「……ハルのいないところに、行こうと思ってた」
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中学の頃、真琴が自分にそう言った。

真琴の妹と弟が海でボートに乗り、オールを落とした。

結局、私が泳いで二人を助けた。

真琴はその場で立ち止まり、海に目を落としていた。

「……ごめん。ハル」

それから数日してからだ。

真琴の母親から、真琴が帰ってこないと連絡があったのは。

海岸沿いの道、街灯の届かない砂浜のいちばん端に真琴はいた。

私が叫びながら真琴の元へと向かう。

砂浜が、まるで私を真琴に近づけたくない、とでも言うように足を沈めさせてくる。

もどかしく、じれったい。

満ちてきた潮が、真琴の足元まで届こうとしていた。

「真琴!」

「……ハル」

案外、早く見つかっちゃった。

真琴はそう言って虚ろな目をしたまま笑みを見せる。

そして、何をしているのかと私が聞くと



「……ハルのいないところに、行こうと思ってた」

心臓が跳ねる。

「……なんで?

「ハルがいなくても大丈夫なのかって、……確かめたかったの。ハルは、あたしがいなくても大丈夫?」

「ーーだったら、探したりしない」

「だよね」

いつもの真琴だ。

私の、知ってる真琴。

今は、それだけでいいと思った。

真琴がいれば、それだけでいい。







「…随分、懐かしい夢だ」

ベッドから起き上がった私は、いつもより寝坊をしていることに気付く。

風呂に水を張らなくては。

そう思った時、玄関が開く音がする。

「ハル?起きてる?」

…真琴は、あの日のことを、覚えているだろうか。

「…起きてる」

「あれ?今日はお風呂場にいないんだね、珍しい」

真琴は珍しく寝巻き姿の私を見て、いつもの笑顔を浮かべた。

「たまにはそんな日もある」

「怖い夢でもみた?」

「…」

「…図星なんだ?」

真琴は、何でも知っているような目で私を見る。

「別に」

「どんな夢?」

「教えない」

だから、教えるわけにはいかない。

真琴はきっと、分かっているから。

だから、もう、あえて言わない。

「着替える」

「分かった。向こうで待ってるね、ハルちゃん」

「ちゃん付はやめろって言ってる」

「うん、ごめんね、ハル」










ハル、あたしも今日、怖い夢見たんだ。

海に溺れる夢。

でもね、光が、手を伸ばしてきたの。

慌てて掴んだよ。それはもう必死に。

段々と、光が近づいて、見えてきた。

光は、ハル自身だったの。

もしかしたら、ハルも、見てくれたかな。

あの日の、あの時の出来事。

「……ハルのいないところに、行こうと思ってた、なんて」

きっともう、行けないよ。









作・小瑠璃


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