12

 店先に出て外気を吸い込む。夜毎けだるさが漂うかぶき町も朝になれば空気は張りつめ、酔客は酔いを覚まし通勤者は足早に道順を辿る。幾何学模様のように決まりきった朝の風景の中、私もまた竹箒で地面を撫で、線を辿るように落ち葉をはきあつめていく。
 昨晩は通りの声がかき消されるほど風が強かった。「ヘドロの森」から散り落ちた葉の数は多く、全て回収するのはどだい無理な話だが、いつも通りに二軒隣まで箒でせっせとはいていく。たまに鼻歌を歌ったりなどして、せっせと。
 掃き掃除は東西あわせておよそ二十分かかる。ヘドロの森は午前十時に店を開けるため、遅くても九時半に開始していればちょうどいい頃合いに掃除が終わる。掃除が終われば開店の手伝いをして用向きを屁怒絽さんに尋ねるが、大抵の場合「大丈夫ですよ」で終わるため、それからスナックお登勢が開店するまでの間、部屋でのんびりと昼寝をしたり江戸の町を散策するなどして過ごしている。

 はじめて花屋を手伝う以前までは朝からすることもなく日がな一日暇を持て余していたが、これと決めたことを習慣づけて続けるようになると、身体に一本芯が通ったようにシャキッとする。そういってみると爺婆のようだが、「いやあ助かります。僕が表に出ていると、どうも皆さん緊張してしまうみたいで」という屁怒絽さんのフォローが出来るのも居候としては願ったりのことで、また単純な動機としては、尤もらしい理由をつけて万事屋さんの様子を堂々と窺える、というのもあるのだった。

「おはようございます、鳴海さん」
「おはよう、志村くん」
 万事屋に勤務する志村くんは、九時三十五分頃に通りを歩いてくる。
 聞くところによれば万事屋は不定休で勤務時間も定まっていないため、手が空いたら来るというスタンスらしい。毎朝きっちり時間通りに起きて時間通りの電車に乗りタイムカードを押して「さあ仕事だ」と労働に従事していた私からしてみればなんとも海外チックというか実に気楽そうだが、いつかファミレスで坂田さんが言っていた「給料は現物支給」という冗談みたいな台詞が信憑性を帯びてくる。労働基準法はこの日の本にあるのだろうか。素直にうらやましいとは思えないが、どうであれ、志村くんがこうして今日も健全な青少年男子然として通い詰めているのだから、居心地は良いのだろう。
「鳴海さん、いつもすみません。万事屋の前まで掃除してもらっちゃって」
「ああ、ううん。店の周りはどうしても落ち葉が多くなっちゃうから、このくらいは」
「そんなの気にしてないですよ。うちなんか客商売なのに、ぜーんぜん銀さんが気にしなくて」
 志村くんが困ったように首をすくめる。
「あー……うん、なんとなくわかっちゃうかも」
 坂田さんには悪いけど。
 同じように首をすくめて、顔を見合わせて笑った。笑って、万事屋を仰ぎ見る。瓦屋根の上、木製の柵に備え付けられた手書きの看板。引き戸の先には至って普通のアパートの一室がある。等間隔に吊り下がった提灯、「糖分」の額、こけし染みた謎の置物。唯一万事屋を事務所たらしめているのは、板張りの洋室に置かれた重厚な机くらいなものだ。一応の経営者は、行儀悪く机に足をかけるか、手前のソファで寝転がっているのだろう。
 そんな光景が容易く頭に浮かぶ。

 坂田さん、何してるのかな。

 最近、ふとした時にそんな考えが頭を過る。それはこうして志村くんと挨拶を交わしている時であったり、よく似た白い着物を町中で見掛けた時であったり、勝手場で砂糖を目にした時であったり、ふとした時に。四六時中相手のことを考えては七転八倒し、一挙一動に一喜一憂というほどの苛烈さはない。「いいな」という薄ぼんやりとした気持ちの底に、なんとなくキラキラとしたものがあるのだ。枯色の落ち葉の中でひとつ、鮮やかな一葉が顔を覗かせているようにそっと。
 この感情をなんと呼べばいいのだろう。慕っているとでも言えばいいのだろうか。恋しい、惹かれる、離れ難い、憧れ、懐かしさ──しかしこれに定義づけようとすると、なんか違うなという感じがしてくる。だからといってまったく違うわけでもないから難しい。

