今日も本丸は平和です

「乱、明日買い物に行くから付き合ってくれないか?」
夕餉の準備をしながら乱に尋ねてみた。
この場に彼はいない。
いたら僕も連れてって!とうるさいだろうから、彼が当番じゃないこの日を狙って乱を誘ったのだ。
「ボクでいいの?光忠さん誘ったら?」
「何で光忠の名前が出てくる…」
「だって光忠さんオシャレだし主様に似合うもの見繕ってくれるよ?」
「…光忠に任すとめんどくさい」
そう、彼と買い物に出かけると疲れるのだ。
まず、あれもかわいいこれもかわいいと逡巡する時間が長い。
しかも店員のお嬢さんと楽しそうに話しているのだから私の機嫌が悪くなって当然だろう。
何より腹が立つのはその事にまったく気づいていないことだ。
何度か捨てて帰ってやろうかと思ったこともある。
さすがにそれは大人げないのでやめておいたが。
一度きつく言っておかねばなるまい。
「私は乱の見立てで選んで欲しいんだ…光忠に任せるときれいめにまとめられるが、乱に頼んだらかわいいものが買えそうだしな」
「ふーん…ならいいけどぉ…」
「美味しいケーキも付ける」
「うん!行く行く!」
ふふふ、かわいいやつめ。
「あぁ、現世では主様でなくお姉様かお姉ちゃんと呼ぶのだぞ?」
「はーい!」
さて、明日が楽しみだ。
…と思ったが…難題が残っていたな…。
夕餉のあとでいつものように私の部屋に入り浸りに来た彼に、明日は出かけるが留守番していろ…と言うと盛大にごねられた。
「お買い物?乱君と?僕は?お留守番?何で?何で連れてってくれないの?」
「光忠…今お前最高にカッコ悪いからな?」
「恥も外聞も気にしてる場合じゃない大問題だよ!何で僕は一緒じゃないの?!」
「理由はいくつかある、まぁ落ち着け」
と、私は正座で彼に向き直る。
「うん…」
彼も正座で私の前に座る。
「まず服を選ぶのに迷いすぎだ」
「だって君に似合う服を選ぶんだよ?じっくり考えなきゃ」
「2つ目、私を差し置いて店員のお嬢さんと楽しそうにおしゃべりすること5回以上」
「え?!はい…すみませんでした…」
「3つ目、それに対して何のフォローもないことだ!」
「ごめんなさい…」
「だからお前とは買い物に行きたくないんだ!」
「以後気を付けます…だから買い物に連れてって!僕、君とデートしたい!」
「反省してるのか?」
「もちろん!」
「確証がないからな」
「なるべく迷わないようにするから!店員のお嬢さんとの会話はそこそこで切り上げるから!そんなこと言わないで…」
…今度やったらシメよう。
「わかったから…そんな情けない顔をするな」
「僕とまた…デートしてくれる?」
「また今度な、明日は乱と行ってくる」
「うん、約束だからね!」
ある意味ちょろいのか?これ。
翌日、いらんと言うのに彼は私のコーディネートを決めてご満悦。
審神者を始める前から和服ですごすことが多かったので、私は洋服の着こなしが得意ではない。
なので彼の存在はありがたいと言えばありがたい。
私が選ぶより彼が選ぶ服の方がいいからな。
彼の選んだ服を着て乱と買い物に行く。
乱は私を見るなりニヤニヤしている。
「行くぞ」
「はーい」
まずは乱の行きたい店に連れていく。
私が着るには…うん、年齢的にキツいな。
だが乱にはよく似合う服が多い店だ。
乱はかわいいからな。
しかも自分のかわいさをわかった上でコーディネートしている。
真似はできないがすごいと思う。
ブラウスとワンピースを買ってその店を出た。
少し早いがケーキを食べようかと言うことになり腰を落ち着けた。
「服見るだけで買ってなかったけどお姉ちゃん何を買うつもりだったの?」
「下着をな」
「それこそ光忠さんの出番じゃないの?」
「…なぁ乱、何故毎度毎度そこで光忠の名前が出てくるんだ?」
「二人は恋人同士なんでしょ?」
「光忠がそれを言ったのか?」
「うぅん、でも…最近の光忠さんお姉ちゃんにべったりだから」
「まぁ…一緒にいる機会は多いが…」
「それに…光忠さんボクと薬研君に恋愛相談したことがあってね、誰とは言ってなかったよ?でもね…」
「恋愛相談のあと私達が一緒にいることが増えた…と言いたいのだな?」
「うん」
