ばいばい、それじゃ、また明日。






「サンジくん、勘弁して下さい。俺、散財しちゃう」
「うるせえ黙って付き合えクソッ鼻!!」

何十回目かのコンティニュー画面を睨みつけながら、また同じように小銭を投入口へぶち込んだ。
ゾンビで溢れかえる研究所の中を、画面の中の主人公が再び進み出す。

「…言ってもいいか?」
「………ダメだ」

「お前、ほんっと下手だわ…」
「言うなっつってんだろクソ野郎が!!」

コントローラー2のシューティングガンを握るウソップが華麗に敵を撃ち抜いていくのに対し、俺が操作する主人公はことごとくゾンビのゲロやら血反吐やらを浴びせられ面白いようにヒットポイントを減らしていく。
自分でもウンザリする程、この主人公は木偶の坊である。

「あ〜も〜!どんだけ庇っても死ぬじゃねえかお前!いい加減にしろよ!」
ウソップがしこたま嫌気がさしたように愚痴をこぼすので、俺の機嫌は更に悪くなる。
んな事ぁ言われなくても分かってる!てめえよりもこの俺がそう思ってんだよクソが!

学校と駅の途中にゲームセンターがある。
こうして学校帰りにウソップを誘うのは、これで何回目だろう。…数えたくもない。

早々に死んだ主人公を尻目に、助手の女キャラクターは見事な銃さばきで奥へ進む。
俺がもう少しまともにプレイ出来れば、とっくのとうにラスボスの所まで行けている筈だ。

「気張れよウソップ、この下水路過ぎたらボスだぜ」
「…何で付き合わされてる俺がこんな一生懸命…」

ブツブツ言いながら素早くリロードするウソップを横目に、俺は今朝の事を思い出していた。






「だってサンジ君…私じゃなくてもいいんでしょ?」

泣きながらそう訴えてきたのは、昨日まで俺の恋人だった女の子だった。

凄く好きだったし、可愛かったし、大事にしようと思っていたのに…悲しいかな、俺の理性はあってないようなもので…。

前の前に付き合っていた女の子から気まぐれに誘われ、ホイホイとついていってしまった。

事が終わった後「サンジ君ってさ、ほんとに優しいよね〜。二度と彼氏にしたくないや」と、ニッコリ微笑まれながら言われた。
誘っておいてそりゃないぜと思いながら、その言葉は俺の本質を見抜いているようで…やたら、心に残ってしまった。

数日後、すぐに彼女に行為がばれた。
女子同士のパイプというのは、驚く程横に広く繋がっているものである。

みんな、大好きだったのに。傷付けるつもりなどなかったのに。
…何回も同じ事を繰り返す俺は、今世紀最大の馬鹿か病気のどちらかなのだと思う。
…凹む…。

「一人じゃ無理だろこの敵…あ〜やられた」

ウソップが操作していたキャラクターもいよいよ死んだ。
ついさっき見たはずのコンティニューの文字が、画面にデカデカと表示される。

「もうやめっかウソップ。盛り上がんねえしな」
「誰のせいで盛り上がんねえと思ってんだよ!」

毎度女の子に別れを告げられる度、こうしてウソップを誘っている。
最初の方は割と心配してくれて「お前なら、すぐ次いけるって」なんて励ましてくれていたこいつも、今となっては「もう少し落ち着けよお前…」なんて言ってくる。
前と言ってる事が真逆じゃねえか。

「もう小銭ねえや。帰るか」
ポケットの中が空になったのを確認し、ウソップに告げた。ウソップはため息をつきながら「へぇへぇそうですか」と言った。

我ながら勝手だと思う。俺は。
そして毎回付き合ってくれるウソップは、本当にクソいい奴で、言葉で伝えたことはないがとても感謝している。

「は〜あ〜、やっぱり女の子ってイケメンが好きって事だよなあ、俺のようなさぁ」
「振られた奴が言う台詞じゃねえぞ」
ウソップの台詞は無視して、俺は考える。
よっぽど、ウソップの方が良い男なのにな…と。

好きな女の子を、大切にするだろうな。きっと一途に想い続けるだろうな。
…ちゃんと、幸せにするだろうな。

いつかウソップに恋人が出来てしまったら、こんな風に遊べない。
そう考えると、女の子って見る目ないよなと思うけど、だからこそ助かるなと思う。
…おお、改めて気付かされた。俺すげえ甘えてんだなこいつに。

「サンジはさ、不憫だよな」
「あ?なんで」
「頭と下半身の回線が繋がってねえんだもん」
「…喧嘩売ってんのか」
「いや、ほんとに。繋がってないだけでさ。だって毎回、付き合ってる子の事ちゃんと大切にしてるだろ」
駅へ向かう途中の帰路で、ウソップは言った。
そんな事を言われたのは初めてだったので、面食らい、何と返したらいいのか分からなくなってしまった。

