日々是迷走




 『前略、ウソップさん。

 お元気ですか?私はとっても元気です。ついこの間、医療資格試験の合否が発表されたのですが、見事受かっていました!

 メリーも、にんじん君達も喜んでくれて、皆でパーティーをしたんですよ。
メリーは泣きながら、まるで自分の事のように喜んでくれていたのですが、あまりにお酒を飲むので私はたまらず「体に障る」と注意しました。ですが、たったその一言で「医者そのものだ!」と感極まってしまい、もっともっと泣いてしまいました。

 ウソップさんの船には船医さんがいるのですね。
 ウソップさんの描いてくれた絵を見てとても驚きました。本当にトナカイが言葉を喋るのですか?
チョッパー君、と言うんですよね。とっても可愛い!いつか会ってみたいです。
 私もいつかはチョッパー君のように、強くて優しい、立派なお医者様になりたいです。

 グランドラインの気候は想像も出来ないほど移り変わりが激しいと聞きました。どうか、お体には気をつけて。
 ウソップさんの事です、風邪を引くなんて心配はないと思うけど、うがい手洗いは怠っては駄目ですよ!油断は禁物です。
立派な海の戦士となる為にも、体調管理はしっかりと…と、医者の卵からアドバイスしておきます。(試験に合格したから、ちょっと大きな事も言っちゃう私です)

 またウソップさんからのお返事を楽しみにしています。
 グランドラインの風を浴びて届いた封筒からは、いつも素敵な潮の香りがします。また新しい香りが届くのを待っています。

 追伸、メリー号の修理、毎日大変そうですね。
 ルフィさん、ゾロさん、サンジさんには、くれぐれも船を大破させないように、と、伝えておいて下さいね。
 でも沢山の修理跡が増えたメリー号の姿は、きっととても逞しくて、素敵なんだろうな。

 カヤより』



 何回目になるかもう分からない。またカヤの手紙を読み返して俺は思い出した。
そういえばここ数日、うがい手洗いを怠っていたなあ。

 俺だって、カヤが試験に合格したという知らせが届いた時、自分の事のように嬉しかった。この手紙を初めて読んだ時は「よっしゃあ!」とガッツポーズをしてしまった位だ。

 たまねぎやにんじん、ピーマン、そしてこのゴーイングメリー号を譲ってくれたメリーの顔を思い出し、懐かしさで胸がいっぱいになった。

 俺は出来る事なら毎日だって皆の日常に思いを馳せていたい。
今どうしているか、いつだって笑いながら聞いていたい。
そしてちょっとでも、あいつらが同じように、俺に思っていてくれているなら、俺はその思いに全力で協力したい。

 だから、遠く離れても手紙を書く。
ちょっとの嘘や脚色も織り交ぜたら、あっという間に手紙は完成する。ペンは走るように便箋の上で動く。早く知らせたい。聞いてほしい。
そしてその何十倍も大きい気持ちで、返事を待つ。皆の「今」を、海の上からソワソワと待つんだ。

 って訳でカヤとの文通は大分長い事続いている。
「海賊」が肩書きだってのに、故郷の村へせっせと手紙を送るだなんて、なんてファンシーな奴だよ俺は、と、たまにつっこみたくなるが、まあそこには目を瞑る。

 今回だってすぐさま返事を書く予定だったんだ。いや今だってその気持ちは満々だ。
…手紙を受け取ってもう一週間以上経つ俺が言う事じゃないけど。

 なあカヤ。俺は今絶賛困惑中だ。
俺の頭ん中をさも当たり前のように占領するアイツは、日々、真面目な顔で攻撃をしかけてくる。
今日は一体どんな方法で俺を悩ませるのか、考えただけで気が遠くなる。
 サンジの事を考えると、ペンを握った右手は全く動いてくれなくなるんだ。
何でかなあ。待たせてすまねえ、カヤ。いや本当、俺も早く書きたいんだけどさ…。



「ふあーあぁ…」
 今夜の見張りは俺だ。マストの上で大あくびをかましながら遠くの水平線を見つめる。
波は殊更静かで、敵船が姿を見せる事もなさそうな夜だ。こういう時の見張りが一番長く感じるんだよなあ。

 しかし俺にぬかりはない。
退屈な時間というのはつまり誰にも咎められる事のない自由時間という意味だ。
大分日が空いてしまったが、やっと誰にも頭の中を邪魔されず過ごせる時間が手に入った。

