霧は深くなるので




 俺の横で鼻歌を歌いながら、何故か殊更楽しそうに食器を片付けるのは、この船の狙撃手、ウソップである。
俺の暗雲立ち込める胸中とは裏腹に、こいつは非常に上機嫌である。…悩みの種はてめーだと、胸倉を掴みたくなる気持ちをぐっと堪えた。

 こうして、晩飯が終わった後、その片付けを手伝ってくれる事が何回か続いている。それはカヤさんに手紙を出したあの日からだった。

「…先寝てていいって」
何回言ったか分からない、毎度お馴染みの台詞を吐くが、ウソップも毎回同じ答えを返してくる。
「やりたくてやってんだからいいの」

 …だからさ!
二人っきりになりたくねえんだよ。分かれよ鼻。何だか知らんがお前といるとモヤモヤするんだよ。
鼻歌歌いながら横に立つな!嬉しそうに俺の仕事を手伝うな!寝ろ!去れ!その顔で笑うな!

 ひとしきり心の中で本音を連ね、声に出してもいないのに息が上がった。ウソップはそんな俺を見て「疲れてんのか?無理しすぎなんだよお前はいつも」と、困った顔をして肩をポンポンと叩いた。
…気安く叩くな!寝ろ!

 明らかだ。明らかに懐かれている。あの時コイツに「泣きたくなったら俺のところに来い」なんて言ったから、明らかにウソップは俺を「とても良い奴」と認識している。
 …面倒くさい事になっている気がする。非常に。気のせいだと、いいんだけど。

「いつもこんだけの仕事一人でこなしてんだな。尊敬するわ。お前すげーな」
ウソップは俺をまじまじと見つめそう言った。…だから、見るなと、言ってるだろう。言ってないけど。

「クソ助かったから、さっさと寝て来い」
お礼も言わずに追い払おうとするがウソップは「にっしっし」と笑うだけだ。怒る素振りも見せずに「照れんなよ」と陽気に返されてしまった。

 嗚呼早く一人になりたい。何も考えずに煙草を吸いたい。
そう思っていたら事態は更に好ましくない状況に変わった。風呂から上がったのだろう、髪を濡らしたままの状態で今度はゾロがキッチンに現れたのである。

「…おいこら、てめえの歩いた後にコケが生えるだろうが。床を濡らすな。汚すんじゃねえ」
ノックもせず偉そうに入ってきたゾロに一喝するが、毎度の様に無視された。俺の機嫌はすこぶる悪くなった。

「ゾロどうした?」
ウソップはそんな俺には構わずゾロに尋ねる。
「酒」
足らな過ぎる言葉を発し、ゾロは許可もなく勝手に戸棚を乱暴に荒らしていった。

「…おい、観葉植物に劣るお前が飲める酒はここにねえ。水でも浴びてやがれ」
「ピーピー騒ぐなヒヨコかてめーは」
「ひっ…ヒヨコだぁ…!?マリモが偉そうに人間の言葉を喋ってんじゃねえぞ!!!」

ゾロは戸棚から目当ての酒を取り出すと「ウソップ、このヒヨコ黙らせろ。うるせえ」と言ってキッチンから出て行った。

 あまりに腹が立ったので2、3発、いや数十発重たいのを食らわしてやろうと追いかけたが、ウソップに「まあまあ」と止められてしまった。
「止めるな、あれは百害あって一利もねえ雑草だ、俺が根っこから引っこ抜いてやる」
「いいじゃねえか。酒の一本や二本」
「良くねえ!あんなのに飲まれる酒の気持ちを考えろ!」
俺が捲くし立てると「何でお前らは喧嘩ばっかすんのかなあ」とウソップは首を傾げてみせた。逆に聞きたいね、何でお前らはあいつを見ていて腹が立たないのかと。

 いつもの調子でゾロを追っ払ってから気が付いた。ウソップはもっと、あのマリモと一緒にいたかったんじゃないか。

「…お前も、行けば」
急に態度が変わった俺を見て、ウソップは笑いながら「なんだそら」と言った。どうやら、ゾロを追いかける気はないらしい。
「一緒にいたいんじゃねえのかよ、あいつと」
素朴な疑問をぶつけてみるが、ウソップは微笑んだまま「んー」と返すだけだった。
「気遣わせちゃって、悪いんだけどさ」
ウソップは一呼吸置いてから、続けた。