「どうでも良くて傷付けた事なんて、一回もねえよな」
「………」

それは、確かにそうかもしれないけど。
でも、だから許されるというわけではないし、それを俺が自分で言葉にしてしまうのは…きっと、絶対に違う。

「…それでも俺が悪いのには変わりねえだろうが」
日暮れ時、長く伸びる自分の影を見つめながら、顔を上げないままで言った。
ウソップの言うことは間違っていない(…と、思いたい)。
だけどそんな理屈で納得出来る女の子など、いるわきゃないのだ。

「だからさ、いつか出会えるといいよな」
「…許してくれる子にか?いねぇよ。そんなのはな、菩薩様かなんかだ」
「…いや、許せなくっても」
続く言葉が気になり、顔を上げてウソップを見た。

「それでもサンジじゃなきゃダメなんだって人にさ」

ウソップは、落ちていく夕日を背に、真っ直ぐ前を向いていた。

…何でだろう。口からついて出た、適当な慰めの言葉かもしれないのに。
ウソップのその言葉は、俺の心のとても深い所に、やたら真っ直ぐ刺さったのだ。

「…っだー、クソ!なんだよテメエは、そんなふざけた鼻してるくせに!」
「泣くなよサンジくん」
「泣いてねえよオロすぞ」
からかうウソップの太ももの辺りを蹴りながら、本当は「ありがとう」と言いたいのにな、と思った。

振られる理由は毎度、自分がクソ下らないきっかけを作ってしまうからだった。
だから俺には傷付く権利なんてないし、傷付いている素振りを見せる事すらあってはならないと思っていた。

でもウソップは、最初からずっと分かってくれていたのだ。
分かってくれている人が、たった一人でもいる。それだけでこんなに心は軽くなるものなのか。驚きだ。
さっきまで抱えていた沈んだ気持ちが、すうっと消えていくのを感じた。

ウソップとは乗る電車が異なる。
俺は学校の最寄駅から上り方面。ウソップは逆に下り方面だ。
この時刻だとどうやら、ウソップの乗る電車が先に来るようだった。

「…今日は付き合わせたからな。特別にホームまで一緒に行ってやる」
「ありがとなあサンジくん。頼んでねえけど」
一言余計なクソッ鼻に再び蹴りを入れ、下りホームへ続く階段を登った。

「次はさすがに金使わねえ所にすっか」
「…次の事考える前に、下半身との回線繋げる努力しとけよ…」
数段先を登るウソップの背中を見上げながら、確かにと思った。
次こそ、好きな子にあんな思いをさせたくねえ。
もう、誰かを傷つけるのはまっぴらごめんだ。

階段を登りきるのと同時にウソップは振り向き「なあサンジ」と言った。

「今回で何回目か、知ってる?」
「なにが」
「振られたお前に付き合わされたの」
ホームとホームを繋ぐ通路を渡り、今度は階段を下る。
一段ずつ歩を進めながら、俺は記憶を掘り起こした。

「えーと…6回くらいか。ちゃんと覚えてねえけど」
「大ハズレ。もっと多い」
「なんだよ。そんなの数えた事ねえし」

途中でウソップを追い抜き、俺が先に階段を下りきった。
後から来るウソップを振り返り睨んでやると、何故だか睨み返されてしまった。

「10回目だよ」
「そんな多くねえだろふざけんなよテメエ」
「ふざけてねえ10回だよ。俺は最初から数えてた」
ウソップにしては珍しく強い口調だったので、少々疑問に思いながらもすぐに言葉を返した。
「ああそう。だったら何だよ、記念パーティーでもしようってか?」
「…いや」

今度は急に黙ってしまう。
線路を見下ろしながら、ウソップはゆっくり息を吐いた。…思い詰めたような表情に、一瞬、見えた気がした。

「…なんだよ?」
「……電車、あと3分で来ちまうのか」
電光掲示板をチラリと見上げ、またすぐ線路に視線を戻す。
まるで「来なくていいのに」と続きそうなその台詞に、ますます疑問が浮かぶ。
急にどうしたと言うのだろう。

「俺さ、もし10回到達したらサンジに言おうと思ってたんだ」
「…なんだよさっきから。何か言いてえ事あるならさっさと言えよ」

あまり、楽しい話ではなさそうだ。
いつもとは随分違う顔つきのウソップを前に、俺は妙に身構えてしまっていた。

「サンジってさ、ほんとに酷えよな」
突然の切り口に面食らいつつ、確かに今日は自己中心的だったかな、多少は。うん、もしかしたら。と我が身を振り返る。

「…悪かったよ今日は…無駄に金使わせちまったからな…」
「まあそれもなんだけどさ」
「それもって、まだあんのかよ」
「…恋愛、ど下手くそだし。女の子すぐに泣かすし。自分本位だし。あと実はすげえ鈍いし」
「急に悪口大会かよ」
「でも自分の事かっこいいって思ってるだろ。最悪」
「………」