「まぁあの態度じゃいずれバレるな、乱と薬研以外に誰が気づいてるんだろうな」
「青江さんくらいじゃない?」
「青江か…まぁ他にも勘のいいのなら気づくだろうな」
「みんなにはナイショにするの?」
「内緒ではないが言いふらすことでもあるまい」
「じゃあみんなには聞かれたら答える程度にするね」
「あぁ、頼む」
「で…お姉ちゃん」
乱の瞳が爛々と輝く。
嫌な予感がするな…。
「光忠さんとはどこまでいったの?!」
「…主に買い物などに」
「はぐらかさないでよー?キスしたの?!もっと先?!」
「…どうでもいいだろう?勘弁してくれ…」
「お姉ちゃん照れちゃってかわいい!」
「う、うるさい…」
「でも安心したよ、光忠さんとお幸せにね!」
「…ありがとう」
「何かあったら相談してね?力になるからね?」
「あぁ、ありがとう」
食べ終わったら下着屋に入る。
乱はかわいい下着に目移りしている。
「乱も着けるか?」
「ボクは胸がないからパンツだけでいいかな」
「かわいいのを探そう」
なんてあーでもないこーでもないと買い物を楽しんだ。
私が買ったものは上下セットの下着が2点。
赤地に刺繍がかわいいものと、黒地にレースがついたもの。
乱もかわいいパンツを買えてご満悦だ。
夕餉は本丸で食べないと彼が拗ねそうだから早めに帰った。
乱との買い物は楽しい。
また誘おうと思った帰り道だった。


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彼が何か言いたそうにこちらを見ている。
もじもじもじもじと…お前は乙女か?!
「何だ?」
若干ドスの効いた声になってしまったが、彼は気にしている風ではない。
「あのさ…君とデートしたい」
デートか、この間のこともあるし本当に約束を守れるか確認するためにもいいか。
「次の休みでいいか?」
「うん!」
その日から彼はウキウキと仕事をこなしていた。
そりゃあもう周りが訝しむほどに。
当日になり私と彼が二人で買い物に出かけると知った者はある程度ピンときただろう。
彼の浮かれ具合はそれくらいだった。
今日も自分がコーディネートすると言って聞かないため、このバッグに合う服!とリクエストしておいた。
財布と携帯端末が入るだけの大きさの、ポーチくらいの大きさの肩掛けバッグだ。
さてこのカジュアルなバッグにどうコーディネートするのかと思っていたら、割とかわいくまとめてきた。
やはり彼はすごい。
彼自身もVネックのTシャツにジーンズと珍しくカジュアルにまとめていたので、私に合わせたのだろう。
しかし…何着てもカッコいい…。
思っても決して言わないが。
言えば顔をだらしなく緩ませて喜ぶに決まってるんだから。
そんな顔を外で披露されて堪るか。
「で、どうしたいんだ光忠」
「うーん…そうだねぇ…ブラブラしてお茶して…じゃダメかな?」
「お前がそうしたいなら構わん」
「うん、ありがとう」
そうして繁華街をブラブラする。
途中服屋を見つけるとフラフラと引き寄せられるのは見てておもしろい。
本当にオシャレが好きだな。
「これ君に似合いそうだと思うんだけど」
「うーん、そうなのか?」
「気に入らない?」
「ピンと来ない」
「そっか」
「それよりだな」
「なぁに?」
「たまにはお前の服を選ばせろ」
「うん!」
それは嬉しそうに笑うので、言うんじゃなかったと後悔した。
乙女か?!
彼の服を見るために彼の行きつけの服屋に寄る。
私にしてみれば行きつけの服屋がある時点で驚きだ。
現世に馴染みすぎだろお前。
彼ほどではないがカッコいい店員さんと楽しそうに会話しているのでフラフラと店内を見ていた。
何か彼に似合う物はないかな?
ベスト…あぁ、ジレって言うんだっけ?
これなんかどうなのかな?
困るかな?
あぁ…どうしよう。
「何かおもしろいものはあった?」
「もういいのか?」
「うん、彼女を待たせちゃいけないからって引き揚げてきた」
か、彼女…!
改めて言われると恥ずかしい…。
「なぁに?照れてるの?相変わらずかわいいね、君は」
「…うるさい」
「うん、かわいいかわいい」
「頭を撫でるな、バカ」
ああもう…こっ恥ずかしいやつめ!
