手綱をいつも引いていて
今朝、お前の姿を見た瞬間、ああそうかこれは夢なんだとすぐに理解した。
昨夜はそういえば談話室のテレビで犬がたくさん出てくる番組を一緒に観たし、観ながら画面を指差して「この犬なんか太一に似てるよな」なんて言った。それで太一が犬の真似を始めて、そこからふざけて飼い主と飼い犬のエチュードに繋げたら周りの何人かが面白がって参戦して来たりしてさ。
なあ太一。お前は人間だけじゃなくて動物の演技もこんなに上手いのかって、俺は内心驚いてたんだ。ソファーの上、お座りをして顔を傾げるお前の頭に、俺は確かに、犬の耳を見た気がした。尾てい骨の先には尻尾さえ生えているんじゃないかと一瞬、本気で錯覚した。
もしもお前を飼えたら。じゃれ合うようなエチュードの最中、俺の思考はこっそりと良からぬ方角へ向いた。もしも太一、お前を飼えたらどんなに幸せだろう。三度の飯を用意して、毎日散歩へ連れて行き、風呂に入れて、爪をヤスリで丁寧に研ぎ、膝の中に迎え眠りにつくまで頭を撫でる。…ああ、幸福以外の何物でもないな、そんなの。
「……」
昨夜の自分の思考をなぞり、俺は頭を抱えた。だからってこんな夢を見るのか。なあ、さすがにどうかしているんじゃないのか?自分は。
眠そうに目を擦り、大口を開けて欠伸をする眼前の太一の、頭の上には垂れた耳が、口の中には鋭い犬歯が、腰の下には赤毛の尻尾が生えている。
「…臣クンおはようッス〜…ねむ…」
「しゃ、しゃべれるのか」
驚いた俺の言葉に太一がことさら可愛い仕草で首を傾げ、笑う。傾けた時に耳が揺れて、それから尻尾が左右に振れた。
…まずい。これは相当まずい。まずいだろうだってあまりに、あまりにこれは、だめだ、愛くるしい。
「ひひっ、さぁて臣クン!おさんぽ行くッスよ〜!」
「…おさんぽ」
「ほら、この首輪にリード繋いでほしいッス!早く!」
少し唐突とも言える太一の言葉に若干呆気にとられながら、言われた通り首輪とリードを繋げる。すると太一は嬉しそうにそれを口に咥えた。
「へへ。臣クン、付けてッス!」
「……」
可愛い笑顔だけに留まらず、胸の辺りを曲げた指先で撫で、まるで犬のように催促してくるから、俺は言葉を失った。撫でられた胸がくすぐったい。苦しい、かわいい、無理だ、もうだめだ。…かわいい。
「…太一、かわいい」
脳からそのまま滑り落ちてきた言葉に、太一はまた嬉しそうに笑う。尻尾がさっきよりもっと速く振れている。彼の感情がダイレクトに伝わってくる。まるで裸の、開け広げの心だ。
「嬉しい!」
今度は頭をぐりぐりと胸に押しつけてくるので思わず身悶えしそうになった。その天辺を両手で撫でてみる。垂れた犬の耳を捲って、付け根を親指の腹で揉み込むように撫でる。すると尻尾が一層激しく振れて、太一の喉から「クゥン」という本物さながらの犬の声が溢れた。
「はぁ〜、臣クンに撫でられるの俺っち大好き」
「……」
あまりにかわいくて感情がメチャクチャになる。心臓がさっきから何度も握りつぶされて、もう木っ端微塵になりそうだった。全ては俺が見せる俺の夢だというのに、今にも気が狂いそうになって、そんな自分が頭のおかしい奴に思えた。
「俺は…どうかしてるかもしれない…」
「うん?」
俺を見上げ不思議そうに首を傾げるその仕草だって、いちいち心臓にこんな太めの矢を刺してくるんだ。もうこんなの、おかしくならない方がおかしい。
「…よし」
「うん?」
「それじゃ太一、おさんぽ行くか」
やんわりと俺は覚悟を決めた。夢はまだ醒めそうにないんだ、こうなったらもうおかしくなる自分を素直に受け容れる。覚悟を決めたらその後、答えは一つだ。この夢を目一杯味わい尽くす他ない。
太一の首に首輪をはめ、優しくリードを引っ張る。特殊なイメージプレイをしているような気がどうしてもしてしまうのだが、太一を振り返れば思い切り振れてる尻尾が視界の端に映るから、その度に俺は正気を取り戻し安堵した。…いや、本当のところもうよく分からない。耳と尻尾が生えたかわいい姿を見る度に俺は正気を失っているのかもしれない。
部屋のドアを開けて中庭を進み、玄関へ続く通路を歩く。寮にはどこにも、誰もいないようだった。この夢の世界には俺と太一しかいないのか。つくづく自分に都合良く設計されている。
