てんのさだめ




兄様、と呼ばれた小さな小さな声に私は振り向く。
襖の向こうにいる影は間違うことなき、私の愛しい貞だ。ただ、いつもとは違う様子に私は首を傾げながら、襖に手をかけた。

『……!!…貞、どうしたのです……?』

私の顔を見た瞬間、つぅと流した貞の涙に心臓が鷲掴みにされたような気になった。だって、こんなにも絶望に満ちた貞の泣き顔を私は見たことがない。
静かに静かに涙を流す貞を思わず抱き締めた。
どうしたの、何があったの。父様に何かされたの?いや、あの人は貞を可愛がってるからそれはあり得ないね。じゃあ、何故泣いてるの。

「……ゆ、夢を見たのです…。」

『夢、ですか?』

夢。その言葉を聞いたとき嫌な予感がした。その先を聞きたくないと心が叫んだ。駄目。駄目。言わないで。聞きたくない。今までなんの兆候も無かったのに。

「……私が…こ、殺される…夢を……。」

ああ、なんで。どうして。
能力に目覚めて最初に見たのが"己の死"なんて、これ程残酷な事はあるだろうか。

私にすがりついて声を上げるでもなく、ただただ静かに自分の未来を悟り涙を流す私の妹は、まだ齢十になったばかりで。この時代ではもう少しで大人として扱われ始める年頃だが、私からしてみればまだまだ甘えたい盛りの小さな子供だ。

『貞……、貞、私が貴方を護ります。貴方を護るのがこの葵羽の役目ですから。死の運命さえ、私が打ち崩して見せます。』

「…あ、あにさま……、!」

ぎゅう、と私の腰に回している貞の腕の力が少し強くなった。怖いよね、恐いよね。近い将来必ず訪れる、自分の終わりがコワくないわけない。
あやすように優しく背中をとんとんと叩く。

『怖くて仕方がないときは私がずっと側にいます。泣きたいときは私の胸を貸します。』

「……〜〜っ、…うぅ、ふ…っく…、」

『誰がなんと言うおうと、私は永遠に貞の味方で護るべき大切な大切な妹です。だから……、一人で抱え込まないで……。私が貴方を救うから。』

ねえ。何故、彼女だったのでしょう。
この大きな大きな日ノ本の中で何故、優しい優しい彼女がこんなに残酷な運命を背負わされたのでしょう。ねえ、教えて下さい。

「ありがとう、…兄様…。」

抱きついたままこちらを見上げた貞の顔は涙で濡れていたけど、ふわりと女神のような微笑みをみせた。誰よりも辛いはずなのに、こんな風に笑えるなんて。
貞の内側から溢れてくる美しさに私はまた心を奪われた。

「私は……幸福者ですね。こんなにも優しくて素敵な兄様がいて……、本当に…。」

『……貞。私の方こそ幸福者だよ。』

君に出逢えたことで、生きる意味ができた。
貴方を運命から護ること。それが私のすべて。


 
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