 オーバーオールの一番大きいポケットから便箋とペンを取り出し、俺はシロップ村の皆の事を思い出す。

「よし、やっと書けそうだ」

 目を瞑ったら、凄く気持ちのいい風が通り抜けた。
こういう何気ない一瞬を俺はいつも、あいつらに教えてやりたいと思う。
海の上を進む毎日は、すげえ素敵だぞって。
 見た事のねえ海王類や変な鳴き声の鳥が沢山いて、予測もできねえ天候に右往左往してさ。
晴れた日は太陽が近くて、夕暮れには海一面みかん色に染まって。
夜はこんなふうに、潮風が優しく吹きぬける。何か一個でも、伝えられたらなあ。

 もう一度辺りを見渡し、異常がない事を確認する。そして便箋をマストの床に置き、俺はペンを動かした。



『カヤへ

 手紙が遅くなってごめん。いや何かと忙しくてよ。
海軍に追われたり(勿論俺の足に海軍が敵う筈はねえ)新たな武器の開発をしたり、部下が八千五百人に増えたりと、毎日あっちこっち走り回ってる。

 カヤ、試験合格おめでとう!
俺も一緒に祝いたかった。いつも勉強頑張ってたもんな。俺も本当に嬉しい。やっぱり努力すれば夢は叶うもんだな。
海の戦士として日々挑戦を続ける俺にとっても、これは相当勇気付けられた話だぜ。

 そうそう、チョッパーは本当に俺達と同じ言葉で喋るんだ。
しかも聞いて驚け!なんとチョッパーはその姿を七段変化する事が出来る!でっかくもちっちゃくもなれるんだ。
おっとこれ以上は言えねえ。トップシークレットだからな。
チョッパーにもカヤの合格の事伝えておくよ。きっと一緒になって喜ぶと思う。

 そういやチョッパーがこの前、サンジに無理矢理鍋の中に入れられそうになったと泣き喚いてた。
サンジってのがまたとんでもねえ奴で、チョッパーの事を「食用」として見てる節があるんだ。あの目はマジだった。さすがの俺もたじろいだぜ。
 ああ、カヤはサンジと会わない方がいい。
あいつときたら女を見ただけで目がハートマークになりやがる。しかもその目がメチャクチャ飛び出すんだぞ。大げさだと思うかもしれねえが全部本当だ。
お前に会ったら間違いなく、目だけじゃなくて煙草の煙もハートの形になると思うぜ。

 そうそう、料理人のくせに煙草を吸うんだよ。
せっかくの料理がヤニ臭くなるんじゃねえかと心配した事もあったが、これが不思議な事に全くねえんだ。
何を隠そうこいつの料理ってのが世界一旨い。ハッタリなんかじゃなくて、本当に世界一なんだ。
いつかカヤにも食わせてやりてえなあ。サンジの作る煮魚はちょっとした感動を呼び起こすぜ。

 この間、サンジの料理を俺が大好きだって事を言ったら、あいつ涙目になりやがってさ。
何がそんなに嬉しいのかと思ったけど、そんだけ料理に全力尽くしてるって事だよな。
普段は女の背中追いかけてばっかでどうしようもねえけど、料理作ってる時だけはばっちりキマっててさ、男らしいなあって思う。
そういうのって、ちょっと格好いいよな。

 もちろん料理の腕だけじゃなくて、敵を蹴散らす強さも持ってる。文字通り「蹴り」で敵と戦うんだ。
あいつの蹴りを喰らったら、建物だって岩だって粉々になっちまうんだ。
一体どういう構造なんだあの足。カヤもきっと生で見たら度肝抜かれるぜ』


 三枚目の便箋に突入したところで俺は手を止めた。
 気付いたら、一枚目の後半から二枚目の終わりまでが丸々、サンジの話題になっていた。
なんてこった、何をやってんだ俺は。こんな内容じゃなくて、もっとあいつらに教えてやりたい事、沢山あるじゃねえか。

「………」

 言葉を失った。自分にしこたま驚いた。
 俺、何でこんなに、次から次へとサンジの話題を書き連ねたんだろう。
便箋から視線を外した今初めて気付いたが、俺書いてる間、ずっと笑ってたよな?
何であんなに淀みなく、俺のペンを持つ右手は水を得た魚のように動いていたんだ。