「俺っち、今日はこっちのコンバース履いてく!」
玄関にしゃがみ、太一が片方ずつゆっくりと靴を履く。どうやら耳と犬歯、尻尾、それから多少の動作が犬に似ているだけでそれ以外はいつもの太一のようだ。人間の言葉を発し、二足歩行で歩き、自分で靴を履くこともできる。…なるほど、やはりどこまでも都合の良いトンデモ設計である。いかにも俺が見そうな夢で、だから自分に少し呆れた。
「……」
太一の隣に腰掛け、丁寧に靴紐を結ぶ彼をじっと見つめる。伸びた爪がちょっとだけ不便そうだった。
「…手伝うか?」
「ん?ん〜…待って、もうちょい…」
「……」
眉尻をキッと上げた真剣な横顔を、ただひたすら、食い入るように見つめた。
かわいい。かわいいのだ本当に。こんな生き物がもし本当にこの世にいてしまったらどうだろう、俺はきっと早々に狂っていたに違いない。
構いたい。甘やかしたい。世話したい。守りたい。かわいがりたい。許されるなら時々意地悪もしたい。困らせてもみたい。笑った顔は最高にかわいいが、きっと泣いてる顔も負けないくらいかわいいのだろう。見たい。全部見たいと思った。思ってしまった。
「……」
庇護欲、愛情、そんな感情ばかりではない。それらと一緒に加虐心や支配欲まで刺激されてしまう。俺をいとも簡単におかしくさせる太一が、そして滑り落ちるようにおかしくなっていく自分が、俺は怖いよ。
耳に手を伸ばす。捲って、身を乗り出しながら奥を見る。太一はくすぐったそうに「へへ、なんスか?」と笑った。
「ごめんねお待たせ!やっと履け」
彼が言い終わる前にその頭を引き寄せ、耳の付け根に自分の鼻を擦り付ける。匂いを嗅いでみる。いつもの太一の整髪料の匂いしかしなくて、内心少しだけ物足りないなと思った。
「あの…?お、臣ク…」
鼻の先を何度か擦りつけた後、うなじに片手をかけて逃げられないようにしてから耳の付け根に舌を這わした。太一の全身が大きく跳ねて驚きを表現する。肩が上がるとかそんなものではなく、本当に体ごとその場から浮いた。
「わっ!臣クン!?」
「…太一」
慌てふためく太一に何を説明してやることもなく、俺は舌を這わせ続ける。髪の毛より少し柔らかい毛で覆われた耳は俺の舌が動くたびヒクヒクと反応して、まるで小さな生き物のようだ。
「あ、臣クン、うぁ…な、なに…?」
「靴が履けたから、ご褒美な」
「は…ぁ、うあっ…」
体を強張らせて、だけどかわいい声を漏らす太一に興奮した。かわいい、堪らない。耳を舐めながら彼の体をじわじわと押し倒した。犬のように待てなど、自分にはこれっぽっちもできないらしい。
「や、臣クン、ぁ、だっておさんぽ…待って…」
「うん、おさんぽは後でな」
俺のヨダレで湿った耳の毛に息を吹きかけ、ピアスの付いたいつもの耳にもキスをした。穴の中に舌を突き入れた瞬間、太一が「くぅん」と鳴くから、俺は思わず息を呑む。
「や、臣クン、やだっ…」
「…そっか、昂ぶると出ちゃうんだな、その声」
「や、ぁ…な、なに…?」
「気持ちいいと鳴いちゃうんだろ?太一」
笑いながら尋ねると、涙目になって太一は口を両手で隠した。そんなことをしたら余計鳴かせたくなるのに、ああ、お前は分かっているのかいないのか。…本当にかわいい。
「たくさん鳴いて、太一」
玄関先に太一を組み敷いて、人間の耳を舐めながら犬の耳を指でくすぐる。太一は身体中震わせて気持ち良さそうに顔を歪めた。いつもの太一より感度が良い気がする。反応が正直だ、嬉しい。
両方の耳を責めながら腰に片手を回す。尾てい骨の先から生える尻尾に触れ、その毛の柔らかさに驚いた。まるで綿毛みたいだ。
綿に包まれたその中、尻尾の本体を探し当てる。案外細いその尻尾を優しく、だけど強引に扱くと彼の口からまた「くぅん」という鳴き声が漏れた。
「はは、これが好きか?」
「や、やっ…臣クンだめ、あっ」
「かわいい、いい子だ」
彼の首元に顔を埋めて、尻尾をしつこく扱き続けた。太一は犬のように「ハッハッ」と息を荒くして、きっと我慢しきれなくなった時になんだろう、決まって「くぅん」とかわいく鳴いた。
「…かわいい、好きだよ」
言いながら舐めて、首を何度も甘噛みする。首輪が邪魔だ、留めているボタンを歯で乱暴に外す。太一は塞いでいた口を解放して、その両手を俺の後頭部に回した。
