落書き帳 | ナノ



【探偵】安楽椅子探偵もどき



今日も今日とて、バイト先のカウンターでお気に入りの本を広げて物語の世界に浸る。

窓から差し込むポカポカと暖かい日差しに、シンと静まった空気。そこかしこに積み上げられた本の山に、部屋中をつつむ古本の匂い。ペラリ、と自分が本のページをめくる度に耳に届く音。
すべてが完璧。私の最上の空間にして、何にも変えがたい極上の癒し。

ああ、幸せだ!
こんなバイトが世に存在してもいいのか。

なんて、働き始めたときは歓喜に震えたもんだ。
毎日ここに来ることが嬉しくて、もうここに住みたいくらい。たまに泊まって帰ってるけど。


私のバイト先は、年老いた老夫婦が経営する古本屋"火曜堂"さんだ。


ここでバイトをする前は、私も常連客の一人でしかなかった。立ち読みOKという優しいお店で、毎日のように通っては老夫婦とお喋りして、本を読み漁ってた。
あの日もいつものように本を読んで、帰りに世間話をしてたら唐突に老夫婦から「ここでバイトしない?」とお誘いをもらった。

「儂らも歳だから毎日このカウンターに座ってるのがどうしても辛くてね……。弥生ちゃんになら安心して任せられるよ。」
「ああ、お客さんがいない暇な間は、本を読んだり勉強して構わないからねぇ〜。」

この世に生まれ落ちる前、所謂前世という昔から、本という本が大好きでジャンル問わず読み漁り、自分で本まで書いていた私にはもう嬉しすぎる話で。
ほわほわと効果音がつきそうな雰囲気の2人に「どうかしら?」と言われて、私はもう首を大きく縦にぶんぶん振って了承した。




カラン、と鳴った入口のベルに私は意識を物語の世界から現実に戻す。本を閉じて顔を上げれば、見たことの無い小さなお客さんがいた。
おお、常連さんじゃない人が来るのは久しぶりだ。

「いらっしゃいませ。」
「あ、こんにちは。」
「こんにちは。ゆっくり見ていってくださいね。」
「はーい!」

にっこり笑えば、少年は元気よく返事を返し本棚へと視線を移した。
ちょこちょこと動き回っては立ち止まり、本を手に取ってパラパラとめくっては本棚に返すその姿は愛らしい。やっぱ、子供は可愛いなぁ。自然に広角が緩む。

……あれ?
あの少年、どこかで見た覚えがある。誰だったけ?んー、確かすごくよく知ってるはずなんだけど……。もっと間近で見たら思い出せるかもしれないけれど、見すぎちゃ失礼だもんなあ。
そう思って無造作に置かれていた今朝の新聞に視線を反らした。

ぼーっと見ていた新聞の一面の端に小さくのっていた自殺の記事を目にした途端、「ん?」と自分の中に疑問が浮かんだ。
もう一度じっくり読もうと記事の文字に食いつく。 内容を読むにつれて私はそれに釘付けになった。

………これは、
私はデスクの上に置いていたペンを手を伸ばし、紙にペン先を滑らしていく。

ふむ、部屋の中の状況的に考えるとこれがこうなって、えっと、そしたらここが可笑しいから、うーん計算としては……あ、これか。で、そうなってくると部屋の中にはあれがあるはずなんだけど、記事にはそんな細かいとこまで書かないもんなぁ。じゃあ、そこはあとで確認するとして……。あれは、こうすれば問題はないから、そうしたら、えーっと、うん。これでいけそう。じゃあ、ここをこうして………

「ねえねえ、お姉さん。」

不意に声をかけられて、ハッと思考の渦から引き戻される。しまった。お客さんがいるのに考えることに夢中になってた。

近くにあった台座に乗ってカウンターを覗き込んでる少年に「すみません。」と謝ったけれど、少年は私の走り書きされた紙が気になるのか興奮気味に「なにしてるの?」と聞いてきた。

「あー、ちょっとね。この記事が気になって。」
「昨日あった杯戸町の自殺……?」
「うん。読んでたらね可笑しい点に気づいたの。もしかしたらこれは他殺じゃないかなぁって。」
「他殺?」

そこまで喋って「あ、」と口を閉じた。
私は何を言ってるんだ。初対面の、それも子供に向かって。

「ごめんなさい。気にしないで。私のただの推測だから。」
「ううん、気になる!教えて!!!!」
「え、あ………、うん。」

身を乗り出して顔を近づけてきた少年の圧に押されて私はたじたじになりながら会話を続けた。

「まずはじめに可笑しいと思ったのはね、ここなの。」

新聞と走り書きした紙を見せながら一つ一つ少年にも分かるように端的に説明していく。
自分の推理を口に出していくことによって私の頭の中も整理されていき、今までどこにはめるべきか分からなかったピースが徐々にカチリカチリと「真実」と言うパズルの中にはまっていった。

