僕たち、私たちは
(二章)
太一が縦に首を振ってくれることを願いながら、ずっと、いつ言い出そうか考えていた。思いついたその考えは、実は数ヶ月前から自分の頭の中にあった。
太一と出会って二年が経ち、俺たちはそれぞれ小さな人生の節目を迎える。卒業という言葉は少しの寂しさと不安を連れてくるが、太一と同じ時にその節目を迎えられるのはどこか心強く、そして嬉しかった。
卒業祝いにと思い買った贈り物が、まだ俺のデスクの引き出しの中にある。いつ渡そうかずっと迷っていた。せっかくなら日常の延長ではなくて何か特別なタイミングで、それを太一に贈りたい。
太一へ、おめでとうと一緒に伝えたいことが沢山ある。ありがとうも大好きも、未来への願いも。プレゼントと共に言葉を託したら笑ってくれるだろうか。その手に、受け取ってくれるだろうか。
忙しない毎日の中、その隙間を縫うようにして思いを伝えるのでは足りないと思った。
俺がこの劇団に入団してから、そして太一と出会ってからの今までを思い返す。いろんな事があった。…本当に、いろんなことがあったから、全てを伝えるには時間がかかってしまうだろう。
俺は器用な方じゃないから、きっとスマートにはできない。だけど太一は笑って、待ってくれる。俺が伝えたい全てに耳を傾けて、受け止めてくれると思うのだ。
太一に伝えたい。太一だけに伝えたいことが、本当に、沢山ある。
太一が頷いてくれてから俺はすぐに行動に移すことにした。まずは秋組のみんなに了解を得なければいけない。後日設けられていた秋組ミーティングの時間、その終わり、早速みんなにそのことを打ち明けた。
「あー、ちょっと悪い。いいか」
「お?どした臣」
俺の挙手に、ミーティングで使っていたノートや資料をまとめながら万里が顔を上げる。俺は秋組全員からの視線が自分に注がれていることを感じながら口を開いた。
「ちょっと、太一と旅行に行ってくる」
その瞬間に俺の隣に座っていた太一が少し体を硬くしたのが分かった。内心冷や汗をかいているのかもしれない。二人で出掛けることは今まで何度もあったが、さすがに旅行なんて初めてだし、太一としては周りの驚く反応が少し怖いのだろう。
許可を乞う言い方ではなくただ報告をするように言ってみせたのはわざとだ。変に恐れたりなどしたくなかった。
秋組全員の顔を見渡す。少し唐突な俺の発言にやはり少なからず驚いているのか、皆、目を丸くしていた。
「ふーん。何泊?」
沈黙の中その一言を投げたのは莇だ。俺はその問いに「一泊二日だよ。すぐ帰ってくる」と答えた。
「お前ら二人だけで?なんだよ、何しに行く訳」
その次にそう尋ねたのは万里。俺はその問いにも動揺したりせず正直に答える。
「卒業祝いにと思ってさ。俺から誘ったんだ」
「卒業祝いってんなら、他の面子も誘った方が…」
多分邪推などではなく、純粋に不思議に思ったのだろう。十座が頭の上にクエスチョンマークを浮かべてそう言う。太一はその一言にギクリとしたのか表情を強張らせてしまったけど、俺は笑いながら間髪を入れずに答えた。
「うん、そうだな。でも俺は太一と二人で行きたいんだ」
俺の言葉に全員が一瞬気圧されたような気がした。これ以上周りに有無を言わせない、という俺の気持ちが言葉の端に滲んでしまったのかもしれない。
ちらと太一の方を見ると、何故か彼まで圧倒されたような顔をしていた。…いや、太一。そこは胸を張って頷いていてほしいところなんだけどな。
「…ふーん。まあ別にいいけどよ。さっきから隣の奴が借りてきた犬みてーにおとなしいのは何で?」
万里が太一を見る。その瞬間太一は小さく喉を鳴らしたが、俺が笑うと何かに気付いたように慌てて笑った。
「あっごめん、旅行先で何食べようかなーとか色々考えてて、今あんまり話聞いてなかった!」
「あぁん?おっまえ、当事者だろっつーの」
万里が呆れながらそう言うので「ごめんごめん」と太一が謝る。万里はわざわざ口で「はーぁ」と言って、面倒そうに頭をかいた。
「おい臣、ちゃんとこいつの面倒見てやれんの?随分浮かれてるみてーだけど?」
「はは、ああ任せてくれ。何食べようか?太一は何食べたい?」
「えっとね!待って候補がメッチャあるんスよ!」