「俺、この気持ち、早くなくしたいんだよな」

今まで数々の女性の悩みに耳を傾けてきた俺だったが、こんな笑顔でそんな事を言う人は一人もいなかったと思う。

「…なんでだよ。頑張ったらいいじゃねえか」
「やだよ!頑張ってる自分なんてきもちわりい」

ウソップは洗ったばかりのグラスに水を注ぎ、豪快にそれを飲み干しながら言った。
その言葉に何故だか胸糞が悪くなったので、強めにウソップの背中に蹴りを入れた。
「いっだい!!!」
涙目になって背中をさするウソップを待たず、怒鳴ってやった。
「だから!きもちわるくねえって言ってんだろ!馬鹿みたいな台詞を馬鹿みたいな顔で言うんじゃねえ!」

結構本気で怒鳴ったつもりだったのに、ウソップは怖気づいたり身を縮めたりせず、さっきと同じような表情で笑った。

「いい奴だよな、お前」

感情の所在が分からなくなり、俺は舌打ちをこぼしながら煙草に火を点けた。
…なんか、会話が噛み合ってねえんじゃねえか。さっきから。

「あのな、ゾロとどうなりたいとか、ないからな」
念を押すように言われる。
「このままがいいんだ、本当に」
強がりだ、と俺は思う。惚れた相手には、そりゃあやっぱり惚れてほしいと思うのが、恋愛なんじゃねえのかよ、と。

「随分と崇高な考え方だな。…俺だったら有り得ないね」
思った事をそのまま返すが、ウソップは頭をポリポリとかいた後、腕を組んで数秒考えてみせた後、続けた。

「なんつうか…仮に俺なんかを好きになってもらったとしてさ、それで幸せかって言ったら、全然違うんだよな」
「…わけわかんねえ」
「だからな、今のまんまのあいつでいてほしいんだよ」
「んな事言って、誰かに盗られたらどうすんだ」
「そっちの方がいいなあ!うん、そうなってほしいよ、俺」

 何を言っても、笑うんだな。
…これから先、どうなったとしても、お前はそうやって、笑うんだろうな。馬鹿みたいに、幸せそうに。

「…」
また俺の心臓の周辺に、モヤモヤと霧がかかった。上手く言葉にできなくて、尚更霧は濃くなる。

「俺さ、お前に励ましてもらってから、本当に楽になったよ。前だったらこんな風に思えなかったかもしれない。…泣ける場所があるんだって思ったら、全然泣かなくなった。全部、サンジのお陰だな」
ウソップはしみじみと、噛み締めるように「最初からお前に言っておきゃあ良かったな」と言った。

 煙草の煙がゆらゆらと立ち上り、匂いだけ残して消えていった。消えるな、と意地になって目一杯吐いてみても、また宙で泳ぎながら、それは段々とその色を薄めてしまう。…こういう感情を、なんて言うんだろう。「切ない」に、酷く似ている気がする。でも、違う気もした。

「…お前さあ」
煙草をフィルターぎりぎりまで燃やし、乱暴に灰皿で火をもみ消した。もう一本に手を伸ばしながら、俺はウソップに尋ねた。

「何であいつが好きなの」
そこらへんの方程式よりも答えが出せない質問を投げかける。
が、ウソップはこともなげに、当然のような顔で答えた。

「そんなんわかんねえよ」

 はっきりと、ここが好きだから、と言われるよりも、その答えは嘘くさくなくて…悲しさを微塵も見せないウソップが、また俺の心臓に霧をかけるので、興味のない振りをして「あっそ」と言うのが、精一杯だった。





 翌日、午後。新聞を開きながらナミさんが言った。
「このまま良い天候が続けば、数日後には島に着けるかもね」

それを聞いたルフィは、久しぶりの陸に興奮しながら「おもしれえ冒険できっかな!」と、船首に跨りながら騒いだ。

 考えてみれば、二週間くらいは航海を続けていただろうか。俺も久々の予告に、僅かながら心が躍った。
 ゾロは聞いてないのか、黙々と筋トレを続けている。
 …ウソップは…船首の傍で胡坐をかきながら、何やら新しい火薬を調合しているようだった。

「ふっふっふ…この新星をお披露目する時が近づいているようだな…」
怪しい顔で独り言をぶつぶつ言いながらも「今度はどんな島かな」と、楽しそうにルフィに話しかけていた。

「ウソップ!」
全身汗まみれの、その様子を見るだけで鼻をつまみたくなるような、湯気を発生させているムサイ何かがウソップを呼んだ。(それはゾロだった)

 ウソップは浮かれた様子のまま「んー?」と返す。
「そこにあるダンベル持ってきてくれ。使うから」
片手で逆立ちをしながら、阿呆のように上下に動く何かがウソップに頼む。(よく見るとゾロだった)

