てのひら





野球が好きだ。強くなりたい。
本当に思ってる。本当に本っっ当に、そう思ってる。

毎日の練習は大変で、1日1日をこなしていくのが、本当のところいっぱいいっぱいだ。

朝早く起きるのが辛くなかった試しがない。
グラウンドに着いて脱帽して挨拶する時、今日も長い1日が始まるんだって、憂鬱に思ってしまった事が、実は何回かある。
昼ご飯を食べた後、あ〜このまま帰っちゃおうかな?って考えが、チラリと脳内を過ぎった事も。
放課後の練習内容がきつくて、誰にも聞こえない声で「無理だ〜…」と呟いた事も。
良い送球が出来なくて落ち込んだ事も。
一度も球を飛ばせなくて恥ずかしかった日も。

だけど、野球が好きだ。大好きだ。
強くなりたい。すごくすごく思ってる。

毎日の「しんどい」が、自分の中で「焦り」になるのが絶対嫌だった。
「強くなりたい」の前に「あいつより」って言葉が付きそうになるのを、いつも食い止めてた。
外周の終盤、俺を抜く誰かの背中を見て「あいつの後ろ姿見ながら走る事って今まであったっけかなぁ」と思い返して、何ともない顔をしながら「悲しい」を噛み殺した。
ミニゲームの結果で自分の名前が一番下に書かれたのを見た時、笑ってやり過ごしてたけどほんとは、凄く胸が苦しくなってた事、誰にも言えなかった。

俺ちゃんと頑張れてる?
他の奴等と同じように100パーセントの力でやれてる?

誰にも聞けない疑問が、結構な頻度で頭の中を占めてた。

西広がキャッチャーフライを連続で捕ったある日、周りの皆と一緒に心から喜べない自分が、マジで、マジでメチャクチャ嫌だった。
俺、全力で頑張れてるか自信がないくせに、順位とかつけてるんだ?
自分と自分以外の人の格付けをしちゃってるんだ?
あれ?メチャクチャ嫌な奴じゃない?俺。最低じゃない?
次は捕れなきゃいいのに。
確かにそう思ってしまった自分が嫌で嫌で堪らなくて、グラウンドの地面を凝視したまま、顔をあげられなかったあの日を、俺はまだしっかりと覚えてる。

ノックも、キャッチも、ダッシュも。
運動神経も、思考力も、センスも。
何かで一番になれる事は多分、ないんだろうな。
そして努力の量で一番になる事も、きっと。

練習が終わって、もう真っ暗になった空を見上げながら自転車を漕いで、星の数を数えながら坂を下って、何かよく分かんないモヤモヤを心の外へ追い出せなくて、唇をぎゅっと閉じた帰り道。
ああ今日の帰り道は一人で良かったって、変な部分に安心してた。

晩御飯たらふく食べて、風呂に入って、ベッドに入ってソッコーで眠る。
でもそのソッコーの前に一瞬だけ、明日もまた1日がやって来るのかって、暗い気持ちになる自分をギュッと瞼を閉じて追いやる。
こんな風に思ってる奴なんか、きっと一人もいないよね?いないよなあ。

「追いつけない」より「追い抜かれる」が怖くて、それだけで頑張ってるのって、不純じゃないかなあ。
野球が上手くなりたい。それだけを思って、俺はここにいたいのに。

野球が好きだ。本当に大好きだ。
その気持ちに嘘はないけど、たまに自分が疑わしくなる。
今、息を切らしながら汗をかいてるのは、何のためだ?

モヤモヤが周りをつきまとったまま、追い払う方法もわからなくて俺は必死に練習をした。
本当に全力の必死かよく分からないけど、それってじゃあ一体誰がどうやったら分かるんだよって話だし。



てのひらにマメができた。
バットを握ったらそれなりに痛くて、こんなに痛いもんなんだと内心驚きながら、その数を数えた。
指の土台のように居座るマメを見て、俺は内心とても嬉しいと感じてた。

頑張ってる事を数値化出来たりはしないけど。
努力の量のランキングなんてないけど。
このてのひらは、モヤモヤを減らす、今のところたった1つの武器だ。

こんな事で喜んでる自分を誰にも気付かれたくなくて、練習後、自転車のハンドルを握るまでの間は両手をポケットに入れてた。

また明日と手を振った時、俺のてのひらのマメに気付いた人がいた。
あ、と指を指して、その人は笑った。



「水谷、最近頑張ってるもんなあ」



…ねえ、栄口。

俺、不安でしょうがなかったんだ。
外周で誰かに追い抜かされたあの時みたいに、次から次へと皆に抜かされて、その背中が遠くなって、手が届かなくなるような日が、いつか来たらどうしようって。
もっと頑張れよって、思われてないかなって。ヘラヘラ笑ってないでさあって。

追いつきたい。肩を並べて走りたい。
いっぱいいっぱい頑張ったその後で、同じだけのしんどさを感じながら「疲れたね」って、笑いたい。
あ、俺、そうなりたくて頑張ってたんだ。そっかあ。
置いていかれるのが怖いから、だけじゃないんじゃん。
「追いつきたい」って思いながら頑張ってる自分も、ちゃんといるじゃん。
…なんだ、よかった。

栄口の一言に、一瞬でモヤモヤが晴れていった。
本当に本当に、ありがとうね。





…ねえ、栄口。
俺が泣いちゃったこと、明日誰にも言わないでね。










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