 思考の迷路に惑う前に切り上げようと、無理やりに笑顔を深めると、ふいに「そういえば」と志村くんが話を切り出した。
「ところで鳴海さん。さっきの鼻歌、もしかして……」
 言われてはじめて、人の耳に届く音量で鼻歌を歌っていたことに気が付いた。
「やだ、聞こえちゃいました?」
 聞かれていた上に指摘されるとまた恥ずかしい。照れ臭くなったので顔を逸らすついでに記憶を辿った。
「私、何歌ってたっけ。チョメチョメ、チョメチョメ……」
「そうそれ! その鼻歌ってもしかして、お通ちゃんの」
「あー……はい。一度耳にしたら離れなくって」
 少し困ったように志村さんを見る。寺門通の曲は奇天烈な歌詞ばかりで、覚えようとする意志もなく自然頭に入ってしまった曲がいくつかある。チョメチョメからはじまるこの曲もそのうちのひとつで、今朝CMで流れていたこともあり、特別耳に残っていたようだ。
「お通ちゃん、かわいいですよね」
 画面の中でくるくる動くお通ちゃんを頭に浮かべ、あくまでも世間話の延長として口にすると、
「そうですよね!!!!」
 えっ? 志村くんはかつて見たことがないほど目を輝かせて言い放った。そして畳みかけるように何度も何度も頷いた。何度も。
 志村くんといえば眼鏡に物腰の穏やかさに神職のような袴と、常識的でおとなしい子、という印象がありアグレッシブさとは対極にいる。その彼がどうしたことだろう。目をまるくしていると、いつになく饒舌に語りだした。
「お通ちゃんの曲はなんといっても歌詞が特徴的なんですが、それをあの可憐なお通ちゃんが歌っているというメリハリが心地いいんです! 僕はお通ちゃんが無名時代からのファンで、メジャーデビューするまでのあれこれを一番近くで見てきたからよくわかるんですが、夢をかなえるために血の滲むような努力をして、今に至るお通ちゃんの姿。本当に素敵なんです。お通ちゃんがいるからこそ今の僕がいるっていうか、何度も何度も励まされてきて……」
「う、うん。志村くん、ちょっといい?」
 フルスロットルな志村くんに若干威圧されながら、それでも頭の中には、歌も踊りもしない彼の人が浮かんでいた。志村くんの熱が、ヂリリと飛び火していた。
「誰かがいるからこそ今の自分がいるって気持ち、よくわかる。それがアイドルなのか友人なのか恋人なのか、それは人それぞれだけど。でも、みんなにいるとは限らない。本当に特別だと思える人に出会えるって、とても貴重で恵まれたことなんだなって、そう思う」
 瞳に映る私は、どんな顔をしていたのだろう。志村くんは「そうなんですよね!」とまた、それはそれは嬉しそうに頷いた。 

