。
ほんと、やんなっちゃう。
二十歳もそこそこを過ぎると、地元に残り家庭を築く同級生を眺めては漠然とした不安感に襲われる瞬間が不意に訪れる。大抵は寝て朝になれば過ぎ去る不安だが、懐かしい人と顔をあわせて一人になった時というのはしばらく引き摺るし、訪れるにもずるりとした重たさがある。不安の重力はそのまま、どこか遠い場所を目指して意識を沈ませるのだった。どこか遠い場所、遠い場所を目指す。
たとえば幼い日の情景に。
たとえばここではない世界に。