ここまでズタズタに言われたのは初めてだ。
なんだ。なんなんだこいつの目的は。
さっきは優しい言葉をかけてくれたというのに。上げて落とすつもりか。

「…ほんと、最悪なんだけどさ…」

本気で落ち込みかけたその時、どうしてか。
…目の前のウソップの表情は、今日一番の優しい笑顔だったのだ。

「それでも俺、サンジじゃなきゃダメみたいだ」

………。
言葉の意味を汲み取ろうとする前に、電車到着を報せる放送が響き始めた。
間も無く2番線に電車が到着いたします。白線の内側に下がってお待ち下さい。
放送内容を丁寧に頭の中で唱えた。どうしてそんな事をしたのかは、よくわからない。

「あ〜しんどかった。10回も付き合わされんの」
「…」
「決まって俺なんだもんな。参るよ…しんどいのに嬉しかった」
「…」
「もう簡単に振られんなよな。その度に喜んでる自分に、いい加減嫌気差してたからさ」

そして、下り電車が到着した。
ドアが開き、乗客何人かが足早に電車に乗る。
ウソップも一足遅れながら、ホームと電車の間の隙間を跨いだ。

「…それじゃ、また明日」

ドアは一斉に閉められ、電車は次の到着駅を目指す。
ホームには下車した人々と、それ以外には俺が残されているだけの筈だった。

…けれどどうしてか、この腕の先にはウソップがいる。

「…」

少女漫画か何かで見た事あるような場面だ。
俺に捕まれて電車に乗り損ねたウソップの髪が、揺れる。走り去る車両が起こした風のせいだった。

高校に入学してすぐ、席が近かったウソップと話すようになって、随分長い時間を一緒に過ごした。
学校行事のほとんども、俺のそばにはウソップがいた。
何度も笑った。楽しい思い出ばっかりだった。

…その、全ての日々に、今もらった言葉を重ねる。
もうなんもかんも全部吹っ飛んで、取り敢えず自分の心臓の音がクソうるせえもんだから、耳を塞ぎたくなった。

「…離してもらえますか」

俯き、ウソップは言う。
やたら距離を取るような言い方に思わず傷ついてしまった。
言われた通り手を離すと、ウソップは俺が掴んでいた腕を反対の手で覆い「ほんと最悪だお前…」と呟いた。

「…何でこういう事するかな…あー…タチ悪いわー…」
「いや、待て、俺も咄嗟の事で何が何だか…」
「…ここは黙って行かせるとこだろうが。どうすんだよこっから…」
「ど、どうするって…そんなの俺にも分かるかよ!」
「あ〜も〜ムカつく…ほんっと最悪…」

ほとほと嫌気がさしているようで、ウソップは乱暴に頭を掻いている。
な、なんだよ!ここまで嫌な顔されるなんて思ってもいなかった。

「じゃあ…黙って…見送ってよ!そしたら、明日お前とどんな顔して会えばいいか分かんねーじゃねえか!」
「俺は一晩ありゃ次の日には平気な顔出来る。今までずっとそうやってやってきたんだから!」
「…っじゃあ!お、俺の気持ちはどうなんだよ!こんな事急に言われて!モヤモヤして…眠れねえだろ今夜!」
「そっ、んくらい……」

初めて見た。こいつが泣いているところを。
なんと言うか、マジでクソ衝撃を受けた。
今まで何人も女の子が泣くところを見てきたけれど、その全てが霞んだ。
間違いない。今、俺は史上最強にオロオロしている。

「………台無しだよ……アホ…」
涙を拭い、ウソップは呟いた。
「…」

俺は、オロオロしながらも考えた。
こいつはきっとずっと前から、自分の気持ちを言おうと心に決めていたのかな、と。

10回目と決めて、俺が振られる度にその数を数えて。
俺を励ましたり笑わせたりしてくれていた間も、ずっと、何と言おうか考えて、何度も頭の中でシミュレーションして。
…言った後は、またいつも通りでいようと覚悟も決めて。

何も知らずにヘラヘラと過ごしていたその隣で、こいつにそんな覚悟まで用意させていたんだ、俺は。
沢山の憂鬱と不安を、きっと背負わせていた。
何にも…一つも知らなかった。うん、こいつの言う通り、俺はアホだ。

