ヤキソバなんて食いたくない




まさかこのおれ様が、そんな気持ちになるわけねェだろうって思ってたのだ。まあ結論から言うとそれは驕りだった。ちょっと反省している。
だって相手はあの病的に女好きなウルトラフェミニスト野郎である。いちいちこんな感情に苛まれてたら、おれの心が休まることなんてきっと24時間のうち1時間だってありはしねェだろう。
現に、あいつがナミやロビンに鼻の下伸ばしたり両目ハートにさせたり骨がなくなったかのように全身をクネクネさせたり媚びたり口説いたりしてても、おれはこれっぽっっっちも腹が立ったりしねェ。今日もサンジという生き物は元気に息を吸って吐いて生きているんだなァと、むしろ微笑ましい気持ちにだってなるくらいだ。
アレはあいつの元気のバロメーター。うんうん、実に絶好調だなァと頷きながらその光景を見守る。
だから、まァ自負があった。おれはヤキモチなんか妬かねェと。おれ様ってばこの広大な海のように広い心の持ち主だなァ。さすが勇敢なる海の戦士、キャプテンに相応しい男。よっ!男前!
…いやしかし残念。それは思い違いだったのである。

ログポースの指示に従っておれたちはとある島に上陸した。一日くらいでログは溜まるから、まァそれまでの間に各々必要なものを調達したりしておけと、いたっていつもと同じ流れだった。
おれはとにかく買いたいモンや見たい店が沢山あって、だからサンジから一緒に回るかという誘いがあったがそれには首を横に振った。サンジは不貞腐れて「んだよクソッ鼻」と口を尖らせたが、まァ自分も買わなきゃいけねェモンが沢山あったんだろう。割とすんなり納得して、それから「じゃあまた後でな」と咥えタバコしながら歯を見せて笑った。
久しぶりの自分だけの自由時間、さてどんな店から見て回ろうかとウキウキしながらおれは往来を歩いた。
いくつかの店を回り、買ったものを観察したりいじくったりしながら時間を満喫する。しばらくすると腹が減ってきたのでおれは遅めの昼飯を食おうと適当な飯屋を探した。少し歩くとちょうど良い飯屋があったのでこれはしめたぞと思い店の扉を元気に開く。
中は盛況だった。会計中の店員が「空いてる席どーぞー!」と言うので、おれも頷いて店内を見渡し、端っこの方の一人用テーブルに腰かけることにした。
テーブルの上に置いてあるメニュー表を眺めてさて何を食おうかと考えていると、斜め後ろから知らない声と共によぉく知ってる声がした。振り向かなくても分かる、サンジだ。
おれの背中側には20席ほどのカウンター席があり、どうやらサンジはそこに座っているみたいだった。おれには気づいてねェらしい。随分盛り上がってるのか、悪ノリが過ぎて「三馬鹿」ってナミに呆れられてる時と同じ笑い声が聞こえる。
なんだなんだ、街中で話の合うコック仲間にでも出会ったのか。おれはサンジに気付かれないようこっそりと後ろを振り向いた。
その光景を見た瞬間、自分の口から「は?」という一文字が溢れそうになって慌てて体を前に向き直した。一瞬で胸の中に広がったモヤモヤに驚いて、動揺しながらメニュー表を眺める。
サンジが、知らない野郎と飯を食ってた。…いや、それだけだったら多分なんてこたァなかっただろう。けれどサンジは大笑いしながら楽しそうにそいつの肩をバシバシと叩き、そしてまたそいつにも勢いよく肩を叩かれていたのだ。
「……」
メニュー表を見ているのにメニューがちっとも頭の中に入ってこない。後ろからはまた特大の笑い声が聞こえて、そんな楽しそうな声久しく聞いてねェけど?と、おれは心の中でサンジに刺々しく問うた。
なんだよおれ。今すぐ立ち上がって「よォ、サンジ!」って声かけりゃいいじゃねえか。「そちらさんは?」って明るく聞いてみりゃあいい。きっとサンジは明るく答えてくれるだろうしその人だって快い挨拶を返してくれるだろう。
なんなら混ぜてもらって3人並んで飯を食えばいいのだ。サンジがこれだけ楽しそうに話してんだ、きっとメチャクチャ面白ェ奴に違いない。ほら何してんだ、立てよ、声かけに行けって。
「…」
だけどおれの体は動かなかった。モヤモヤはどんどん広がって胸の中だけに留まらず腹にまで侵食した。
ムカつく、腹立つ、サンジのバァカ。筋違いの文句で頭の中がいっぱいになり、おれのイライラは呆気なくメーターマックスに到達した。
もうこのまま飯を食う気になんて全然なれず、仕方ないので無言のまま店を出ることにした。
後ろにいるサンジには気づかれないように、物音を立てないように…と慎重に慎重を重ねてテーブルの上に注意を注ぐがかえってそれが仇になる。椅子の脇に寄せて置いておいた荷物の袋が倒れて中身がバラバラとその辺に散らばる。慌ててかき集めるが時既に遅し。その音に気付いて振り返ったサンジがまんまとおれに気づき、驚いた顔で「ウソップ?」と、おれの名を一度呼んだ。
「…邪魔してしまったようだね。失敬僕はもう行くよハッハッハ」
「あ?ちょっと待てよオイ」
「それではご機嫌よう!」
荷物を袋の中にひっつめ、なかば逃げるようにして店を出る。追いかけてくるなよと祈るが、まァやっぱりそう希望通りにはいかないもんだ。予想通りサンジは店の中から姿を現した。
「一体なんなんだよテメェは。飯まだなんだろ?一緒に食おうぜ」
「いや結構」
「その口調なんだよ。なァ、それよりさ聞けよ!さっきおれの隣にいた奴な、実はアイツも」
「いや結構!おれは腹が減っていないので!!」
「あァ?おいクソッ鼻、お前さっきから変だぞ」
サンジが訝しげな表情で俺を見る。あぁ変だって?そりゃテメェのせいだよいいから一人にしやがれ。
「おれなんか構わねェでさっさと戻れよ」
「はァ?」
「楽しい席に水差して悪かったな、おれのことはいいから」
「何言ってんだよ」
「早く戻れよ、おれとこうしてるより遥かに有意義だろあんだけ楽しそうにしてたんだから!」
吐き捨てるようにそう言うと、サンジはパチパチと二、三回瞬きをして、その後段々と顔をにたつかせた。にやにやしながらこちらを見るサンジの目は、もうなんつーかハッキリ言うけどものすごーく嫌な感じだった。
「…ははーん、さてはテメェ」
「違う」
「まだなんも言ってねェだろ」
「言わなくて結構だサンジくん。断じて違うから」
「お前も一丁前になァ…くく、嬉しいぜェ長ッ鼻」
「だから違ェってば!!」
でかい声で遮るが、サンジは全く怯む様子もなく一層嬉しそうに笑うだけだ。そしておれの肩を抱き、今度は「だはは」と声をあげて笑った。
…おれがこの時、何を思ってたかって。
すげェ恥ずかしい話、実は嬉しかったんだ。サンジが鼻の下伸ばしてても目をハートにしてても別になんとも思わない。だけど楽しい時の笑顔とか遠慮もなくバシバシ肩を叩き合う距離とか。そういうのはおれ、独り占めしたいとか、なんだ、きっと多分、うん、ちょっとだけ、思っていたのかもしれないな。
触れ合う肩とサンジのでっかい笑い声。この二つが今、ちゃんとおれの元に帰ってきたようで嬉しい。……うん、口が裂けてもこいつには言わねェけど!
「さっきの奴にはもう説明してきたからさ。二人で一緒に食おうゼ、愛してるよウソップ」
「支離滅裂だしその顔ヤメロこのぐるぐる眉毛!」
「それともあれか、ヤのつく四文字の食い物でいっぱいかな?テメェの腹ん中は」
「あーあーうるせェうるせェ!サッパリ分かんねェな何だそれ、ヤキソバか!?」
「くく、顔赤ぇぞウソップ」
意地悪な顔で笑うサンジに心底ムカつき思い切りそっぽを向いてやった。ちくしょう人の気持ちを弄びよって。まさに極悪非道の極み。
「…おればっか妬いてるってちょうど話してたとこだったんだ。くく、そしたらまさかなァ…」
「あ?なんの話だ?」
「いいや、こっちの話」
そうしてやたらご機嫌なサンジに、人目も憚らず腰を抱かれる。慌ててその手を振り解こうとしたが脈絡もなく急に耳元で「好きだ」と言われてしまって、おれはそれを見事に食らった。心臓がバクバクと音を立てる。…ああもうサンジはずりィよ。
それから店内に連れ戻され、さっきの席の辺りまで戻るが男はもういなかった。二人でカウンターに座るとサンジはタバコを吸いながら経緯を話してくれた。
どうやらさっきの男も同じ船の上に恋仲の奴がいるらしく、毎日すったもんだしてるんだと。たまたま隣の席に居合わせた奴が自分と同じ境遇だったから、お互いそれを知った途端に話題が尽きなくなり、普段は周りに話せないような愚痴(!)や惚気(!)で盛り上がったということらしい。やめてくれと心底思った。
ニコニコしながらサンジが頼んだのは大盛りヤキソバだった。おれは文句を垂れながら、そしてサンジはそれを嬉しそうに聞きながら、一緒にヤキソバを啜る。

