彼の抱き枕

「んん…」
あぁ、つい睡魔に負けてうっかり昼寝を…。
なぁんて思いながら起き上がろうとした。
しかし私は身動きが取れない。
それもそのはずだ、私は彼に抱き枕にされていた。
彼の逞しい腕に私はしっかりと抱き締められている。
彼の寝ているところなど、なかなか見ることができない。
何故なら私が先に寝て、彼が先に起きることがほとんどだからだ。
私が寝汚いのは彼が夜中まで離してくれないからだ。
私だけのせいじゃない。
意思の強い、綺麗な琥珀色の瞳は閉じられていて…どこか雰囲気も柔らかで幼く見える。
起きるかな…?
そう思って頬をつねってやろうとしたけど、あいにく手も身体も彼の腕に抱きすくめられていたので無理だった。
起きるまでこうして眺めているのもいいか…。
そう思っていたら、ゆるゆると彼の瞳が開いていく。
「ぅん…」
「なんだ、起きたか…」
もう少し眺めていたかったのに。
起きたらこの拘束も緩むかと思ったらとんでもなかった。
「…離して欲しいんだけど」
「嫌だね」
くすくす笑いながら更に抱き締める力を強くする。
「苦しいってば」
「嘘だね」
「嘘じゃない」
なんとか拘束から逃れようとするけど、そこは高い打撃を誇る彼の腕だ。
やすやすと逃れられるわけはなかった。
「離せー離してくださいー」
「嫌だって」
なんてじゃれあっていて、それがいつしか本気になって。
って言っても、暴れているのは私だけで彼はただ私を抱き締めているだけだ。
「これだけ苦しいと訴えても光忠は笑うだけだという…薄情な恋人を持って私は不幸だ」
半分冗談、でも半分は本気でいじけてやったら…彼はおやっと言う顔をした。
「あれ?じゃれてるだけだと思ってた」
「お前な…」
ようやっと拘束を緩めてくれた彼の頬をつねる。
「いひゃいって」
「ばーかばーか」
彼は私の手を取り口元に持って行く。
「ごめんね?機嫌直して?」
ちゅっとその手に口付けられる。
そんな程度で許してなどやるものか。
「やなこった」
「どうすれば機嫌直してくれる?」
「…直してなんかやるもんか」
光忠の顔を見ないように顔を埋める。
「ふふ、仕方ないなぁ…機嫌が直ること言ってあげる」
何か企んでいるのか、とても楽しげ。
気に食わん。
「…愛してるよ」
ぞわり。
快楽に毛が逆立つ。
耳元で囁かれる、甘くて艶のある低音。
ただでさえ耳が弱いのに、囁かれることで息がかかる…。
それに加え彼の声…。
私は彼の声にとても弱い。
その蜂蜜みたいな甘い声で、そんなこと言わないで欲しい。
「…ズルい」
彼の顔を見ると、悪戯が成功した子供のようにとても嬉しそうに笑っている。
あぁ、本当にまったく…。
「ばーかばーか」
「君ほんと悪口がワンパターンだなぁ」
かわいい、と言われて口付けられた。
そんなことをされたらもう機嫌を直さざるを得ない。
まったくズルい男だ。
そしてこの程度で機嫌を直す私もちょろい。
「ばーか、光忠のばーか」
「はいはい」
彼はぽんぽんと私をあやすように背中を撫でる。
それが心地よくて、私はまた彼の胸に顔を埋めた。
「光忠」
「なんだい?」
「…キスして」
「顔を見せて?でなきゃできないよ」
渋々彼と目を合わせると、君はやっぱりかわいいって言いながらキスをされた。
啄むように触れるだけだった唇が合わさって、舌が入ってくる。
光忠は暖かいなぁとか、舌柔らかいなぁとか。
この柔らかい舌が私の舌に絡まって、とろとろに溶けていくのは不思議だなぁとか。
いや、溶けてるのは私の頭か。
伸び上がって彼の首に腕を回して。
あぁ、やっぱりキスだけでこんなに幸せになれる相手手放せるわけないなぁって。
だって好きでもなきゃキスなんてしたくない。
ましてやその先も。
光忠でなきゃダメなんだ…。
光忠が愛おしくって堪らなくって。
絡ませていた舌を解いて舌の裏を舐めた。
次は上顎、歯列をなぞりまた舌の裏。
「んっ…んぅ…」
飲み込みきれなかった唾液が伝うのも構わず。
おとなしくやられていた彼だけど、私が攻勢を緩めるや反撃してきた。
舌をきつく吸われてまた絡め取られる。
彼は舌を絡ませるのが好きなんだ。
私は上顎とか舌の裏をくすぐるのが好き。
そこをくすぐるように舌を這わせると、彼がおもしろいくらい反応してくれる。
バレてないと思ってるかもしれないけどバレバレなんだから。
ちゅって音をさせながら離れたら、彼は締まりのない顔で微笑む。
「やっと機嫌直してくれた」
癪なので胸に顔を埋める。
「君はすぐそれだ、ねぇ…顔を見せてよ」
「やだ」
「見せて?」
天岩戸ならぬ光忠の胸板に隠れるべく、べったり顔を寄せる。
「君のかわいい顔が見たいな」
「無理矢理引き剥がせばいいじゃない」
「そういうのはカッコつかないだろう?」
「みっともなくお願いしてくれたら考える」
「みっともなくは無理だなぁ」
彼は私の首根っこに顔を埋めた。
くすぐったい。
「あぁ、でもいざってなると歯の浮くようなセリフなんて思い付かないなぁ」
「うん、そんなこと言おうものなら張っ倒そうと思った」
「あのね、顔が見たいのは…キスしたあとの君が普段の5割増しでかわいいからなんだ」
彼が私の頭を撫でる。
その優しい手つきにもうどうでもよくなって、顔を上げる。
「やっと顔を見せてくれた」
彼はそれは嬉しそうに言う。
「僕以外誰にも見せちゃダメだよ?僕だけのものでいてね?」
「光忠」
「なぁに?」
「最近独占欲を隠さなくなった」
「…うん」
あぁ、彼はまたカッコつかないって自嘲するんだろうか。
私は独占欲を向けられることにこんなにも喜びを感じてしまうのに。
「少しだけならワガママ聞いてあげる」
「今だってワガママ聞いてもらってる」
「もっと甘えて?もっと束縛したっていい」
「そんなことを言わないで?際限がなくなるよ」
「私だけを甘やかさないで、私も貴方を甘えさせたい」
「…参ったな」
「愛してる」
「このタイミングはズルいよ」
今度は光忠が顔を隠す。
私の首根っこに顔を埋めて。
「愛してる」
「うん」
「貴方に甘えて欲しいの」
「うん」
「貴方を甘やかせたいの」
「うん」
「だから、甘えて?」
「そんなこと言われても今すぐは無理だよ、君が腕の中にいるんだから…僕の望みは叶ってるよ」
「無欲だこと」
「本当はね、君を抱きたいな…でもね…」
「でも?」
「しばらく離してあげられないから…夜まで取っとく」
顔は見えなかったけど、いたずらっぽく笑うような声音。
「うん」
顔を上げて私を見つめる彼がかわいくて、頬に口付ける。
「かわいい」
「君の方が」
「ふふふ、これじゃバカップルね」
「バカップルだろう?」
「それもそうか」
「本当はそろそろ僕も夕餉の仕度に行かなくちゃならないんだけど、もう少しこうしてていい?」
「じゃあ…もう少しだけ…」
もう少しだけイチャイチャしてたってバチは当たらないだろう。
今日は夕餉の仕度を手伝おう。
そう思い直して私はまた彼に口付けた。

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