をしてるよ




「昔さあ、どんぐりいっぱい集めて、味付き海苔が入ってた空き容器に二百個くらい詰めて、大事に保管してたんスよ」

 どんぐりを拾っては、飲み終えて軽く洗ったラージサイズのカフェオレの容器の中に集めていく。まん丸のヤツはちょっとレアだ。見つけると嬉しくなって、なんだかRPGゲームの中、隠しアイテムの金貨を見つけては「どうぐ」のコマンドの中に一枚ずつ収納していくような、そんな気持ちになる。
 こういう、あんまり意味のない収集作業ってなんか好きだ。どんぐりの他にも、石とかセミの抜け殻とか松ぼっくりとか、持って帰ってどうするんだってものを闇雲に集めては、その収穫量に一人悦に入ったりしてたな。
「うん」
俺の昔話に臣クンが優しく相槌を打つ。臣クンはどんぐり集めに興じる俺の姿を動画に撮ったり、山吹色の絨毯を写真に収めたりしていた。
「それでさ、何週間かした頃だったかなあ。久しぶりにおもちゃの棚からその容器取り出したらさ、なんかの幼虫がいっぱいウゴウゴしてて」
「それは…ビックリするな…」
「うんビックリした!お母さんに見せたら叫ばれたもん。それからしばらくは床に落ちた米粒とかにもお母さん驚いてて、ちょっと悪いことしちゃったなって」
「確かどんぐりって、家に持って帰ったら沸騰した湯の中で煮詰めるんじゃなかったか?そうすると虫が湧かないって」
「へぇ〜そうなんだ!そっかぁ、出てくる前に殺しちゃうのか…なんか可哀想だね」
「そうだな。拾われなかったら生きてたかもしれない命だもんな。…残酷だよな、人間って」
そう言いながら臣クンは「あ」と言って落ち葉だらけの地面に手を伸ばし、俺に拾ったものを差し出した。
「ほら、レアのやつ。しかもでかい」
臣クンの手にはまん丸の、ことさら大きいどんぐりが乗っていた。ホントだ、ビー玉みたいに綺麗な、これは正にスーパーレアだ。
「なんかこのどんぐり、臣クンみたい」
「えっ、俺こんな太ってるか…?」
顔にはっきり「ショック」って書いてあるから思わず笑った。そういう意味は全然なかったけど、なんか臣クン今、体型気にしてる女の子みたいだった。かわいい。
「ひひ。太ってても太ってなくても、臣クンは最高にかっこよくてキュートッスよ」
「はは、ありがとう。太一も、太ってても太ってなくても最高に好きだよ」
ド直球を、こうやってこの人は唐突に、なんの前触れもなく俺めがけて投げてくる。臣クンのストレート球を避けられる人はきっとこの世にいない。無敗のピッチャーで、だけど一歩間違えればデッドボール炸裂のとんでも投手だ。
「臣クンはね、マジでスーパーレアだよ」
受け取った大きなどんぐりを容器にしまって、俺は笑う。そのどんぐりは本当に今日拾った中で一番大きくて、一番ツヤツヤしていた。
「うん?」
「出会えたことが奇跡だなって思って。誰かに先に見つけられて拾われちゃってたらさ、俺、臣クンに出会えなかったかもしれないんだよ、恐怖ッスよ。…ほんとに、超怖い」
思ったままの気持ちをゆっくり、歩くくらいの速度で紡ぐ。どんぐりを拾いながら散歩道を進む俺は、さながらヘンゼルとグレーテルだ。
 数歩先、またまん丸のどんぐりを見つける。俺が今拾わなかったらもしかしたらこのとんぐりは、全然違う誰か、小さな子の手に大切に握られていたかもしれない。何気ない自分の行動は、そうやって違う未来の芽を奪い取っている。臣クンがさっき言った「残酷だよな、人間って」という言葉が、頭の中で一度だけリフレインした。
「……ちょっと俺も本気出すか」
「ん?」
臣クンが膝を折り畳んで地面をじっと見る。俺の隣にしゃがみ込んだ臣クンは、ずいぶん真剣な顔をして、落ち葉だらけの地面を見つめていた。
「太一に似てるどんぐり探そうと思って。誰かに拾われちまう前に」
臣クンの、俺より一回り大きな手が落ち葉をザカザカ掻き回す。
「え、そしたらなんかかっこいいどんぐりにして!シュッてしてるやつ!」
「あはは、わかった。シュッてしてるやつな」
俺の言葉を、ちゃんと受け取ってくれる。俺が馬鹿みたいなことに本気になってる時、この人はおんなじように本気になって、一緒に、隣で、いつだって、おんなじ気持ちで時間を過ごしてくれる。
 やっぱりスーパーレアだよ、ねえ臣クン。俺は世界一のラッキーな奴なのかもしれない。俺が今臣クンの隣にいられるのは、一体何万分の一の確率の、その上に成り立った奇跡なんだろう。
「俺さ、言ったっけ」
臣クンが地面を見つめながら穏やかな口調で語る。俺はどんぐりがひしめき合う容器をカラカラと鳴らしながら「んー?」と尋ねた。
「太一って紅葉に似てるよなって。だから太一と出会ってから俺、秋が今までよりずっと好きになったよ」
ずっと前、たしか卒業祝いにと二人だけで旅行に行った時だったかな。お互いのこと、紅葉と銀杏の色に似てるねって言ったこと、そういえばあったな。
「うん、覚えてる。臣クンそれ言ってた」
「そっか、やっぱり言ってたか」
「でも「秋が今までよりずっと好きになった」は初めて聞いた。ひひ、嬉しい」
俺も臣クンに出会ってから前より秋が好きになった。秋は漠然と、なんだか寂しい。だけど臣クンといたら寂しさは限りなく薄い色になるから。寂しさに全部奪われてしまう前にこの景色を、素敵だなって思えるようになったから。
 銀杏並木とか、だって大好きになっちゃったもん俺。優しい黄色が、臣クンに似てるんだよ。だからねなんか、臣クンに優しく抱きしめられてるみたいに感じるんだ。
「春も夏も冬も、全部なんだけどな。…全部、前より大好きになった」
臣クンがどんぐりを探す手を止めて、ちょっとだけ遠くを見つめながら言う。さっきの俺と同じように、歩く速度で紡がれる臣クンの言葉は、油断してたら今にも涙腺に来ちゃいそうだった。…なんでかな、楽しくどんぐり拾いをしていただけの筈なのに。