「ところで、これなんかどうだろう?やっぱりダメか?」
先ほど気になったジレを差し出す。
これならシャツにもTシャツにも合いそうだと思うのだが…。
やはりオシャレ上級者に意見するなど愚の極みであったか…。
「なるほど…いいかもしれない」
「そうか?」
「うん!」
試着して気に入ったらしく、そのままお買い上げとなった。
「ありがとう」
「ど、どういたしまして」
「そろそろお茶にしようか?喉乾いたでしょ?」
「そうするか」
私達は空席のあるカフェを見つけ落ち着いた。
私はチーズケーキと紅茶のセット、彼は苺のタルトと紅茶。
まずは一口。
これはスフレタイプのチーズケーキだ。
通常のベイクドチーズケーキのたっぷり感もいいがスフレタイプも好きだ。
軽い口当たりで何個でも食べられそうな錯覚を起こさせる。
「一口欲しいな」
そう言う彼に一口切って差し出す。
彼はフォークを取らずそのままパクリとかぶりつく。
「行儀が悪いぞ、外でやるな」
「うちならいいのかな?」
「人前じゃなきゃな」
「肝に命じておく、僕のもの一口どう?」
「いただこう」
一口分が刺さったフォークを受け取り口に運ぶ。
タルト部分の甘さをイチゴの甘酸っぱさが整えている。
なかなか美味しい。
「美味しい?」
「美味しい」
「そっか、よかった」
「光忠、あとで本屋に寄りたいんだが」
「うん、いいよ!付き合ってもらったしね!」
「光忠…」
「ん?なぁに?」
「またデートしよう」
「うん!」
ティータイムを終えたら私のリクエストの本屋へ。
本丸にいる間は基本的に通販だ。
だが私はズラリと並べられている本を手に取りたい人間だ。
この時代になっても一定数そういう人間はいるので本屋は成り立っている。
適当に見てろと放流して私はフラフラと本を眺める。
小説から漫画まで雑多に。
正直いかがわしい本を手に取る時は近くにいて欲しくない。
よさげな本を見つけてそそくさとレジを通った。
彼の姿を探すと、料理本のコーナーにいた。
「何か収穫はあったか?」
「うん、料理本がいっぱい!いくつか買ってもいいかな?」
「なら経費だな、もういいならレジへ行こう」
「うん」
「楽しみだな」
「厨房に置いて皆に読んでもらうよ」
「ふふ、またレパートリーが増えるな」
レジを通り、もう少しぶらつこうかとあてもなくふらつく。
もうそろそろ夕刻に差し掛かろうかと言う時間で、人通りも増えてきた。
「手、繋ごうか?はぐれちゃいけないし」
「あぁ」
大きくて暖かい手だと思った。
大好きな人と手を繋いで歩くのはドキドキするけど幸せだ。
今まで男と付き合ったことがないわけではない。
でも、彼ほど私を惑わせた男はいなかった。
彼の前では、『自分』でいられない。
弱くてダメな、無様な姿ばかり晒してしまう。
格好を気にするわけではないが、自分の情けなさに涙が出そうになることだってあるのだ。
本当に罪作りなやつだ。
不意に彼は人気のない路地に入る。
何事かと思っていたら、壁に押し付けられて唇を塞がれた。
貪るような乱暴なキスで息も絶え絶えになる。
舌を強く吸われて絡ませあって口内を犯される。
わけがわからないうちに解放されて抱き締められた。
「…どうした?」
「キスしたかった…我慢できなくて…」
「そうか」
「ごめん」
「…そんなお前も好きだぞ」
「うん、ありがとう」
さすがにこれは乱には報告できないな。
そんなことを思いながら彼を抱き寄せて、もう一度キスをした。


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乱君と薬研君と僕とで朝餉の仕度をするのも日常の風景になりつつある。
ある程度仕度も整い、乱君が彼女を起こしに行った。
廊下をとたとたと走る音がしたと思ったら、乱君が血相を変えて飛び込んできた。
「大変!主様がいないの!」
僕と薬研君は急いで彼女の部屋に向かう。
確かに彼女の部屋はもぬけのからだった。
ふと机を見ると、メモ書きがある。
それにはこう書かれてあった。
『医者に行ってきます、午前中には戻ります』
二人を呼び寄せ、メモ書きを見せる。
「大丈夫かなぁ主様…どっか悪いのかなぁ…」
「落ち着け乱、午前中には戻るって書いてあるんだ」
主不在の朝餉は皆に衝撃だったようで、短刀達など朝餉のあとに玄関で彼女の帰りを待つほどだった。
当然主不在では出陣も遠征もできないので、朝餉の片付けや洗濯などをする。
洗濯物を干していると玄関の方が騒がしい。
帰ってきたのかな?