 昼前、掃き掃除を終えた後はやはりこれといった用向きもなく、スナックで勤務するまでの間辺りを散策することにした。
 大通りを一本も曲がればがらりと雰囲気は変わる。白壁が立ち並ぶ閑静な住宅街をきょろきょろ眺めがら歩いていると、不意に眼前を鳥のようなものが一直線に過ぎていった。
 本当に目と鼻の先だったからびくっとして、困惑して、鳥が過ぎ去った方向に目を向けると、白壁にぶっすりとクナイが突き刺さっていた。……クナイ? そう、クナイだ。漫画やアニメで忍者が持ってる、あのクナイ。なぜクナイが? 風はない。いや、あるにはあるが、昨晩ほど強くはない。そもそもクナイは風にのって飛んでくるのか。台風でもないのに。
 そうして呆然としているとどこからか若い女の声が聞こえてきた。
「素人にしてはいい勘してるじゃない。でもその勘、一体いつまで続くかしらね」
 なにが? と思う間もなく悪寒が走り、咄嗟に後ずさると、またついさっきと同じように眼前を鳥のようなものが一直線に過ぎ去り、それはやっぱりクナイで、台風じゃなくて、ちょっとでもズレてたらぶっすりいってたんじゃないか、とか、もしかして殺されそうになったのでは、と考えて、焦って、困惑して、とにかくこの場を離れなければと慌てて踵を返した先に女がいた。藤色の髪の、紛うことなき忍者という格好の女だ。サムライがいればニンジャもいたって不思議ではないが、どうして忍者が私にクナイを投げてきたのか。
 出所の知れない殺意に戸惑っていると、女は爪先からてっぺんまでじっとりとした視線を私に向け、平時であれば美女と評して差し支えないであろう顔を憎々しげに歪めた。
「あなたでしょう。最近銀さんのまわりをうろちょろうろちょろしてる泥棒猫は!」
「は……?」
 ぎんさん? どろぼうねこ?
 頭の中で反芻した言葉を飲み込まないうちに、
「しらばっくれるんじゃないわよ! 私知ってるんだから! 銀さんの机の脇にある鉢植えはアンタが押し付けたものだしその着物は銀さんが選んだものなんでしょう!? 私だってまだ銀さんから着物なんて買って貰ったことないのにィ!!」
 と女がヒステリックに捲し立てた。それと共にぎんさんとどろぼうねこがどう関連付けされて恨みをかったのかが明らかになり、おそらくはぎんさん──坂田さんに対し、それも恋慕に関する、女の強い先入観によって殺されかけたのだと事態を察した。……いや、察したところでなぜ殺されかけるのか常識的に考えられない。返事に窮したが、しかしまたクナイを投げつけられてはたまらないので、ゆっくりと、慎重に言葉を選びながら、なるべく穏やかな調子で声を出すことに努めた。
「何か、誤解されているようです。私は銀さん……坂田さんのことですよね。坂田さんとは、あなたが考えているような関係ではありませんし、あの、これは、買って貰ったというか、その……」
「なによ買って貰ったんじゃないならなんだっていうのよハッキリ言いなさいよ」
「……。いえ、確かに買って貰いはしました」
「やっぱりそうなんじゃないの!!!」
「いえっ、だから、買って貰いはしましたけどそういうんじゃ──ひっ!? ちょ、ちょっと待っ」
「ほらほら逃げるなら逃げなさいよ見っともない顔晒して! 早くしないと大事な大事なその着物に穴が開くわよついでにその身体にもねぇ!!」
 駄目だこの人本当にやばい人だ。こういう場合は正直な態度が一番だと思い、何も脚色せずに伝えようとしたのに、女は不気味に高笑いしながら次々にクナイを放ち、ギリギリのところで逃げ惑う様を楽しんでいる。だからといって立ち止まり「あなたの思い通りに踊ってなんてやらないんだから!」と言えるはずもないので逃げて逃げて、女が言うように見っともない顔晒しながら逃げて、それでも高笑いがずっと追ってくるから咄嗟に目の前にあった屋敷の門を潜り抜けた。立派な不法侵入だがそれでも女はとまらない。高笑いもとまらない。屁怒絽さんに抱くものとはまた違う、底知れない恐ろしさがそこにあった。

 なんだ。なんだなんだなんだなんだ!

 そうこうしているうちにとうとう四隅に追い込まれ、すわ頭か首か心臓か。女がクナイを構えじわじわと近づいてきた。私が何をしたっていうんだ坂田さんの馬鹿、と無関係でもないけれど悪くもない坂田さんに恨み事を唱えながら女を見据え、ちょっと泣いていた。
「さあ御遊びもここまで。あなたのことは同居している天人に食われたとでも銀さんに伝えておくわ」
 だからあんしんしていきなさい。女はそう言っていた。目がそう言っていた。
 この世界に来てから死にそう、と思ったことは一度じゃないけど、まさかこんな、逆恨みで死ぬことになるとは思わなかった──魚の腹のように鈍く光るクナイをぼんやり眺めていると、

