の施術は はしたない




 朝起きてすぐに首が左に倒せないことに気付いた。メチャクチャ痛い。きっと変な姿勢で寝てしまったんだろう、寝違えたんだ。
 頭を少しでも左に傾けないよう気をつけながら学校の制服に着替えて、朝ごはんと朝の支度をする。ああ、嫌だな。ガキッて骨を鳴らしてピタッと痛みがなくなっちゃえばいいのに。
 最後、家を出るすんでのところで恐る恐る首を左に倒してみたけど、やっぱりあまりに痛くて骨を鳴らすのは無理だと悟った。やだなぁ、憂鬱だ。この痛みはいつまで続くだろう。

 学校では首を庇いながら過ごした。左を向かなきゃいけない時なんかは、上半身ごとそちらを向くように気をつけた。幸い、朝よりは痛みがマシになってるような気がしないでもない…ような。いや、どうだろう。試しにちょっと左に倒してみようかな。俺はゆっくり、確かめるように首を倒していく。
「っいっ!て」
だめだ。まだ全然痛いや。小さなため息が出る。
 首が痛いって結構不便だ。普段どこを庇うこともなく痛みを感じることもなく生活しているのがとても贅沢なことなんだなと感じる。こんなことになってからそんな風に思うなんて、随分現金だなぁと自分に呆れた。

「ねえ、それでさ、その整体師の人がメチャクチャ腕が良くて」
クラスの女の子が前方でなにか話しているのをぼんやりと聞く。トイレを済ませた後の休み時間はいつも暇だ。
「え〜でも知らない男に体触られんのやだ〜」
「いや聞いて?イケメンなんだわ」
「うっそ」
「嘘じゃないマジ。腕も良くて顔も良いってもうあり得んくない?」
「あり得ん〜。行きたい行きたい」
「も〜一回行っただけで首の寝違えも腰の痛いのも全部取れたからね。いま超調子いいもん、体」
彼女たちの会話を聞いて俺も俄然興味が湧く。寝違えた首の痛みって長いと一週間くらい続いてしまうけど、この痛みとすぐにオサラバできるんなら、多少のお金を払っても良いかも。だって本当に、ちょっと傾けただけで電流が走るみたいに痛むのだ。
「ねえ、あの!」
 そうして俺は女の子に声をかけ、その整体院の情報を聞き出した。どうやらそのお店は学校の最寄駅から数駅行ったところにあるらしい。クラスの女の子からラッキーなことにそのお店の割引券を貰った。30分3000円が、この券を持っていけば2000円になるらしい。ありがたいッス。

 学校が終わった後、俺はあいかわらず首を左に傾けないよう気をつけながらその店まで向かった。首筋を指で押したり拳で叩いたりしてみるが、効果はまるでなし。朝から痛みは少しも変わらない。
 ふっふっふ、だけどこの痛みとももうすぐお別れだ。俺は財布の中の2000円と引き換えに、元気で痛みのない首を手に入れる。

 店のガラス扉を開けて受付へ向かう。カウンターにいる人に希望のコースを伝え割引券を差し出した。簡単なアンケート用紙を渡されたのでロビーの椅子に座って書き込む。
 痛い箇所…首。
 いつから…今朝。
 どのように…寝違え。左に傾けると痛い。
 普段からよく繰り返すか…いいえ。
 慢性的な肩こりや腰痛は…なし。
 その他質問事項など…特になし。
 簡単に書き終えて受付の人に渡すと、希望の整体師はいるかと尋ねられた。カウンターのボードには三人の整体師の名前と顔写真が載っている。男が二人、女が一人。
 クラスの女の子が言っていた内容を思い出し、男二人の顔写真を見比べる。ああ、間違いなくこっちの人のことだろう。俺が指差したのは優しい顔つきの、たしかにイケメンという言葉がよく似合う人だった。この人がきっと「メチャクチャ腕が良い」整体師さんなんだろうな。俺の首の痛みも、クラスの女の子と同じように綺麗さっぱり取り除いてもらえますように。
 期待しながらロビーで数分待つ。すると奥の扉がガラリと開いて「七尾さんどうぞ」とスタッフの女の人に促された。

