咲けよ恋の芽





 ずっと好きで、ずっとずっと好きで、もう本当にそれだけで良かった。良かったって言うか、俺の心の中はその気持ちだけが100%フルで占領されていて、何か他のものに振り分ける余裕なんざなかった。そう、1%たりともだ。
 サンジが好きだ。そう自覚するのに多分、一年くらいかかった。もしかしたら俺こいつのこと好きなのかなって思って、思ってしまったその瞬間からそりゃあもう憂鬱で憂鬱で仕方なかった。
 やだな、勘違いだといいな。どうにかして「なんだやっぱ気のせいか」って思い直したいんだけどな。無理かな、どうかな、できないかなあ。………あ、やっぱダメ?…そうですか。
 だって何回も心を奪われた。笑った顔がいいなと思った。料理してる時の後ろ姿に見惚れた。肩を組まれると胸がうるさくなった。その口から放たれた言葉に何回か救われたことがあって、その度に実は、泣きそうになった。
 俺がどんなにかぶりを振ろうとも、サンジが好きだという気持ちはどんどん明確になっていって、輪郭を持ち始めてしまって、いつからかもう、誤魔化しが効かなくなっちまった。
 好きだ。あーあー好きだよ、好きですよ。とぼけるのももう限界だよバカ野郎。お前への気持ちを必死で一つ否定している間に、新しい感情を三つくらいお前が連れてきやがんだもん。やってられっか、お手上げだ。…あーあ、やだな。…こんなに好きだ。
 憂鬱だった。相手のことを好きだと思う度、自分の全部をヨコシマに感じてしまう。
 サンジを好きな俺に俺はいつも居心地の悪さを感じてた。誰かを好きになるって、もっと楽しいもんなんじゃないのかね?ちょっと、あの、ずいぶん想像と違うんだけども。
 想いを伝えるとか、未来を望むとか、なんつうかもうありえない。本当にない。絶対ない。好きになってもらう努力をするより、諦める努力をする方が何倍も有意義に思えた。だってそんな、両思いとか…なぁ?ある訳ねぇと思うだろ?うんうんそうだろ、俺もそう思うよ。
 まあなんだ、嘘は俺の十八番だから。気持ちを隠すのも仲間として接するのも余裕だ。今ここに選手宣誓する。俺は芽吹いてしまったこの種を必ず、誰にも知られず枯らしてみせる。

「好きだ」
 一人決意を固めたところで、ある日唐突にサンジにそう言われた。
 晴天の霹靂、寝耳に水。俺は何が何やらサッパリだった。咄嗟に口から漏れたのは「ハッハッハ」という謎の乾いた笑いで、俺はその声を自分で聞きながらこの後なんて言えば良いんだろうと脳みそをフル回転させていた。
 好きという言葉にはいろんな意味があって、数えきれない種類があって、きっと含みや裏もある。ここで易々と「俺も」なんて返すほど俺はバカではない。この状況とサンジの表情から言葉の意味を汲み、真意を読み取って、この場における正しい返答というものをしてやらねばならない。
「笑うな。クソ失礼だなテメェ」
俺を真っ直ぐ睨みつけるサンジの目に、続ける筈の言葉を失った。
「本気で好きだ。お前が」
 …枯らしてみせると宣誓した自分が、恥ずかしくなった。好きになることが憂鬱で、未来を望むこともしないで、一人でこの気持ちを殺そうとしてた。こいつにはそんな考え、微塵もないんだろう。
 伝えたいと思って俺に伝えた。芽吹いた種にちゃんと水をやってる。花が咲くことをちゃんと望んでる。花は咲くために生まれてきたんだと、ちゃんと知っている。
 かっこいいな。好きだな。お前のそういうところがやっぱり、俺、好きだ。
「………うん。俺も」

 こうして、俺が枯らそうとした芽もサンジはこともなげにすくい上げてくれた。咲くことを望んでもらえなかった花が、お前によって未来を与えられる。
 ネガティブで、後ろ向きで、臆病で怖がりで、弱くて。そんな俺の足元に根を生やしてしまった不運な種に、サンジは自分の種と一緒に、当たり前のように水をやる。
 ちょっと泣きたくなった。憂鬱とか思ってごめん。枯らしてみせるとか思ってごめん。今日から俺も水をやるから。どんな花が咲くのかなって、憂鬱じゃなくて楽しみな気持ちで、ちゃんと大切に育てていくから。