 自分の文字で埋まった便箋を見返し、俺の顔面は信じられない程熱くなる。
なんだよこれどうなってんだよ。
サンジの事を考えるとペンが動かないとか言っといて、ペンが動き出したら目一杯考えてるじゃねえか。

 ふいに、サンジが俺の事を好きなのだという事実を思い出した。
途端、心臓が爆発するかと思う程激しく鳴った。

 な、何を今更、告白されたのはもう一週間以上も前の事だぞ。
全くあいつときたら、「今まで通りでいよう」と言ってきたくせに、今日まで散々からかってきやがって、話が違うじゃねえか!
俺のペースをかき乱してくるばっかりで、お、お、俺はなあ、そんなあいつに文句でも言ってやりたい気分なんだよ!

 そして今度は、キッチンで抱き締められた事を思い出す。
鼻を掠めた煙草の匂いや、震えるサンジの腕の感触を、俺の体が勝手に思い出してしまう。
やめろやめろこれ以上思い出すな。心臓もいい加減止まれって。いや止まったら死ぬ、駄目だ。

「ぐ…ぐるしい…」
俺は便箋の上に覆いかぶさるようにして蹲った。
胸が、苦しい。っていうかうるせえよ心臓。

 死ぬかもしれないと思った。ここで死んだら明日の朝まで誰にも気付いてもらえない。どうか皆、俺の眠る墓には大好物の魚を供えてください。

「見張れよお前。ナミさんに言いつけるぞ」

 おお。予想に反してすぐ気付いてもらえたみたいだ。
俺の死後、どうか毎年4月1日にはキャプテンウソップを讃える歌を海の真ん中で声高らかに歌ってください。

「おい、どうした。腹でもくだしたか長っ鼻」
蹲っているせいで丸まった背中に、軽めの蹴りが食らわされる。
俺はそこでやっと死の淵から生還を遂げた。っていうか正気に戻った。

「っサ!!!」
…ンジはいつの間に登っていたのだろう。
器用に片手でおぼんを支えながら、俺を心配そうに見下ろしていた。

 俺は落ちるんじゃねえかって程飛び跳ねた。そのせいで体がよろめき足がもつれてしまった。
狭いマストの上で上半身をグラグラ揺らしていたら、サンジが空いている腕で俺の肩を支えた。

「大丈夫かよ」
「ほああああああ!」
俺の口からはオートマティックで奇声が発生される。
だって、だって、抱き締められた時の腕の感触をまだこんなにはっきり覚えているのに!
またその腕が俺に触れている!!

「クッソうるせえ…」
サンジははっきりと顔をしかめた。同時に俺の肩から腕を離す。

「んな警戒すんな。傷付くだろ」
そう言って、狭いマストの端っこに腰を下ろし、煙草に火を点ける。
えっと、サンジ君。…キミ、長居する気ですやん…。

「コーヒーとホットドッグ、ここ置くから」
俺達の間におぼんを置き、そっぽを向いたままサンジはおぼんを指差した。

「あ、はい、い、いただきます」
なんだ、夜食を差し入れに来てくれたんだ。
俺は暑くもないのに額にかいてしまった汗を拭い、コーヒーに口をつけた。
相変わらずとても旨い。

 先ほどは急に出現したサンジの姿にひどく驚いたが、コーヒーの香りとおぼんの分空いている距離に少し落ち着きを取り戻した。

「具合悪かったのか?てめえ」
煙草の灰を、胸ポケットから取り出した携帯灰皿に落としながら、サンジは尋ねてきた。
その顔はまだ、そっぽを向いたままだ。

「…いや、ちょっと、色々と、ありましたもんで」
「なんだよ色々って」
初めてこちらに顔を向けたサンジの表情は、ちょっと不機嫌そうだ。
さっき奇声を上げてしまったのと、素直に吐露しない俺の態度にイラついているんだろう。

「色々すぎてだな、どれから言ったらいいものか…うん、そうだなこの話をするにはまず千年前の歴史を紐解くところから」
「分かったもういい」
途中で遮られてしまった。
サンジはふうと煙を真上へ吐いた後「言いたくねえんだろ」と付け加えた。
「いやそういう訳では」
「分かるんだよ。てめえが本当の事隠してる時の口調が。クソ腹立つ」
サンジは乱暴に、携帯灰皿の中へ煙草を詰めいれた。
「っち」という舌打ちが聞こえたのは、サンジが次の煙草に火を点ける少し前の事だった。

「…」
「…」

 その後は沈黙になってしまった。
何か言おうとしても、また遮られたらどうしようと思って、言葉を発するのが躊躇われた。

 そして何を言っても、俺は俺の「本当」の周りを迷走するだけで、核心に触れる事なくやり過ごそうとしてしまう筈だ。
サンジにはそれがきっとばれちまうだろうな、とも思った。
 …でも俺の「核心」って、なんなんだろう?

