ファーストキスは計画的に







歯を磨いた。口臭を消せるマウススプレーも三回噴射した。ここに来る前に鏡で顔面のチェックもした(眉毛を少し整えた)。…準備は万端だ。多分。
いつもならここらで煙草を吸うところだが、それはできないのである。胸ポケットに手を伸ばしてから、その事に気付いて慌てて手を引っ込めた。
「…そーだった。あぶねェ」
ひとりごちて、嗚呼俺は今緊張しているのだと自覚する。

恋人と、これから、初めてのキスをするのだ、俺は。

何で未来を予知出来るのかって?これは別に予知してる訳じゃねェ。恋人とそういう約束をしたからである。
つまり「何日の何時に、どこでキスをしよう」という取り決めを行ったのだ。おかしな話だと思うだろう。ああ俺も思うよ。

恋人は異様に照れ屋だった。
そっと指を絡めたり髪の毛を撫でたり、ひどい時は抱き寄せようと腕を伸ばしただけでも、石のように硬直されてしまう。
恋人の硬直は厄介な事に俺まで不器用にさせる。この、いつだってスマート極まりない俺が何故だか、化石になった恋人相手には手が出せなくなるのだ。…まァ、相手、石だもんな。

キスなんて夢のまた夢だなと、自嘲も兼ねて笑いながら零した。するとそれを聞いた恋人はこんな提案を持ちかけて来た。
「不意打ちだから、要はダメなんだ」
「日時と場所を決めようぜ」
「そしたら俺、腹括るから!な!」
…だと。
キスをする約束を決めるなんて、不意打ちよりよっぽどやり辛ェと俺は思うんだが、まあ、恋人がそう言うんだから仕方ねェ。
頷いて「男に二言はねェぞ」と返した。

そして今、その約束の時間と場所に、俺は立っている。咳払いを一度だけしたら、背後から「よォ」という遠慮がちな声がした。

「…よォ」
振り返り、同じ言葉で挨拶を交わす。恋人は俺の顔を見るなり赤面して「ま、待ったか!?」と頭をかきながら言った。…ほら見ろ、こんなの、絶対上手くいく筈がねェ。
「待ってねェよ」
短く返したら、恋人は「そっか」と言ってゆっくり息を吐いた。

「…あのさぁ」
「う、うん」
「ほんとに大丈夫かよ、しても」
俺の問いに、恋人は一呼吸置いてから頷く。
「…ほんとかよ…」
「大丈夫、括ってきた」
「…腹を?」
「おう、腹を」
「…ならいいけど」
恋人の腹あたりをぼんやり見ながら、いや用があるのは腹じゃなくて唇なんだ、と小さくかぶりを振った。

「サンジ、あのな」
恋人が、顔を真っ赤にしたまま仁王立ちの姿勢で言った。
「出来うる全ての準備はしてきたつもりだ。だけど、お前のお眼鏡に叶うようなキスにならなかったら、その時はごめん。…よろしくお願いシマス」
最後に頭を軽く下げてから、恋人は真っ直ぐ俺の方を見た。
…あぁ、お前も準備してきたんだ。準備しながら、失敗したらどうしようとか考えてたんだ。
ちくしょう、クソ可愛いな。キスしてェな。
いやいやそうだ、今からするんだよバカと内心ツッコんでから、俺は恋人の側へ歩み寄った。

「…ウソップ」
「…」
「好きだ。キスさせてくれ」
告げると、恋人は力強く両目を瞑った。ふと視線を下にやると、笑っちまうな。握った拳を震わせてやがる。
込み上げる感情を止められずに苦笑した。声に出したら気付かれてしまうから笑い声は噛み殺して。
恋人の肩に手を添える。長い鼻に当たらないよう頭を傾けて、俺は、恋人と唇を重ねた。
…。
あァ。気持ちいいな。
相手の肩に置いていた手を、触り心地の良い髪の毛を滑りながら後頭部へ移した。
この時が永遠に続きゃあいいと思うのに、世の中まァ、そんなうまくいく訳もねェ。

「…ブハ!!!」
恋人は俺の体を払いのけたあと、恐らく止めていたであろう呼吸を慌てて再開させた。
「んなっ、なげーよ!窒息するわ!」
ゼーハーと息をする恋人に「鼻でしていいんだぜ」と助言したら「あ」という一文字とともに、今気付きましたという顔をされた。…バカだな、もう。

「うむ、次の時はその案を採用しようではないか」
腕を組み声のトーンを変えて喋る恋人の、それら全てが照れ隠しだと分かるから、まったく本当にクソ可愛くて、俺はもう一度キスしたくなった。

「もっかいしようゼ」
「え!?」
「もっかい」
提案は呆気なく、恋人の「いやいやいやいや」という拒否により却下されてしまった。
「…なんでだよ」
「いや、だってほら、あの、日時と場所を決めねェと」
「はァ?本気で言ってんのかそれ」
「当たり前だろ、心の準備ってもんが必要なんだからよ!」
「…じゃあなにか?毎回、約束してからキスしろってか?」
俺の問いに、恋人は数秒置いてから「まあ、そういうことになるな」と言って頷いたのだった。

…そんなアホな話があるか。

「…今から十秒後、ここで、もう一度だ」
項垂れかけた頭をなんとか持ち上げて、恋人を睨んだ。
「え、な、なにが」
「お望み通り、日時と場所の約束だよ。十、九、八…」
「いや、ちょ、ちょっと待った」
「とっとと心の準備しろ。七、六、五…」

わたわたと動揺している恋人の言葉を聞き流し、俺は二回目のキスへ向かってカウントダウンする。
よォウソップ。覚悟しとけよ。
五秒後にお前の唇を、今度は少し舐めてやるから。







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この作品は、利きサンウソ小説企画という素晴らしい企画に参加させていただいた時のものです!
ホントに素晴らしすぎた…私はこの企画ページを600回くらいはアクセスしたと思います。まじです。
全国津々浦々のサンウソの神々が、己の名前を伏せ、同じテーマで小説を書き、誰が書いたものかを読者が当てると言う…ほんと意味わかりませんでした。凄すぎて。参加できた事は一生の誇り。
素晴らしいサンウソのファーストキスが、21回も楽しめます!!まだ読まれてない方は是非!!!



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