「へいへ…って重!!!!!持てるかこんなもんバカヤロウ!!!」
両手でしっかりそれを掴んで、全体重をかけ引っ張り上げようとするが、ウソップの力ではそれはびくとも動かなかった。

「…っち」
汗だくのキモチワルイ何かは(改めて見るとゾロだった)舌打ちをこぼした後、逆立ちの体勢を直し、ウソップの元まで歩いていった。
 そしてウソップの真向かいでしゃがみこみ、ダンベルをひょいと持ち上げると一言、
「お前はひょろすぎだ。鍛えろ」
とだけ言って、元いた場所に戻っていった。

「うっせー!お前みたいな筋肉お化けにはなりたくないわ!!」
力一杯返すが、何か(ゾロ)は気にも留めずに筋トレを再開している。

 その一部始終を見ていた俺は、何故だかハラハラしていたのだった。
あいつ、上手く隠せるのか。赤面したりしないのか。ばれないように立ち回っているのか。…でもその不安は全く意味のないものだと痛感する。

 ああやって、誰にも気付かれないように嘘をつき続けてきたんだよな、ウソップは。
…嘘、じゃない。無理を、してきたんだ。事情を知っていても、普通にしか見えないあいつの態度を見て、一体いつから…一人で、無理をするのが平気になってしまったんだろうと思った。

 それは大層立派で、なんだか、とても歯痒くて…

「…サンジくん、何をそんな真剣に見てるのよ」

ナミさんに新聞の向こうから声をかけられ、一瞬で我に返った。
「い、いや!あのむさ苦しい生き物は一体何だろうと思いまして!」
ゾロを親指で差しながら笑ったのだが、ナミさんは小首を傾げて「ウソップを見てたんじゃないの?」と言った。

「…やだなあ、見てませんよ。あんな縮れ麺」
「?そう?別にいいけどね」
さほど興味もなさそうにナミさんは再び新聞に目線を戻した。

 お、落ち着こう。落ち着こうって、何で?落ち着いてないのか、俺よ。
なんだ?何でこんな、図星を差されたような気持ちになる?何でそれを必死で隠そうと慌ててる?

「マドモアゼル。紅茶はいかがですか?」
気を取り直して伺うと「今日はコーヒーがいいな」とリクエストをいただいた。
よし、これでキッチンに行ける。一息つきたい、一刻も早く。

 急いでキッチンの扉を閉め、珈琲豆を取り出した。そうだ、クッキーでも焼こう。ちょっと凝ったやつ。ドライフルーツを練りこもう。何処にやったか、確か大き目の瓶に…。
 探していた瓶を見つけ、蓋を開けようと手首を回した。そこでやっと、吸いすぎた息を「はああ…」と吐き出す事が出来た。

 …おかしい。絶対におかしい。何がおかしいって、俺の様子がおかしい。

「おかしいって…」
言葉に出してみる。いよいよ本当におかしさに拍車がかかってしまった気がする。

「…くそったれ」
頭の中を整理しようと煙草に手を伸ばす。胸ポケットに入れていた一箱から一本取り出そうと指を動かしたが、腹の立つ事に煙草が切れていた。

「…クソ!」
舌打ちをして台所の上の戸棚を漁る。
いつどの場所で切れても良いように、煙草のストックを至る所に置いていたのだ。
フィルムに包まれた新品のケースを手に取り、乱暴にその包装を破った。急いで煙草を咥え、戸棚の扉を閉めると同時にライターの火を煙草の先端に近づける。

 目を瞑って、深く、本当に体の奥の方まで煙が行き渡るようにフィルターを通して、ゆっくり息を吸い込む。
 先刻よりは幾分か落ち着いてきたので、気を取り直して珈琲を淹れる事にした。

「最近クソ寝不足だからな。…そうだぜ、クソ可笑しい。俺じゃねえ、こんなの。ナミさんを見ようぜ!俺の眼よ!あの麗しい姿!曲線美!この世の全ての夢を詰め込んだあの豊満な二つの果実!」

 己を、大きすぎる独り言で納得させながらクッキーに使う生地を素早く混ぜ合わせる。柔らかなクリーム色の生地に、瓶の中のドライフルーツを投入した。
そうだ、あいつら用の珈琲には砂糖とミルクを多めに入れないと。

 キッチンの窓から外を見ると、今日も天候はとても穏やかだったのだと気付いた。波も非常に優しい。
オーブンの中のクッキーもゆっくりとその形を変え、殊更緩やかなひと時だな、と、俺は思った。