 少しドキドキしながら奥の部屋に入る。整体を利用するのは初めてだし、赤の他人に体を触られるのはやっぱり多少なりとも緊張してしまう。
 扉の奥には、上下とも白い服に身を包んだ長身の男性が立っていた。ぺこりと頭を下げられ、俺も慌てて頭を下げる。
「こんにちは。担当させていただく伏見と言います。よろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いするッス!」
伏見と名乗った整体師さんは顔を上げ、それから数秒少し驚いた顔で俺を見つめた。
「?え、えと…?」
自分の顔に何かついているのかと思い片手で顔面をペトペト触ってみる。すると伏見サンはハッと我に帰った様子で「すみません、なんでも」と笑った。
「髪の毛の色がかっこいいなと思って。ご自分で染めてるんですか?」
優しい顔つきによく似合う優しい声で言われる。なんだかもう既に心地良いのは何でだろう。俺は「いや、美容院ッス」と答えながら、もっとこの人の声を聞いていたいなとぼんやり思った。
「それじゃあ荷物と上着はこちらのカゴに入れていただけますか?それができたらこちらの台に座ってください」
伏見サンの説明に相槌を入れながらカゴと台を確認する。言われた通り荷物と上着をカゴに入れ、俺は指定された台の上に腰掛ける。多分俺が書いたアンケートをすでに読んでくれているのだろう。伏見サンは「失礼します」と一言添えた後、何も聞かずに俺の首と肩の間に手を置いた。
「左に倒すと痛いんでしたっけ」
「そうなんス!今朝からずっとなんスよ」
「じゃあこの辺りかな。ゆっくりやっていきますね。痛かったら教えてください」
「はいッス!」
伏見サンの手は物凄く気持ちよかった。多分俺よりずっと大きいんだ。肩に置かれると鎖骨から首の後ろまですっぽり被さってしまう。
「七尾さんは…ええと、欧華高校の学生さん?」
「そうッス!いま二年生ッス」
「へえ。ここによく来ますよ、欧華の学生の子」
「そうなんスね。実は俺っちもクラスの女の子がここのこと喋ってるの聞いて来たんスよ!」
「そうだったんだ。はは、じゃあその子に感謝しないと」
「すっごい腕のいい整体師さんがいるって言ってて!イケメンって言ってたから、受付の写真見て伏見サンのことだってすぐ分かったッスー!」
伏見サンの手の心地良さを肩に感じながら俺はいきさつを説明した。数十分後には首の痛みがなくなっているのだと思うと、心なしか陽気になる。
「あはは、本当に?嬉しいなあ。七尾くんもイケメンじゃないですか」
「へ!言われたことないッス!」
「そう?そうかあ…」
腕も良くて顔も良くて、そのうえ会話でまでこんなに気持ちよくさせてくれるなんて。なんだか整体師さんっていうより夜の仕事してる人みたいだ。俺の気分はどんどん良くなり、全身もすっかりリラックスしていた。
「どうかな、このあたりの筋肉が原因なんじゃないかと思ったんだけど…さっきより痛くなくなりましたか?」
伏見サンに尋ねられ、ほんの少しだけ首を左に傾けてみる。全く痛くないわけではないが、さっきまでと比べると随分痛みが軽減されていた。
「うわー、すごいッス!ホントに痛いのが減ってる!」
「あはは、良かった」
「さっきまでこうするだけで電流マックスだったのに!今は超微弱になってるッス!伏見サンさすがッス!すげー!」
感嘆の声をあげると伏見サンは嬉しそうに笑った。うええ、こんな笑顔見せられちゃったら、なんか、なんか・・・痛いところなくても通いたくなっちゃうかも。
 自分の思考回路がとんでもなく変な方向へ行きそうになったので慌てて止める。当初の目的は無事に果たされたんだから、もうここを利用する必要もない。
「まだ時間あるし、もう少しほぐしておきましょうか」
「は、はいッス!」