干し終えて様子を見に行くと、短刀達にもみくちゃにされている彼女の姿があった。
「お帰り」
「あぁ、ただいま」
「あ、光忠さん!主様光忠さんとお揃いなんですよ!」
「お揃い?」
どういうことだろうと思いながら彼女を見る。
右目が白い眼帯で隠れていた。
「どうしたのそれ」
「ものもらいができてな…」
忌々しげに呟いた。
「ゴロゴロするし見た目は悪いしで最悪だ」
「主様大丈夫ですか?い、痛くないですか…?」
「大丈夫だよ五虎退、痛みはあるが我慢できないほどじゃない…心配してくれてありがとう」
「は、はい!」
「お前達も心配してくれてありがとう、私は大丈夫だから」
そう言って履き物を脱ぐが、その拍子にバランスを崩しよろけた。
彼女を抱き止めると彼女の顔は朱に染まっていた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ…すまん…」
「不安だから部屋まで送るよ、手を出して?」
「え?!」
「見てて危なかっしいから…言うこと聞いて」
おずおずと差し出された手を取る。
短刀達の見てる前じゃ恥ずかしかったのかな?
手を引いてゆっくりと彼女の部屋に向かう。
部屋に着くなり彼女からお小言をもらった。
「恥ずかしくないのか?!人前で!手を握ったりして!」
「あれはそういう意味で手を握ったんじゃないよ」
「もう!」
「ごめん、ごめんて…機嫌直してよ?」
「うるさい」
彼女はむくれて僕に背を向ける。
そうっと近づいて、後ろから抱き締めてみる。
よしよし、大丈夫そうだ。
「そんなに嫌かな?僕と付き合ってるって知られるの」
ちょうど耳元で囁くような格好だ。
多分こうしたらおとなしくなってくれるだろう。
「…恥ずかしい」
照れてるだけか。
そう思うとかわいい。
「光忠…」
「ん?なぁに?」
「キス…したい…」
「じゃあこっちを向いて?」
「ん」
僕が離してあげるとこっちを向くだけじゃなく、抱きついてきた。
囁き戦術の効果は絶大だね。
柔らかい唇を食む。
何度も啄むようにキスをして、舌を差し入れる。
絡んでくる舌を吸って、舌の裏や上顎を舐める。
上顎を舐めた時にピクリと反応するのがかわいくて、何度もそこばかり舐めた。
「んっ…んん!」
トントンと胸を叩かれ、彼女を解放する。
潤んだ瞳が僕を見つめていて、それだけでとても愛おしかった。
「もういい?」
「ひとまずは…」
「じゃあ昼餉の仕度をしてくるね、危ないから一人で出歩いちゃダメだよ?」
「お前は過保護すぎる」
「そんなこと言って…転けそうになっただろう?言うことは聞いてもらうよ」
不服そうな顔をしたってダメだよ。
君に何かあっては遅いんだから。
彼女を置いて厨房に向かう。
江雪さんや堀川君が今日の昼餉担当か。
昼は遠征に行ったりして本丸にいる人数が少ないから料理担当も少ない。
でも今日は実質休みになってしまったので、人手が必要だろうと思いやってきたわけだ。
「手伝うよ」
「おや、光忠さん」
「助かります!今日は全員分だから二人じゃ大変だって思ってたところなんで」
今日はゴボウとレンコンのきんぴらと山ウドの酢味噌和えと高野豆腐に茄子の味噌汁の予定。
手分けして調理に取りかかる。
僕の担当はきんぴら。
まずは笹がきを大量に作らないと。
丸めたアルミホイルでゴボウの泥と皮をこそぎ落とす。
ボウルに水を張りその中に笹がきを入れていく。
これが結構大変だった。
30分ほどで終わったので次の作業、レンコンを切る作業に移る。
さっきのアルミホイルで皮を剥き、半月切りにする。
食感を楽しみたいから少し厚くても構わない。
終わったら大鍋に胡麻油を引きゴボウとレンコンを炒める。
醤油砂糖酒を入れて汁気を飛ばせばできあがり。
「こっちは終わったけど…何か手伝うことは?」
「じゃあ高野豆腐と味噌汁の味見お願いします」
江雪さんは黙々と山ウドを切っている。
まずは高野豆腐の味見から。
少し薄い気がするけど、多分このくらいがいいと言われそうだ。
と言うのも僕も伽羅ちゃんも比較的濃い味付けが好きで、僕達に合わせると他の皆に味が濃いと言われてしまうからだ。
料理って難しい。
味噌汁もこのくらいでいいと思う。
「これでいいと思うよ」
「そうですか?じゃあ江雪さんを手伝いましょう」
「すみません、お手を煩わせて…」
「いや、ウドの処理って結構めんどうだから」
「ホントだ…なかなか大変ですね」
中の柔らかい部分を食べるんだけど、そこにたどりつくまでが大変だ。
剥いた皮は夜にまたきんぴらにしよう。
食べやすい大きさに切り酢味噌和えにする。
これでおかずは全部完成。
ご飯ももう炊けたから、僕は彼女を広間に連れていくことにした。
二人に事情を話して厨房をあとにする。
彼女は言いつけを守っていい子にしてたようだ。
「昼餉の仕度ができたよ、広間に行こう?」
立ち上がらせ手を引いて広間まで歩く。
僕の助けがなければ彼女はどこにも行けないと言う状況は、僕には気分のいいものだった。
独占欲…かな?
