▼ 降りてきたもの-02-
学級委員長コンビと別れて食堂に向かう。
そこに天女様がいると2人が教えてくれたのだ。
近づけば近づく程、がやがやと騒がしくなる。俺が食堂の真ん前まで来ればそれは一層激しく、そしてその騒がしさの中に甲高い声も混じっていた。
『おばちゃーん、定食1つ貰えますか?』
何食わぬ顔で食堂に入っていけば、そこにいた生徒のほとんどはこちらを見て「お帰りなさい」と声をかけてくれる。
ふと視界に入ったのは緑の忍装束の彼等達。でも誰1人、俺が帰ったことに気づかない。いつもなら小平太あたりが「いけいけどんどーん」と突っ込んで来るのに。
彼らが集まっている場所からひときわ甲高い女性の声が耳に届く。しかし、くのたまがこの時間帯に食堂に来るのは極めて珍しい。もしかして、あの輪の中に天女様とやらがいるのだろうかと6年が群がる方へと近寄った。
『おい、なにやってるんだ?』
軽く声をかければ、全員が吃驚したように勢いよくこちらを振り返った。いや、むしろ彼らの驚きように俺が吃驚したけどね。
そして彼らの真ん中に1人の女性がいた。くのたまでもない、きらびやかな着物を纏った女性が。
「なんだ蓮夜か。驚かすなよ。」
「気配を消して背後に立たないでよね。」
何故そんなに驚く?俺は完全に気配を絶ってなかったよ?いつも通り、少しだけ気配は消していたが食堂に来た時点で俺の気配ぐらいいつも感じ取っていたはずだろう?……訳がわからない。
「そういえば帰ってきたのだな。」
『あ、ああ…。』
思い出したかのような口振りで仙蔵が口を開いた。
「いつ帰ってきたんだ?」
『今朝だよ。』
「そうか。」
……え、それだけ?
いつもなら「おかえり」だとか「お疲れ様」と言った労いの言葉をかけてくれているのに。別に労いが欲しいわけでは無いけれど、それだけなのか?
他のメンバーも対して俺に声をかけずに目の前にいる女性に必死に話しかけていた。
「あれぇ〜?仙蔵ぉ、その人だぁれ?」
仙蔵が俺と少し会話を交わしたところを見ていた女性がこちらの方を向き声をかけてきた。
「ああ、彼はこの学園の事務員ですよ。」
「事務員ってぇ小松田さんだけじゃないのぉ?」
俺の事を上から下まで舐めるように見ながら仙蔵に質問をする。その視線がねっとりしていて、はっきり言って気分が悪い。
「ああ、それは」
『いろいろ諸事情がありまして、今はこの学園で働かさせて頂いております。』
何処の誰だかわからない、もしや間者かも知れない女性に仙蔵達が下手なことを言わないうちに俺がすかさず口をはさんだ。
「ふぅ〜んそぉなんだぁ。愛美ぃ、おにぃーさんのお名前知りたいなぁ。」
彼女は座っていた席を立ち俺にそっと近づいてきた。そして俺の手をぎゅうと握り上目遣いでこちらを見つめる。
なんなんだ、こいつは。
確かに容姿は目を見張るほど美しい。まるで人形のように整った、作られたかのような完璧な美しさだ。絶世の美女、そんな言葉が似合うかもしれない。だが、礼儀もなければ敬語も使わない。相手が誰であろうと初対面の人に向かってこの態度はあり得ない。いくら外見が美しかろうとこれではマイナスの印象しか残らない。否、マイナスでも表せないぐらい酷いと思うね、俺は。
それに名を聞く前にまずお前が名乗れ、と心の中で悪態をついた。
だが、あくまでも女性に接するときは紳士らしく。嫌悪感なんて毛ほど感じさせず、ポーカーフェイスを崩さずに口を開く。
『初めまして、俺は事務員の秋月蓮夜と申します。以後お見知り置きを。』
「愛美はね、天女の天祢愛美(あまねあいみ)って言うのぉ。よろしくねぇ〜。」
張り付けたような笑みで微笑めば彼女は頬を少し赤くしながらも俺を見つめる。
この甘ったるい媚びるような話し方。それは俺にとって勘に触る話し方でしかなく苛々してしまう。そして彼女から漂う独特の甘い匂い。ただただ行き過ぎた強烈な匂いで、むしろ吐き気がするほど臭い。
ねえ本当に貴方がテンニョサマ?
prev / next