虫も食わない
「…えっきし」
ウソップがくしゃみをした。
ウソップ工場と名付けられた狭いスペースの中、胡座をかいて何かをガチャガチャと創作しているようだが、先ほどから実は気になっていた事がある。この気候に対してえらく薄着なのだ。
今日は10月の26日。まあグランドラインでは暦と気候など関係ないと言っても過言ではないが、最近は日付と気温がそれなりにマッチしていた。冬になる前の肌寒い日が続いている。
「びえっきし」
何度目かのくしゃみを聞き終え、俺はくしゃみの主に「何か羽織れよ」と助言した。
「…それがよ…」
ウソップはタハハと困ったように笑いながら言いづらそうに語り出した。
「ずっとあったかかったから、着ない服をまとめてしまい込んでたんだけど…」
「おう」
「…久しぶりに取り出したら…全部虫に食われててな…」
「ちゃんと管理しねえから…まあ多少穴空いてても着てないよりゃマシだろ。風邪引くぞいい加減」
「ん〜…ちょっと、カビとかも生えてて…」
「…」
「…匂いもやばくて…」
「…」
「…袋にまとめてな、封印してある」
どういう風に保管しておいたらそうなるんだ。洗濯しないまま、汚れた服をまとめて放置していたのだろうか。
「…あのなぁ、お前いくら何でもそれは不衛生だろう。どうすんだよもっと寒くなったら」
「まあ大丈夫大丈夫。次上陸したら買うから」
呑気に答えてウソップはまた作業に戻る。しかし数秒後「えっくしゅ」とまたくしゃみをかましてみせた。
次の上陸っつったって。その島に服屋がある保証などないし、ましてやまだ上陸予定の話はナミさんからされていない。このまま冬島の海域にでも入ったらどうするつもりなんだこいつは。
「あ」
俺は紅茶を淹れながら名案を思いついた。
「うん?」
「これ飲んであったまっとけ、ちょっと待ってろ」
ウソップに淹れたての紅茶を渡すと、首を傾げながらも「どうもな」と素直に受け取った。美味そうに飲んでくれているその顔に満足し、俺は男部屋へ向かった。
全く世話の焼ける恋人だぜ。溜息を吐きながらも俺は何処か機嫌が良い。ああ俺って、世話を焼くのが嬉しいと感じる人間なんだな。それが好きな人の為だったら、尚のこと。
口笛を吹きながら目当てのものを手にした。それを肩に乗せ揚々とキッチンへ戻る。
キッチンに戻ると、ちょうど紅茶を飲み終えたウソップが2杯目をカップに注いでいるところだった。やはり温かいものが恋しいみたいだ。
「おかえり」と笑って言われて、何だかとても幸せな気持ちになった。
「ただいま」
笑って俺も返し、ついでに肩に乗せていたものをウソップに手渡した。
「ん?」
「俺のだ。着とけ」
ウソップに渡したのは、自分でもちょくちょく着ている厚手のトレーナーである。今着るには少し厚すぎるかもしれないが、くしゃみを何度もしてまで寒さに耐えていたこいつにはちょうど良いだろう。
「え、悪いよ、いいよ」
ウソップは困り顔で服を俺に突き返してこようとした。
「悪くねえよ。言っとくけど俺は着たらちゃんと洗濯してっからな。清潔だぞ」
「…いやそれは知ってるけど…」
ウソップはやはりすぐに着ようとはしない。
何に遠慮しているのか分からず、というか素直に好意を受け取ってもらえない事に少し苛立ち、その感情を誤魔化すように乱暴にウソップに服を着せた。
オーバーオールの上から着せたが、少し大きいサイズのトレーナーだったのですんなりだ。
「似合う似合う」
「…ん〜…」
「なんだよ、まだ文句あんのか」
ウソップはややうつむいてトレーナーの裾を握っている。
お節介が過ぎただろうか、いや恋人だったらこの位は…と頭の中で考え始めたのと同時にウソップが口を開いた。
「…サンジの」
「ん?」
「サンジの匂いがする」
は?臭いって意味か?思わず口でガーンと言ってしまいそうになった。でもウソップの顔が持ち上がり目が合った瞬間に、そういう意味じゃないって事を理解した。
「…め、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど…」
…この、顔が赤くなるっていうメカニズムは、あれだな。本当に…クソうつるよな。大概にしてほしいよ本当に。
「…な、なんか、汗かいてきた」
ウソップがハタハタと首のあたりを手で仰ぐ。よく見たら袖はウソップの手の甲を半分ほど包み込んでいて、指だけが顔を覗かせている状態だった。俺が着るとちょうど良いがこいつが着るとこうなるんだな。だってそういや華奢だもんなこいつ。
