横恋慕に降る星 4




 鍋を煮込んでいた火を止め、サンドウィッチを手際よく皿の上に盛った。
時刻は0時を過ぎて10分経ったところだ。予定より遅くなってしまったが何とか間に合った。

テーブルの上にサンドウィッチを乗せた皿を置き、鍋の中をゆっくりとかき回す。よし上出来だぜ。

 相当冷え込んでいるだろう甲板に備え、滅多に着ないコートを羽織る。
両手と頭に器を乗せて足で扉を開けた。芯まで冷えるような夜風が全身を襲った。

「っさみいなこりゃ…おいてめえら!!これでも飲んであったまりやがれ!!」
「うっは〜〜!!飯〜〜〜!!」

 やはり一番最初に飛びついてくるルフィに「今度は火傷すんなよクソゴム」と忠告をしてやる。
 三匹の馬鹿は歌えや踊れやで騒いでいたからそんなに寒そうにしていなかったが、俺より一足先に甲板へ出ていたナミさんは両手を固く組みながらブルブルと震えている。

「んっナミっさん!!!大丈夫かい!!??愛がつまったこの特製スープで温まってください!!」
ナミさんの元へ向かう途中で、他の連中用の器を乱暴に渡し、一際値段のはる食器に注がれたクラムチャウダーを震える体へ差し出す。ナミさんは鼻を赤くしながら「ありがと」と笑った。

「ナミさん…寒いのでしたらこの俺が、直接あたためて差し上げまっす!」
「はあ〜…美味しい」
フルシカトされても尚目をハートにし続ける俺の背後には、面倒臭そうな表情でゾロが立っていた。

「おいアホ眉毛、酒は」
「ああん?酒が飲みてーんならサンジ様って呼んでみろクソ腹巻」
「あるんだな、キッチン見てくる」
「待て飲ませてやるとは言ってねえ!おい!クソ筋肉野郎!」

 クソマリモの腹巻を後ろから掴むと面白いくらいに伸びた。なんて伸縮性のあるゴム素材だ。

「だっはっはっは!ゴムゴムの腹巻だなゾロ!!」
ルフィが横から野次を飛ばす。
ゾロは腰にかけている刀の鞘に手をかけ「笑うな…」と睨む。が、若干赤面しているようにも見えるのでただの照れ隠しである事が分かった。

「これ、こっからキッチンまで伸びるんじゃねえかあ?ちょっとそのまま歩けゾロ」
「…てめえら…馬鹿にしやがって…!」
チャキ、と小さな音がする。
いよいよゾロが鞘から刀を引き抜こうとした時だ。ナミさんが俺たちの後ろで「あ」と言った。

 ナミさんの方へ振り返り、目線を空へ向けている事に気付く。

 俺たちも揃って空を見上げる。そこには、本当に、百年に一度しか見られないのもしょうがないと思う程の、言葉を失うような、すげえ世界が広がっていた。




「…」

 ゾロの腹巻を放すと「バチン!」と音がしたが、誰もそれに気を留めたり笑ったりなどしなかった。
だって、そりゃそうだ。誰も空から、目が、離せない。

「す…っげえええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ルフィが両腕を高らかに上げて雄たけびみたいに吠える。

「これは…すげえな、確かに」

 星が物凄い速さで駆け抜けていく。数え切れない程の光が、意志を持っているかのように空を滑る。
瞬きをすると瞼の裏に光が残るくらい強い輝きだ。光の軌道が消える数よりも、新たな星が残す軌道の数の方が多いから、夜空はどんどん光の糸で溢れていく。
 海面にも流星群の瞬きが反射して、なんだか、光の絨毯の上を進んでいるような錯覚を起こした。

「…綺麗…」

 ナミさんは息を呑み、口元を抑えながら夜空を瞳に映した。ウソップはチョッパーを抱っこしたまま、口をあんぐり開けている。抱えられたチョッパーもウソップの腕の中で瞬きもせず空を見る。ゾロさえいつもの眠そうな顔を見せず、目を見開いて夜空を眺めていた。

 俺は危うく、持っていた皿を落としそうになった。
サンドウィッチを乗せた皿をそっと下へ置き、しゃがんだ体勢のまま、星の群れを見上げる。

 海の向こう、ここからでは見えないが、何処かで花火が上がる音がした。
この海域にいる海賊が、この瞬間の為に花火を打ち上げたのだろうか。

「うおおおおおおお!!!」
その音を合図に、ルフィは腕を伸ばしてマストの頂上を陣取った。
帆の上から顔を覗かせ「あっはっは!すっげえええ!」と、また、最高の笑顔で吠えた。

「…カヤ、見てるかな、これ…」
ウソップが呟く。
「見てるさ、羊の奴も、お前の子分のあいつらも」
ゾロがウソップの呟きを拾い、普段はあまり見ない優しい表情で応えた。ウソップがゾロの言葉に、鼻の下を擦りながら笑う。

 …なあ、良かったなウソップ。星に夢を叶える力なんかなくても、例え神様なんていなくても、今この瞬間を、お前がゾロと過ごせた事を俺は本当に、良かったと思う。
 俺にだけ星が笑ってくれないとしても、それでもさ。お前がこんな奇跡みたいな瞬間を過ごせるんなら、俺はもう、何もいらねえよ。



 自分の分のサンドウィッチとクラムチャウダーを持って、空を見上げる船員達に気付かれないよう、足音を立てずに船尾へ向かった。

 船尾から見るストリングシャワーは、まるで星がこちらへ向かってくるようだ。光が海の向こうから駆けてくる。
星達は俺の事など見向きもしないで頭上を通り抜けた。
 少しぬるくなったクラムチャウダーを啜り、俺はしゃがみこむ。