元気に返事をして元の体勢に戻る。伏見サンの手のひらの心地よさを肩に感じながら、料金分はしっかりこの気持ちよさを味わおうと俺は目を閉じた。
「…首のほかには?気になるところありますか?」
伏見サンに聞かれ、俺は数秒考え込んだ。正直言ってしまえば、アンケートにも書いたとおり特にない。ないんだけど…ないと言ってしまったらこの時間が終わってしまうような気がして、なんだかそれは名残惜しくて言うのに躊躇ってしまう。
「えーと…こ、腰?とか…?」
質問に疑問系で返してしまったが、伏見サンがそれを不思議がる様子はなかった。俺の回答に伏見サンは「了解」と頷いて、それから俺の腰をシャツの上から両手で優しく掴んだ。
「腰痛?慢性的に?」
「え、い、いや、えーと…わ、わかんないんス、けど…えーっと…」
しどろもどろになると伏見サンの笑い声が後ろから聞こえた。そりゃそうだ、だって俺っちおかしいこと言ってる。自分のことなのにわかんないって、そんなの変だ。
「わかった。じゃあ全体的にマッサージしていくから。気持ちいいところがあったらちゃんと教えて」
「え、は、はいッス」
頭の中で伏見サンの言葉がリフレインする。き、気持ちいいところ。わーやめろ変な風に考えるな。だって伏見サンの声、妙に色っぽいんだもん!俺は混乱する頭の中を決して悟られないよう口をきつく閉じた。
「どういう感じで痛いのかな。軋む感じ?それとも重い感じ?」
伏見サンの大きな手が俺の腰を掴みながら撫で上げる。聞かれているのに気持ちよくて、もう少しうまく答えればいいものを、馬鹿な俺は「わかんない」としか言えなかった。
「あはは、そうか。わかんないか」
「…」
なんか、伏見サンって不思議だ。今日初めて会ったはずなのにそんな気がしない。ずっと前からこの人のことを知っているような、そんな妙に懐かしくて暖かい気持ちになった。ああ俺、この人のこと好きだな。この人に会うためだけにここに通おうかなと考えるくらいには、余裕で。
「んー…難しいな。ちゃんと確認したいから、直接触ってもいいか?」
「は、はい」
伏見サンの言葉に素直に頷く。ボタンを全開にしたYシャツとその下に黒いTシャツを着ていたのだが、伏見サンはその二枚ともを少し上にめくって両方の手を俺の腰に滑らせた。伏見サンの手のひらの温度が、直接俺の肌の上に降りる。
「…あ」
あったかい、気持ちい。なんか魔法の手みたいだ。クラスの女の子もこんな風に気持ち良くなったんだろうか。やばいと思った。だってこんなのクセになってしまう。
「…気持ちいいか?」
「…メチャクチャ気持ちいいッス…」
正直に答えると伏見サンは嬉しそうに「よかった」と呟いた。心なしかさっきより伏見サンが俺の体に近い気がする。でも嫌悪感は微塵もなかった。手だけじゃない。伏見サンの体温は全部全部気持ちがいい。
「腰痛は色々なところと因果関係があるから。ちょっと調べていこう」
「はいッス」
伏見サンの手が腰からお腹、お腹から背中へ移っていく。親指の腹で時折ゆるく押されるのが気持ちよくて、俺はその度に小さなうめき声を上げた。マッサージがこんな気持ちいいものなんて知らなかった。それとも伏見サンだからそう感じるんだろうか。
 心地よい波にたゆたうようにして伏見サンの手の感触を追いかけていたら、不意にその手が両脇の辺りを撫で始めた。俺はくすぐったさに思わず身をよじる。
「う、うひ、あはは!だめッス、くすぐったい」
「うん?うーん、でもここにリンパがあってな」
「あはは、リンパ?あは、だめ、ダメッス、無理くすぐったい伏見サン」
「んー?」
伏見サンが後ろから俺の顔を覗き込んで笑う。意地悪な顔して笑ってるのを見て、もしかして俺っち遊ばれてるのかなと思った。だってまるで、なんだか好きな人とじゃれあってるみたい。くすぐったいのに楽しくて、おかしくて、よけいに笑ってしまう。