僕だけのものみたいで、なんだか嬉しい。
広間には何人か来ていてもう食べ始めていた。
彼女を座らせてから彼女の食べる分をよそう。
彼女は僕が心配になるほど少食だ。
お茶碗にちんまりと盛り、おかずも気持ち控えめによそって持っていく。
こんなので足りるのかな…?といつも思う。
「ありがとう」
「うん、先食べてて?僕もすぐ持ってくるから」
僕も適当によそって急いで彼女の隣に座ろうと思ったら、長谷部君が彼女の隣に座った。
やられた!
「長谷部君、隣いいかな?」
「構わんぞ」
長谷部君はそっけない。
彼女は黙々とご飯を食べている。
箸の進みがいいところを見ると、今日は何か好物だったのかな?
「主、目のお加減はいいのですか?」
「目薬を差していれば治る、心配かけたな」
「それならばよかった…花の顔が隠れていると悲しくなります」
「ほぅ、お前でも世辞が言えるんだな」
「本心ですよ、我が主」
「そういうことにしておいてやる」
「ところで…何故近侍でもない燭台切を傍に置くのですか?」
「…世話を焼いてくれるからだ、頼む前にお茶を持ってきてくれたり仕事を手伝ってくれたり…何かと気が利くのでな」
僕はちょっと誇らしい気持ちになった。
彼女のためにやってきたことが報われたような気がした。
下心もないとは言わないけど、でも彼女のために働けて僕は嬉しかったんだ。
すかさず長谷部君にも、フォローを入れる。
「もちろん長谷部にも感謝しているぞ、戦の報告や余白に書かれた意見などはとても参考になる」
「ありがとうございます」
「まだ何か言いたそうだな?」
「…主は…燭台切と恋仲なのですか?」
水を打ったように静まり返る。
皆僕と彼女に釘付けだ。
彼女はなんて言う気だろう?
「はは!お前はどう思う?長谷部」
彼女はとても愉快そうに聞き返す。
「俺には、そう見えます…」
「仮にそうだとしたら光忠の扱いが雑になるだけだ、心配するな」
僕の扱い雑になるの?!
「そういうことを言っているのではありません!貴女は俺達と交われば人ではなくなる…それでもいいのですか?!」
長谷部君の言葉に、彼女は寂しそうに答える。
「…私は既に化け物のようなものだ、現世にあっては疎まれる存在でな…生まれた家に理解があったからよかったようなものだ…今更お前達と交わって人でなくなると言われたところで何も思わん」
化け物のようなもの…と言うのは、きっとその霊力の高さを言っているのだろう。
強い力は善くないものを引き寄せる。
「主!」
「ありがとう、長谷部」
「燭台切!お前も何故だ?!主を守らねばならない俺達が主に仇なしてどうする?!」
掴みかかられても振り払うことができなかった。
…確かに軽率だった。
でも、僕はどうしようもなく彼女が欲しくて。
彼女が欲しくて欲しくて堪らなくて。
どうしようもなくて。
「やめておけ長谷部、私の咎だ」
「しかし主!」
「…振り払わず受け入れたのは私だ、光忠だけを責めるな」
「主…」
「元より審神者など使い捨てるつもりなのかもなぁ…こうなることも織り込み済みのはずだ」
「俺は…主が好きです、ここを離れて欲しくない…」
「私も今のこの環境が気に入っている、そうそう手放すつもりはないぞ」
「どうするおつもりなのですか?」
「いろいろ調べてもらっている…藁にもすがるような話でも、可能性があるならそれに賭けたい」
この前実家に帰ってくると言っていたのはそれだったのかな?と、僕はぼんやり思った。
「なぁに、しばらくは大丈夫だろう…私も霊力は強い方だ…神気の侵蝕には負けんつもりだ」
「主がそう仰るなら…燭台切!主を泣かせたら承知せんぞ!」
「褥以外で泣かせたりしないよ」
「光忠…お前あとで厩の前な、シメる」
彼女が冗談に聞こえない冗談を飛ばして空気を和ませたからか、僕や彼女の周りに皆が集まる。
僕は和泉守の方の兼定君に冷やかされるし、彼女は蜂須賀君や青江君に祝福されてるし。
「光忠、食べ終えたぞ」
「あ、うん!片づけるよ」
「光忠君にやらせてばかりで悪いから俺がやるよ、まだご飯食べてるだろ?」
「ごめんね蜂須賀君、お願いしてもいいかな?」
