バッドボーイ・ループ・ザ・ループ





お前のポートレイトを初めて見た時、俺、ヨーヨーのことを思い出してたんだ。

俺たちの旗揚げ公演前、迫田さんが小道具の銃と一緒にヨーヨーを持ってきたあの日。お前、誰から言われた訳でもねえのに箱から1つヨーヨー取り出して、俺らの前で披露してくれたよな。「昔メッチャ練習したから」って笑って。
きっとお前のことだからさ、マジでメチャクチャ練習したんだろうな。だって自分から披露しようと思うくらい自信あったんだろ。お前がその自信を持てるようになるまで、きっととんでもねえ量の練習をしたんだろうなって、今ならさ、分かんだよ。
お前さ、なんか自己評価低いじゃん。で、その、ひっくいところから何でもスタートしてんだろ?だからお前は見上げる時、他の奴より高く首を持ち上げる。他の奴より時間をかけて階段を積み上げる。でもよ、ここが不思議なとこなんだけど、お前はそれに舌打ちしねえんだ。「なんで自分ばっかりこんなに」って愚痴ったりもしねえ。お前はただ目の前にある壁を登る。誰の手も借りねえで、自分ができると思った方法で。

最初は単に卑屈なのかと思った。
「影の薄い俺」だの「目立てる要素がない」だの「要領が悪い」だの。お前、ポートレイトの中で自分のこと散々に言ってたよな。挙げ句の果てには天馬に対して「あっち側の人間になれない」ってよ。
冴える冴えないだとか華があるとかないだとか。誰かにはっきり断言された訳でも、百人いたら百人がわかるような物差しで測った訳でもねえのに、お前は自分を「冴えない、華がない、こっち側」って勝手に線引きしてたんだ。
それって物凄く不毛で意味のない行為なんじゃねえの。だって俺は自分のことをそんな風に線引きしたことはねえし、理想や目標がもしもあるなら、線なんか引く前に自力でそこまで行けよって思うからだ。
お前、天馬のこと「コンプレックスの塊」って言ったよな。自分と比較して、打ちのめされて、勝手に劣等感感じてたんだろ。でも俺にはその感情がよく分かんねえ。だって比較すんのは何の為に?それが自分の肥やしにでもなんのか?いやなんねえだろ。んなもん、頑張るのやめてサボる時の言い訳くらいにしか使えねえじゃん。
…だから最初はお前のポートレイト、言い訳を聞かされてるだけなのかと思ってぶっちゃけ少しイラついた。

でもよ、旗揚げ公演、千秋楽までお前と付き合っていく中で分かったことがある。
お前は「俺なんか」って言わない。「どうせ」って諦めない。自分のことを散々こき下ろしておきながら「できない」とは絶対に言わねえんだ。
不思議だった。なんの疑問も持たず自分を過小評価するくせに、努力も同じ要領で躊躇いなくやってのけるのだ。

秋組メンツと監督ちゃん、それから幸の前でヨーヨーを披露したお前に、俺は張り合う気なんざなかった。ただどんなもんかやってみたかっただけで、好奇心以外には本当に何もなかったんだ。
卑屈なのか努力家なのかよく分かんねえお前があの時、どんな気持ちで「やっぱ万チャンにはかなわねえなー」って言ったのか。その後自分がどういう返しをしたのかいまいち覚えてねえけど、あの時のことを思い出す度、ああ俺、しくったなって思う。
小学生の頃のお前が丁寧に積み上げた階段を、なんの感慨もねえまま蹴り飛ばしたみてえな気持ちになって、結構ガチで萎えたんだ、実は。

ポートレイトの中盤、お前が言ってた言葉を思い返す。
「なんでも器用にこなす万チャンにも内心密かに嫉妬した」
なあ太一。いつからお前は俺に嫉妬してて、それを隠しながら笑ってたんだろう。