「こらマッサージ中だろ?じっとしてないと」
「あはは無理、無理だってばくすぐったいもん」
伏見サンも楽しそうに俺の脇に手を入れて笑ってる。こんなことを他のお客さんも体験してるのかなぁ。なんだか想像がつかない。
「仕方ないな。じゃあこっちは?」
じっとしていられない俺にため息をついて、伏見サンが今度は両手を前の方へゆっくりずらす。お腹と鎖骨の間。つまり伏見サンの手は俺の胸の上に移動したのだった。
「…ここにも、腰痛に効くツボがあるんだ」
伏見サンは言いながら手をゆっくりと動かす。肋骨を撫で上げて、それから乳首の周りをゆっくりと迂回する。俺は伏見サンの手つきを凝視した。こ、これ、本当にマッサージなのかな。こんなところに腰痛のツボがあるなんて聞いたことないけど。
「…」
伏見サンの指先が、俺の乳首をちょっとだけ掠める。たくし上げられたYシャツとTシャツが俺の胸全体を露わにする。感覚よりも視覚から受ける刺激の方が強かった。だって伏見サンの手、メチャクチャ動き方がやらしいんだもん。
 見てられなくて両目を閉じたら、それを見計らったかのように伏見サンの指が俺の乳首を触った。指先でそっと、何度も掠めるみたいにしてつつく。
「あ…ぁ、ぁ」
自分の口から妙な声が漏れる。ど、どうしよう。
 伏見サンの指の動きはだんだん強くなった。爪で優しく引っかかれたり人差し指と親指でつままれたりする。その度に俺の口からは声が出て、歯を食いしばっても抑えられなくて頭の中はパニックだった。
「ん、ん、んーっ…」
耐えられなくて思わず猫背になると、伏見サンに耳元で「だめだろ」と言われた。
「ちゃんと突き出してないと。な?」
「あ、ぁ…だ、だって、これ…こんなの、変ッス…」
「変じゃないさ、れっきとしたマッサージの一つだ。それともまさか素人のきみが資格を持ってる俺のことを疑うのか?」
伏見サンの声は相変わらず優しいがどこか語気が強く感じた。首を横に振るしか、俺には選択肢がなかった。
 こんなの絶対マッサージなんかじゃない。頭でちゃんと分かってるのに俺の体はこの手を拒否しない。それどころか、どうしてだ。この先を望んでる俺がいる。そのことに自分で気づいて、内心引いた。
 ねえ、だって、本気で?今日初めて会った人と?突然こんなことされて、何で怖いとか気持ち悪いとか思わないの?一体どんな神経で「もっと」なんて、俺は望んでんの?
「もう腰が痛いのなんかどっかいっちゃったな?」
伏見サンが耳元でそう言いながら俺の乳首をいじり続ける。乳首いじって気持ちいいなんて思ったことないのに、なんでだ。伏見サンに触られると馬鹿みたいに感じてしまう。変な声が我慢できない。
「ぁ、ぁ…ぁ、ぁー…」
「…そう。リラックスして。上手、いい子だ」
伏見サンは笑いながら自分の人差し指を舐め、今度は唾液で濡れたその指先で俺の乳首をいじった。気持ち良さに体が震えた。
「あっ、だめ、あ、ぁ、それだめ」
「うん?」
「あ、あ…だめ、変になる」
「うん」
俺のうわ言のようなセリフに伏見サンが相槌を入れる。それから今度は熱っぽい声で「臣って呼んで」とお願いされた。
「ぁっ…、お、おみ…?」
「俺の名前。呼んでくれないか?きみの声で聞きたい」
「ぁ、ぁ…お、おみサン」
求められるまま従うが、伏見サンはちょっと不満そうな顔をしてから「うーん」と唸って笑った。そんな風にしながらも相変わらず乳首をいじる指の動きは止まらないんだから、たまったものじゃない。俺の口からは休むことなくずっと小さな声が漏れ続けてしまう。
「呼び捨てがいいな。だめか?」
「よ、呼び捨て…は、呼びにくいッス…あ、あっ」
「うん?こうされるの好きか?」
「あ!ぁ…っ、だめ、やだ、やだ」
「じゃあ…「おみくん」なら?どう?」
「ぁっ…う、うん、わかった、呼ぶ、おみクンって呼ぶっ…」
