今日は最後の日 1






 俺は今までかなりの自信があった。
それは生まれ持った才能なんかではなく、意地と根性で磨き上げた努力の賜物だった。
世界中の女性の為に、俺はひたすら勉強し、実践し、着実に自分のものにしていったのだ。

そう、誰よりも紳士になりたかったのだ。

 いつか本気で、全てを差し出しても足りないと思うような誰かに出会った時、この努力は実を結ぶだろうなって、してやったりだぜって、そう思っていた。

 …それが実際はどうだよ。
どこがどう紳士だというのか、昨日の自分に問い詰めたい。
胸倉を掴んで股間辺りを蹴り上げてやりたい。
 奴は俺を責めないだろう。ならば自身が二倍責めてやらねばなるまい昨日の俺を。

 過ちを犯す寸前まで俺がただひたすら考えていたことは「どうやったら泣き止むかな」という事だけだった。
クソくだらねえ事でメソメソとウジウジとグダグダと悩むウソップに「大したことじゃねえ」って、どうにかして伝えてやりたかった。
神に誓って、他意はなかった。
本当だっつってんだろ何だその目はオロすぞ。

 あいつが涙を目にいっぱい溜めながら、縋るように俺の名前を呼んだ。

一回目に呼ばれた時は、ぶっちゃけ胸糞が悪かった。
俺に同情してんのかよと。随分と余裕じゃねえかクソ野郎と。
 二、三回目辺りから自分の中の何かがぐらつき始めてるのが分かった。
このままじゃまずいと直感的に理解した。
何かのスイッチがカチリと音を立ててしまう前に忠告してやったのに、あの長っ鼻ときたら、まー言う事聞かねえ聞かねえ。
 四、五回目の時にはっきり分かった。
嗚呼俺は今こいつに猛烈にキスがしたい。舌を絡ませてこれでもかと唾液の音を響かせて、下品と呼ばれるくらい喰らいつきたい。
自制心なんて知るかそんなもん、クソ喰らえ。

 しかし俺は耐えた。
傾きかける小船を支え、底が見えない泥沼に溺れてしまわないように、何とか無事に向こう側へ辿り着こうと、っていうかもう着いてくれ頼むと、神に祈るような気持ちで。
その間も、そんな俺にはお構いなしでウソップは繰り返す。
相変わらず潤んだ目で、誘い込むかのように、縋り付くように。

 最後に、真っ直ぐ目を見て名前を呼ばれた時、理性と言う名前のついた血管がはっきり「ぶち」と音を立てて切れた。
…やりやがったよこいつ。折角脅してやったのに、俺の葛藤を知りもしないで。

 …その後はもう夢中で、思い出しても頭から湯気が出そうだが、そりゃもう夢中で、息継ぎさえ煩わしいと思いながらキスをした。
当初の目的ってなんだったか。ああそうそう、泣き止めと思ってたんだよ俺ぁ。

 どうして俺は、自分の自制心を信用してたんだろう。
今まで何回も失敗してきたのに。困らせて後悔してきたのに。
阿呆としか言いようがない。

 抜いてやるのは、ただの「処理」だからいい。感情がそこになくても「だって気持ちいいから」で通る。
ましてや男同士だ。ふざけ半分でマスのかきあいをする位なら、まああってもいいんじゃねえかと俺は思う。(現にルフィとウソップがそういう事をしてたとしても、俺は有り得るなと思ってしまう。嫌だけど)

 だけどキスは…駄目だ。絶対に駄目だ。どう考えてもしてはいけなかった。
だってキスは、惚れた奴とするもんだろ。
いや、世の中の人が皆そうであるべきだとは言わねえけど、少なくとも、ウソップは…そう言う奴だろ。

 一番の問題は、ウソップの好きな奴を俺が知ってて、知ってたのに俺は…という部分である。
全部分かってるのに「それでもいいから」と投げ打ってしまったのだ。どうだっていいよ良い思いしてえよ俺だって、と。
言い訳の余地はない。まるきりない。

