名前を呼びます 3






「…目、瞑ってろ」
なんでと聞き返す前に、片手で両目を覆われた。
サンジの手のひらで視界は真っ暗になり、感覚だけが体を這う。

「気、使わなくていいからな?ゾロにされてると思ってればいいから」
 耳元でサンジの声がする。
さっき想像していた台詞とはまるで違うけど、それでもその声の低さや耳にかかる息の感触は、凄い威力で俺の心臓辺りを攻撃してくる。

 ゆっくりとチャックが下ろされる。
音でしか分からないのにどうしてこんなにドキドキしているんだろう。見えない事で想像力が掻き立てられるんだろうか。
この次の瞬間に来る感覚を、俺は待ちきれず、瞼の裏に思い描く。

「…っ」
 下着の上から優しく撫でられてる。
最初は被さるだけだった指の力が、段々強くなるのが分かった。
気持ちいいところを探すように、丁寧に動き回る手の感触がたまらなくて、声が漏れないようにするので必死だ。

 サンジは何も予告しないまま下着の中に手を入れた。
人の手によって性器を触られるという初めての感覚に、思わず息を止めた。
こんなに恥ずかしい、のに、気持ちよさに身がすくむ。

「あ…」
情けない声が漏れたので、慌てて自分の口を両手で抑えた。

でもサンジはすぐさまそれに気付き「我慢すんな」と言った。声を出さないまま首を横に振るが「大丈夫だから」と促された。
「んな小さい声誰にも聞こえねえから。手どけろ」
 両目を塞いでいた手がそこから離れ、今度は両手をどかそうと俺の手首を掴んだ。

「や、やだ…」
「てめえ我慢してたらいけねえだろうが」
「…声、聞いたら、お前…引くもん…」
俯きながら言うと、軽く小突かれてしまった。
サンジは少し怒った様子で「次そういう事言ったらオロすぞ」と俺をたしなめた。

「気が散漫な証拠だな。集中しろよバカ野郎」
 サンジは、服の中だというのに器用に下着をずらし、手のひら全体でゆっくりと俺の性器を握った。
…自分でやるのとは全く違う。こんなんで、もう、いきそうだ。

「あっ…ま、待って、サンジ」
「…言う事聞かねえなぁ本当…」
ギロリと睨まれる。けどその顔は、俺の目にはこの上なく格好良く見えてしまう。

 倉庫の薄暗さのせいなのか、いけない事をしている気が、凄くした。
今更ながら、好きな人に触られているのだと意識して、それだけで胸がこんなに苦しくなる。

「…サンジ」
胸の内の、汚らしい感情が今にも漏れてしまいそうで、俺は固く目を閉じた。
これは俺の想像なんかじゃない。想像で、こんな気持ちいいわけない。

「サ、ンジ」
目を閉じたままもう一度呼ぶ。
名前を呼ぶ度に少しずつ、サンジの手の速度が増していくような気がした。

「…だから、気…使わなくていいって…」
そう言いながら、サンジが短く「クソ…」と呟くのが聞こえた。

「お前のしごいてんのは俺じゃなくてゾロだっつってんだろ。集中しろよ」
霞む思考回路で、サンジの言葉の意味を必死で追いかけた。
…何でここでゾロ?ああそっか。俺はゾロをオカズにしてるっていう設定なんだっけ。

 そんなん、もうどうだっていい。全部吹っ飛んで消えればいい。
微かに香る、何度も嗅いだ事のあるこの煙草の匂いと、この低い声が、今の俺の全部なんだから。

「サンジ…」
好きだよ。
「…サンジ」
大好きだよ。

 俺にはもうそれしかない。それだけでこんなに、体が熱くなる。
耳にまとわりつく湿った音を聞きながら、サンジのスーツの裾を、ぎゅっとつまんだ。

「………頼むから、名前、呼ぶな」
サンジはかすれた声で、ゆっくりと言った。
ああ俺、調子に乗って気分悪くさせたのかな。やっぱり口塞いでおくべきだったんだ。

「…キス、したくなるから。名前呼ばれたら」
悲しい気持ちが津波のように押し寄せる寸前、サンジが俯いたままそう言った。
小さく舌打ちの音が聞こえたかと思うと、どこか余裕のない、苦しそうにも見える表情でサンジは顔を上げた。

「次呼んだら、分かんねえからな。分かったかクソっ鼻」
ごつ、と音を立てて額がぶつかった。
サンジの呼吸の音が目の前で聞こえる。
再開された手の動きを頭の中で追いかけながら俺はひたすら思った。

