「私、貴方のためならなんだってできるわ。」
そう言ったの嘘じゃないのよ。 本当に貴方のためなら、仲間だって見捨てることができるし、組織だって裏切れるし、自分自身の命だって擲てる。 私は、私の全てを貴方のために捧げると決めたの。
果てしなく重い愛情だってことは重々承知よ。 それでもね、私にはこれくらいしかできないから。私の愛を証明するにはこれしかないから。これはね、私のただの我が儘なの。
越えられない壁。 許されることのない想い。 決して叶わぬ私の恋。
どうしようもないほど愛してるのに、"私"という存在が、"貴方"いう存在がそれを許してくれない。 私と貴方とでは、生きている場所が違いすぎる。
私は裏の人間。貴方は表の人間。 交わることのない平行線。 どうせなら、貴方が正真正銘裏の人間であれば良かったのに。そうであれば、こんなにもがくことは無かった。
バーボンを、降谷零を愛してしまった。
最初はただの仕事仲間。でも、一緒に仕事をしていくうちに惹かれていった。 胡散臭いその笑みも、鋭いその瞳も、上手く隠しているつもりの嘘も。
私は、嘘が上手い。ベルモットだって騙せるくらい嘘が上手い。だからこそ、人の嘘にも敏感で。真実か嘘かはすぐに見抜ける。 興味を持った。貴方の嘘に。ひた隠しにしている"真実"がいったいどんなものなのか。
調べるのは苦労したわ。 どんなに調べたってそうそう貴方の情報は出てこなかった。でもね、それが私に火をつけた。 何年も、何年も、調べ尽くしてようやく辿り着いた真実。信じたくなかった。でも、納得した。
人を殺すときに一瞬見え隠れする苦痛に歪む顔の意味も、時たま私達をみて嫌悪感を示す意味も。 貴方は、正義を貫く表の人間だったのね。
それでも、真実を知っても、私の恋心は消えることはなかったわ。むしろ燃え上がる一方だった。
そう言えば、任務で恋人役を演じたこともあったわね。 貴方は内心うんざりだったかも知れないけれど、私は心踊るほど嬉しかったのよ。それが偽りの、たった一度だけのモノだったとしても。 そう、そのときに言ったのよね、あの言葉を。 コードネムにそぐわない嘘つきだと言われてきた私だったけど、あのときの言葉だけは下心もなにも含まない嘘偽りない本心だった。
アラスカ、というコードネムに相応しい「偽りなき心」だったわ。
彼の求めることはたった一つ。この組織の壊滅だ。 ならば、バーボンのミスは私がフォローしよう。彼が動きやすいように、私は影で支えよう。それが私の出来ること。私がバーボンに、降谷零に出来る唯一の愛情表現。
だから、見つけたノックは全て見過ごした。 ライも、スコッチも、スタウトも、アクアビットも、リースリングも、キールも。全員見て見ぬフリをした。 組織の壊滅に上手く立ち回ってくれると思ったから。
スコッチはとりわけ気にかけた。降谷零と同じ日本の公安警察官で、同期だと知ったからだ。 スコッチがミスをすればバーボンにも危害が及ぶかもしれないし、死ぬようなことがあればそれこそ彼の精神的に良くない。 だから、あのとき死ぬ気で助けた。私の裏切りがバレる可能性もあったけどそれよりも、バーボンのために。 今思えば、本当に死ぬ気で頑張って良かったと思う。
「っ……テメぇ…、裏切ってやがったのか…。」
ゼェゼェと肩で息をしながら呟くジンの胸からは大量の血が流れている。それでもぶれない銃口に「流石ね。」としか言いようがない。
ウォッカは既にジンの足元で事切れてる。ただ、最後の力を振り絞って放った銃弾は私の腹にしっかり命中した。 ウォッカってやれば出来る奴だったんだね。伊達に長年ジンと相棒してただけある。ずっと馬鹿にしてて悪かったわね。
「…いつから、裏切って…やがった!!!」 「さあ…?いつからかしらねぇ…。覚えて…ないわ。」 「クソ、がっ!!!」
パァンと銃声が鳴る。 同時に肩に鋭い痛みが走った。