 何だって俺は、ウソップが拒まない事を分かってて、それでも強引にキスをしてしまったんだろう。
何で一時の快楽の為に、清廉潔白なアイツを汚してしまったんだ、馬鹿か…。

 俺の名前を呼び続けたウソップを、問い詰める資格は俺にない。
だってやめろと言っておきながら、俺はずっと願っていた。もっと呼んでくれと。俺の事を考えながらいってくれと。
俺の名前を連呼するそれは、ちょっと気持ちが盛り上がって、ちょっと我を忘れてしまっていただけなんだ、と理解してる。そこに大した意味なんぞない。
分かってる。分かってんだよ俺は。なのに。

 ………なんだってまだこんなに元気なんだ俺の息子は………。
「…紳士の欠片もねえな…」

 ひとりごち、キッチンを後にする。
前かがみになりながら、後悔を引き摺るようにして歩いた。大でも小でもなく、別の理由でトイレに向かうのはこれで何回目になるだろう。
こんな早朝から、一体何が悲しくて抜くのか俺よ。
…ああ〜…落ち込むぜ、自分のはしたなさに…。



「話があるんだ」
 神妙な顔つきでウソップがそう言ってきたのは、俺が朝食を作り終えた時だった。
 小皿に乗せた果物にヨーグルトをかけている手が、止まった。

「…いつからいた、お前」
「たった今。…ノックしたけど、一応」

全く気付かなかった。一気に心拍数が上がるのが分かり、俺はおいおいと思う。
 昨日ぶりに見たウソップが、今までより一層可愛く見えてしまうのだ。
どうしろってんだ、お前そんな顔しやがってドストライクだクソ野郎。

「今日、いつでもいいから、話できねえかな。…大事な話なんだ」
俺から目を反らす事なくウソップははっきりと言った。

 ああ、分かったよ。分かっちまった。
お前腹くくったんだな。どういう決断をしたのかも、俺は一瞬で分かった。
…腹、くくられちゃあ、俺も付き合わなくちゃいけねえな。

「…分かった。俺も色々あるからよ。時間作るから、待ってろ」
俺の返事に、ウソップは「ありがとう」と言って笑った。
胸を撫で下ろす仕草に、俺は無性に悲しくなった。

 全員分の小皿に均等にヨーグルトをかけ終えたところで、何故だか耐えられなくなって、慌ててウソップの背中を押した。

「飯だ。あいつら起こしてこい」
 少し乱暴にキッチンから追い出すが、それにウソップが嫌悪する様子はなかった。
「分かった」と一言、頷いてから、男部屋へ向かう。
その後姿を見届けてから、煙草に火をつけた。
換気扇が回る音を聞きながら、今日中に俺も腹をくくれるのか疑問に思った。

 ウソップ、俺はさあ。
嘘つきのくせに曲がった事が嫌いなところとか、臆病なくせに一人で立ち向かってしまうところとか、そういうお前の強い部分を知ってる。そこにも勿論惚れてる。
だから言う訳にはいかねんだよ「そんな話聞きたくねえ」なんて。

 もう終わりにしよう。
 ウソップの声で、しっかり再生できた。



 朝食はパン一枚と、果物を口に運ぶだけで精一杯だった。
朝からよくもまあそんな食えるなと、他のクルーを羨ましく思った。
何が悲しくて振られる為の心の準備をしなきゃいけねえんだよ。気分はますます落ちていく。

「おいコック、茶くれ」
空になった湯飲みをずいと差し出してくるクソ剣豪に、はらわたが煮えくり返った。

「…おうおう…良かったなマリモヘッド、今ここにナミさんがいてよお…いなかったら俺は今、お前をオロす為悪魔に魂を売り渡してたぜ」
「あん?聞いてなかった、もっかい言ってくれ」