▽▽▽▽▽





「万チャン!コレ!コレが完成形!」
太一の声にハッとした。
「…悪りぃ全然見てなかった、もっかいやって」
「え〜!頼むッスよ万チャン!コレ二人で成功したらメッチャかっこいいんだから!」
「へえへえ」
二人でなにしてるかって?今度開催される寮内のかくし芸大会で、太一とヨーヨーを披露することになったから、それの練習中ってわけ。
太一は止まった状態のヨーヨーをまっすぐ垂らして、糸を織り上げるように掬っていく。糸で作られた左右対称の記号の真ん中にヨーヨーが鎮座する。それはまるでなにかの紋章のように見えた。
「で、ここでこうやって前後に三回!これでトリック認定ね!」
太一は言いながらヨーヨーを前後に三回揺らしてみせた。
「別に認定する奴いねえんだからいんじゃねえの」
「ダメッス!そこ曖昧にしたらヨーヨーの定義が失われる」
ちなみにトリックっつうのはヨーヨーの「技」のことで、認定っつうのは「技の有効無効を決めるポイント」みてえな意味。別にヨーヨーの大会じゃねんだからこだわる必要ねえと思うんだけど、まあ、せっかくなら完璧目指してえしな。俺は太一の言うことに頷いた。
「…えーと、こうで?次こうなって?そんでこうか?」
「そう!さっすが万チャン!そしたら右手を返して、下ろして」
「あー、なる。そんでこうなってこうだろ」
「そうそう!」
太一のヨーヨーと同じ形になったところで俺もヨーヨーを前後に三回揺らす。横で太一が「認定〜!」と騒ぐので「わぁったわぁった」と制した。
「これをスリープの状態でやるんだよ!そしたらスパイダー・ベイビーの完成ッス!」
「マジかハードル高ぇな。ちょっと練習さして」
スリープっつうのはヨーヨーをストリングの先端で空回りさせるっていうトリックなんだけど…あーまあいいや。とりあえず相当難しい技って前置きされたからそうなんだろう。とっとと、このスパイダー・ベイビーとやらを習得しねえとな。
「俺っちねー、これできるようになるまで血の滲むような特訓したんスよ」
「確かにムズイな…あーだめだこれ焦ると」
スリープさせながらだと一気に難易度が増すらしい、手を返すところで途端に糸が絡まってしまった。ヨーヨーの反復練習で一番面倒なところは間違いなく、この絡まった糸を解く作業だ。トリックを練習する時間の、下手したら何倍もかかってしまう。
「っち、解けねえ」
手元の絡まりと格闘していると太一が「ひひ」と笑った。
「んだよ」
「俺もその作業一番嫌い」
「笑ってんじゃねー、手伝えや」
「いやヨーヨー練習はひたすら孤独と忍耐との戦いだから。頑張って万チャン」
なんだかそれらしいことを言って違う技を練習し始めた太一は、からかうと言うよりも純粋に楽しそうな顔で笑っていた。鼻歌交じりにヨーヨーを操るその姿はガキみてえで、見てるこっちも思わず笑いが溢れそうになる。
「…お、お。お?だいぶ上手くなってきたんじゃね俺」
何回か繰り返していると、スリープ状態でも三回ほど手を返せるようになってきた。太一は目を丸くしてこちらを見つめる。
「えー!?なんでそんな早いの万チャン!どーなってんの!?」
「な。できちまうんだわ」
「すげー!マジすげー!」
太一の目はキラキラ輝いていたけれど、俺はその表情を少し注意深く観察した。もし一瞬でも曇るようなら何か方法を考えねーと。例えば個人練習に切り替えるとか、太一もまだやったことない技の練習に切り替えるとかさ。
でもそれはいらねえ心配だった。太一は屈託のねえ顔で笑って、こう言ったんだ。
「なんかさ、一緒に練習すんの楽しいね!」

…太一。
あの時はごめんなとか。俺とやってくれてありがとうとか。俺とだと辛くねえ?とかさあ。なんか全部違えんだよな。どれもこれも言いたくねえし、どの言葉も俺の気持ちをドンピシャに表してはくれない。
俺はお前に謝りたいわけでも感謝したいわけでもない。ましてや、あの時のことをわざわざ掘り返してお前の気持ちを解明したいわけでもない。
ただ、今お前が笑いながら言ってくれた言葉が、俺の言いたかったことと一緒でよ。
なんかそれだけでいいかって、それが全てだよなって、思うんだよ。

「おう。俺も楽しいわ」
そう言って笑ったら「にしし!」って、マジで小学生みてえな顔して笑い返してくるから、つられて俺も「うはは」と声が溢れてしまった。ったく、お前といるとこっちまで精神年齢が下がるわ。
物事はシンプルにできてる。
ヨーヨーはちゃんとやってみたら予想以上に面白えし、糸が絡まった時はクソ面倒くせえし、孤独と忍耐との戦いってマジだし、難しいトリックをバッチリ決めた時は気持ちいい。
そういうの全部込みで今お前と一緒に楽しいと思えてんなら、なんかさ。嬉しいわけよ俺は。

