きみは絶対
「栄口はね、絶対六曲目が好きだと思うな〜」
目尻をフニャリと下げて笑う水谷の顔を思い出しながら、CDプレイヤーのディスプレイが「track:6」を表示する。
ほんと言うと、初めて聴こうとする音楽の前評判は一切聞きたくないタチだ。変な先入観を持ってしまうのはとても勿体無い事だから。
フラットな状態がいい。
音楽だって漫画だって、なんだってそうだ。…でも。
水谷の、こちらまで肩の力が抜けてしまうような柔らかい笑顔が添えられてしまうと、話は別だ。
水谷はちょっとお喋りで、共通の趣味の本やCDが話題に上がるとすぐ内容や感想を嬉しそうに語り出す。
俺がまだ見てない、聴いてないと知っても御構いなし。
「あ、まだだった?じゃあ栄口は絶対あのシーンでグッとくるよ〜!」
とか、
「早く聴いて!栄口は絶対Aメロが好きだと思う!」
とか。
「栄口は絶対」
水谷の口から、何度このフレーズを聴いただろう。
そして俺は少しの悔しさを噛み締めながら、上がってしまいそうになる口角を誤魔化すために咳払いをする。
最近はなんだか、水谷が言うからその通りになっちゃうんじゃないかと自分を疑ってしまう。
だって水谷の言っていたシーンは確かに胸に突き刺さったし、Aメロのコード進行は確実に琴線に触れたのだ。
「クソ、水谷め…先に言っちゃうなよな。…俺がお前に合わせてるみたいじゃんか」
小さな本音は、頭の中に浮かぶ水谷の笑顔に呆気なく溶かされていく。
…もしもあいつの「栄口は絶対」というセリフを聞いていなかったら、俺はこの六曲目を聴いた後「track repeat」のボタンを押さなかったんだろうか。
…いや、そんな事はない。絶対にない。
水谷の前置きがなくたって、俺は絶対にこの六曲目が一番好きだった。
俺の心の内を今のところ打率10割で当ててくる相手に「ったく、なんだよも〜…!」と悪態をついた。
悔しい。…でも嬉しい。
その打率はどうか、俺にだけでありますように、と願った。
もう一度「track repeat」のボタンを押して、好きだなって思う気持ちが何処かに漏れていかないように、頭を膝に抱えてしっかり蓋をした。
翌日、借りたCDを返しに七組に寄ると、特上の笑顔の花を咲かせた水谷が足早に駆けてきた。
「もういいの?聴いた!?どうだった〜!?」
「うん、良かった。ありがと」
片手でハイ、と渡すと、水谷は両手でそれを受け取りながらまたあのフニャリとした表情をしてみせた。
「六曲目、栄口絶対好きでしょ?」
つられて笑顔になってしまう。
これも、いつも悔しくて…でもやっぱり、嬉しいんだ。
「うん、好き」
いつか、水谷が俺の好きな人を当てに来る時があったら。
俺は今みたいに真っ直ぐ「うん、好き」って、お前の目を見て言えるのかな。
…自信ないなあ。
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