髪の毛が逆立っていくのが分かる。全身がぶるぶると震える。
怒りが全てを支配し、今にもこのマヌケな色をした芝生に華麗な踵落としを食らわせてしまいそうだ。

「サンジ君ケンカしたいならご飯の後にしてくれる?」
ナミさんが言う。その表情はぱっちり目が覚めるような冷え切ったものだった。

「…はぁい…」
ゾロへの殺意を何とか必死でナミさんへの愛情に差し替える。
顔は引きつるが俺の脚は振りあがる事なく静かに席を立った。誉めたいと思う。

 一瞬だけ、ウソップを見た。立ち上がる瞬間に。
俯き黙々と飯を食うその様子に、俺の心情筒抜けなんだろうなと分かった。
ああそうだよ俺は蹴り飛ばしてやりてえよ、お前が好きで仕方ねえこの緑頭をさ。

 腹いせにクソ熱い茶を提供してやったが、全く気にする様子もなくそれを飲み干すゾロを見て、更に腹が立った。
いっそお前がウソップを好きだったら、俺がこんな思いする事もなかったのに。
…いやそれはそれで嫌だな。最悪に嫌だ。



 一人で莫大な量の食器を洗った。
ゾロが使った食器を割りたい衝動にかられたが、食器に罪はねえと思い直し、ぎりぎりのところで踏みとどまる。
 ウソップが手伝うと言ってきたらどうしようかと思ったが、それはなかった。
分かっているんだろう。俺がお前の決断を受け入れる為には、相当な時間を費やすという事を。

「…クソ晴れやがって…」
窓の向こうに広がる青空に、恨めしささえ感じる。
最後の皿を拭き終え、溜息をつきながら煙草に火を点けた。

 甲板で楽しそうに水鉄砲の水をかけ合う三匹が見えた。
濡らされた黒い髪が、太陽の光でキラキラと反射する。
華奢な体が、二人の攻撃を避けようと元気に動き回る。心底楽しそうに笑う。

 ああこれを「釘付け」と呼ぶんだろう。前もこんな風に、お前をここから眺めていた事があった。
あの時はこの台詞を慌てて飲み込んで、一人で慌てたりしたな。
今じゃ余裕で言えるぜ。お望みとあれば何回だって繰り返して言ってやる。

「可愛い」

 笑った顔も困った顔も、はたまた恐怖に凍りついた顔も、なんならクソ剣豪を想って泣いてる顔だって、俺は可愛いと思う。
骨抜きだよ。笑ってくれていい。お前が好きでしょうがねえよ。

 この気持ちを、明日からどうやって背負っていけと言うんだろう。
お前が同じ船の上にいる限り、この気持ちは消えそうにない。
…いやきっと、遠く離れ離れになるような事があったとしても、消せないかもしれない。

 テーブルにつっぷした。
早く心の準備とやらをしなくては。そのままの姿勢で煙草の火を消して、いよいよ両腕の中に頭を埋めた。

 なんて言ってくんのかなぁあいつ。
「このままじゃ駄目だと思う」とか何とか、言いそうだな。
「俺なんかを好きになってくれてありがとう」とか、いかにも付け加えそうだよな。
「なんか」って言うのやめろって言ってんのに聞かねえでよ。
もしかしたら泣くかな。
泣きながら「もうやめよう」って、決定打をぶちかましてくるかもしれない。
「俺、お前の気持ちには応えられないから」って、聞きたくもねえ言葉を言ってのけるんだろうな。
「これ以上サンジを傷つけたくない」とか言ってさ。
俺の為に、お前は言うんだろうな。
「諦めてくれ」って…ああクソ憂鬱だ…。

 昨日の自分を改めて呪った。
てめえがもうちょっと自制心ってもんを身に着けてりゃあ、この日がずっと先の事になるかもしれなかったのに。
「はっ…遅かれ早かれ、結果は変わんねえか…」
瞼を閉じて、暗闇になった視界の先に、ウップの姿を思い浮かべる。
お前をもっと好きになってしまう前に、こうなって良かったと喜ぶべきかな。
なあどう思うよウソップ。これ以上なんて多分ねえと、俺は思うんだけど。

 暗闇の中のお前は笑う。
俺の一番好きな笑顔で手を差し伸べる。「サンジ」と呼ぶ。
夢を見るのも今日で終わりにしよう。
最後にとびきり幸せなやつ、頼むよ神様。



 気が付いたらそのまま眠っていた。
連日続いた寝不足がたたったのか、随分長い事眠りこけてしまったらしい。
誰かの手によって揺り動かされる肩に気付き、俺はゆっくり目を開けた。