 キスしてほしい。名前を呼びたい。
なあサンジ。だって俺はお前が好きなんだよ。

「…サンジ」
「……てめえ…」
ドスを聞かせた声だったが、その顔には怒気がない。
力が入らない腕を何とか持ち上げ、俺はサンジの頬を自分の手のひらで包んだ。

「サンジ」

好きな人の名前を呼んだ。大好きなんだと、心の中で何度も唱えながら。
卑怯なのは百も承知なんだけど、いっそこのまま押し倒してくんねえかなって、うっすら考えてる。

 サンジはギロリと睨んだ後、俺の性器を今までより乱暴にしごいた。

「っあ…っ」
「っの野郎…次呼んだらオロすぞ」
「…あ、あ…」
サンジの頬に手を当てたまま、今にも崩れ落ちそうな両足に必死で力を入れ続けた。
乱暴な筈なのに、痛みを感じる事はなく気持ちよさだけが増す。なんでだろう。

「…クッソ、声やべえなお前…」
想像していた時と同じように、サンジの息遣いは荒くなっていた。
心臓が、ぎゅっと音を立てる。
万が一、いや億が一でもいい、サンジが興奮している理由が俺なんだとしたら、俺は卒倒するくらい、嬉しい。

 オロされてもいい。お前になら。だからさ。

「サンジ」
真っ直ぐ目を見つめたまま名前を呼んだ。

 今度はもう、忠告はなかった。
サンジは少し驚いた顔をしてみせたが、何かを吹っ切るように小さく息を吐いて…俺をオロす代わりに、キスをした。

「…、ん」
一気に脳天まで痺れた。
今までで一番、直接的にサンジの匂いを感じた。角度を変えて触れる唇が、何度も俺の心臓を殴るように刺激する。

 俺、今、好きな人とキスしてる。そう思うだけで涙が出そうになった。

「…ウソップ」
ゆっくり離れたサンジの唇が、俺の名前を呼ぶ。
目は開けられないまま、でもサンジの首元にしがみついて、俺は気絶しそうなこの一瞬を決して手放さないよう、霞みがかる意識の中で小さく頷いた。

 もうこんな事は、生涯ないかもしれない。
いつか誤解が解けて、サンジが俺を好きじゃなくなるかもしれないなら、尚更。
今、この手を離しちゃいけないんだ。

「なあ、ウソップ」
息を継ぐ為、キスは何度か途切れた。
その度にサンジが俺の名前を呼ぶものだから、俺の胸はもう、今にもはち切れそうになる。

 もうずっと前から、俺の性器は訳も分からない液体でグショグショだ。
いきたくて両足がガクガク震える。…サンジがこれに気付いてたら恥ずかしいな。

「…もう、俺にしとけよ」
耳元にサンジの息がかかる。そのすぐ後、耳たぶを軽く噛まれた。
初めて感じたその感覚は、まるで電流が流れてくるみたいで、思わず声が出た。

「あっ!…サ、サンジ…っ」
「好きだよ、好きだ、なあ」
「ま、待っ…あ、あ…いっ、いく…」

サンジの手が、次から次へと激しい快感を連れてくる。
抗う術を持っている筈もなく、俺は簡単にてっぺんまで追い詰められてしまった。

「いっ…いく…、あ……」
「…っウソップ」


 いってからキスをされたのか、それともその逆だったのか、よく覚えてない。
サンジは、俺の精液まみれになってしまったその手を拭う素振りも見せず、その後も随分長い間キスをしてくれた。

 後悔も恥ずかしさも吹っ飛ばして、ただひたすら余韻と脱力が体を襲った。
ゆっくり崩れる体をサンジは支えてくれた。

 支える腕のその先、精液でぬるぬるになったサンジの手が視界の端で見えた。
…うげえ、汚ねえ…そんな汚れた手放っといて真っ先に俺の体支えてくれるなんて、根っからの紳士だなあ。

 ぼうっとその手を眺めていると、突然ハンカチを差し出された。
「……捨てていいから、これで拭け」
「…え、いいのか」
まだ残る脱力感のせいで、体がノロノロとしか動かない。ハンカチを受け取る動作がゆっくりになってしまった。

 ハンカチを受け取り、でもやっぱり気が引けて使えないまま手の中で持て余していると、やけに小さな声で名前を呼ばれた。
「………ウソップ」

目線を上げると、片手で顔を隠すサンジがいた。

「………ごめんな………」

 …どうしてそう思ったか、自分でも分からない。
でも俺には、その声が泣いているように聞こえた。



 何にも返さないまま、俺はサンジに沢山のものをもらった。
 その罪の重さは多分、計り知れないもんだろう。俺が思っているより遥かにきっと。

 大好きな人を俯かせてるのは誰だよ。俺だろ?
サンジの謝罪の言葉を聞きながら、俺はもう、こんな自分を許しちゃ駄目だと強く思った。

 卑怯な自分はウンザリだ。
全てを告げて沢山のものを失うっていうなら、今まで貰ったものを、何一つ失くさなきゃいい。
そこからまた、始めればいいんだ。
…できるさ。

 できるよ、こんな好きなんだから。








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