もう両方の乳首から与えられる刺激で脳の奥まで痺れて、思考回路なんてほとんどまともに働いてくれなかった。伏見サンからのお願いにコクコク頷くと、彼は笑って「ありがとう」と言った。
「…じゃあ、最後にこっちも施術していこうか」
伏見サンがゆっくりと両手を下へと滑らせ、制服のズボンのベルトに手をかける。俺はびっくりして伏見サンの手の上に自分の手を乗せて動きを制止した。
「だ!ダメッス!」
「うん、どうして?」
「ど、どうしてって…だ、だって!こんなとこ凝ったり痛めたりしてないッス!」
伏見サンの手をがっしりと掴んで説得するが、まあほぼ無駄に終わった。伏見サンは相変わらずにっこり笑うだけだ。
「胃とか心臓に効く足のツボってあるだろ?」
「へ?う、うん」
「一見、関係なさそうなのにな。だって足の裏のどこかを刺激するだけで胃の調子が良いか悪いか分かるなんて、なんだかおかしいと思わないか?」
「う、うん…」
「な。人間の体って面白いんだ。きみのここも、きみの首とか肩に繋がってるかもしれないぞ」
伏見サンの言葉になんと返していいか分からず困っていたら、その一瞬の隙を突かれてしまった。伏見サンがちょっと強引に俺の手をどけてベルトを外してしまう。「だめ」と言う前にホックを外されチャックを下ろされる。
 伏見サンは呆れたかもしれない。俺のトランクスは綺麗なテントを張っていたのだ。
「み、見ちゃやだ」
「七尾くん、もっと脚を開いて。このままじゃちゃんと施術できないだろ」
「やだ、触っちゃダメ、伏見サンお願い」
「伏見さんじゃなくて?」
「お、おみクンお願い、触んないで」
顔を両手で隠しながら懇願したが、願いはまるで聞き入れてもらえなかった。伏見サンは「うん」と頷いてトランクスの山のてっぺんを緩く包むように触った。
「結構前から勃ってたんだろ?苦しそうだな」
「だめ、だめお願い触んないで、あ、おみクンお願い、ダメ」
伏見サンは俺の言葉を無視したままトランクス越しに手のひらでそれを撫で続けた。あ、だめだどうしよう。気持ちいい。気持ち良くて腰が、勝手に前後に動いちゃいそう。
 腰が動いてしまわないように歯を食いしばって耐えていたら、伏見サンが俺の顔を覗き込んでちょっと意地悪に笑った。
「太一くん。だったよな?名前」
「は、ぁ…え、うん…」
きっとアンケート用紙に書いた名前を見たのだろう。伏見サンの声で名前を呼ばれると、どうしてか無性に心地良さを感じた。こう呼ばれることが初めてではない気さえする。彼の舌にも俺の耳にも、それはよく馴染んだ響きのようだった。
「随分興奮してる。太一はこういうシチュエーションが好きなのか?」
「っ」
伏見サンのそのセリフに、俺はどうしてか意味がわからないくらい興奮してしまった。まるで全身に雷が走ったみたいだ。ただの言葉にこんなに震えて、頭の奥までビリビリしてる。
 別に、人に太一と呼び捨てで呼ばれることなんて珍しくもなんともないのに。なのにどうしてだ、どうして伏見サンに、おみクンに呼ばれると、こんなに頭がおかしくなるんだ。
「ぁ、あ…ち、ちがう、好きじゃないっ」
「うん?」
「あっ、だめ…直接触ったらダメっ…っ」
おみクンの手がゆっくりと下着の中に入っていく。俺の性器は呆気なく握られ、ゆっくりと扱かれ始めた。
「あ、あ、あ…」
おみクンの手は俺の性器を撫でたり握りしめたりしながら、不規則なリズムで上下に動く。その手つきが絶妙な力加減で本当に堪らなかった。気持ちいい。自分でやるより何倍も気持ちいい。
「あっ、あっ、おみクン、あ…っ」
「かわいい、太一。たくさん気持ちよくなって」
もう拒否する気持ちも疑う気持ちも微塵もない。ただ目の前にぶら下がった快感を俺は純粋に追った。おみクンの手が気持ち良すぎて頭がおかしくなる。気持ちいい、気持ちいい。こんなのだめだ。こんなの絶対おかしい。どう考えたって俺は拒むべきだしなんなら大声をあげて助けを求めたって良いはずなのに。だけどそんな気が起きない。どうして。どうして俺、誰も邪魔しないでなんて思ってしまっているんだろう。