 よく晴れたある日。グランドラインの天候は毎日予測不能で、昨日晴れたと思ったら次の日は嵐で船が転覆しかけるなんてこともザラだった。ナミは毎日ログポーズと海図と空を見比べて、日々の天候を必死で予測していた。寝る時間を削って過去の天候を見返し、法則性や手がかりを漁った。
 睡眠不足が祟ったのか、平穏な航海ができている良い天気の今日、ナミは寝室でずっと寝ている。
 疲れているナミの為、みかん畑の水やりとメンテナンスをしておこうと思い立ち、俺はじょうろ片手に連なる苗の間をゆっくり練り歩いていた。
「あ〜枝が折れてら…」
この前の台風の時に折れちまったのかな。可哀想に、辛かっただろう。俺はじょうろを小脇に置いてしゃがみ、ポケットから当て布を取り出した。
 折れている場所に布を巻き付け、包帯のようにして手当てしてやる。頑張れ、良い実を付けろよ。
 苗にエールを送っていると、ふと自分の視界に影が落ちたことに気付いた。お、なんだなんだまた天気が変わったか?と見上げると、そこには雲ではなく俺をじっと見つめるサンジがいた。
「こんな所にいたのかよ、探したぜ」
ティーポットとカップ、それからおやつのパンケーキを乗せたシルバートレイを器用に片手で持ちながらニッと笑う。俺は数時間ぶりに見るサンジの姿に軽く、本当に軽くだが心臓が鳴ってしまって、だから慌てて前に向き直りみかんの苗を凝視した。
「あ、ナ、ナミが寝てる間に見といてやろっかなと思ってよ」
じょうろを傾けて水を撒いていると、サンジが俺の隣に腰を下ろして煙草に火をつけた。
「へぇ」
サンジの相槌が、ずいぶん近くで聞こえる。聞き慣れてる筈の低音はやたら耳の奥まで響いて、何故か非常に緊張した。
「……ち、近くねえかな」
「あん?」
「いや、だから、ちょ…近すぎねえかな」
肩が触れ合う距離にサンジがいる。瞬きや息遣いまで観察されているような気がして、俺は全く落ち着かない。
「…よォ、ウソップ。一つお前に確認しときたいことがある」
「う、うん?」
サンジは隣り合う肩を更に近くへ寄せて、俺の顔を覗き込みながら一つの質問を投げかけてきた。
「俺たちは付き合ってる。間違いねぇな?」
「…」
 つ、付き合ってる。…え、つ、付き合ってる…。まるで生まれて初めて聞いた言葉のように、その響きは俺の脳内に全く馴染んでいかなかった。だ、だって、付き合ってる?俺とサンジが?え、な、なんだそれ。なにをどうやって?
「………」
俺が何も答えないでいると、サンジは「…うそだろ」と小さな声で言った。
「まさか、そっから認識の違いがあんのか?まぁおかしいとは思ってたけどよ…お前全然そういう態度取ってこねぇし…」
サンジが携帯灰皿に灰をトントン入れながらぶつぶつ言っている。俺は、その間もしつこく今の言葉を頭の中で繰り返していた。付き合ってる。俺とサンジが。付き合ってる。………ええぇ。
「じゃあもう一個聞くが、俺はお前が好きだ。これはちゃんと伝わってるか?」
サンジが真剣に俺を見つめながらそう尋ねるから、視線のそらし方も分からないまま俺は、爆発数秒前みたいな心臓に唾を飲みながら頷いた。言っておくが今頷くのに死ぬほど勇気を使った。とぼけようかとさえ思った。でもそれをしたらさすがに蹴り飛ばされそうな気がして、必死で耐えたのだ。頷けたことを褒めてほしい。
「もう一個。お前も俺のことが好きだ。合ってるな?」
な、なんでまたそんなことを確認し合わなければいけないのか。もうだって俺はあの時一生分の勇気と覚悟で返事をした。したんだよ、もう残ってねぇんだよ使い果たしてんだよこちとら。分かれよバカ。
 サンジが、だけど、本当に大事なことを話してる時の顔で聞くから、俺は逃げられない。逃げられなくて、ただ首を縦に振る。
「じゃあ俺たちは両想いだ。そうだな?」
「…」
この一問一答は一体どこまで続くのか。もう無理だ、もう耐えられない。こんなの拷問だ。今すぐ逃げ出したい。
「も、もういいだろ」
「なにが」
「だ、だから…もうやめろよって。なんか意味あんのか?こ、こんな作業に」
「あ?テメェが態度で示さねぇからわざわざ確認してんだろうが。ナメてんのか?」
コイツの眉間に青筋が現れたのを敏感に察知して、慌てて「すみません」と頭を下げた。…下げたけど、俺は訳が分からないままだ。た、態度ってなんだ。何を示せと言うのか。
「言っとくが両思いでしたハイ終わり、なんてそんなの冗談じゃねえ、俺は認めねえからな。お前がもしそんなバカみてぇなこと本気で思ってんだとしたら、そのフワッフワの脳味噌に一発蹴り入れんぞ」