 窓の向こうのウソップは急に立ち上がり、太陽に向かってガッツポーズをしていた。どうやら新しい星の弾が完成したらしい。
パチンコで空を狙いながら楽しそうに…恐らくその弾の説明をしているのだろう。周りのクルーに顔を向けながら忙しく口を動かしていた。

 ウソップの、真っ直ぐ青空に向かう腕と、その瞳が…窓越しなのに、距離があるのに、こんなにくっきりと俺の目に映るのは、わざわざ片目を凝らしてその様子を食い入るように見ているからなんだが、俺はそんな自分に気付かないままだった。

「クソ楽しそうだなあいつ」
口元が緩んだ。ウソップの笑顔はこんな晴れた日にはよく映えるなあとか、また有り得ない事を考えて。

「…………か」

俺は慌てて自分の口を手で塞いだ。
…今、なんて言おうとした?何考えてた?さっき、自分を納得させたばかりだと言うのに、懲りもしないで…俺は誰を見てた?
 いう事を聞かない自分の心に疲れて、俺はのろのろとその場にしゃがみ込む。

「…ありえねえだろ…」

 前髪を乱暴にかきむしり、たった今自分が発しようとした言葉に、顔が赤くなる。
わけが分からなくて、立ち上がる気力も思考に奪われて、どのくらいだろう。数分そのまま動けなかった。

 なあウソップ。お前、男に、可愛いなんて言われた事あるか?
…俺は生まれてこのかた一度も言った覚えがねえよ。





 晩餐後、皿が空になったと同時に飛び出すルフィの背中に「ご馳走様って言えねえのかゴム」と注意すると「もっほーああ!」と、口から毀れる食べかすを吹き飛ばされながら言われた。
「クソきたねえ!」
一喝するが、ルフィは腹が満たされてご機嫌な様子で、気にも留めずキッチンから出て行った。
他の連中もルフィに続いてそれぞれの場所へ赴いた。ただ一人、それが当然のように食器をシンクへ運ぶウソップだけ残して。

「ご馳走様サンジ、うまかったぜ!」
律儀に礼を言いながらウソップはスポンジを洗剤で泡立てた。

「…当たり前だろうが」
素直に「ありがとう」なんて、返した事があっただろうか。俺は記憶を探る。…一回もなかった。
テーブルの上を布巾で拭いた後、「貸せ」とだけ言って、俺は自分で食器洗いを始めた。
「おおわりいな、じゃあ俺拭く係り」

隣合った二人の間に、水の音が流れる。
ウソップは丁寧に一枚一枚食器を拭き上げた。横目で見ながら「手先が器用だな」と改めて感じる。

 俺は一刻も早く切り出したかった。もう、後片付けの手伝いは要らないと。一人にさせてくれ、と。
晩飯を作っている間何度もシミュレーションした。ウソップの口から漏れる鼻歌を聴いているとその決心は酷く鈍るけど、それでも、これ以上面倒くさい自分を見るのは嫌だと、心の中で首を振った。

「ウソップ」
蛇口を捻り水を止めた。ウソップは食器を棚に戻しながら「ん?」と答える。

「もういい」
「なにが」
食器をしまい終わったウソップに見つめられる。
こいつ、こんな顔してたっけな、と思った。長い下睫毛を視界に入れながら、また昼間のように、自分が面倒くさい方向へ転がっていくのを感じた。
俺はウソップから目を反らし、俯きながら煙草を一本取り出した。

「片付けるのも俺の仕事だから。…やりづれえんだよ。手伝われると。」
予想していたより、かなり弱腰な言い方になってしまった。情けねえ。

「…」
ウソップは斜め上を睨みながら数秒考えた後、納得していなさそうな表情のまま、こくりと頷いてみせた。

「まあ、お前に気遣わせたかったわけじゃねえし…やり辛いんなら、しょうがないよな」
物分りの良いウソップに心底ほっとしながら、予定よりもすんなり終わった会話に気が抜けて、いつもの俺がやっと顔を出しかけてくれた。

「おお。お前が食器をいつ割るかと俺は毎回ヒヤヒヤしてたんだ。んな事されてたらオロしてたね、間違いなく」
「割るかよ!俺はそんなにどんくさくねえよ!」
ウソップはすかさず抗議を申し立てる。その様子にまた、救われたような気がした。

「…俺様としては、ちょっと寂しいところだがな」
怒りの表情を見せたかと思えば、今度は急にしょぼんと肩を落とす。
呟いたウソップの顔に、心臓を乱暴に握られる感覚がした。目を、離したいのに、捕まえられてしまった気がした。