 臣クンに、恋をしてる。俺はもう長いことずっと、この人に恋をし続けている。

 幸せという大きなまん丸の周りに、寂しいや切ないや怖いが、やっぱりいつも転がっている。だけど俺も全部なんだ。全部、前よりずっと大好きになった。
 ちょっとだけ強く木枯らしが吹いて、自分の前髪が揺れた。この公園に来たばっかりの時よりずいぶん日が暮れてしまった。
 もうすぐ四時のチャイムが鳴る。そしたら膨らんだ買い物袋を引っ提げて、俺たちは帰路を歩く。
 そろそろ帰ろっか。そう言おうとした瞬間だった。臣クンが「あ」と言って、それから素早く何かを拾い上げた。
「見つけた。俺のスーパーレア」
臣クンが笑って俺に見せたのは、先が尖ったツヤツヤ の綺麗などんぐりだった。
「えっ、めっちゃイケメンどんぐり!」
「うん。太一に似てる」
臣クンは俺の顔の隣にそのどんぐりを並べて、満足そうに頷いた。
「顎のところの感じ、似てるよ。ほら」
俺の要望通り本当にシュッとした感じのどんぐりを見つけて、俺に似てるなんて言ってくれるから、嬉しいのと照れ臭いのが一緒になって心を襲った。…嬉しい。臣クンの優しさはいつだって、臣クンの意図していない場面でも俺を包み込むんだ。
「…今日ここでこのどんぐりと出会えたのって何万分の一の確率なんだろう。…そういうこと考え始めるとなんか…なんだろうな。いろんなことがさ、途方もないよなぁ」
人差し指と親指でそれを摘んで、いろんな角度から観察するように眺めて、臣クンは言う。
 ああ、わかる。俺もそう思う。
 一秒一秒がきっと奇跡の連続だ。選ぶってことは何かを捨てること。出会うってことはそれ以外と出会わないこと。決めるってことは、違う未来をもう追えないってことだ。
 そんな当たり前を、だけど確かな一つ一つを、いちいち全部丸ごと感じ取っていたらどうなるだろう。きっと時が過ぎるスピードに追いつけなくなって、全てに置いていかれてしまう。選び取ったたった一つさえ、俺を置いていってしまうのかもしれない。
 だから大体は良い具合に流して、良い加減に忘れて、良い塩梅で見ないフリをする。
 それはもしかしたら、ズルくて酷いことなのかもしれないな、本当は。そうやって酷いことをしながら、その酷ささえ適当に流してしまって。
 …流して流して流した先に、例えばなにか恐ろしいものが待っていたらどうしよう。どうしよう怖いな、臣クン。