なにやら物騒なことを言い始めるのでゾッとする。サンジの蹴りが自分の脳天に直撃されるところを想像し、冷や汗が背中を伝った。
「…待てよ本気か?…はあ…あり得ねえ…」
サンジが分かりやすく項垂れる。膝に突っ伏したまま数秒黙り込み、それからサンジはうんざりした様子で言った。
「あのな、テメェとそういうことしてぇんだよ俺は」
「そ、そ、そういうこと」
「付き合うことになったんだ、んなもん当然だろ?…まさか言わなきゃ分かんねえとは思ってなかったけどよ。ったく、毎日毎日今までとなんら変わらねえ態度で接してきやがって。二人になれたタイミングがありゃぁ決まってムードのねぇ話を始めたり何かと理由付けてどっか行きやがる…あり得ねえだろうが、拒否されてんのかと思うだろ。ふざけんなよ」
「ふ、ふざけてねえよ」
「分かってる。今分かった。テメェが信じらんねえくらいバカだってことは今分かった」
「バ、バカバカ言いやがって、し、失礼な奴だな!」
「もういい俺もバカだった。おあいこだ。だから今からちゃんと言う。耳かっぽじってよく聞けクソッ鼻」
そしてサンジは吸っていた煙草の火を消して俺の目を見た。弓矢のように真っ直ぐな視線に、俺は撃ち抜かれて捕まる。
「…こん中に来いよ」
何を、言われているのか。咄嗟に理解できず俺は何度か瞬きをした。
 サンジが、両腕を広げて俺を見ている。この中というのは…ええと、俺の考えが間違いでなければ、つまり、この腕の中に来いよと…そういうことなんだろうか。何か他に違う答えはないかと必死で思考を巡らせるが、ダメだ見当たらない。
「…ごー、よん、さん…」
怒気を含んだ声でなにやらカウントを始めるサンジに、とにかく慌てる。ま、待て待て待て、ちょ、答え合わせの時間は設けてくれねえのかよ。怖ぇよ間違ってたら俺は多分恥ずかしさで死ぬぞ。仮に合ってたとしたって、つまりなんだ、お、俺がその腕の中に飛び込むっつうことだろ、む、無理だ、無理です、いやあの、無理ですけど?
「いい加減にしろオロすぞ…にー、いち…」
で、でええぇい、もうヤケクソだ知るか!間違ってたらもう舌を噛んで死ぬ!俺が死んだらテメェのせいだからなコンチクショー!!
 決死の覚悟でダイブした。まるでバンジージャンプの時のような心境だ。崖下へ勢いよく突き落とされる。命綱が切れて標高何百メートルから落下。俺の体は地面に叩きつけられて呆気なくお釈迦だ。
 だけど、死ななかった。次の瞬間にはサンジの両腕が俺の体を包んで、その体温を感じるのと一緒にさっきまで吸っていた煙草の匂いが鼻先を掠める。
「………」
 体は石のように固まるのに、なのに…暖かくて気持ち良くて、信じられなくて、どうしてか少し、泣きそうになってしまった。
 サンジが好きだ。…ああ俺、好きだ。理屈とか理由とかいくらこねくり回したって、抗えない何かがある。その何かが、抱きしめられたこの身体から、無尽蔵に生まれていく。
「好きだぜ」
耳元でそう言ったサンジの声がすげえ嬉しそうで、また泣きたくなった。唇をこれでもかと強く噛んで死ぬ気で耐える。バカ野郎そういうこと言うな。死ぬ。好きだ。こんなの耐えられる訳ねえだろうが。やめろバカ。俺も好きだ。
「…一回くらいテメェからも聞きてぇんだけど」
サンジが、頭を少し傾けて俺のこめかみを小突く。もうコイツが何て言ってるか聞く余裕なんぞ俺にはなかった。ちょ、今なんて言った?悪い聞いてなかったからもっかい言ってくれるか?いやいい、やっぱ黙っといてくれ。その声心臓に悪いから。
「…こっち向けよ」
独り言で埋め尽くされた俺の頭の中などお構いなしで、サンジがこちらの顔を覗き込み、それから額を引っ付けてくる。
 目が合ったが最後、もう俺の心は丸ごと握り潰されてダメだった。怒ってもない、笑ってもない、少し恥ずかしそうでだけど真っ直ぐ俺を見つめるサンジのその表情に、途端にこぼれる。憂鬱で、疑って、否定し続けて、一度は枯らそうとした気持ちが、ああどうしよう。俺の中から溢れ出していく。
「………好きだ」
好きだよ。サンジが好きだ。ずっと好きで、ずっとずっと好きで、もう本当にそれだけで良かった。…良かったのに。
 お前が水を撒いてくれたから、咲くことを願ってくれたから。俺の種は芽を出して、茎を伸ばして、蕾をつけて、いつの間にかこんなに咲きたいって思ってる。お前が思わせてくれたんだよ。きっと言ったって分かんねえだろ?それがどれほどすごいことで、俺にとっては信じられないような奇跡なんだって。
 どんな色でもどんな形でも、どんなに不格好でも、いいや。咲いてほしいよ。力一杯咲いてくれよ。だって咲く為に小さな種のお前はさ、俺の所にやってきたんだろ?

