(奈緒視点)
走れ、走れ。
久しぶりにこんなに走ったから、身体が悲鳴を上げていた。
息が苦しい、心がすごく苦しい。
やっぱりこの道を通るんじゃなかった。
奈緒「……もう大丈夫かと思ったんだけどなぁ」
息も絶え絶えにボソリと呟いたその声は、誰にも聞かれることなく、ってな訳にはいかなかった。
幸村「何がもう大丈夫だと思ったの?」
いきなり聞こえた知り合いの声にビクリと肩が跳ねた。
幸村精市、一番嫌な人に聞かれてしまった。
彼は侮れない男だ、七瀬の件のこともあるし。
ゆっきーに誤魔化しなんて効かないだろうなぁ……。
ウチは腹を括って声の方向に向き直った。
ゆっきーは薄い微笑をたたえてこちらを見ていた。
その綺麗な色の瞳の奥は全然読めそうにない。
奈緒「……内緒だよ!!」
わざと明るいテンションでへらりと笑う。
題して、なんとかテンションを上げてこの状況を切り抜けてしまおう!大作戦だ。
……やはり、これにはちょっと無理があったか。
ゆっきーは眉を下げて困ったように笑っていた。
幸村「ごめんね、奈緒。聞いちゃいけないことだったみたいだね。……そうだ、迷惑じゃなければ俺と一緒に帰らない?」
奈緒「なんか気を遣わせちゃったみたいでごめん。一緒に帰ろ!……あ、でも七瀬も一緒じゃなくてごめんね」
そう言うと、ゆっきーは何がおかしいのか声をあげて笑った。
幸村「大丈夫だよ。それこそ気を遣わせてしまったようでごめんね。やっぱり奈緒は人を気遣える良い子だね。奈緒をマネージャーに勧誘したのは正解だったな」
ゆっきーは時々、人が普通に言うのを少しためらうようなことをさらっと言う。
……というか、テニス部のみんながこんな感じな気がする。
だから、モテるんだろうな。
幸村「柳生やあの仁王まで奈緒を気に入るのも頷けるよ」
奈緒「……え?やぎゅは友達だからともかく、仁王がウチのこと気に入ってるってどういうこと!?ウチ仁王とまともに喋ったのなんて、入部してからの数回しかないよ??」
幸村「そうなの?でも、仁王は奈緒が入部するずっと前から、一方的に奈緒のことを知ってたみたいだけどね。それに、俺も奈緒には感謝してるんだよ?」
……なんだか色々と聞きたいことが多かったような気がする。
なんなんだ、幸村精市。
なんなんだ、テニス部。
気になって仕方がなくて聞いてみたけれど、今度は彼が誤魔化す番らしい。
幸村「今はまだ内緒だよ」
にこり、綺麗に笑う。
彼の謎はますます深まるばかりである。
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