「あっ、ぁー…や、やだ、ぁ…」
自分から胸を突き出して片手で乳首をいじられて、足をこんなに開いて性器をしごかれてる。こんなの俺じゃないみたい。おみクンに興奮してほしくて、ねだるみたいな喘ぎ声が口から漏れていく。気持ちいい、この人のこと好き、もっといっぱい触って。頭の中はそんなメチャクチャな感情でいっぱいになっていた。
「体の中にたまってるもの出しちゃおうな。ほら」
おみクンがそう言ってしごく手の動きを速める。俺の声は少し音量が上がり、両足には力が入った。さっきよりもっと大きく足を開いておみクンに恥ずかしいところを全部晒す。あ、だめいく、いく、いっちゃう。
「あ!あ、あっ…あーっ…」
気持ちよさがてっぺんまで行って、俺はそのまま精液を吐いた。勢いよく放たれた精液は施術室の床を汚し、やがて勢いをなくしておみクンの手にダラダラと注がれた。
「ぁ…ぁ、ん…」
オナニーの何倍も気持ちよくて頭がボーッとする。俺の精液まみれになったおみクンの手のひらをぼんやり見つめながら、ああやっぱり大きな手だなと少し場違いなことを考えていた。
「うん、いっぱい出たな。デトックスはバッチリだ」
「え…あ、うん…」
おみクンの満足げな声に曖昧な相槌を打つと、今度はおみクンにゆっくりと上体を倒される。台の上に仰向けに寝かされ、おみクンが覆いかぶさるようにして俺の上に陰を作った。
「それじゃあ最後の施術しような」
「へ、あ、ま、待って」
「大丈夫。気持ちいいことしかしない」
おみクンは穏やかに笑って俺の制服のズボンをスルスルと脱がせていった。さすがにパンツだけはと思って手で掴んで食い止めるが、おみクンに「手をどけて」と優しく言われ、何故かそれだけでパンツを掴む手の力が抜けてしまうから驚きだ。
「太一、マッサージだよ。安心して。これをしないと施術が終われないんだ」
「…だ、だって、こんなの…」
「大丈夫、信じて」
おみクンはそう言って俺の下着も簡単に脱がせてしまった。それから自分の着ていた白い仕事服のズボンを脱いで、履いていたボクサーパンツを恥ずかしげもなく脱ぎ捨てた。
「…」
おみクンの性器が露になる。勿論しっかり勃っていたし、なによりその大きさは目を見張るものがあった。
「それじゃあ施術するよ、太一」
おみクンが自分の性器を手でしごきながら俺の股間に擦り付ける。おみクンの性器の先端が尻の割れ目やタマの裏側を撫でたり擦ったりする。俺は今まで感じたことない感覚に少し怖くなった。
 これが気持ちいいのかどうなのか、よくわからない。ゾワゾワして、くすぐったくて、変な感じだ。だけど見上げるとおみクンが気持ちよさそうな顔で体を揺らしているので、ああなんだかセックスしてるみたいだと思った。
「ん、ん、ん…」
おみクンの先端がヌルヌルしてきた。多分我慢汁だ。そのヌルヌルで自分の性器も一緒に擦られると気持ちいい。だけど足りない。もっと強い刺激が欲しくなってしまう。
「ん、うー…っ…」
「太一、きもちいい」
おみクンが息を荒くしながら俺を見つめてそう言う。俺は見つめられ、嘘みたいに体が熱くなった。ねえ、俺も。俺も気持ちいいよおみクン。
「最初に見た時からかわいいと思った。どうしようって思ったんだ」
おみクンが腰を一層強い力で俺に押し付ける。グチャグチャに擦られて、俺のもまただんだん勃ってきていた。気持ちいい。
「かわいい、太一。好きだよ、一目惚れなんだ、信じて」
おみクンの縋るみたいな声に胸がギュッと締め付けられる。体中心臓になったみたいに熱くなって、ドキドキして、どうしてか俺の視界は涙で滲んでしまった。
「あ、あ、だめ、あ、おみクン」
