あー、クソ、だめだ。動けねェ。
 前にもこんなことがあったよなあと思い出す。ガキの頃から病気とは無縁の身体だったのに、ここ数年になっていきなりなんなんだ。歳か。歳なのか。
 最近忙しかったし、気温が上がったり下がったりで、体調管理がおろそかになっていた自覚はなくもねェが。やっと休みが取れたと思ったらこのザマってのは、ちょっと、だいぶ勘弁してほしい。
 つらつら考えごとをして意識をそらしたところで、状況は何も変わらない。
 枕もとに手を伸ばして時計を取る。とっくに昼は過ぎて、どちらかというと夕方に近い。
 あいつ、昨日は飲み会で、今日は朝からバイトだって言ってたよなあ。朝飯と昼飯はどうしたんだろう。ガキじゃあるまいし、なければないで適当に食べるだろうが、ほんっとに、放っておくと適当なもんしか食わねェから気がかりだ。やるべきことをすっぽかして寝ていたおれが言えたことじゃねェが。
 晩飯作ってやれるかな。無理そうだな。ちょっと身を起こしただけで尋常じゃなく頭が痛ェ。薬どこにやったっけな……思い出せねェし、思い出せたとして、そもそも取りに行くのすら無理そうだなあ。ああ、情けねェ。
 手探りでなんとか携帯を探し当て、メールを打つ。


 目を開ける。
 ベッドの脇で、椅子に座ったウソップがうつらうつらしている。
 あ…ん? 寝てたのか、おれ? いつのまに? 寝ようと試みた記憶すらねェ。限りなく気絶に近い。
 こいつ、いつの間に帰ってきて、いつの間に入ってきたんだろう。
 カーテンの隙間から夕日が差している。ものすげェ既視感だ。前と違うところは、ウソップが抱えているのが、くまじゃなく羊ってところぐらいか。
 去年のクリスマスにおれがやったぬいぐるみ。こいつはいたく気に入っていて、名前までつけて、ほぼ一年経った今でも大切にしている。
「ん…、ん……?」
 なんとなく目が離せず見つめていると、とろとろとウソップの瞼が開いた。
 しばらくぼんやりした後、おれが起きていることに気付いて、弾かれたように背筋をのばす。
「サンジっ。え、っと、あー……」
 何を言えばいいか分からないのだろう。たじろいでいるのがかわいそうで、こっちから「ごめんな」と謝った。
 みるみる泣きそうな顔になるのはやめてほしい。
「しんぱい…、した」
「ああ」
「お前、あんなメールよこすから、慌ててバイト切り上げて帰ってきたら、すげェ熱だし、」
「あー」
 メール、送ろうとしたな、そういえば。送ろうとした、ところまでしか覚えてねェんだが。ちゃんと送れてたのか。
 あんなメールってどんな……。
「ごめん、サンジ、おれ、」
 なんでお前が謝るんだよ。
「朝、気付けなくて……気付いてたら、」
 ああ、もう、だめだ。見てらんねェ。
 身体を起こすと、ウソップが大慌てで立ち上がり、こちらに手を伸ばしてきた。当然抱えていた羊はころっと床に落ちたが、気にする余裕すらねェらしい。
 ちゃんと寝てろって、おれをベッドに押さえつけたいんだろうが、寸のところでためらって触れてこない。その腕を掴んで、ぐいと引き寄せた。
 あっさり懐にとびこんできた身体を抱きしめ、再びベッドに沈む。
 状況についていけてねェんだろう、じたばたもがいているのに構わず、わしわし頭を撫でてやる。
 ぴたりとウソップの動きが止まる。
 ――どうも、こいつの寂しそうな哀しそうな泣きそうな……そういう顔を見るのが、おれはいたく嫌いだ。
 おれのせいだなんてまっぴらだ。
 心配かけるなって。面倒かけるなって。ちゃんと飯作れよって、もっと怒ればいいのに。なんでそんなにお人好しなんだ。
 お前は何一つ悪くないのに、なんで全部自分のせいみたいな顔をするんだ。
 おとなしくなったので、幾分力を抜いて、やさしく頭を撫でる。と、ほどなくして、ぐずぐず鼻をすする音が聞こえてくる。
 普段はしっかりして見えるのに、こいつを纏う空気は時々、ひどく幼く揺らぐ。
 おれが世話をやめたら死ぬんじゃねェかと、錯覚してしまうほど。
「ごめ……サンジ、」
「いい」
「すぐ飯つくるから、くすり、」
「あとでいい」
 もう少しやさしい言葉をかけてやれたらいいのになあと自分で思う。
 そういう風に育ったんだからしょうがねェよなあとも思う。
 やっぱりどこか、昔の自分と重ねちまってるんだなあとも。
「……サンジ」
「大丈夫だから」
 頭は痛ェし、身体は重いし、クソ暑いのに寒気はひどいし、まあ、ぜんっぜん大丈夫じゃねェけど。それでも、お前にそんな顔をさせているつらさに比べたら、何もかも、本当に、大したことじゃねェから。
 早く泣き止んでくれ。







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2016年の誕生日に、尊敬するみーこちゃんからいただいたサンウソ小説です!リクエストしても良いよということだったので「風邪引きサンジ」をお願いしました。
みーこちゃんの文体って、丸っこくて可愛くて癒しがあるのに疾走感とリズム感もあって、読んでる間の気持ちよさがとってもすごいなっていつも思います。
そして終わり方がいつも大好き…。「何もかも、本当に、大したことじゃねェから。」って一文がメチャクチャ好きです。本当に本当にメチャクチャ好きです…。声に出して読みたい文章が多い…。

みーこちゃん、素敵な小説を本当にありがとうございました!!






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