「構わないよ」
「ありがとう」
「すまんな蜂須賀」
「光忠君にばかりいいところを持っていかれたくないからね」
「ねぇ主殿」
「何だ?青江」
「光忠君とはもう寝たの?」
ドストレートに聞いてきたな青江君…。
ほら、彼女は顔を真っ赤にしてる。
「おま…オブラートに包め!」
「これでもオブラートに包んで言ったつもりなんだけどなぁ」
「「「「「どこが?!」」」」」
周囲から総ツッコミを受ける青江君。
「光忠」
「なぁに?」
「お茶が飲みたい…食べ終わったら部屋に連れていけ、一人で出歩いてはいかんのだろう?」
「拝命しました、我が主」
長谷部君ぽく言ってみたらバカ者、と顔を真っ赤にして小突かれた。
急いで食べ終わったら彼女の手を引いて部屋に連れていく。
腰を落ち着けた彼女はふぅ…と溜め息を吐く。
「光忠、皆の前だから食べたが多かったぞ…食べすぎて気持ち悪い」
「え?ごめんね!大丈夫?」
「時間が経てば治まるが…夕餉に響きそうだ」
「気をつけるよ…」
「あぁそれと…さっきの発言についてシメておかねばなぁ…?」
人の悪い笑みを浮かべて僕に顔を寄せる。
「覚えてたんだ…」
この人の悪い笑みが本当に様になってるんだから…。
「…私を泣かせてみろ、できるものならな」
でも僕は、そんな君だから好きになったんだ。
僕には君のすべてがかわいらしく映るけど、本来の君はとても綺麗で凛々しくて強い人だから。
僕にはそのギャップが堪らない。
かわいい君を知っているのは僕だけでいいよ。
「僕の腕の中でかわいらしく啼いて見せてよ」
「精々努力してくれ」
あぁまったくかわいげがない。
だから君はかわいいんだ。


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僕は内番の畑仕事を終えて厨房に足を運んだ。
厨房には短刀達が勢揃いしていて、彼女もいた。
着くなり手を洗うように言われ言う通り綺麗にしたら、手渡されたのはココット皿とスプーン。
「何これ」
「プリンだ」
「どうしたの?」
「試作品だ、美味くできたか感想を聞かせてくれ」
短刀の子達が並んで美味しそうにプリンを突いている。
感想ならこの子達で充分だと思うけど…僕の都合のいいように解釈していいのかな?
「じゃあもらうね」
スプーンを入れればとろぷるのプリンが美味しそうに揺れる。
まずは一口。
優しい甘さにカラメルがアクセントになって口の中でとろける。
「うん、美味しいよ」
「ならよかった、前に作った時はスが入ってなぁ…誰かに食べさせるわけにもいかないし処分が大変だった」
「どうやって処分したの?」
「捨てるのももったいないから責任を持って全部食べた」
「一人でやたらプリンばかり食べてたと思ったらそんなことが…」
「今日はまぁまぁ成功だな」
満足そうに微笑む彼女がかわいらしくて抱き締めたくなったけど短刀達が見てるからやめておいた。
「しかしなんでまたプリン」
「短刀達が食べたいと言うから…幼い頃を思い出してな」
「君の子供の頃?」
「大将の子供の頃?ちょっと興味があるな」
薬研君が声を上げる。
それについては僕も同じだ。
「大しておもしろくはないぞ?」
「聞きたいです!」
「オレも!」
彼女の周りにわらわらと短刀達が集まる。
「ふむ…どこから話そうか…」
「どんな子だったの?」
「…小学校に上がるまで男として育てられたな」
「そうだったんですか」
身体の弱い子供に異性の格好をさせると言う風習がある。
妖や物の怪、人ではないモノに連れていかれないようにとの願いを込めた風習。
幼少の長宗我部元親が姫として育てられ『姫若子』と呼ばれていたことなどは有名な話だ。
「身体弱かったんですか?」
「いや、そういうわけではないんだが…私は小さい頃から霊力が強くてな…危なっかしい子だったらしい…だからまぁ…おまじないと言うか保険みたいなものだな」
「じゃあ主様のそのしゃべり方も?」
「いや?これは最近だ」
「どうして今みたいな男っぽいしゃべり方になったの?」
軽い気持ちで聞いたら彼女から表情が消えた。
…あれ?地雷…踏んだ…?