「……おい猿飛、人の屋敷で何やってんだ」
 不意に第三者の、こんな状況でも酷く平静で、どちらかといえば呆れを含んだ声が聞こえてきた。 
「なによ。私と銀さんの問題に首突っ込まないでくれる?」
「首どころか身体ごと人の敷地に突っ込んできてんのはテメェらだろ。何だか知らねーが、余所でやれ余所で」
 今度は男だ。厚ぼったい前髪で表情は見えないが、線が細く気だるげな印象を受ける。猿飛と呼ばれた女と知り合いのようで、人が殺されかけているというのに気になる態度だが、なんにせよ風向きが変わった。なんでもいいから助けて下さいとすがるような目で必死に男に念を送ると、なかなかいい顔するじゃねぇか、とどうしてか口笛を吹かれ、は? と顔をしかめると、しかし助け船はくれるようで、男は女に向き直った。
「っていうかお前だけだろヒートアップしてんの。素人だぞ。奴さんの話、少しは聞いてやれ」
「私の耳は銀さんの声を聞くためだけにあり私の目は銀さんを見つめるためだけにあるの。他の人間が入る余地なんてこれっぽっちもないわ」
「お前が今見ているのは庭の木だけどな」
 女はいつの間にか明後日の方向を向いていた。高度なボケなのかと思ったがふざけている素振りもないので、この隙に距離をとったほうがいいのかどうか迷った。男を窺い見るとこくりと頷いたので、黙って背に隠れるように移動した。男がぼそりと囁いた。「あいつ、眼鏡をかけてないとろくにものが見えないからな」
 ひょっとしてろくに見えないでいたから命を繋げたのであって、見えていたらタダでは済まなかったのだろうか。木に向かって威嚇するように睨んでいる女を見ていると、様々な思いから気が遠くなってくる。
「しかしアンタも厄介なのに目をつけられたな。……ヤツは忍だ。始末屋さっちゃんなんて呼ばれて仕事の腕は超一流なんだが、好いた男のことになるとただの雌豚に成り下がる。見境のないヤツだから、弁解出来るなら今のうちにしておいたほうがいいぜ?」
「……弁解出来なかったら、どうなるんでしょう」
 前髪越しでもわかるほど、男が笑っているのが見えた。
「言わなくてもわかるだろうよ」
 私はその言葉の意味を考えて、またうなだれた。

