僕は、実休光忠。またの名を名前という。
唐突だが、僕には2つの記憶がある。 名前という、人間として生きた記憶。実休光忠という、刀として生きてきた記憶。どちらも大切で、どちらもかけがえのない僕の宝物だ。
僕は、何百年と生きた。刀となってからは、人間の時ではあり得ない年月を過ごしてきた。様々な人の手に渡るうちに、いつしか僕は付喪神になっていた。付喪神として生きるのもまた一興。力はあまり無かったので姿は形どれなかったが、霊感の強い者には声だけは届くようになった。
僕の声に初めて答えてくれたのは、信長様だった。
『今日から貴方様が主様ですね。僕は三雲光忠と申します。』 「っ!?………なんと、刀が喋り申した。」
信長様はなんとも面白き御方だった。 「ついに神と言葉が交わせられる程になったわ。」とケタケタ笑って毎日のように僕に話しかけてこられた。そして、新しい名も名付けて頂いた。それが今名乗っている実休光忠と言う名だ。「良い名だろう。」そう僕に仰った信長様は本当に優しく優しく笑ってた。
色々な主様に仕えてきたけれど、これほどに僕を愛し、必要としてくださった主様は信長様だけだ。
だが、幸せとは長続きしないもの。お側にいながら守れず、死なせてしまった。 何度悔やんだことか。目の前で燃えていく信長様をただ見ていることしかできなかった。
付喪神となったのに、なんて僕は無力なんだ。同じ轍はもう踏まない。強くなるんだ。守れるように。
そして、僕は新しい姿を手に入れた。 審神者に顕現され、刀剣男子として。
って、おぉおぉい! ちょっと待ったぁあぁぁあ!! えっ、え、えぇ!?な、なんで??
死んで、刀になって、付喪神になって、なんかもう色々人間辞めてるけども!! と、刀剣男子って!!!なんで!?男子って!っいや、そこじゃないよ名前!
……ここ、とうらぶの世界かよっっ!!!
初めて見る僕の姿に、審神者様も本丸の刀剣男子は唖然としていたがそんなのは全力スルーだ。コミュニケーションは大事?そんなの知らん。 さらりと契約と挨拶を終わらせて、そうそうにみんなの前を立ち去った。一人になった瞬間、ダンッと壁を殴ってしまったのは悪くないはず。
ええ、名前の時にやってましたよ。大好きでしたよ、とうらぶ。
"私"は腐女子だったんだよ!悪いか!勝手にかけ算とかしてたんだよ!まじかー、まさかトリップしてただなんて。 腐女子だった故に僕っ子に憧れて、刀になった時に一人称を"僕"にしたけども、本当に男になるとか聞いてない。え、なんの苛めですか?女だった名前は遥か遠い昔になってしまったからまだ割りきれ…、いや、割りきっちゃいけない! 神様、なんで僕を刀剣男子にしたんですか。
あ。僕も一応、"神"だったわ
ため息をつきつつ、側にあった池の水面を覗きこむ。唯一の救いは容姿がまだ女性寄りなところか。 さらりと流れる海松色の長い髪に、くるりと大きな瞳、すらっと通った鼻筋。名前とは似ても似つかない綺麗な顔。が、しかし!下半身には名前だった時にはなかったモノが生えてる。 駄目だ、精神的ダメージが半端ない。手で顔を隠し、膝から崩れ落ちたのは許してほしい。 もうね、人外なのはいいよ。せめて、刀剣"女子"がよかった。僕って言ってたのがいけなかったの?おしとやかキャラがいけなかったの?……はあ。
「実休光忠、」 『…あ、へし切長谷部殿。』
ふっと笑ったへし切長谷部は、座り込んでいた僕の腕をとって立たせた。 ああ、キラキラ輝く美しいお顔が眩しいです。僕も綺麗だと思うけど、刀剣男子は皆それ以上に美しく綺麗でイケメンなのですよ。
「久しいな。」 『ええ、お久しぶりです。あの時とは違い、こうして言葉が交わせるとはいいですね。』 「そうだな。あの時は、貴様が話しかけてくるだけで返せなかった。」 『ふふ、飽きもせず話しかけていたのは、少し恥ずかしい思い出です。』
信長様以外にも会話できる人やモノがいるのではないかと、片っ端から話しかけていた。恥ずかしい。因みに、黒歴史は今も現在進行形です。 で、あれだけ話しかけたのに、結局話せたのは、信長様とお市様と蘭丸様だけだった。
「そういえば、主が言っていたが、実休光忠が刀剣男子として顕現したのはこの本丸が初めてだそうだ。」
でしょうね。名前の記憶にもないもの。 まあ、名前が死んだ後に実装されてたら知るよしもないけれど。
「主は素晴らしいお人だし、この本丸も良いところだ。貴様も気に入る。」 『…ええ、きっとそうでしょうね。来たばかりですが分かります。この本丸は居心地が良さそうだ。』
ああ、早く新しい環境とこの身体になれないと。 今の僕は、人間の名前でもなく、信長様の愛刀・実休光忠でもない。審神者様の刀剣男子・実休光忠なのだ。 ぐだぐだ考えてもしょーがない。
『へし切長谷部殿、僕のことは実休と呼んでください。』 「なら俺のことも、長谷部と呼べ。」
審神者殿に仕え、戦い、絆を深めれば深める程、僕はきっと何度でも思い出してしまう。信長様と過ごしたあの日々を。 共に戦場を駆け、裏切りに怒り、泣いて、他愛ないことで笑いあった。戻れぬ過去に、僕はいつまでも囚われ続けるだろう。
「名前。」
たった一度でいいから呼んで欲しいと、最後の最後に明かした僕の"真名"。 視界が真っ赤に染まりゆくあの日から、"僕"と"私"の時間は止まってる。
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