「…サンジ」
こいつに名前を呼ばれたってだけなのに。今までならこんな風にはならなかったのに。
なぜだか全身に力が入った。

「………好きだよ。ほんとに好きだ。…諦めてえのに、ダメなんだよ…」

泣きながら告げるウソップを俺はただ黙って見つめる。
ああ、なんかさ、その涙をクソ拭いたいんだけど…そんな事したらまた「最悪」って言われそうだなあ。

…抱き締めてえな。って、思いながら、今お前の言葉を聞いてるって言ったら、どうなるんだろう。

「…もう明日っからどうしていいか分かんねえ。てめえのせいだぞ、どうすんだよ…っ」

「…あのさ」
俺の言葉に、ウソップは涙を袖口でゴシゴシと拭きながら「なに」と短く、ぶっきらぼうに返した。

「…抱き締めたらダメか?」
「………は?」
元々丸っこい目をもっとまん丸にして、ウソップは俺を見つめた。

「…ぶっちゃけ、キスもしてえかも」
「………え?」
「…なんか好きになってきたかも」
「………」

目の前の男は、正に絶句の二文字である。
俺自身も、ああ突拍子もない事言ってるぞという自覚はあるんだが、仕方ない勝手に口から言葉が出てくるのだ。

「ちょ、ちょ、ちょっと、待て!おかしい、絶対おかしいぞこの流れ!」
「どこが」
「全部だよアホか!なんだよ「好きになってきたかも」って!なんぼなんでも流されすぎだろ!そんな事言われてああそうですかそりゃどうもってなるかこのオトボケ眉毛!」
「なんだよ嬉しくねえのかよ」
「嬉しいわけあるか!!お前の脳味噌はなんだ、あれか、ピンクの綿飴とかで出来てんのか!?キ、キスも、してえだと!?なめてんのかお前もっと考えてからものを喋れ災い呼びまくるぞそんなふざけた口じゃ!!!」

やたら滑舌良く捲し立てられたので何か返すのが面倒になり、というかどんな言葉を返してもきっと怒鳴られるだろうなと予想出来たので、もう深く考えないようにしようと思った。

だから、黙って抱きしめてみた。

「………はあああ!?」
耳元でやたらでかい声を出されたが気にしない。
それよりも、俺より少し低いこの身長と前々から薄っぺらいなと思っていたこの体格が、思っていたよりずっと抱き心地が良い事に驚いた。

内側から込み上げてくるこの感情は、うん。
アホな俺でも間違えない。絶対に「愛しい」だ。
好きだと言って、言われて、今まで沢山の人と恋愛をしてきた。同じ失敗を繰り返す自分に落ち込みながら、懲りずにまた新しい誰かを探した。

そんなグダグダな毎日を送る俺を、ずっと近くで見ながら、ひたすら一途に想い続けてくれる人が、隣にいた…。

…ああ〜ダメだ。俺そういうのにメチャクチャ弱いんだって…。

「こ…こんな展開、認めねえぞ俺は!」
腕の中でもがきながら、ウソップは吠えた。

「あ〜俺も驚いてる。こんな事ってあるんだな」
「どんだけ悩んできたと思ってんだよ!俺がとんだ馬鹿じゃねえか!」
「あ〜…それを考えるとますます愛しい」
「…こんな……」

ウソップは観念したのか、もがくのをやめたようだ。
俺に何か言いたいのだろうが、思考がまとまらないのだろう。至極当然だと思う。
自分でも呆れるほど、今日の俺は勝手過ぎる。

男とか女とか、はたまた友達だとかどうだとか。そういうの全部どうでもいいやって、思えるもんなんだなあ、俺って。知らなかった。

夕暮れの空は徐々に暗くなっていく。
もうすぐ次の下り電車が来てしまう事に気付き、離れたくねえなと思った。

「ウソップ。やっぱ俺って最悪か?」
「…史上最悪」

その解答が何だかおかしくて、声に出して笑った。
腕の中のウソップに「笑い事じゃねえし!」とツッコまれたが、華麗に無視してやった。
だってさあ。

「…でも、俺じゃなきゃダメなんだもんな?」

覗き込むようにしてウソップを見つめる。
口の端を持ち上げてニッと笑ってみせると、ウソップは怒りに震えながら俺を目一杯睨んでみせた。

「クッソ!!地獄に落ちろエロ眉毛!!!!」

ウソップは喚くが、俺は動じない。
無理矢理手を繋ぎ笑ってみせたら「死ね」と言われた。



たくさん話をしよう。
今までのウソップの全てを、じっくり聞かせてもらおう。もう憂鬱も不安も背負わせたりしないからさ。
「また明日」と言うのが億劫になるくらい、楽しい毎日を送ろう。

「安心しろ。今まで辛かった分はこの俺が速攻で取り返してやるから」
「…不安しかないんですけど…」

きっと俺の失恋記録は、もう更新される事はない。





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