「失恋してもう男なんていらないと思ったからだ…男を遠ざけるための…一種の防御反応みたいなものか」
「ご、ごめん…」
「でも光忠さんの前では普通にしゃべったらいいんじゃ…」
「今更だと思わないか…?媚を売っているみたいで嫌だ」
「僕は一向に構わないよ!」
「あんなことを言ってるしな?」
「何で…?」
かわいらしく君に甘えられたいという僕の願いは高望みなのかな…?
「で?聞きたいことは終いか?」
「ご兄弟とかは、いるんですか?」
「年の離れた兄がいる、よくおやつをもらっていたよ…だから今お前達を見ていると弟がいたらこんな感じなのかな?と…少し嬉しくてな」
短刀達に甘いのはそういう理由か。
まぁ実際にかわいくていい子達だからね。
「ご家族に君以外に霊力強い人いるの?」
「祖父さんが強い…だから私を跡取りにしたがっているよ、祓い屋は祖父さんの仕事だったんだ」
「そうなんだ」
「ねぇ主様、一番楽しかったことは?」
「友達と北海道に旅行したことかな、服の選択が甘くてちょっと寒かったがな」
「じゃあ逆に、一番辛かったことは?」
笑顔だった彼女からまた表情が消える。
乱君も地雷を踏みに行ったようだ。
「…付き合ってた彼氏に二股かけられたことかな…」
「ご、ごめん…聞いちゃいけなかったね…」
「いいんだ…しばき倒して別れたから…」
僕は彼女の頭を撫でる。
「やめろ」
僕の手を振り払おうとするその手を取り、僕は慎重に言葉を選ぶ。
「僕は君を置いて他の女の子にうつつを抜かしたりしないからね?僕は君だから好きになったんだ」
「お前な、短刀達の見てる前で!」
「そうだね、じゃあ場所を変えようか」
「お前っ…!」
そうして彼女をずるずると彼女の部屋まで連れて行く。
部屋に着いたら抱き締めた。
「君は辛い思いをしたからすぐに僕を受け入れてくれなかった?僕も他の男と同じだと思った?」
「知るか」
「僕は君だけを想ってる…君を大事に想ってる…君を悲しませたりしないからね?」
「できない約束なんてするな…お前や…お前だけじゃない…皆…戦いが終われば消えてしまうかもしれないのに…」
「身体がなくなっても…魂だけになっても…君を守るよ」
「お前は…本当にひどい男だ…」
あぁ…とうとう泣き出してしまった。
泣いてる君もかわいいなんて言ったら君に怒られそうだね。
しばらくなだめて、拒否されるのを覚悟で聞いてみた。
「君がいいなら…君を隠してしまおうか?」
「そんなことしていいわけないだろ!」
僕は結構本気だったんだけどね。
どうすれば君にとっても僕にとってもいい解決法が出てくるのかな…。
「君をうんと甘やかせてあげたいな」
「これ以上甘やかすな…」
「僕は身勝手でズルい男だよ…君を甘やかせて僕に依存させて君が僕だけを見ればいいって…思ってしまうんだ」
「問題ありだな」
「うん、そうだね」
「わかっているなら自重しろ」
「やろうとしてるけど…難しいんだ…」
「カッコ悪いな、お前」
「うん…カッコ悪い…」
顔を上げて僕の目を見つめる。
もう泣いてはいなかった。
でも潤んだ瞳がとても綺麗だ。
「…私を甘やかせて依存させるという件だがな」
「うん」
「実はかなり成功してるからな?」
「いつもと変わらないように見えるけど…」
「そう振る舞っているだけだ」
「じゃあもっとどろどろになるまで甘やかせてあげようか、僕がいないと息もできないくらい」
「もう既にその段階だ」
「そんなに僕を好きになっちゃった?」
「あぁ、好きだ」
「キスしてもいいかな?いや、断ってもするけど」
「好きにしろ」
ゆっくり唇を重ねる。
少し前まで泣いていたからキスは塩っぽい。
でもそれがすごく愛しくて、堪らない。
「光忠…」
「なぁに?」
「…本当に好き?捨てたりしない?」
あぁ…この子は本当に…!