「っ…おお!」
肩を揺すっていたのはウソップだった。俺は慌てて席を立ち上がった。

「わり…起こしたくなかったんだけどよ…」
ウソップも俺につられて慌てた。
「その、時間…大丈夫かと、思って…」
ウソップに言われ時計に目をやると、なんと既に昼食がテーブルの上に並んでなければいけない時間だった。

「や、やべえ!」
高速でエプロンを羽織ると、後ろからウソップが「なんか手伝うか?」と聞いてきた。
正直誰の手でもいいから借りたかったが、ウソップと二人きりになったら今にも「その時」を迎えてしまいそうで怖くて…俺は首を横に、振ってしまった。

「や…大丈夫だ」
「…わかった」
ウソップはこくりと頷く。

「できたらまた呼んでくれ」と言い残し、キッチンから出て行った。

扉が閉まってから、俺はようやく詰まっていた息を思い切り吐き出した。

「…び、びびった…!」
心臓がまだバクバクと言っている。
一日はまだ半分も残っているのに、俺のライフポイントは既に0に近い。

 こんなんで今日中に、覚悟決められるのかよ俺は。
だって、ウソップと二人きりになっただけで、胸が高鳴るより先に怖くて足が竦んでしまう。

 終わってしまう。今日、終わりを告げられてしまう。
逃れられないカウントダウンが、頭の中でカチカチと秒針を進めていくのが分かる。
今日はもう、12時間しかない。

 喉が鳴った。
怖くて、どうしようもない。
終わってしまったその後、俺には何が残されているんだろう。





 自分の臆病さに嫌気が差してても、無常に時間は過ぎる。

時刻は午後7時。晩飯が完成してしまった。
しまったというのは、つまりこれをクルー達に報告してやらねばいけないからだ。
 感情とは関係なしに、ディナーのメニューはいつも通り完璧に出来上がった。
このへんに自分のプロ根性を感じる。

「よし。行くぞ俺ぁ。行くったら行く」
深呼吸をしてから、ゆっくりと甲板へ続く扉を開けた。
何をこんなに冷や汗をかく事がある。幾度となく死線を越えてきたこの俺が!

 踏ん張って一歩、歯を食い縛って二歩進んだ。
見渡すと甲板にはルフィとチョッパーとウソップがいた。
ナミさんはみかん畑で水やり、クソマリモは恐らく船尾で筋トレかガン寝ってとこだろう。

 甲板の三人をよく見ると、どうやらチョッパーが薬の研究か何かをしているらしく、ビーカーやフラスコを並べて手を動かしながらぶつぶつ呟いている。
ルフィとウソップはその様子を楽しそうに見つめていた。

 もう、半分、条件反射のようにウソップに目をやる。
チョッパーにああだこうだと質問をしながら、得体の知れない葉を燻している。
手伝っているんだろう。えらく楽しそうで結構なこった。
俺がどんな気持ちでいるか知らねえでよお…。

 深く息を吸い込んで、不安や恐怖を打ち消すように叫んだ。

「てめえら!!飯だ!!」

 チョッパーとルフィはいつものように「おおお飯いいい」と吠えてドタバタと寄って来た。
ウソップは俺を見上げ、数秒そのまま見つめた後「飯だ飯だ!いやっほー!」と、元気に二人の後へ続いた。

 その数秒で、しっかり奴の気持ちを汲み取ってしまった。
「心の準備、まだかよ?」と、催促されたのだ、俺は今。
心臓がぎゅっと縮こまった。ついでに腹も痛い。重症だ。
どんだけびびってんだ俺は。



「俺、今夜見張りじゃなかったら薬完成させられる自信があったのになあ」

 チョッパーがふと、料理を口に運びながら呟いた。

「ああ分かる分かる。してえ事がある時に限って被るんだよなあ当番が」
「俺も!すげえ分かるぞそれ!腹が減ってる時に限って見張り!」
「お前はそれ毎日だろう」
この三匹は本当に仲良しだ。下らない話題でも、いつも心底楽しそうに話している。

