月が綺麗だと言った君は。
『月が、綺麗に見えます』
電話越しで山崎はそう言った。見事な満月が其処から見えるのだと。
俺は着流しの上に羽織を着て中庭に出た。しかし、今日は生憎の曇りで月が雲がかっている。僅かに見える月明かりは、晴れていれば見事だと思わせるようなものだった。
「満月か」
『はい。団子でも食べたくなるようなでっかいお月さんですよ』
「お前、今江戸にいねえな?」
責めるようにではなく確認するように問うた。途端に山崎は黙る。電話の向こうからは何も聞こえない。
暫く、沈黙が流れた。
夜空を見上げれば、雲が完全に月を覆ってしまっている。辺りは真っ暗だ。
いつまで待っただろうか。切られるかと思った電話は、しかし切られず。また、ポツリポツリと会話が始まった。
『何の罪ですか』
「脱走及び事実隠蔽の容疑だ。どちらにせよ、見つかり次第切腹だな」
『…組の為だった、と言っても信じて頂けませんか』
「言うつもりもねえくせに聞くなよ」
クスッと山崎が笑った、気がした。俺は無言で煙草に火を付ける。肺に一杯煙を吸い込んで、夜空に向かって吐き出した。
隠蔽工作をしたと分かってから三日間、音信不通で。組が色んな方法で探しても見つからなかった。そんな中、かかってきた電話だ。
『…大阪です』
「あ?」
『綺麗な月が、大阪の実家から見えんです』
「…。今、ちょうど江戸の空も晴れたぜ。でっけえ月が、」
見えてる、と言う前に電話は切れた。
何の言葉もなく、衝突に。
―――別れの言葉も愛の言葉も言う暇がなかった。
ただ、最後に聞こえたのは、刀を抜く音。
「副長、」
後ろで原田が声をかける。なんだかその声が湿って聞こえたので、フッと笑った。
紫煙を吐き出して、地面に煙草を落とす。夜空には、それはそれは見事な月が上がっていた。
「大阪だ。急がなくていい」
「…」
「勘違いするな。急ぐ必要がなくなったんだよ」
「あいつは、「言うな」
原田の言葉を遮って、一つ深呼吸した。一つ深呼吸をしてから振り返る。
今は鬼の副長だと、自分に言い聞かせて。
さがる、愛してる。
なぁ、お前はどうだったんだろうな。
(今はどこにいる)
(もう、幸せだった二人には戻れない)
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