「…そんな顔して言うのかよテメェ…」
「え、な、なにが」
 サンジは数秒黙り込んだ後、見たことないような顔で口元を震わせ「っだー!もう!」と叫んだ。
「クッソ…もう無理だ…クソ…」
「サ、サンジ?なに?なんか怖えよお前…」
「テメェのせいだ。キスさせろクソッ鼻」
「は!?」
「もう一生分焦らされてんだよこちとら。いいか、テメェに拒否権はねぇ」
「は!?」
「はじゃねぇんだよクソが、やっと言ったと思ったらんな顔して言いやがる…ナメてんのか?クソかわいいんだよ」
「お、おま、お前なに言ってんの!?」
「今すぐ目ぇ閉じろって言ってんだよ!」
「言われてねぇわ!!」

 前言撤回。咲いてほしいって言ったよ、そりゃ言ったけどさ。
 えっと、あの、なんていうか…こっちにも心の準備とか諸々あるから、心臓がもたないからさ。いやホント、力一杯咲いてくれとか言っといてなんなんですけど。
 うーんともうちょっとゆっくりめで、お願いしてもいいですかね!







かぼちゃんさんのお誕生日の贈り物として書かせていただきました!リクエスト内容は「付き合いたてホヤホヤでイチャイチャしたい盛りのサンジくんとしどろもどろなウソップ」でした。希望に添えられていますように…!
すっごく遅くなってしまってごめんなさい(;o;)サンウソがなかなか降りてきてくれなくて、久しぶりに棚の奥からストロングワールドのDVD引っ張り出してきて観たりしました!め、メッチャ面白かった…(普通に全力で楽しんだ)
サンウソは私にとって故郷のような場所で、ここに帰ってくるといつも暖かくて優しくて、童心に帰れるような気がします。サンウソを通して沢山の人と出会えて、かぼちゃんさんにも出会えて、今もこうして繋がっていられることがとても嬉しいです。
かぼちゃんさん、お誕生日おめでとうございます!素敵な一年となりますように^^*




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