「万チャン!最後の大トリはループ・ザ・ループでいこう!」
「ん?おお。んだそれ?どんなやつ?」
「見てて!こういうの!」
太一はヨーヨーを勢いよく前に投げ出してから引き戻し、手首を返してまた前方へ送り出した。スリープもさせず一度も掴まないままヨーヨーを何周も回す。卵型の軌道を10周させたところで、太一はヨーヨーをキャッチして手を止めた。
「今10回やったから、これでループ・ザ・ループ10ね。20回くらいやったら結構オーディエンス沸かせられると思うんスよー!」
「おー。じゃあ折角だし30目指してやるか」
「30!?ループ・ザ・ループ30!?あはは、俺っちもまだ30はやったことないや!うん、一緒にやってみよー万チャン!」
太一の手本を見ながら何度も練習を重ねているうちに、どれだけ熱中してたんだろう、いつの間にか辺りはすっかり夜になっていた。
スマホゲームの体力を無駄にしちまったし、輪っか通してる指の付け根と手首がちょっと痛かったけど、まあいっか。

卑屈とか努力家とか、ネガティブとかポジティブとか。どれも当てはまるようで、でもやっぱりしっくり来ない。
なんかお前って変な奴。お前みたいな奴のことなんて言えば良いんだろうな。…ああ、ひたむきっつうのか。分かんねえけど。

なあ、どうせやんならさ、あいつら全員ビックリさせてえし監督ちゃんにも良いとこ見せてえな。
俺も全力出すからよ、一緒に優勝しようぜ太一。






▽▽▽▽▽






ねえ万チャン。
旗揚げ公演前の衣装合わせの時のこと、万チャンは覚えてる?
迫田サンが小道具と一緒にヨーヨーの箱を持ってきて、俺が中から一個取り出してみんなの前で披露してみせた時。
俺のやったトリックを万チャンが軽々とやってのけるから、俺、ほんとはちょっと嫉妬してた。…ごめん、ちょっとじゃないや、ホントはすげえ嫉妬した。
笑顔貼っつけて「かなわねえなー!」って言った俺に、万チャンあの時、なんて返したか覚えてる?
「しょうがねぇだろ。なんでもできんだよ」って、言ったんだ。
あのね、もしもあの時万チャンが「ごめんな」とか「そんなことねえよ」とか言ってたら俺、苦しくて悲しくて、うまくやり過ごせなかったかもしれない。でも万チャンは、俺の様子を伺うでもなく、謙遜するわけでもなく、ただ普通に「しょうがねえだろ」って言ったんだ。そのままの事実を、そのままの温度で。
…なんでかな、俺はそれが気持ちよくて、あの時少し気持ちが楽になったんだよ。

今でも万チャンといると羨ましくなるし、なんでもできてすげえなあ俺とは全然違うなあって思わされる。でもなんでだろ、一緒にいると楽しいんだ。そんで、いつだって苦しい気持ちよりそっちの方が大きいんだよ。
うまく言えないから言わないでいるけど、俺は万チャンと一緒にいる時間が好きで、万チャンと一緒にいる時の自分のことも好きだ。
なんでもできて、かっこよくて、嫌味がない万チャン。だからこそ俺あの時「嫌味だ!」って文句言えたんだよ。え?言ってることメチャクチャ?…う〜んだから、上手く言えないって言ったじゃん!

万チャンと一緒にウルトラヨーヨーできてホントに嬉しい。一緒に優勝したいな。しようね万チャン。
ヨーヨー、まだまだ他にもトリック沢山あるからさ、かくし芸大会終わった後でもやりたくなったら言ってよ。万チャンが言ってくれたら俺、張り切って新技にチャレンジするから!














あとがき


ずっとずっと前から思いついてた万太のお話があるのですが、そのお話の導入部分に「ヨーヨーのくだり絶対入れよう!」と思っていたんです。
万里くんと太一くんは、お互いに理解出来ないところや遠すぎるところがあって、だからなのか嫉妬とか見下しの感情がすぐそこまで来てしまいそうなのに、どうしてか一緒にいると楽しくて、ギスギスやドロドロにならないっていうところが最高だなぁって思います。…好きだなぁ…。
その、前から思いついていた話と言うのが「遠いからこそ違うからこそ惹かれる」みたいなのがテーマで、だからウルトラヨーヨーのくだりは絶対入れなくちゃと思っていたのですが…。
公式で(;_;)イベントストーリーで(;_;)二人が(;_;)一緒にヨーヨーやるなんて(;_;)まさか(;_;)うわああああぁん(;_;)
公式がここを拾い上げてくれるとは思わなくて、嬉しくて嬉しくて、だからもうヨーヨーのことだけで1つのお話を書こう!と思って書きました。
太一くんも万里くんも、二人で一緒にヨーヨーやってるのを「楽しい!嬉しい!」って思ってたらいいな。なんだか泣きたくなります。

なんだか胸がキュンとなる、素敵なイベストでした。細かなところに沢山読み解くポイントがあって、温かい気持ちになりました。公式ありがとう………。


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