「……たーいち」
臣クンが俺の頬に人差し指を当てて、ツンと一回優しく刺した。
「いま難しいこと考えてただろ」
臣クンの言葉にちょっとドキッとする。俺は「へへ」と後ろ髪をポリポリ掻きながら慌てて笑った。
「ごめん、変な顔してた?」
「いや。……んー…変な顔っていうか……」
臣クンは瞳を少し上に動かして、ちょっとだけ恥ずかしいんだろうか、一回だけ俺から視線を外して、それから「はは」って短く笑って、続く言葉をゆっくり吐き出した。
「遠い目してるみたいに見えたから。…寂しいなって、思ったんだよ」
銀杏の葉っぱの絨毯の上、臣クンが優しい笑顔に可愛い本音を添えて、俺をじっと見る。
「……」
べっこう飴みたいな色の瞳が、十一月の夕暮れにそっと光る。キラキラじゃない。眩しくはない。こうやって灯る光の粒を、ああどうやって形容すれば良いのかな。知らない自分が悔しくてたまらない。
 それは例えば美術館の中でたった一枚の絵に釘付けになってしまうような、その絵画の前で呆然と立ち尽くしてしまうような、そんな瞬間だった。俺の眼は今間違いなく、臣クンを写す為だけのレンズになったのだ。
「………」
 恋をしてるよ。ねえこんなに、臣クン、俺は。
 いろんな感情を彼が根こそぎ攫っていくから、上手に笑えなくなって、だから俺はどんぐりを摘んでいる臣クンの手をギュッと握った。
「臣クン」
「うん?」
「好き」
「ん?…うん。俺も」
「大好き。どうしよう上手く伝えらんない」
「…うん」
臣クンはゆっくり頷いて、それから空いてる方の手でスマホを構え、俺に向かって唐突にシャッターを切った。
「あっ!?撮った!今この人撮った!!」
「だって、あー…はは。すごい顔してるから」
「すごい顔ってなんスか!やめてよ!」
臣クンはあははと笑いながらスマホの画面、おそらく今撮った俺の写真を数秒眺めて、そして大切なものをしまうようにスマホをポケットへ戻してしまった。
「ちょ、見して!」
「ん?あはは。うん、そのうちな」
全然悪びれる様子もなく臣クンはご機嫌な様子で、摘んでいたどんぐりを俺のカフェオレの容器にコロンと入れた。ホントなんなんスか、なんでいっつも突然撮るんスかこの人は!!
「好きだよ太一」
そうして前触れもなく、臣クンが俺の顔に影を落とす。
 秋の散歩道の途中、俺たちは黄色い絨毯の上、小さなキスをした。夕陽が後ろから俺たちを盗み見している気がして、心臓がドキドキ鳴った。
「……困ったな、俺も上手く伝えられない」
臣クンが俺の手をもっと強い力で握り返して、それで、もうこの世界には俺たち二人だけしかいないような感覚がするから俺は慌てた。
 好きだ。だってどうしよう。臣クンの眼が絶えず訴えてきている気がするんだよ。自惚れだったらごめんね、だけど繋いだ手から聞こえてくるんだ。
「…俺が思ってること、伝わった?」
「……うん、たぶん」
「そっか、良かった」
臣クンがさっと立ち上がって、風で葉っぱを揺らす木を見上げる。冷えてきたなあって一言が俺を現実に引き戻した。
「どうする?どんぐり全部持って帰るか?」
「……ううん。これと、これだけ持って帰るッス」
臣クンが見つけたまん丸どんぐりと、イケメンどんぐりだけを残してあとは全部葉っぱの絨毯の上にばら撒いた。カフェオレの容器の中、体を寄せ合うようにして並ぶ二つを、俺はじっと見つめる。
「冬が来たらさ、今度は一緒に雪合戦しようね臣クン」
言いながら立ち上がると、臣クンはニカッと歯を見せて「楽しみだな」と言った。
「悪いけど俺、雪合戦得意なんだ。人生で負けたことないんだよ」
「いや俺っちも自信ある!昔丸め方と投げ方けっこう研究したから!負けないッスよ!」
「はは、じゃあ負けた方の罰ゲーム今のうちから考えとくか。何がいいかな」
「わ、わっるい顔して笑う〜。こ、この人こえぇ〜」
「あはは」

 きっとまた、雪は溶けちゃうとか冬は暗くなるのが早いとか、いろんな理由をとってつけては、俺は幸せの周りに違う感情を見つけ続けるんだろう。
 だけどそれでもいい、臣クンが隣で笑っててくれるんなら。それだけで俺はきっと、どんな色の感情も一人の時よりずっと好きになれると思う。寂しいと思いながら手を繋いで、怖いと思いながら抱き締めて、好きだなって何度も何度も心の中で繰り返すのだ。
 そういうすごい力のことを恋って呼ぶんなら、なんかすごいや。恋って魔法だ。

 帰ってから、二つのどんぐりをお湯で煮て、その後臣クンと一緒にマジックでお互いの顔を描いた。
 俺が描いた臣クンの顔は我ながら上手くいったんだけど、臣クンの描いた俺の顔は眉毛が垂れ下がってて、ほっぺも謎に染めてて、困ってるみたいな恥ずかしがってるみたいな、なんか情けない顔してたからちょっと不服だった。せっかくイケメンな形のどんぐりなんだから、もっとかっこよく描いてほしかったッス。
「でもさっき撮った太一、こういう顔してたんだぞ」
いたずらに笑う臣クンの言葉に、俺はもう、それ以上はなんにも返せなくなった。

 まんま、恋をしてる顔だったんだ。恥ずかしいったらないッスよ。






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先日、こちらのイラストを誕生日に贈っていただきました。すごく素敵で、この絵を見ていると「恋をしてるよ」って二人の声が聞こえてくる気がしてならなくて、そこから想像を膨らませてお話を書いてみました。
てーるさんの彩色がとっても大好きです。素敵な優しい秋色の臣太を、本当にありがとうございました(;_;)

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