「…これ何」
やっと沈黙を破ってくれたサンジが、あるものに目線を向けた。俺もその目線の先を見ると、そこには俺がさっき文字で埋め尽くした便箋三枚が放られていた。

「うぎゃああああああ!」
俺の口からはまた自動で奇声が漏れ、サンジが耳を塞ぐ。

 俺は目にも留まらぬ速さでそれをグシャグシャに丸め、遥か海の彼方へそれを投げ打った。
自分の思い描いていた距離の十分の一くらいしか飛んでくれなかったが、まあそんな事ぁどうでもいい。隠滅できさえすれば。

「はっはっは!あれはね恐ろしい呪いが書かれた悪魔の書だったのだよ!あと一歩遅かったら俺達は死んでいた事だろう!」

サンジは短く笑って「あっそ」と言った。
一瞬だったけど俺はそれを見てしまった。今、すげえ悲しそうな顔した、よな。

 なあサンジ。俺達さあ、こんな感じだったっけ。
俺はお前と二人の時にやり辛さや居心地の悪さを感じた事なんてなかった。一度もなかったよ。

 俺がツッコめばふざけた感じでお前が蹴りを入れてきて、料理の事を誉めればガキみてえにお前が笑って、食後にキッチンで休憩してるお前に、工場で手を動かしながら適当にホラ話を聞かせてやれば「はいはい」とか気のない返事をしたりして、それでも声上げて笑ってくれた事だって、あるじゃねえか。

 こんなん、やだよ俺。
悲しそうにするお前を見るのはちっともいい気分じゃねえし、俺がそうさせてるのだと思うと、尚更。

「…謝ろうと、思ったんだよ、俺は」
二本目の煙草の火を消しながら、サンジは言った。

「お前が断れねえの分かってて、抱き締めたりして…結局のところ、お前の優しさにつけこんでんだよ俺は。…だから悪かったって、言いに来たんだ」

つけこまれてるなんて、思わない。というかそんな風には思えない。
 だってサンジはいつも、顔を真っ赤にしながら俺に歩み寄る。決死の覚悟決めたみたいに、手を震わせながら俺に触れる。
…さっき俺を支えてくれた時も、俺の肩を覆ったお前の手が僅かに震えてたの、本当は知ってる。

「…邪魔したな。行くわ」
サンジは立ち上がり、体をくっと伸ばして笑った。

嗚呼だから、そんな傷付いてる顔が見たいんじゃねえんだよ。

「…待て」
俺はサンジがマストから降りてしまう前にズボンの裾を掴んだ。
このまま黙って行かせるのは、何だか自分が卑怯な気がした。
なんでかって、そんなもんは分かんねえよ、分かんねえけど!

「お、お、俺にも、喋らせろよバカ!」
自分の「本当」や「核心」が何なのか考えても分からない。
分からないけど、分からないって事をサンジに伝える事くらいは出来る筈だ。

「…」
サンジは何も言わずもう一度腰を下ろした。
不安そうにも嬉しそうにも見える、微妙な表情で俺を見つめた。

「おっ俺は…お前とこんな風にギクシャクしたい訳じゃねえ」
俺の言葉を聞いた後、サンジは暫く考えてから「俺がそうさせてるって言いてえんだろ」と言った。
「ちげえんだよ、黙って聞け!」

言葉は上手くまとまらない。
サンジにもちゃんと伝えられるか自信がない。
でも違うんだ。俺が言いたいのはそんな事じゃない。

「俺、よくわかんねえんだ。人に好きだっつわれた事なんて初めてだから」
「俺だってこんなん、初めてだクソ野郎」
「黙って聞いてろって!」
サンジは俺の強い口調に一瞬ムッとしてみせたが、言われた通り黙ってくれた。