「であるから、これは自殺ではなく他殺だね。Q.E.D.(証明終了)。」
「………お姉さんすごいね。記事だけでそこまで推理できるなんて。」
「え、あ、本当?」

きらきらと目を輝かせている少年の純粋な称賛に照れないわけがない。うん、素直に嬉しいなあ。

「犯人は誰か検討ついてるの?」
「うーん……、この事件の関係者全員をこの記事からだけじゃ把握できないけれど、たぶん犯人は第一発見者と一緒にいた女性じゃないかな?」
「っ僕もそう思ったんだ!!」
「おっ、意見があったね。」

くすり、と笑えば少年は「そんなことより早く刑事さんに知らせなきゃ!」と急かしてきた。

どうどう。落ち着いて落ち着いて。
実を言うと私には刑事の知り合いがいるんだよね。今メールを打つからちょっと待っててね。それに確認したいこともあるしさ。

パチンとウインクをすれば少年は目を瞬かせた。

「お姉さん、刑事さんと知り合いなの?」
「うん、捜査一課の人だよ。あと爆弾処理班の人とも知り合いだね〜。」

とある事件で知り合ったんだよね。
かなり昔からの付き合いだけど、今でも仲良くしてもらってる。本当、いい人達だ。

私の推理と頼み事をメールに打ち込んで送信すれば、すぐにメールの返信がきた。
お、相変わらず返信早いな。
ふむふむ、上に話を通してくれるんだって。それに頼み事も彼直々に調べてくれるそうだ。有難いね。

「刑事さんと連絡とれたよ。もう安心だね。」
「事件はまだ解決してないよ?」
「ふふ、でも犯人が捕まるのも時間の問題だよ。後は刑事さん達に任せておけば大丈夫。」

くすりと笑えば少年は「そうだね。」と同意してくれた。話の分かる子で良かったよ。

「お姉さん、名前なんて言うの?」
「あら、自己紹介するときは自分からじゃないかしら?小さなお客様?」
「あ、そうだね。僕は江戸川コナン。探偵さ!!」

…ん?……え…、…はい?



「…江戸川、コナン………くん……?」



……………っ、わぁああああああぁあぁああ!!!

なんで気づかなかったの!?前世では超がつくほどの有名人じゃん!
真実はいつも一つ!!!だよね!!やばい!
え……、私、20年ここで生きてきたのに今気づくとか遅すぎじゃない?
仮にも前世じゃ、推理小説作家としてやってきたよね!?人よりは頭一つ分抜きでて賢かったよね!?なのに、え、どうしよ、私やばくない?

「………お姉さん?」
「あ、え、…………ごめんなさい!あの〜、名前がすごく、その……、あ、ご両親は推理小説が好きなのかな…?…コナン、ってその……コナン・ドイルのことだよね!?」
「うん!そうだよ!」
「あ、やっぱりそうなんだ!!私、推理小説も大好きだからビックリしちゃって……!私は矢上理央。よ、よろしくね!」

まさかまさかの衝撃の事実。私上手く笑えて
るかな。不安でしかない。
……って、ちょっと待って!
仲の良い捜査一課と爆弾処理班の彼らの名前って………、

「伊達航」と「松田陣平」と「萩原研二」じゃん!!!

気付けよ馬鹿ああああぁあぁああ!私の馬鹿野郎!普通に登場人物だよ!人気鰻登りだった警察学校組のメンバーじゃん!
あ、ちょっと待って、しかも私なにげに救済しちゃってない!?やばいよ!普通にやばい!

あ、駄目だ。テンパり過ぎて語彙力が皆無。

「それにしても、理央お姉さんってまるで安楽椅子探偵みたいだね!」
「………ハハハ、そうかな?ありがとぅ……。」

満面の笑みで私を見つめるコナンくんに、私は心の中で叫んだ。

やめてくれ!!それなんのフラグ!?
私は探偵じゃないくって、ただの"元"推理小説家だからあぁ。謎を解くんじゃなくて、創る方だからね!この世界の探偵みたいに賢くもないし推理力もないもん!!


◆◇◆


矢上理央

無自覚の天才。本人は周りより頭一つ分抜きでてると思ってるが、二つも三つも抜きでてる。でも、変なところで鈍感。馬鹿。そんな人。
常にポーカーフェイスを装っているが、心の中はわりと荒れがち。
読書と謎を創るのが生き甲斐。解かれるのは悔しい。
コナンくんに安楽椅子探偵の称号をもらって内心げんなり。やめてくれ、私は探偵じゃなくて推理小説家だ!


江戸川コナン

たまたま通った細道にあったレトロな古本屋さんに入ってみた。なんか掘り出し物の推理小説でもねーかな。
そこにいた店員さんがなにやら新聞を片手に真剣な顔つきでメモしてる姿に興味を注がれて見てみたら、この人すげぇってなった。安楽椅子探偵!ミス・マープル!!
たぶんこの後、火曜堂の常連さんになる。



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