一本に縛った、紅く長い髪が揺れる。晴れ渡る空の下、数名の男達が紅い髪の男と対峙している。紅い髪の男はユランという。
 ユランは無駄のない動きで相手を制する。太刀は目にも止まらぬ速さで、相手は為す術もなく倒れていった。息はある。多少の怪我なら了承済みだ。生きたまま縄で縛り上げ、依頼者に送り届ければ任務完了だ。ユランにとっては簡単な仕事だった。

 最後の一人はすでに逃げようと背を向けている。逃がしはしない。追って、剣を振り上げた。

「危ない!」
 大きな男がつんのめるように、ユランの目の前に飛び出した。
 止める間もなく、大剣は振り落とされてしまった。見知らぬ男の背中が赤黒く染まっていく。血溜まりを作りながら、男はうつ伏せに倒れた。

 ユランは戸惑う。何が起こったのか、頭で整理ができない。
 この男は何者なのか。どうして邪魔をしたのか。完全に気配を消して現れた挙げ句、無駄に死んでいこうとしているのだ。目的がわからない。

 本当のターゲットは振り返ることなく、全速力で逃げている。このままでは任務は失敗だ。

 ユランは苛立ちを顕にして、死にかけの男に問いかける。
「何をしている?」
 男は呻きながら、体を横に逸らした。体の下から三匹の蛙が飛び出した。まだ小さなアマガエルだ。

 か細い声で男は答える。
「この子達、やっと……蛙になれたんです。仲間が……何十匹も干からびるなか、奇跡的に…仲良し三兄弟で蛙になっ…初めての……冒険です。貴方が……踏み潰しかけ……」

 只者ではないと思ったが、男の頭がどうかしているだけだった。そんな男の最期の言葉を聞いている余裕はない。ユランは逃げた男を追いかけようと踵を返した。

 そのとき、赤や黄色の絵の具を溶かしたような形容し難い色の帽子が蛙男のほうに寄ってきた。帽子のつばの下には、何本もの蛸の脚が見える。器用に陸を走っている。蛸は二本の脚を腕のようにして帽子を持ち上げ、残りの脚で駆けている。六匹ほどいるだろうか。
 ユランは初めて見るモンスターを一匹持ち上げ、凝視する。頭は蛸のものではなく、林檎だ。爽やかな林檎の匂いと、生臭いような磯の匂いが鼻をくすぐる。小さな目もあり、ばちぱちと瞬きしてこちらを見つめている。あろうことか、脚をくねくねさせて、林檎が頬を染めた。

「あら、イケメン!」
 人の言葉を喋る林檎だった。
 他の林檎も例のおかしな男の周りで騒がしくなる。
「止血だ!」
「やり方、知らない!」
「傷にへばりついてみたら?」
「直接傷に触れると、食べ物生命が終わっちゃう!」
「でも、糸田が死ぬぞ」

 林檎達は男を助けたいらしい。困惑しつつも、ユランは手に持った林檎に話しかける。
「もう長くはないだろう」
「なんてこと!誰がそんな、ひどいことを!」

 血溜まりの中で、動けなくなったイトダなる男がユランを涙目で睨んでいる。ひゅーひゅーと口から漏れる息が、"you"にも聞こえる。
 林檎は糸田の側で、最期の言葉を聞き逃すまいとした。
 糸田は最後の力を振り絞り、人差し指でユランを指し示した。

 このまま放っておくと、状況を理解した林檎がユランのほうに押し寄せることになる。先程より確実に数が増えている林檎こそ、只者ではないように思えた。
 赤い実は押し合い圧し合いしながら、糸田の体に乗り上げ心配している。糸田を助けないのか、押し潰したいのか判別できない。
 目の前で繰り広げられる珍事にユランはただ呆然とするしかない。
 しかし、これ以上巻き込まれてはならない。一刻も早く退散するべきだ。ユランは林檎を地面に置こうとした。だが、林檎は抱きつくように手首に巻き付き泣いている。かなりの力で、びくともしない。やはり林檎は只者ではない。


 林檎のイトダを呼ぶ声がさらに大きくなっていく。
 安全な場所に待たせたユランの姉も、こちらを探しに来る頃だろうか。こんなことで、姉の手を煩わせたくない。

 ユランは溜め息をついて、糸田の背中に乗った大量の林檎を退かした。まだ息があることに少しだけ安堵する。ユランは大きく開いた背中の傷に手を当てる。淡い光を放ち、あっという間に血が止まっていく。簡単な治癒魔法だが、応急措置としては十分だろう。
「あとは自分で病院に行ってくれ」

 そう言うやいなや、ユランは渾身の力で手首に巻き付いた林檎を引き離した。ここに長居するなと野生の勘が伝えている。
 林檎の礼も聞くことなく、ユランは走り去っていった。
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