「太一」
「あ、あっ、俺も、俺も好き、どうしよう」
「うん」
「あ、だめ、おみクン好き、あっ」
「うん」
もっと気持ちよくなりたくて俺も自分で腰を動かす。お互いの性器が擦れあって、ヌルヌルに溶け合って、一つになってしまいそうだった。
「あ、いい、太一、いく、あ」
「あ、あっ、おみク」
おみクンはそれから目を瞑り俺に深いキスをした。舌を突き入れられて自分の舌を沢山舐められる。
「ん!んー、んーっ…」
くぐもった声しか出せなくなって、ちょうどそのタイミングで俺は二回目の射精をしてしまった。おみクンも俺の口の中をグチャグチャに犯しながら腰を震わせてイッたようだった。
「んっ…んん…ぁ…」
お互い口の周りを涎でベトベトにして、息を切らしながら見つめあう。YシャツとTシャツの裾はおみクンと俺の精液でベトベトになっていた。うええ、どうしようこれ。
「太一、好きだ」
おみクンは俺の頭を両手でそっと包んで優しいキスをした。俺も目を瞑ってそれに応える。
 ああ困った、こんなことって本当にあるのかな。なんか俺、今日初めて会ったこの人のことを本気で好きになっちゃったみたいだ。順序もへったくれもあったもんじゃないし、誰にも言えないような成り行きだし、まるでどっかで見たアダルトビデオみたいな展開だし、とにかくあり得ないことだらけなのに。
 それでもこの胸に灯るのは真っ赤な恋の火だった。誰が信じるだろう。俺もきっと一目惚れだったんだ。

「…ごめんな、そんなものしかなくて」
「ううん、ありがたいッス」
 おみクンから、店名が小さくプリントされた白のポロシャツを貸してもらいそれを着た。ちょっと大きいけどまあいい。ポロシャツの上に学ランを羽織れば、パッと見大した違和感もない。汚れたYシャツとTシャツはビニール袋に詰めて鞄の中にしまった。夜、コッソリ洗濯機に入れようと思う。
 身なりを整えて台から腰をあげる。施術室はおみクンがすっかり綺麗にしたので痕跡などは一つもない状態になっていた。
「えっと、じゃぁ、あの…」
適当な別れの挨拶が思い浮かばなくてその場に立ち尽くす。すると台に腰掛けて俺を見上げていたおみクンが、少し慌てた様子で「待って」と言った。
「首は?どうだ?」
言われて初めて思い出し、ゆっくりと左に傾けてみる。
「うん、やっぱりだいぶ痛くなくなってるッス。まだこうするとちょっと痛いけど…」
「そうか。それじゃあ…」
おみクンは両手を伸ばして俺の手を取る。大きな手が与えてくれるそのぬくもりは、やっぱり気持ちいい。
「…また来てほしい。ちゃんと治るまで、会いに来てくれないか?」
「……」
じとりとおみクンを睨む。するとおみクンは眉尻を下げて困った顔をしてみせた。色っぽくて凛々しかった顔つきが、途端に愛くるしく俺の目に映る。
「……治った後は、どうしたらいいんスか?」
俺がそっぽを向きながら尋ねると、今度はふにゃりと嬉しそうに笑う。あ〜も〜なんだこの人、知れば知るほど好きな気持ちが大きくなっていくじゃないか。詐欺だ。
 おみクンは俺の腕を引いて体を抱きしめた後、俺の耳に軽くキスをしてからゆっくりと囁いたのだ。

「いっぱいデートしよう。俺の恋人になって」









あとがき
臣太ともだちの、まきちゃんへの贈り物として書きました!^^*
まきちゃん大好き!いつもありがとう。まきちゃんの作品、ツイート、リプライ、まきちゃんから生まれる言葉の数々に何度も助けてもらってきました。筆舌には尽くしがたいなあ。

作中、臣クンが「こういうシチュエーションが好きなのか?」って言ってくる箇所があって、書いている私は心の中で「…うん…ごめん…」ってなりました。…好きです…面目無い…。


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