 なんで? この世界に迷い込んでから今日まで、働かざる者食うべからず・恩は返さなければとまっとうに生きてきたのに、どうしてこんなことが起きるのか。坂田さんの交遊関係は一体どうなっているんだろう。この国の警察組織と密接な関係があり、悪漢に立ち向かい、いっそ悪どく品を値切り、危うい女性に好かれ――ってのはいいとして、今はこの現実をどうにかしなくてはいけない。これまで積み重ねてきた人生、社会人として厄介なお客様を相手する術はそれなりに覚えがあるが、忍者への対処マニュアルなんて見たことも聞いたこともない。
 勝手に逃げ込んでいることだって申し訳ないと思っているが、ひとまず今頼りになるのはこの男かとそっと様子を窺うと、背中に目がついてるみたく男が言った。
「なあ、アンタ、本当のことを言うと、銀時のことをどう思ってるんだ? ヤツの事が好きなのか?」
「それは」
 坂田さんのことは勿論好きだ。ただそれが色恋からくるのかと聞かれれば、よくわからない。帯を直してくれた時の不意の接触にはどきりとしたが、それは坂田さん以外の異性にも成り得る反応だ。だから違う。でも、坂田さんのことは特別気になる。だからといって――……この類の思考の迷路には出口がない。
「……坂田さんのことは、好きです。けど、あの女の人が坂田さんに対しての抱いている好きと同じでは、ないです」
 たぶん。
 言葉に悩みながらも小声で答えた。
 同じではないという言葉は、違うという言葉よりもやさしい。嘘をついているわけじゃないけど、本当でもない、って感じ。致しかねますとか、検討しますとか、曖昧に濁すやり方は酷く日本人らしい。ただ、この得体の知れない女相手にどこまで日本語が通用するのかはわからない。だってこの人はお客様ではない。私からしてみれば初対面の、忍者で、ぶっちゃけ気狂いでしかない。
 なぜ坂田さんとの仲をとやかく言われなければならないんだという不満と、理不尽に迫る命の危機。兼ね合いは難しく、複雑に顔を歪めていると、男だけは楽しそうに含み笑いをしていた。
「っていうか、あなた、坂田さんのお友達か何かですか?」
「ん? まあ、ジャンプ仲間ってところだな」
「なんですかそれ」
「コンビニでジャンプを取り合う仲だ」
「はあ」
 ジャンプってあのジャンプのことだろうか。そうだとしたらまるで中学生みたいだ。っていうかジャンプ、あるんだ。
 コンビニに並ぶ週刊漫画雑誌を想像すると、好きだったお茶の銘柄とかついで買いしてしまうホットスナックの類だとか、顔見知りになった店員との挨拶とか、ありふれた日常の光景が次々に浮かび僅かに現実から逃避出来た。しかしいつまでもそうしているとしまつにおえなくなってくるだろう。この男の背に隠れている間は命の保証がまだあるが、その後は? 友情・努力・勝利がお手軽価格で手に入れられるならさっさと財布を出しているが、求められているものはプライスレス。こんな体験したことがない。
 しかし、ああ、もう、やるしかないのか。やだな。やだなー。
 また溜息を吐いて、瞑目し、開いた。
「あのう」
「服部だ。あいつは、猿飛あやめ」
「……。ハットリさん、ありがとうございます」
 忍者って、嫌いだ。
 そう思う。そう思ってしまうには無理もないことが続いている。
「猿飛さん、あの、ひとつ申し上げたいことが」
「なによ」
 猿飛さんの声は冷たい。冷たいのに、火傷しそうなくらいな激昂を見せるからドライアイスのようだ。本当のドライアイスのように、そのうち気化して消えてしまえばいいのに。
「私は、えーと……この着物の代金やら何やら、真選組の土方さんが用意して下さったもので」
「それが私はにどう繋がるのよ。……あなた、土方が好きだっていうの?」
「そう……ですね、ハイ。土方さんのこと、好きで……」
 嘘ではない。
 告白すると猿飛さんは憎悪に歪めに歪めていた顔をふと緩め、今度はなぜ? と問うように眉根を寄せた。どれだけ目が悪いのか相変わらず庭の木に向かっていた。
 猿飛さんはこちらを見てはいないが、言葉に偽りはないことを示すために、また自分自身に言い含めるように何度も頷き、
「もとはといえばお金を工面してくれて、万事屋さんに連れてってくれたのも土方さんで、私……その時のことを思い出しては、つい、万事屋さんを見上げてしまって」
 そう言って、憂うように視線を落とした。服部さんが、そうなの? と覗きこんでくる。嘘は言っていない。
「……何よそれ。そんなので私が騙されると思ってんの? ……ねぇほんとに? ほんとに銀さんじゃなくて土方が好きなの? 嘘じゃないわよね」
 ……嘘は言わない。
 猿飛さんの言いなりになるまいという自尊心も働き、この言葉には「そうです」と返さず沈黙を貫いた。土方さんは好きだけど、坂田さんも好きだ。恋慕がどうのという話だって、私は口にしていない。だからセーフだ、セーフ。

 そうやって正当性を求め自分に言い聞かせる時間に限って長いもので、生命を左右するもの、坂田さんを想うもの、あるいは土方さんを想うそれぞれ微小な疼痛が、次第に頭を漠とさせ心身を熱し手に汗が滲んだ。息苦しくなり、やっと息を吐くと、
「そのくらいにしとけよ」
 と服部さんが場の空気をやわらげた。
「秘めていた想いを人に晒すなんて、誰にでも出来ることじゃねぇだろ。猿飛、お前も恋してるっていうなら奴さんの気持ちがわかるんじゃねーか?」
 猿飛さんは、ちょっとむっとしたように唇を引き結ぶ。まだ何か言われるんじゃないかとドキドキしたが、意外にも「わかったわよ。悪かったわね」と小さく言った。今度はほっと息を吐いて、気にしないで下さいとゆるく首を振る。内心ではガッツポーズを決めていた。よかった。服部さんがとりなしてくれてよかったー。
「ただし、銀さんにちゃんと言いなさいよ。私は土方さんが好きなんだから誤解しないでよねって言いなさいよ絶対だからね」
 服部さんの言うことまるで伝わってない。
「駄目だなこいつ」
 服部さんも匙を投げた。もうちょっと説得して欲しかったのに、残念に思う。でも見ず知らずの不法侵入者を憐れんでここまでしてくれたのだから催促してはいけない。私が服部さんの立場だとして、これ以上首を突っ込みたくない案件だから。
 ここで頷かなければ私はどうなるのか、悲しいことに簡単に想像がついた。土方さん巻き込んでしまってごめんなさい。これ以上は誤魔化せないかと観念し、頷いた首は酷く重たかった。

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