「言ったろ?君が好きだよ、好きでなきゃこんなに構ったり世話焼いたりしないよ…もっと自信を持って」
「本当に?嘘じゃない?」
「うん、嘘じゃない…君が好きだよ」
なだめるように頭を撫でてあげると、僕の手を取ってキスをする。
ただそれだけなのに彼女はとても色っぽい。
「光忠…」
「なぁに?」
「捨てないで」
「捨てないってば、ずっと大事にするから」
「光忠…」
「よっぽど辛かったんだね」
「うん…」
口調も何もかもいつもとは違う。
弱々しい女の子そのもので、こんな姿僕にしか見せられないんだろうなぁと思うと…とても嬉しかった。
僕ってこんなに独占欲強かったんだなぁ。
そして彼女は、普段どれだけ『皆の主』であろうと自分を律して努力しているのだろう。
僕は、その努力を知る唯一の存在だから…彼女を支えてあげたい。
折れそうになったら躊躇わず僕を頼って欲しい。
「愛しい愛しい僕だけの主…生涯かけて貴女をお傍におります故…そのように悲しそうなお顔をされますな」
「光忠…」
「愛しているよ、君を」
「うん…傍にいて…離さないで…」
「かわいいなぁ君は…」
ぎゅっと抱きついてくる彼女が本当にかわいらしくて、僕はまたキスをする。
ゆっくり丁寧に…を心がけて。
唇を割って舌を滑り込ませて絡ませる。
彼女の舌は柔らかくて、食べてしまいたい衝動に駆られる。
うぅん、舌だけじゃない…君のすべてが欲しいな。
僕ってこんなに強欲だったんだ…。
いろんなことに気付かされるな。
「君が欲しい、君のすべてが」
「あげる」
「言質は取ったよ?」
「うん」
「本当にいいんだね?」
「うん」
「君は軽率だなぁ…もっと考えないと…」
「光忠がいればそれでいい」
本当にかわいいことばかり言うんだから…。
「座りたい」
「あぁ、ごめんね」
彼女を離して座り込む。
彼女は僕の隣りに座って、僕の手を取る。
「光忠…好き…」
「僕も好きだよ」
「好き」
僕の手に口付けながら呟く。
「好き…」
空いた手で頭を撫でてあげるとすり寄ってきた。
「そういえばお前、夕餉の仕度はいいのか?」
口調こそいつも通りだが、そこはかとなく甘さが滲む。
堪らないな。
「もう少しこのままでいさせてよ、君だってまだ一緒にいたい…よね?」
「あぁ」
「素直でよろしい」
廊下を歩く音が部屋に近づいてくる。
それは襖の前で止まり、ややあって声がした。
「あー主様ー、いるー?」
「清光か、どうかしたか?」
「お茶しない?」
チラリと僕を見る。
「行っておいでよ」
「でも…」
「いいんだよ、僕とはいつでもいちゃつけるだろ?」
彼女が立ち上がり襖を開けると、僕の存在を認めた加州君が申し訳なさそうに言った。
「…あ、お邪魔だった?」
「気にしないで」
「本当に?」
「うん」
「そう?じゃ、主様借りてくねー」
さて…僕はプリン食べに戻ろうかな。
厨房にもどると薬研君と乱君が談笑していた。
「あー旦那、プリンは冷蔵庫にしまっておいたからな」
「ごめんね、ありがとう!」
「主様は?」
「加州君にお茶に誘われていったよ」
冷蔵庫を開けるとラップに名前を書かれたプリンが入っていた。
薬研君本当にありがとう。
「光忠さんてえらいね」
「何がだい?」
「ヤキモチ妬かないの?」
「妬くよ?でも彼女が『皆の主様』であろうとするなら、僕はそれを叶えてあげなくちゃ」
「光忠さんすごい」
「すごくはないよ、ちゃあんと『僕だけの主様』にもなってもらってるし」
「…ちょっと妬いちゃうけど、でも主様が幸せならいいや」
「…大将を幸せにしてやってくれよ、旦那」
「無論だよ」
言われなくても、彼女を幸せにするのは僕の役目だから。
何より彼女を泣かせたら長谷部君が黙っちゃいないだろうしね。
「さて、夕餉は何作ろっか」
今日も本丸は平和だなぁ。

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