あのね、玉手箱の中には




「なんスかなんスかこの駅!マジで竜宮城じゃないッスか!」
 終点である「片瀬江ノ島」という駅で電車を飛び降り、改札を走り抜けて駅を振り返る。そこには浦島太郎がきっと見たであろうあのお城が、想像のままの姿で佇んでいた。
「七尾!公共の場でデケェ声出すんじゃねえ!迷惑だろうが!」
遅れてやって来た左京にぃが俺を叱りつけると、更にその後ろを歩くあーちゃんが「クソ左京の声もじゅうぶんデケェけどな」と、冷めた顔をしながらツッコミを入れた。あーちゃんの隣の改札を抜けた万チャンにも「言えてら」と笑われて、左京にぃの顔上半分にいよいよ青筋が浮かぶ。
「てめぇら…」
左京にぃのドスの効いた声にすかさずフォローを入れるのはもちろん臣クンの役目だ。
「まあまあ、いいじゃないですか。ほら見てくださいよ、太一の言う通り本当に竜宮城だ」
臣クンはそう言って駅名板を見上げカメラを構えた。
「素敵な場所ですね。なあみんなあっちの方並んでくれないか。駅をバックに撮るから」
「あ、だったら臣クンも一緒に写ろ!誰かに撮ってもらおうよ!」
俺が臣クンの元に駆け寄ってそう言うと、左京にぃが今日何度目になるか分からない溜息を吐いてみせた。
「ったく、遠足じゃねえんだぞ…」
「すんません、ちょっとそこのコンビニで菓子買ってきてもいいっすか」
ペットボトルのいちごオレを飲み干した十座サンが話の流れも気にせずそう言うから、俺も片手を上げて便乗する。
「ハイハイハイ!じゃあ俺っちあっちのハンバーガー屋さんでなんか買っていきたい!」
「だから…あのなぁ…」
そこまで言いかけて、左京にぃは遂に諦めたようだった。自分一人で俺たち全員をまとめ上げるのは、もうこの状況では無理だと悟ったんだろう。
 どこまでいっても真っ青な空、ずいぶん近くに感じる太陽の光、海の匂いが混じった少しだけ強い風。ごめんね左京にぃ、だってこんなの、はしゃがない方が嘘ッスもん!

 小田急片瀬江ノ島線の終着駅。ここは片瀬江ノ島。駅から徒歩十五分の場所には有名な水族館もあり、海の上にかかる長い橋の向こうにはデートスポットの王道である「江ノ島」という島がある。
 今まで雑誌で何度も見かけた。テレビで何回もその名前を聞いた。ずっと憧れだった。いつか絶対来てみたいと思ってた。そんな場所に大好きな秋組のみんなと来られたんだもん、そりゃあ行きの電車で先頭車両の一番前に立っちゃうってもんッスよ。ムービー撮りすぎてスマホのバッテリー残量が四十パーを切っちゃうってもんッスよ!
 左京にぃの言う通り、俺たちがこの場所に来た目的はもちろん遠足じゃなくて、地方公演のためだ。
 今夜は橋の向こうの江ノ島にある宿泊施設にお世話になって、明日の昼と夜、地元の大きな会館で公演をさせてもらうことになっている。
 公演内容はみんなで話し合って、本公演の再演ではなく土地柄にあった新しい脚本にしようと決めた。そこで出た案が浦島太郎だ。
 みんな知ってる有名な昔話の内容にちょっとだけアレンジを加えて、今時っぽく味付けして、世代や性別問わず楽しんでもらえるような公演にしようって。
 ちょっとだけの筈だったアレンジは、気付けばあらすじから大幅に逸れたり登場人物が本来のイメージとはかけ離れてしまったりと、全然予定通りにいかなかった。だけど秋組みんなで作った脚本と配役は最高で面白くて、俺の心はこれでもかと弾むのだ。
 ちなみに主人公の浦島太郎役は臣クン。太郎と一緒に暮らしてる、怒るとメチャクチャ怖いおっかさん役は左京にぃだ。そして浜辺にいるだけで泣く子を黙らせてしまう強面の亀サンが十座サン。いつの間にか亀サンとマブダチになっていた少年役にはあーちゃん。それから、竜宮城に住むヤンチャで問題ごとばかり起こす困った乙姫が俺っちこと七尾太一で、舞と称してストリートダンスを披露してくれるヤンキー口調の踊り子役が万チャンだ。
 本当は登場人物一人一人に原作には全くない設定がてんこ盛りなんだけど、それを説明し始めるとメチャクチャ長くなっちゃうんで、今回はちょっと割愛させていただくッス。
 とにかく、おかしくて面白い。配役だけで何となく分かってもらえると思うけど、要するにコメディーだ。

「明後日の朝には帰らないといけねえから観光は今日だけだ。テメェら、はしゃぎすぎんなよ」
「ハイハイハイ!自由時間はどのくらいッスか!?」
俺が間髪入れず質問を投げると、左京にぃは腕時計をチラリと見ながら「そうだな…」と呟いた。
「これから宿に向かって、荷物を下ろして…夕飯前までには戻らねえとな。まあ、四時間半ってとこか」
「え!それっぽっち!?ヤバイッスよみんな走ろう!」
俺が駆け出すと後ろから「こら七尾走んじゃねぇ!」と「まあまあ」がセットで聞こえてきた。それから万チャンの「浮かれてんなぁ」という言葉。
 みんなに見守られながら、俺は先陣を切って江ノ島へと走る。
















こちらは間も無く通販にて頒布される、
臣太アンソロジー「What a Wonderful World」に寄稿させていただいたお話のサンプルです。
(サンプル掲載について主催のnamiさんへご報告、また許可いただいています)

素晴らしい企画に参加させていただけて、こんなことは多分もうきっと私の人生で二度と起こらないので、その奇跡の大きさを噛み締めています。
沢山の黄色いシールを心のアルバムに貼れること、今からとても楽しみにしています。

告知アカウント様→ @w_w_w_105
概要、詳細など(pixivページ)→ What a Wonderful World








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