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等間隔に置かれた街灯が街をぼんやりと照らしている。夜道を出歩くのは酔いどればかりだ。しかし、今晩は誰も外に出ようとしない。窓越しに見える雨粒が濃い灰色だ。
朝を迎えても、街は暗い影を落としたままだろう。壁に覆われた風景をフィネスは思い浮かべる。壁の外の絶望から、我々は守られている。我々は選ばれし民だ。此処は神が与えし最善の世界なのだ。フィネスはこの世界を疑うことなどなかった。
教会の奥の部屋で事務処理を終えたとき、礼拝堂の扉の閉まる小さな音を聞いた。礼拝堂は皆に開け放たれている。
「アマリリス」が来たのだろう。フィネスは物音を立てないようにして、そっと部屋を出た。
ステンドグラスの鮮やかな影が美しい礼拝堂に、白い髪のアマリリスがいた。長椅子に座り、頭を垂れ、祈りを捧げている。脇に置かれた防護スーツの頭部は雫で汚れて見えた。
フィネスはタオルを渡そうと手にするのだが、一度も渡せたことはない。自分の教えも導きも求められていないことをわかっていた。ふいに声をかけてしまえば、彼女はこの祈りの場所すらも手離すように思えてならなかった。
手を差しのべられることを頑なに拒否するアマリリスの声を聞くのは神のみである。
フィネスはそれを喜ばしく思う反面、寂しくも感じていた。秘密の祈りも本来知るべきではなかったのかもしれない。
ひっそりと行われる雨の日の祈りは、昼に見るアマリリスよりも苦しみや痛みを感じとれた。
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