ルドガー視点ひどく晴れやかな気持ちだった。
俺の選択は、世界と少女を救えただろうか。いや、その証明に少女は笑っていた。
もっと生きていたかった。少女と仲間と、兄と。別れが辛くないはず無い。でもそれよりも辛いことが、怖いことがあったんだ。俺はその選択をしたくなかっただけなんだ。俺は強くなんて無いよ。
穏やかな風が頬を擽るのを感じて目を開いた。何処までも透き通る空が視界いっぱいに広がっている。ここは何処だろうか。上半身を起こし視点を変えてみる。青々と生い茂る草が風に揺られている。ふと視界に入った足は骸殻に覆われていた。
「漸くお目覚めか。」
凛と透き通るその声に聞き覚えがある。声の方を向くと、思っていたよりも近くに彼女がいて驚いた。
「ミラ、………俺は、なんで、」
ミラの真っ直ぐな眼差しに自身に起こったことが鮮明に蘇る。
俺は、あそこで、カナンの地で、エルのために時歪の因子となり、確かに消滅したはずだ。エルの涙に濡れた笑顔を覚えている。なら、今ここにいる俺は一体何なのだろうか。
「今の君は私から、オリジンの審判を超えた者への贈り物だよ。」
「贈り物?」
ミラの表情がふわりと和らぐ。そのままミラが前を指差した。視線はそれにつられそちらを向く。そして、目を見開いた。
「オリジンの審判において、オリジンは君と少女の願いを叶えた。クロノスはオリジンと共に世界を守ると言った。ならば原初の三霊である私からも君に何かを贈るべきだ。」
「に、いさん…。」
「おはよう、ルドガー」
「ルドガーはお寝坊さんね。貴方一年も眠っていたのよ?」
そこに居たのはミュゼと、兄だった。あの時確かに俺とエルの間に橋をかけてくれた、あの優しい兄だ。
「いかな私と云えど、人を甦らせることは出来ない。しかし、オリジンの魂の浄化の前に君と君の兄の魂を拾い上げ、私の力で魂を浄化し記憶を引き継いだまま精霊に転生させることは出来た。」
ゆっくりと触れる兄さんは確かにそこに居て、俺に微笑んでいる。止まっていた何かがゆっくりと流れるように瞳から涙が零れ落ちていく。そんな俺を見て慌てた兄さんは優しく俺を抱きしめてくれて、その温もりに更に涙が溢れていった。
「君たち一族は、クロノスから力を与えられていた。一族の魂に刻まれるその力は人の身体を蝕んだが、精霊となった今の君たちには正しい力を与えている。」
「…?」
「ミラ、もう少し簡潔に説明してやってくれ。」
「あぁ、すまない。つまり今の君たちはクロノスと同じ力を扱う大精霊なのだよ。」
「流石に力の強さまで同じじゃないけどね?」
骸核に覆われた手を見て握りしめる。その意味に気が付いたのか、ミラが微笑んだ。
「私から言おう。ルドガー。私たちと共に世界を見守ってくれないか?」
すっと差し出された右手に自身の右手を合わせた。
「よろしく、マクスウェル。」
「ふふ、ミラで構わない。私たちの仲だろう?」
「あぁ、そうだな、ミラ。」
「私のことはミュゼ姉さんと呼んでくれてもいいのよ?」
「遠慮する。」
「即答酷い!」
「ははは!言うじゃないかルドガー!」
やれやれ騒がしくなるな、とミラが肩を竦めた。
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