うるはしきとも




ぶんぶんと竹刀を振り下ろす。
空気を斬る音や流れ落ちる汗がやけに心地よくて普段の嫌な出来事を忘れさせてくれる。
唯一の残念なのは、手合わせしてくれる相手がいないという事だけ。

「葵羽、葵羽、」

ふと、私の名を呼ぶ声が聞こえてぴたりと動きを止めた。声を聞こえた方を見てみれば、小鬼達がぴょんぴょんと跳ねて私の名を口にしている。

『どうしました?』

「葵羽、葵羽、」

「時雨と翠雨が喧嘩してる。」

「喧嘩してる!」

「止めて。」

「止めて。お願い。」

小鬼達が私の足元に集まって小さな手で袴の裾を引っ張る。ああ、また彼らは喧嘩してるのか。毎度毎度飽きないものだね。
ひとつため息を吐いてから、私は小鬼達と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。

『全くこんなに皆を心配させて。一度きちんと叱らなければならないですね。』

そう言ってにこりと微笑むと小鬼達は、葵羽こわい、怒った怒った、こわいな、こわいこわい、とけらけらと笑いだした。あらまなんて失礼な。私が怖いことなんてあったことがないのにね。

私達は屋敷を出て近くの山に入る。
小鬼達が先導して歩いてく道はどんどんと険しくなっていって獣道からも外れていく。それでもペースを落とさずに道を駆け抜け彼ら達についていけるのは私がこの十数年、この世界の妖達と関わり鍛練を積んできたからだ。

「もうすぐ。」

「喧嘩してる。声聞こえる。」

確かに聞こえてる。時雨と翠雨の言い争う声が。それもいつもの比じゃないこともわかっている。なにが二人を喧嘩に駆り立てたのか。
いつもは性格が正反対故の小競り合いをしているのだけど今日は雰囲気が違った。

「なら、どうすれば良い!!」

「だからと言ってお前が行ってどうなる!?」

「煩い!!なんと言われようと私は行くっ!」

翠雨が無理矢理話を終わらせようとすれば、時雨が翠雨の胸ぐらを掴み手を振り上げる。まずいと感じた私はその瞬間に一気に詰めより時雨の上げた手を掴んだ。

『今日は随分物騒ですね。』

喧嘩に集中していた彼らは私や小鬼達の存在に気づいていなかったようで、突然のことに随分驚いたようだ。しかしすぐに我に返った時雨は私が掴んでいた手を振り払った。

「お前には関係の無い話だ。」

「っ、時雨!!」

とんっと肩を押され後ろに少しよろめくがその場に踏みとどまる。だが、私をぞんざいに扱う時雨にまた翠雨が突っかかっていく。
ああ、もう喧嘩してほしくないのに。

『関係ありますよ。』

二人の間に割って入る。
そして時雨を真っ正面から見据えた。

『小鬼達が貴方達のことを心配してるんです。それに私も何かあったなら相談に乗りたい。私達はお友達でしょう?』

にこりと優しく笑えば時雨はうっと息を飲んだ。

『翠雨も。熱くなりすぎたら解決する問題も解決しませんよ。』

ね?と首を傾げてみれば翠雨は眉を下げて泣きそうな顔をした。ああ、そんな顔しないで。あまりにも悲しそうな表情をするものだから思わず頬に優しく触れた。

「葵羽…………、緋絵が、緋絵が……!」

今まで我慢していたのか、ぶあっと涙が翠雨の瞳から溢れだした。まさか泣くとは思っていなかった私はどうすればいいのかと時雨に助けを求めてみれば彼も口も結んで難しそうな顔をした。

『っ、緋絵に何かあったのですか?』

「………陰陽師に連れていかれた。」

『は?』

陰陽師ってあの陰陽師?なんで緋絵が?いや、それより早く助けに行かなければ。この世界の陰陽師は一部を除いて妖を"悪"と決め付けすぐに滅する人たちなのだ。早く助けに行かなければ彼女が滅されてしまう。

『それならば、私が行きます。貴方達はここで待っていてください。』

「嫌だ。私も共に行く。私が助けるんだ!」

『翠雨、陰陽師の元に行くのですよ?妖を滅する者の元に行く意味、貴方なら分かるでしょう?』

お願いだから大人しく待っていてください、と懇願すれば時雨が翠雨の肩を抱く。そして私にこいつは任せろと目で合図を送ってきた。
こくん、と頷いて身を翻すと翠雨が後ろでまた騒ぎだす。ごめん。でもこの喧嘩も緋絵が戻ってきたら収まるだろうから。

陰陽師の屋敷はここから人間の足では2日かかってしまう。しかし彼ならあっと言う間につく。

『ありがとうございます、朧。』

「問題ない。気をつけて行け。」

無表情で淡々と話す彼が優しいことは私は知ってる。そう、妖だって人と同じだ。悪いやつもいれば良いやつもいる。私はそれを知ってる。前世(むかし)から。
もう一度、気をつけろと私に促して朧は空に飛び立ち消えた。相変わらず空に飛び立つ朧の姿は目を奪われる程美しいな。

「………何奴。」

すぐ後ろに現れた気配達に私はふうと一つ呼吸してから振り向いた。
……朧、敷地内に降り立つやり方は少し不味かったかもしれませんね。皆さんからの殺気が少し痛いです。

『初にお目にかかります。陰陽師の一族の方。』

にこりとこの場にそぐわない笑顔を向けながら懐から式札を取り出した。

『私の友を返していただけますか。』

この世界の陰陽師だろうと、私は負ける気はしませんよ。友の為なら、妖であろうが人であろうが関係ない。全力で潰すのみですから。



 
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