「ま、時間なんてすぐに経つもんさ。薬は明日頑張ったらいいじゃねえか」
チョッパーを励ますウソップの言葉に、ぎくりとした。
誰にも気付かれないよう時計をそっと見る。時刻はもうすぐ8時だ。
今日はもう、4時間しかないのだと気付き、どうしようと思った。

 まだ、朝から何の覚悟も決まっていない。
このままじゃだめだ。こんな気持ちのままウソップからの決定打を喰らったら…俺は、多分立ち直れない。



 本日最後の食事も無事終わり、派手に散らかったテーブルの上に溜息をついていたら、扉をコンコンと叩く音がした。

「…」

頼むぞ、おい神様聞こえてるか。
これがウソップ以外の誰かだったら例えゾロでも俺はいい。
いい加減俺の願い事一つくらいは叶えてくれよクソ野郎。

「…サンジ」

外から聞こえる声で俺は確信した。
よし分かった。神様なんてこの世にいねえな!

 何も返事ができないまま俺は固まってしまった。
ウソップがどんな顔で今扉の前に立っているのか、想像したくもないのに考えてしまう。
真剣な眼差しで、俺の返事を待っているに違いない。

「…あの、朝言った話だけどさ…」
ほらきた。きやがったよやっぱりな。
そりゃ来るに決まってる。だって今日はあと3時間しかない。

 相変わらず何も返せず固まっていると「時間、作れそうか?」と、少し申し訳なさそうなウソップの声がした。

 いよいよはっきり催促されてしまった。クソったれ俺だって分かってるよ早くしなきゃって。
でも決まらねえんだよ覚悟が!お前が思ってるより何倍も臆病もんなんだよ俺は!

「………」

中に入ってきそうにないウソップに、ぎりぎり救われた。
今入ってこられたら、こいつの顔を見てしまったら、俺はダッシュで逃げ出す自信がある。
…そんな自信微塵もいらねえけど。

「…サンジ?寝てるか?」
その台詞で気付いた。
ああこいつ、昼間もこうやって扉の外から声かけてたのかもしれねえな。
どれ程やきもきさせただろう。自分が嫌になる。

「……っ!あ、そういえば!」
考えがまとまらないまま、扉の外にも聞こえる大声で、俺はわざとらしい声を上げた。

「今夜さ、あれだ、あれがあったんだ。ほら、見張り!チョッパーと替わったんだよなそういや!どうしてもって頭下げられてよお」
晩飯の時の三人の会話を思い出しながらべらべらと嘘を連ねた。

「ここ片付けて風呂入ったら一服して、そしたら見張りの時間になっちまうからさ、わりい、今日は無理かも俺」
一気に捲くし立てると、数秒後、扉の外から「分かった」という小さな声が聞こえた。
同時に、扉の前から離れていく足音も聞こえた。

 あんなに神妙な面持ちで話を切り出してきた割に、えらく物分りがいいじゃねえか。
少し疑問に思いながらも、それより先に安堵感が全身を包んだ。
良かった。これで今夜決定打を下されずに済む。

 なんとも情けねえ話だ。一日中待たせておいて、結局俺は逃げ出してしまった。
あいつ幻滅したかなあ。…幻滅されるくらいなら、今日清清しく傷つく方が良かったかもしれない。
…最悪な二択だぜ、どっちも嫌だ。

 結局俺はウソップについた嘘を訂正する事もないまま、風呂に入っていたチョッパーの元へ向かい、口裏を合わせてもらうよう頼んでいた。
 チョッパーは喜んでいたが「急になんでだ?」と首を傾げた。
「今日を何事もなく終わらせてえんだよ。俺は臆病者だからな」
そう言って笑うと、もう一度、首を傾げられた。

 いいやもう。臆病者でいい。
今日終わりが来るくらいなら、もう一回だけクソ幸せな夢を見てから、明日、今日の分のツケも合わせてきっちり喰らうからさ。




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