…う、こみ上げてくる「ウソップは俺のもの」感が一体なんなんだ。俺の服を着るウソップ。それだけで何でこんなにくすぐったく、幸せな気持ちになるのだろう。
「…ウソップ」
「う、うん?」
「汗かいてるところ悪いけど、抱き締めていいか」
「お、お!?」
ウソップはあからさまに動揺した様子だったが、目を右に左にひとしきり泳がせた後、更に顔を赤くしながら「おう」と頷いてくれた。
お言葉に甘えて抱きしめる。
トレーナーからは洗剤の匂いしかしねえが、ウソップは何故俺の匂いを感じ取ることが出来たのだろう。…愛ってやつかな。だったらクソが100回つくほど嬉しい。
「…あ〜…幸せだ」
この時を噛み締めていると、ウソップもおずおずと俺の背中に腕を回してくれた。まったく、今が永遠に続けば良いのによ。
「なんか、お前に二重で抱き締められてるみてえだ…」
ウソップが胸の中で言った。
「…あったかい」
力を抜いて、俺に体を委ねるウソップに根こそぎ持って行かれた。なんだよなんだよ、今日はやけに素直じゃねえか。クソ可愛いじゃねえかたまんねえ。
今にも沸騰しそうになる頭を何とか制御して、ウソップの顔を覗き込んだ。暖をとる猫のように気持ち良さそうな表情をしている。
そのまま頬に手を添えると、はっと目を見開いた。意思はきちんと伝わったらしい。顔をゆっくり近付けると、ウソップは覚悟を決めたように目と口をギュッと閉じた。
数日ぶりにするキスはたまらなく心地よくて(よく逃げられるのでたまにしかキスは成功しない)、もっともっとウソップに触れたくなった。
小さく聞こえる息継ぎの音に心が急く。理性を失わないように己をコントロールする事が、こいつ相手だと本当に難しい。
「…サ、サンジ」
ウソップが薄眼を開き俺の名を呼んだ。
「…ん?」
「…あつい…」
そう言いながらもウソップは俺の体を離そうとしない。意図してやっている訳ではねえんだろうが、その表情はヨロシクねえな。
俺は先ほど着せたばかりのトレーナーの内側にそっと手を入れた。
「…じゃあ、脱ぐか」
もう一度口付けをした。そしてそのまま片方ずつ袖を脱がしにかかる。
ウソップは嫌がる様子がない。この先の展開に気づいているのかいないのか…いや多分気づいてねえだろうな。まあ良い。ゆっくりゆっくり事を進めれば突然逃げたりはしないだろう。こいつがこんな素直に腕の中にいてくれる事なんて滅多にねえんだ。この好機を逃してたまるか。
そして右腕を袖から外そうとした瞬間、
「島だあああ!!!」
ルフィの殊更でかい声が船内中に響き渡るのだった。
ウソップはそれをキッカケにすっかり我に返ってしまったらしく、慌ててトレーナーを着なおした。「島!?あれ、ナミ言ってたっけかな!
?」と、ワタワタしながら俺に聞いてくる。
「…聞いてねえよ…」
毎度毎度ことごとく入る邪魔に本気で蹴りを入れたくなる。畜生…良い加減先に進ませろよくそったれ!
舌打ちする数秒前、ナミさんが勢いよくキッチンの扉を開けた。
「あんたら仕事よ!海図に載ってない島が…」
ナミさんはそこで一旦口を閉じ、俺たち二人をじろと睨んでから「お邪魔しちゃったみたいね」と言った。
「な、何にも邪魔じゃないですよ!やだなあナミさん!」
「残念って、顔に書いてあるけど」
ナミさんの言葉にハッとし、自分の顔面を手のひらで触り確認する。勿論そんなものが書いてあるわけはない。動揺すると人間ってのは恐ろしくバカになる。
「頭冷やしたら来て。船を島につけるから」
ナミさんはそう言ってキッチンを後にした。
いいところでお預けになるわナミさんに呆れられるわでがっくりと肩が落ちていく。ウソップはそんな俺とは対照的に「いやあはっはっは」と、別段面白いこともねえのに笑っていた。
「服屋がある島だと良いなあ!いやあ楽しみ楽しみ!」
ウソップも逃げるようにキッチンから出て行く。そして俺は、俺のトレーナーを着たウソップの後ろ姿を見ながら煙草の火を点けた。
チクショウ、その可愛い姿がこれで見納めなんて俺は絶対許さねえ。
いいか服屋、絶対にあるんじゃねえぞ!!
願いを込めながら、一足遅れて甲板に向かった。
あとがき
みーこちゃんのお誕生日に書かせていただきました。いつも素敵なサンウソをありがとう、大ファンです。
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