「サンジにだけは、気が許せるんだよな、俺。なんだかんだ言ってお前優しいしさ」
何か、返さなければ。いつもの俺のように。
…いつも、どんな言葉で、会話を繋げていたっけ。思い出そうとする程、その行為は空回った。

「サンジの為に手伝ってたって言うか…自分の為だったのかもしれねえな。お前と一緒にいると落ち着くから…うん。だからちょっと寂しいや」
鼻の下をこすりながら、少し照れた様子で言ったウソップに、俺はもう、なんていうか本当に、頭が可笑しくなっていた。
こんな風に思いたくないから、頭が可笑しくなった自分と直面したくないから、重い腰を上げて切り出したのに。
どうしてだ。どうして俺は今、こいつを抱き締めたいなんて、考えたんだ。

 俺は勝手に赤面した。こいつに、こんな俺がばれたらどうしよう。
笑うかな。いや、笑わねえよな。引いて青ざめて、絶対、嫌われる。

「サンジ?」
俺の顔を覗きこむウソップにどうにかして悟られないようにしなければと、脳内の俺は必死で策を練っている。
だってその覗き込んだお前の顔でさえ、もう、俺の心臓を土足で荒らしていく。

「…はっ!ゾロが駄目だったら今度は俺って事か」

 まだ策を練っている途中だと言うのに、俺の口は勝手に動いてしまう。
抑え付けたいのに、それでも言葉は、俺の口から、俺の声で、次々に流れ出ていった。

「俺はてめえみたいなホモはお断りだ。巻き込むなよ。クソ迷惑だ」
ウソップは目を見開いて「お前、何言ってんだよ」と、口元をほんの少し震わせながら、小さな声で言った。

「ちょっと優しくしてやったらこれだ。懐くんじゃねえよ。きもちわりい」
 …自分の口から出てきた言葉を聞いて、本当に、死にたくなった。

「……」

 ウソップは俯き黙る。何を考えているかは、表情が見えないから分からない。
何の音もしないこの一秒一秒が、俺を刺し殺すかのように、冷たく、体を次から次へと貫いていった。

「…ああ、そう…」
数秒の沈黙の後、ウソップはゆっくりと言葉を発した。俯いたウソップの口元は、力なく、呆れたような様子で、笑っているように見えた。

「…最初から、そう言やあいいじゃねえか…」
ウソップの手が、震えながら握られていくのを見ていた。
そんなに強く掌を握ったら痛いだろうが。やめろよ。と思いながら。

「…俺の事きもちわるいと思ってたんなら、最初からそう言やあ良かったんだ!!」

何か、言え。訂正と謝罪を、今すぐ。
さっきあれだけ言う事も聞かず勝手に動いた口は、俺がどんなに背中を押そうとも、今度はびくとも動かない。
悲しくなる程、思い通りに動いてくれない。

「ありがたく思え!お前みたいな良い顔した偽善者なんか、微塵も好きにならねえから!!」
ウソップの拳に、胸の辺りを殴られた。ただ、その威力は息を吹きかければ進路が揺らぐほど、弱弱しいものだった。
その弱さが余計に悲しくて、痛くない筈なのに、殴られた箇所から軋む音が聞こえた気がした。

「…きったねえ嘘吐くんじゃねえよ。大バカヤロウ。」

最後まで俯いたまま、ウソップはキッチンから出て行った。
その背中を黙って見つめながら、俺はまた必死で自分の体を動かそうとする。
今すぐ走れ、追いかけろ。強引でもいいから、あの腕を掴めよ。走れって。何してんだよ。

 ウソップが出て行ってから数分は経過したと思う。口に咥えた煙草は、結局ろくに吸い込まないままその姿を灰に変えた。
俺はまだ、自身が次の瞬間に走り出して、あいつを追いかけているんじゃないかと、僅かな希望に縋っていた。
どれだけ時間が経過しても、この足は一歩も進まないのに、馬鹿のように、願った。

「…ああ、そうか」

 一丁前に、俺は傷付いているのだ。ウソップの言葉に。
微塵も好きになってもらえねえか、そうかそうか。………クソ悲しいのは何でなんだ。

 …なあ、思ってねえよウソップ。嘘だって見抜けよ。頼むから嫌いにならないでくれ。



 一番傷つけたくない言葉でウソップを追いやった俺は、笑えるくらい図々しくて、殴りたくなるほどクソ野郎だった。




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