「………だせえ…クソ…」
今にも涙を零しそうになる涙腺に力を入れた。
 泣くな。絶対泣くな。笑って見るって、ウソップと約束したじゃねえか。

「…クソジジイ達も見てっかな」
世話になった連中や、今まで出会ってきた美女達の顔を夜空に思い浮かべる。
みんなどんな思いで、この幾千の星を眺めているだろう。
…こんな気持ちで空を見上げる誰かは、一体、どの位いるんだろう。

 まだ半分ほど中身が残っている器を自分の横に置き、煙草に火を点けた。星の光と煙が混ざり合って、夢の中のような世界が視界に広がる。
 意味もなく、煙を輪っかにしながら吐き出した。輪は数秒後すぐ消えて、俺以外に見つけてもらえる事はなかった。

「…なあ、今あいつが隣に来てくれたら」
尚も軌道を残し続ける星達に、縋るように祈った。

「もう、何も望まねえから」
星にそんな力などなくても…神様がいなくても。

「…俺にも、夢見させてくれよ…」

 悲しい独り言は、誰の元にも届かず消えた。そりゃ、そうだ。あと少しあと少し、と手を伸ばして、あわよくば、と思い続けて…多くを望みすぎた。

「…なんてな」
 冗談のように独り言を終わらせて、煙草を思い切り吸う。
これが吸い終わったらもう戻ろう。スープのおかわりを用意していたと、嘘でもついて。


「…おっまえ…楽しく見るっつったじゃねえか…」


 そして俺は、半分も吸っていない煙草をスープの中へ落とした。
…手が震えた。一瞬、視界が揺らめいた。最高に意地の悪い神様は、俺の首を真綿で絞めるように、また俺に期待を持たせやがった。

 何で来るんだよ。なあ。どうしてくれんだよこのスープ。…ウソップ。



「キッチンにもいねえし…っとに!構って君だなお前は!」
俺の横に胡坐をかいて座り、肩をバシバシと叩く。その手が余りに暖かいから、膝の間に顔を埋めるしかなかった。我ながら本当にクソ情けない。

「サンジほら!下向いてたら勿体ねえだろ!?百年に一度だぞ!!」
「…分かってる」
「分かってんなら顔上げろよ!あ、今すげえデカイ星流れた!」
「……おう」

 あとちょっとしたら、顔を上げる。ズボン生地に滲みこんだ水滴が乾いたら。だから、頼むから待ってくれよ。

「…なあサンジ」
ウソップが俺の背中をさすりながら優しく語り掛けるので、嗚呼こりゃ泣いてるのばれてるなと思った。
畜生、俺もお前くらい嘘がうまくなりてえよ。

「俺さあ、今日さあ、すげえ楽しかったよ。なんつうかさあ…ほんと、心から純粋に、楽しかった」
「…そうかよ」
「それさあ、お前のお陰なんだなって思って」
「…」

 慰めの言葉なのだろう。ウソップはきっと、他の誰が相手でもこういう優しい言葉がかけられる奴なのだ。鼻水を啜り、黙ってその言葉を聞いた。

「多分な、お前にばれたあの日より前に、このストリングシャワーがやってきてたら…俺も、泣いてたと思うんだ」
…俺「も」って言うなクソ野郎。

「お前があの時、味方でいてくれたから。俺の悩みを何でもねえ事みたいに言ってくれたから…だから今日な、ちゃんと笑って、ほんと綺麗だなって思いながら見られた」
「…」

 ああ畜生。止まれと思うのに次から次へと。ズボンの生地には鼻水までついてしまった。

「サンジ、俺も絶対、味方だから」
「…」
「お前一人じゃねえからさ。…星、見ようぜ」

 俯いて出来たほんの少しの空間の中で、服の袖で涙を拭き取り、ゆっくりと顔を上げた。
お前からそっぽを向くような角度になっちまったけど、それはもう、俺のなけなしのプライドだ、見逃せ。

「あ、ほらまた!あれ!あの星でけえ!」
ウソップが背中をばんばんと叩く。そっぽを向いているからどの星の事を言っているのか分からなかったが「そうだな」と返しておいた。

「サンジ。俺達、この船の皆と見れて良かったよな」
「…ああ」

 本当に、そう思う。気の許せるあいつらと…横恋慕でも、叶う見込みのない恋だとしても、お前と、この星が見れて良かった。

 幸せと、同じだけの悲しみを乗せて、星はまだ駆ける。…夜だというのに今、世界は太陽が昇るよりも眩しく煌めいている。



 自分のものじゃないみたいな心臓に「うるせえ」と、声に出さず一喝した。俺はゆっくり、ウソップの方へ視線を動かす。

「なんかそうめんに見えてきた俺…」
「ウソップ」
空へ向けていた目線を、ウソップは慌てて俺の方へ合わせた。

「いや、腹減ってるわけじゃねえぞ」
「なあ、ウソップ」

 ウソップは俺から目を反らさず、優しい表情で「ん?」とだけ返した。
 嗚呼俺は、本当に、信じられないほどお前が好きだ。



「…今から言う事、笑わないで、聞いてくれ」
「ん、おお!笑うわけねえだろ!どうした」
「…お前にだけは言わなきゃいけねえ事がある」
「おお、なんだねサンジ君」

 震える手は、寒いから。心臓がうるせえのは、寒すぎて息が上手く吸えないから。
そう思い込んで、今にも反らしてしまいそうになる目を、俺は必死で、ウソップへ向け続ける。

「……」
「…サンジ?」
「…」

「どうした?」
首を傾げるウソップの、冷え切って赤くなったその指先を、そっと、自分の手で覆った。



「お前が好きです」



 百年に一度の星が降る。
 お前の瞳の中に映るその星を、俺は一生、忘れないと思う。




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