すてられたすてられたすてられた

彼女が珍しくちゃんと起きて身仕度を整えていた。
珍しいこともあるものだと思っていたら、そのあと彼女から衝撃的な言葉を言われた。
「実家帰るね」
これが今回の騒動の始まり。
僕に尋ねる暇も与えぬままカートを引いて、意気揚々とゲートを潜る彼女を見送った。
…え?僕…何かした?
冷や汗がだらだら出てくる…。
落ち着け、落ち着くんだ僕…。
長谷部君を訪ねれば、長谷部君はそれはもう悪い笑顔で迎えてくれた。
「はっはー、よぉ来たばいね!」
何故か博多弁で。
「あ、あの!」
「帰省のことなら聞いている、知らんのはお前だけだ」
「え…」
知らないの…僕だけ…。
何で…?どうして言ってくれないの…?
本気で泣きそうになったけど、長谷部君の前だ。
泣くのは一人の時にしよう。
「とりあえず留守中遠征内番各自励んでくれだそうだ、お前の指揮でな」
「え?僕の?!」
「不満か?」
「いや…わかった、とりあえず遠征は…」
と、朝餉の前に今日の予定を組み立てる。
僕は畑仕事、夕方からは夕餉の仕度を。
そして朝餉を摂って畑仕事に精を出すため外に出た。
畑仕事は…鶴丸さんと一緒か。
珍しいなぁ。
早速雑草むしりをしていると鶴丸さんもやって来た。
「すまんすまん、遅れたな」
「気にしないで!がんばろうね!」
「おぅ、心得た!」
雑草をむしったり作物の様子を見たり。
今日の収穫はエシャレット。
今が収穫時なんだ。食べ方はいたってシンプル。
金山寺味噌をつけて生で。
彼女はこの食べ方が好きだ。
この辛味が堪らなくて酒が進むと言っていた…。
…彼女は…どうして出て行ってしまったのかなぁ…。
露骨に気落ちしていると鶴丸さんが面白がってちょっかいをかけてきた。
「浮かない顔だな」
「あぁ、うん」
「主バカも程々にな?この先やや子ができたら君が独占できなくなるんだぞ?」
「…そうだね」
「ほぉら気落ちするな!な?」
鶴丸さんの、なんとか元気づけようと言う心遣いが嬉しい。
「…彼女が帰省するの、僕だけが知らなかったって本当?」
「…あぁ、君に言うと大事になるから…と主が言っていたな」
「言われなくても言われないで僕には大ダメージだけど…」
「考えあってのことだろうさ、帰ってきたら笑って出迎えてやれ!」
「いつ帰ってくるの…いや…帰ってくるの?」
「君らしからぬネガティブっぷりだな…用事が済んだら帰るって言ってたぞ」
軍手を脱いだ手でぽんぽんと頭を撫でられた。
でも一番頭を撫でて欲しい人物はここにはいない…。
「ありがと鶴さん」
「ほら、シャキッとしろ!伊達男が台無しだぜ?」
「うん、そうだね!」
日が暮れるまで畑仕事をして軽く湯を使ってから夕餉の仕度を。
乱君と江雪さんと料理を始めてみたいという倶利伽羅も一緒だ。
「今日の献立は?」
と乱君。
「豚こまの生姜焼きと大根の葉っぱとちりめんじゃこのふりかけ、エシャレットと豆腐とわかめのお味噌汁…かな?」
「了解ー」
「江雪さんお味噌汁お願いします、乱君生姜焼きお願い…伽羅ちゃんは僕と一緒に大根の葉っぱのふりかけを作ろう」
「わかった」
伽羅ちゃんと一緒に大根の葉っぱを刻んでいく。
二人でやると早いものだ。
刻んだら軽く塩を振って胡麻油で炒める。
あぁ、ちりめんじゃこも忘れずに。
強火でささっとやるのがコツかな?
味見をして、仕上げにゴマを振って完成。
小皿を盛り付けだ。
「簡単だったろ?」
「そうだな」
「終わったら乱君の作業を見てて」
「こっちは炒めに入ったからホントに見るだけ…あ!味付けがあるか!」
「そういうこと!味付けはやってみなきゃわからないからね」
「お味噌汁、できましたよ」
「お疲れ様です」
「お醤油はね、まず一回し…それで味を見てね?」
と乱君の講義を興味深げに伽羅ちゃんが眺め味見をしている。
そろそろ皆を呼んで夕餉を摂るとしようか。
こうして仕事がある間はよかった。
いざ就寝…となると…。
一人が身に染みる。
寂しい。
どうして僕を置いて行ったの…?
僕は捨てられたの?
どうして?
あぁ、ホントに涙が出てきちゃった…。
一人だし泣いてもいいよね?
僕は泣いて眠って朝を迎えた。
起きたら案の定酷い顔をしていた。
慌てて冷凍庫の中にある小さな保冷剤で目元を冷やす。
腫れが治まるといいけど…って言うか治まらないと困る。
こんな無様、晒せるわけがない。
僕が気落ちしていたことは本丸中に知れ渡っていた。
慰めの言葉をくれる者、労いの言葉をくれる者…。
ただ伽羅ちゃんだけは頭を冷やせと言われたけど。
今日も日の高いうちは忙しなく働いて、夜になれば寂しくすごして。
彼女が帰ってきたのは3日目の昼だった。
たくさんのお土産を持って帰ってきた彼女は出迎えた短刀達の頭を片っ端から撫でて回り、僕に気づいたら手招きして部屋で待っててと長谷部君の部屋に向かった。
言われた通り部屋で待つ。
まだかな?まだかな?
足音がする。
やっと彼女が帰ってきた!
「ただいまー」
「おかえりなさい…寂しかった…!」
部屋に入るなり飛びついた僕に、彼女は困惑したようだった。
「ちょ…何で泣きそう?!」
「僕に黙って実家に帰るって…」
「あぁごめん、でも言ったらついてきたでしょ?」
「もちろん!」
「だからダメなの」
「どうして?!」
僕は泣きそうな顔をしていたんじゃないかな?
彼女はばつが悪そうに僕に謝った。
「ごめん、でも内緒にしたかったの」
「何を?」
「こないだ披露宴の話、友達のところでしたでしょ?昔の動画とか写真探してきたの」
「見たかった!」
「今度見せてあげるから…」
よしよし頭を撫でられてもまだ僕は泣きそうだった。
「僕…捨てられたと…」
「ごめん…ごめんね…そこまで思い詰めるとは思わなくて…」
「だって…実家に帰るって…!」
「うん、お前はやっすいドラマの見すぎだ」
「だって…」
「光忠…その私に依存しまくるの改めた方がいい、光忠がそんなじゃ子供欲しいって言われても安心して産めない」
ピシャリと言われてしまった。
やっぱりね。
わかってはいるんだ、彼女にべったりなのは。
でも僕は片時も離れたくなくて。
「…鶴さんにも言われた」
「まぁね、わかるけどね?好き好きーって言うのは…程々にして!」
「うん…」
「まぁ、寂しい思いさせたみたいだから…もう少しいい子いい子してあげよう」
「うん!」
「現金なんだから」
こうして今回の騒動は幕を閉じた。
僕に大きな課題を残して。

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