「あ、臣クン、あ、あっ…」
「好きだ、かわいい、太一」
呪文のように繰り返して、かわいい太一に俺は溺れる。体が沈んでいく。堪らない、どうしたら良いんだろう。お前を支配したいと思うのに、結局支配されているのは自分なのかもしれない。
お前の全部を見たいと思う俺のことを、どうか全部、見ていてくれ。
「臣クン、おーみクンっ!」
耳元で太一の声がする。頬を突かれてる感覚もした。ゆっくり目を開ける。見慣れた105号室の天井と、それから腕の中に太一の温もり。
場所は自分のベッドの上だった。太一を抱きかかえたまま、どうやら俺は眠っていたらしい。
「…太一」
もしやと思い、腕の中の太一に目をやる。けれど頭の上には垂れた耳も、腰の下に手を這わせてももちろん尻尾もなかった。
思った通り、全て夢だった。夢にしてはやけに感触がはっきりていたなと思ったらそうか、現実でもきっと俺は太一を抱きしめながら同じように手を動かしていたのだろう。
いかがわしい夢を見ていたとバレてしまっただろうか。まさか耳と尻尾が生えたお前に首輪をして、おさんぽに出かけようとして結局待てなくて、玄関先で押し倒して鳴かせたなんて。…聞かれても言えそうにない。自分で思い返してもまいってしまう。…重症だ。
「……おはよう」
恥ずかしくて、顔を片手で覆いながらじゃなきゃそう言えなかった。けれど太一は俺の予想に反して無邪気に「ひひ」と笑うのだ。
「…ん?」
「臣クン、犬みたいだった!」
「え」
驚いて太一の方を見ると、太一は優しい手つきで俺の頭を丁寧に撫でた。
「寝てる時。俺っちの首に頭擦り付けてね、なんか犬みたいで、臣クンかわいかったッス」
いたずらに笑う太一に、ほんの少しの照れ臭さと愛しさを感じた。夢の中の自分は間違ってもかわいいなんてものじゃなかったが、こうして夢の外、俺が起きるのを待ってくれていた太一の目にそう映ったのなら…よかった。
安堵して、それから太一の温もりが暖かくて幸せで、思わず笑みが溢れる。
「…ふ」
「うん?」
俺が笑えば、太一も首を傾げて笑った。
「そうだな。俺も犬だ」
「臣クン?」
待てができない、言うことを聞かない、躾のなってない、俺の方がよっぽど困った犬だ。
なあ太一。手綱はいつも、どうかお前が引いていてくれ。
てーるさん、本日はお誕生日おめでとうございます!
本当は12時ピッタリに贈りたかったのですが、この文章を打つのに少し時間がかかってしまいました…>_<
てーるさんのアイコンの太一くんが本当に可愛いなってずっと思っていて、今までに投稿されていたワンコ太一くんの作品を見返しながら書かせていただきました!少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです^^*
てーるさんがくださったデュイベン、そして「好きな人を〜」のイメージイラスト、今でも毎日見返しています。ずっとずっと宝物です。ずっとずっとずっと大切にしていきます。
てーるさんとのご縁を結んでくれた臣太と、私の作品を見つけてくれたてーるさんに心からありがとうと伝えたいです。
てーるさんの描く臣クンと太一くんが大好きです。
くすんでいて、それでいて綺麗な色が、哀しくて美しくて大好きで、いつも見惚れてしまいます。
ちょっと強引な臣クンが、顔を赤らめてかわいい顔をする太一くんが、二人が大大大好きです。
てーるさんの、臣太への想いを語るツイートも大好きです。いつも元気をもらって、激しく頷いて、たまに泣きたくなります。
臣太を全力で愛しているてーるさんの姿が、眩しくて、とても好きです。
素敵な作品と言葉を沢山紡いでくださって、いつも本当にありがとうございます。
私もてーるさんの作品に触れるたび「やっぱり臣太が大好きだ、書きたい」と思わされます。幸せです。
てーるさん、本日はお誕生日本当におめでとうございます!
いつか会えたその時には、下手くそかもしれませんが、この気持ちを直接お伝えさせていただきたいです。
素敵な一日をお過ごし下さい!^^*
てーるさんへ、愛を込めて。
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