俺たち二人のやりとりを聞いていた万里は顔面にうんざりという四文字を貼り付け「だーっ!ハイ終わり!解散!」と言って、誰よりも先に席を立ってしまった。
俺は胸を撫で下ろす。良かった、太一の咄嗟の芝居も自然だったし、俺たち二人きりの旅行について誰かがこれ以上不可解に思うことはないだろう。
「…どこに泊まるつもりだ」
最後にそう聞いてきたのは左京さんだった。
「○○ってところです。後でURL送っときましょうか」
聞かれるかもしれないと思い先に用意しておいた返答を俺がすると、左京さんは小さく「ふん」と言ってから「ちゃんと決まってんならいい」と付け足した。
「ちゃんと予定した時間に帰ってこい」
「はい。もちろん」
「帰ってこなかったらどうなるか、分かってんだろうな?」
やはりこの人は、この中で俺より唯一歳上の人だということもあって、他のメンバーより簡単には頷かない。
目を逸らさずに「はい」と強く返事をすると、それで納得してくれたのかため息と共に「わかった」と、左京さんは少しの呆れを顔に滲ませて言った。
ミーティングの後、明日の朝飯の下準備のためキッチンに立っていた俺の元へ、万里がやって来た。万里は冷蔵庫から自分の名前を書いた炭酸飲料を取り出しながら俺の方をちらりと振り返った。
「臣さぁ」
「ん?」
作業を続ける自分の手元から目を離さないまま俺は穏やかに返事をする。万里はペットボトルの蓋を開け、中身を二口飲んでから俺に尋ねた。
「何しに行く訳?」
何かに気付いていて、きっとそれを探りたいのだろう。当然だ、だって彼は俺たち秋組のリーダーなのだ。
核心に決して触れない、けれどその近くギリギリを狙った問いに、俺は気付かない振りをして万里に笑いかけた。
「うん?何って?」
「だから太一と、二人だけのチキチキ卒業旅行だよ」
「はは、チキチキ?」
「…ナニしに行く訳」
微妙なニュアンスの違いを、俺ははっきりと感じ取る。でも俺はそれにも気付かない振りをした。
「楽しい思い出を、いっぱい作ってくるよ」
嘘を吐きたい気持ちはない。本当は俺の中には、隠したい気持ちだって微塵もない。もういっそ決定的な言葉を投げかけてくれればいいのにと思いながら、俺は万里にそう言った。
「…ふーん」
万里は数秒何かを考えるように視線を下に向け、それから「わり」と付け足した。
「なんか今ずるかったわ俺」
「…はは、どうして」
「まあいいや。今度また話聞くわ」
「うん」
「土産よろしく」
「わかった」
万里はそれだけ言ってキッチンから出て行った。
今度また話を聞く、というのは、もしかしたらそういうことなのかもしれない。その時どんな答えを返せばいいのか話し合わなければいけないのかもしれないな、太一と俺は。
その日の夜はなかなか眠れなかった。ベッドに入って電気を消してからも、太一が何度も「ヒヤヒヤしたッスよ臣クン…」と繰り返し言ってきたからだ。
笑いながら「どうして?」と聞き返すと、太一は「もう!」と少し抗議するような空気を滲ませて続く言葉を俺に投げた。
「だって、なんかもうちょっと誤魔化すのかなとか思ってたんだもん。俺っちにも事前に言ってくれないしさ…みんなビックリしてたよ」
「…うん。なんかさ、太一にもみんなと同じように聞いててほしくて」
「だからってさ、もうちょっとこう…それらしいこと言うとか…」
「でも、仲間に嘘は吐きたくないだろ?」
「そりゃそうだけど!でもさあんまり臣クン堂々としてたからさ…もしかして俺たちが付き合ってることみんなに宣言しちゃうんじゃないかって思って、内心ヒヤヒヤしたよ」
「あはは」
俺が笑うと太一は「他人事みたいに!」と怒った。
分かってる。それを太一に了承なく言ってしまうのは正当ではないのだろう。…でも俺は、少し前から焦ったく思っていたんだ、本当は。
「…聞かれてたら」
「うん?」
「そう答えてたけど、俺は」
「なに?」
最後に呟いた言葉は声が小さく、太一にはところどころ聞こえなかったみたいだ。聞き返されたが「そろそろ寝ようか」とはぐらかして、俺は掛け布団を自分の上に掛け直した。
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