8月3日







爽やかな潮風と共に鼻先に運ばれてきたその香りは、やっぱりサンジがいる方角から漂ってきたようだった。
それは甘くて、色をつけるとしたらオレンジがかった黄色のような、そんな香りだ。舌を出したら甘さを捕まえられるんじゃないかと思ってしまうほど鮮明な、それは蜂蜜の香りだった。

「んっナミッすわ〜ん!!ロビンちゅわ〜ん!!デザート持ってきたよ〜!!」

サンジの底抜けにアホな声が響く。
俺はマストの補強の為動かしていた手を止め、その様子をチラリと横目で見た。
サンジが持つ銀色のトレイの上には、カップに入った卵色のデザートが乗っていた。あれは一体どんなデザートだろう。
そのまま見つめていると、こちらに気づいたサンジと目が合った。少ししてからサンジは親指を自分の背後に打ち立てて、こちらに来いと合図を送ってきた。
無言で俺を呼ぶあたり、どうやら他の奴らには知られてはいけない何かがあるらしい。…となるとやっぱり、それは恐らく俺にだけの何かしらの「えこひいき」だ。
ニヤけそうになる口元を制御して「なんだよも〜」と、何も分かってない振りをして、俺はサンジの元に向かった。

「蜂蜜がよ、だいぶ日が経ってたから無理やり使い切ったんだ」
サンジの前置きは半分も頭の中に入ってこなかった。なぜかって、俺はテーブルの上に並んだデザートの数々に心奪われていたからだ。
「すんっげ〜いい匂い!!うまそう!!」
「これはレディーの二人にも食べていただいた蜂蜜のプリンな。そっちは蜂蜜とカボチャのパウンドケーキ。あとフレンチトーストとレモンも入れたゼリーと、それからこっちはハニージンジャーと…」
サンジがそれぞれの料理を指差しながらその料理名を紹介してくれているが、俺はもう、己の全身を包む甘い香りにクラクラしていて、一刻も早く胃袋の中に収めたいという気持ちに支配されていてそれどころじゃなかった。
「サンジうまそう!!食っていいのか!?」
目を輝かせて尋ねると、サンジは小さな溜息と共に笑って「いいよ」と言った。
「他の奴らの分はもう切り分けてあるから、今ここにあんのは全部余った分だ。お好きに」
「いただきます!」
サンジの言葉を聞くや否や、俺は蜂蜜フルコースのデザートの海にダイブした。

どれを食べても美味しくて、分かってはいたけど本当に毎度のごとく飛び跳ねるほど美味しくて、テーブルの上の皿を俺は次々に空にしていく。
中でも一番美味いと思ったプリンを、最後の三口ぶんくらいをゆっくりと勿体ぶって食べていたら(だってなくなってしまうのが名残惜しくて)、後ろで煙草をふかしていたサンジがその火を消して「俺にもくれよ」と珍しいことを言ってきた。
「ん?これ?」
「おう、それ」
スプーンに乗せた一口分のプリンを、俺は歯がゆい気持ちで見つめる。…この一口だって残さず俺が食べたいのに。いやしかし、こんな美味いものを作ってくれたサンジの頼みが「これをくれ」なら、俺は歯を食いしばってでも、この一口をコイツにやるしかない…。くう…。
「おい早く」
俺の葛藤をまるで気にも留めずに、サンジは隣の椅子に座って催促をした。
「…大事な大事な一口だ。噛み締めろよ」
「へーへー」
サンジの半開きの口に、一口分のプリンを乗せたデザートスプーンをそっと入れた。サンジは目を瞑りながら味わって「うん」とだけ言った。

「あとはもう俺のな!」
空になったスプーンを引き抜き、残り二口分になったプリンを死守せんと両手で隠したら、サンジがなんの脈絡もなくキスをぶちかましてきた。
…うなじを強引に掴まれるキスは、とても久し振りだ。くそったれメチャクチャどきどきしちまったじゃねえか。
「……な、なんだよ!急過ぎるにもほどがあるわ!」
「今日、8月3日だろ」
サンジは全く聞こえてないのではと思うくらい俺の言葉を完全に無視して、ニヤリと笑いながら言った。
「…蜂蜜の日らしいぜ」
「…?」
「語呂合わせで、蜂蜜の日なんだってよ」
はちがつみっかで、はちみつの日。そうなのか。知らなかった。
俺は「へえ」と、短い相槌を打ったが、サンジには少しそれが気に入らなかったらしい。「へえ、じゃねえよ」とつっこまれてしまった。
「もう少し食いつけよ」
「いや、これ以上ないほど食いついてがっついてるぞ俺は」
「デザートじゃなくて話題にだよ」
「うんうん、はいはい、話題にも食いついてる食いついてる。蜂蜜の日か、すげーなそりゃ」
残り二口分のプリンの方に心の比重がある俺にとって、サンジのくれた情報はあまり大事ではなかった。あしらうようにして答えると、サンジは再び俺の顔を捕まえて2度目のキスをした。
「…どうだよ、味の方は」
「…はあ?」
「煙草じゃなくて、ちゃんと蜂蜜の味したか?」
ニッと笑うその顔を見て主旨がわかった。
…いや、あの、サンジくんよ。キスの味うんたらと、蜂蜜の日ってのをかけてるんでしょうけども。

「全然、煙草の味だけど」
「えっ」
先程までふかしていた煙草の香りが、プリン一口で掻き消される筈もない。しかも俺をこんだけ蜂蜜漬けにしておいてよ。自分の口ん中が丸ごと甘くて、キスの味どころじゃねーやい。

「おかしいな、じゃもう一口くれ」
「やだよ」

奪われまいと攻防を交わしながら、ぼんやり考える。

お前こそ、さぞ蜂蜜味のキスを堪能したんじゃねえのか?このエロコック。




おわり







あとがき

ドラ猫ちゃんのお誕生日に贈ったもの。ドラちゃんの絵にいつも癒され、痺れ、優しさを貰っています。いつも優しさをありがとう!

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