「おれがどんだけ嬉しいか分かるか?ウソップ」
「分かんねェしその話題はもうやめてくれよ…」
「そうだな、これっぽっちも分かんねェだろうな。執着もワガママも微塵も見せてくれねェお前に初めて妬かれたおれの気持ちなんて」
「だぁー、もう!悪かったよ!すいませんね心が狭くて!」
「感動で泣きそうだ。正直今すぐこの場で抱きてェ」
「ブーッ!急に物騒なこと言うな!変態か!」
悔しいことに二人で食うヤキソバは美味しかった。
こいつがこんなに嬉しそうな顔するんならまた、百万年に一度くらいはモチを焼いてやってもいいかもしれない。
…いややっぱり、一千万年に一度くらいかな!







謎タイミングの掲載だな!笑
こちらは、みーこさん主催の「第二回利きサンウソ小説企画」に参加させていただいた時のお話です。テーマは、やきもちでした!
寸前まで視点をどちらにしようか悩んでたんですが、レディにじゃなく男に妬くウソップ良いなぁと思いついて、そこから書き進めたお話でした。
第二回も参加させていただくことができて、とても嬉しかったです!
みーこさん、その節はありがとうございました。一回目も二回目も書き手心をくすぐるお題で、楽しみながら書けました。やっぱりサンウソって良い…良いわぁ…。

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