「つっ!!……全く往生際が悪いのね、ジン。組織はもう壊滅…。…諦め、なさい…。」 「ハッ……、ならテメェも……道連れだ…。」 「……あら、…はなから…そのつもりよ……?だから、…先に逝って…待ってて、くれるかしら…?」
ふわりと笑えば、ジンは目を見開いた。 それもそうか。ジンの前でこんなふうに優しく笑ったことは無かったから。
「嫌いじゃ、…なかったぜ…テメェのことは…。」 「……私もよ。」
私の放った銃弾は、乾いた音と共にジンの脳天に吸い込まれていった。 ドサリと崩れたジンを見て、私は長い長い息を吐いた。
「………おわ…った………。」 全部、全部。
思い残すことはなにもない。 組織はもう壊滅だ。あとは"あの方"を捕まえるだけ。"あの方"の居場所は、ジンと対峙する前に差出人不明のメールでバーボンに送っておいた。
今までも何度も何度も匿名で情報を送ってきた。 最初は怪しんでいたけれど、次第に私の情報を信用してくれるようになった。だから大丈夫。きっとすぐに動いてくれるだろう。
「ふふ…………、本当に、良かった…。」 最後まで彼を支えることができた。
どんどん体から力が抜けていくのがわかる。立っていられなくなって、体が地面に向かって倒れていく。 でも地面にぶつかるその瞬間、誰かにがっしりと支えられた。
「っうそ、でしょ………?」
そこにいたのは、私の恋い焦がれた彼だった。
「……バーボン、」
そっと壁にもたれさせてくれた彼は私の手を優しく握ってくれた。
「やっぱりお前だったんだな。」 「……あら、…なんのこと…かしら?」
やっぱり、ってことは薄々気づいてたってことかしら?駄目ね。いつの間に嘘が下手になったのかしら? くすりと笑って見せればバーボン…否、降谷零は顔を歪めた。そんな顔が見たかった訳じゃなかったんだけれど。 私なんかの為に心を痛めちゃいけないわ。
「……ねえ…あの方"は、…捕まえてくれた?」 「ああ、」 「ふふ…、良かったわ…。」 「……お前、なんで組織を裏切ったんだ。」 「私の、ただの気まぐれ…。……めんどくさい女…なのよ、私…。自分の思い通りに…行かなくちゃ嫌な……質なの…。だから、…ね…?」 「それも嘘だろう?」 「…さぁ、…ど…かしら?」
ゲホゲホ、と噎せれば口の中いっぱいに鉄の味が広がる。ああ、視界がぼやける。もっと貴方の顔を見ていたいのに。 バーボンではなく、本当の貴方の姿を。
ああ、そうだ。大事なことを言わなくちゃいけないわね。最後まで、貴方のために。
「……××町、…のマンション…305号室…、私の…せーふはうす…なの。そこに…いるわよ…彼………。」 「っ!!!!まさか!」 「本名は……ひろ、み…つ……、だっ…かしら……?」
驚愕と、安堵、いろんな感情の入り交じった目を私に向けてくる。良かった。あの時、死ぬ気で頑張って本当に良かった。
「……ふる、……れい……、わたし…あなたの役に、……たてた…かしら……?」 「っ、ああ。……役にたった。アラスカ、お前は確かにバーボンの、降谷零の役に立てたよ。」
ああ、嬉しい。この上なく、幸せだわ。最後の最後に、こんな幸せなことがあるなんて。
今までずっと裏の世界で生きてきた。こんな暖かな気持ちなんて知らずに生きてきた。でも、いいものね。こんな些細なことで"幸せ"だと感じれる世界も。
どんな形でもいい。貴方の記憶に少しでも残ることができたのなら、私はそれだけで満足だった。でもとんだサプライズだわ。これは、神様がくれたご褒美かしら?
「…あなたに……みとってもらえる…なんて…、せかい…ち……しあわせ…もの……ね………。」
私、貴方のためならなんだってできるわ。 仲間だって見捨てられるし、組織だって裏切れるし、自分の命だって擲てる。そう言ったの嘘じゃないのよ。 証明できたかしら?私の愛を。偽りない心を。
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