「だから、俺、お前に、さ、触られたりとか、その…好きとか言われた時とか、どうしていいか分かんなくなる」
「…」

言葉にする度、自身の「核心」が逃げていくような気がして、必死で俺は追いかけた。
さすが俺様の「核心」だけある、逃げ足が尋常じゃなく速え。

「わ、わかんねえからっ!逃げちまうんだ俺は!本当はそんなの格好悪いけど…でもそれ以上にもっと嫌、なのは…サンジがそれで傷付く、事で」
サンジは未だ黙って聞いてくれている。
う、うう、顔が上げらんねえ。サンジの顔見るのこええ。青筋立ててたらどうしよう。

「つまり、だから、要するに俺は!こええんだよ、わけわかんねえままお前傷つけたりとか、そういうのが諸々!…だから、つまり、こんななあ!逃げる事ばっか考えてるような奴なんかに、悪いとか思う必要ねえんだよ!バカもん!!」

 最後の言葉は全く要らなかった気がする。
でも勢いつけねえと上手く言葉にならないし、もう本当いっぱいいっぱいっていうか、必死なんです大目に見て下さいお願いします。

「…」

サンジが煙を吐く音が聞こえた。
いつの間に、三本目の煙草に火をつけていたんだろう。

 少しの沈黙の後、サンジはゆっくりと「一つ聞いていいか」と言った。

「お、おお。…なんだ」
勇気を出して顔を上げると、俺に淹れてくれた筈のコーヒーをサンジがちょうど飲み干しているところだった。
…まだ飲みたかったのに。

「お前は嫌だったのかよ」
「な、なにが」
サンジの質問に質問で返すと、サンジは面倒くさそうに「だから」と続けた。

「俺が抱き締めた時」

質問の全体像がやっと分かったが、俺はどうにも答えられなかった。
だって、そんなのパニックだった俺が分かるわけないし、それって今、必要な情報…なのか?

「いや、だから…わかんねえって…」
「分かんねえのは「どうしていいかわかんねえ」って意味だろ。俺が聞いてんのは、お前があの時どう感じたかって事だ」

サンジが空になったカップを乱暴に置くもんだから、ガチャンという音がマストに響いた。
そんな些細な事に、俺の肩はビクリとなる。

「…えっと…」
「えっと?」
俺のさっき言った内容で学習したのだろうか。
誤魔化して逃げたりしないよう、サンジはじっと俺を見つめてきた。
う、うぐう。

「い………嫌だとは、感じてなかった、と思います」

 ああまただ。また煩くなってきた俺の心臓が。
サンジにその音聞かれたら困るから、もうちょっと音量下げてくれねえかなあ。頼むよ。

 あんまり爆音だからこれはいよいよばれるぞと思ってサンジを恐る恐る見ると、今までの空気が嘘だったんじゃないかと思うような、嬉しさを噛み殺すような顔で笑ってた。

 …サンジ。俺さあ。お前のそういう顔がずっと、見たかったんだ。
変なの。笑った顔見ただけで俺、なんか泣きそうだ。

「俺は今、クソ嬉しいぞウソップ」
「…分かるわ、そんな顔見たら」
ここ最近初めて知った事だ。サンジはすぐ顔に出るという事。それもかなり顕著に。

「いいや分かってねえ。お前なんかに分かるかクソ野郎」
笑いながら言われる「クソ野郎」は、微塵も腹が立たない。寧ろ心地いいくらいだ。
久しぶりの、昔の俺達の空気だった。サンジにつられて、俺も笑った。

「ウソップ、俺やっぱり諦めるとかできねえ。望みなくてもさ、お前といたらクソ幸せな気持ちになるんだ。だからまた、困らせるかもしれねえ」

俺の左手を両手で包んだサンジは、そのまま自分の頭の高さまでそれを持ち上げた。
まるで神様に祈るように、俺の手を包んだ両手を額に当てる。

「ごめんな…お前がゾロをどんな好きでも、そんなの関係ねえって…思っちまうよ俺」

 そして俺はその時、サンジの台詞に言い知れない違和感を覚えた。

 …ああそういえば、俺って、ゾロの事好き…なんだっけ?

 いつから忘れていたんだろう。
でも左手がいまだサンジの両手に包まれているので、頭が上手く回らない。
いや、俺よドキドキしてる場合じゃなくてさ。




 ………………………ものすげえ重大なことじゃないの?これ。





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