黄色っぽい、金色の髪。太陽の光に当たってキラキラしているそれを見つけた時、私の目は初めて彼に奪われた。女のコってみんな綺麗なものは好きでしょう。あ、綺麗な色。そんな感覚で見て、そして他のたくさんの女のコとおんなじように、彼に見惚れてしまったのだ。
「へー。黄瀬涼太くん、モデルさんなんだ」
「らしいよ、結構有名だって。確かにかっこいいもんねえ。あたしもタイプかも」
雑誌とかには特に興味ない仲間である友達・ゆーちゃんとコソコソ。ほんのり頬を染めて黄瀬涼太くんを見つめる彼女に、ミーハーだねえと一言呟いた。すると、ムッとされてしまった。
「なによ。那雨だって黄瀬くんのこと、目で追っかけてんじゃない。好きなんでしょお」
「えー。好きだけど......うーん」
確かにそうなんだけど。だけど......顔。顔、なのかな。確かに、目を奪われてしまった最初の理由は、彼の髪や顔だったのだけれど。
二年生に繰り上がって、たまたまクラスメートに昇格した。一年生の間はたまに見る程度で、今日もイケメンだなあと思って、それで終了。だけど、二年生になって暫くした頃からだろうか、私も他の子と同じように、完全に彼の虜になってしまった。
「顔......顔なのかなあ」
「何一人でぶつぶつ言ってんの那雨」
「わっかんないなあ......」
視線の先で、黄瀬涼太くんは笑ってる。同じくクラスメートの黒子くんと喋ってる。部活が一緒らしい、よくバスケ用語を喋ってて、私にはよくわからない。彼は部活仲間と話してる時が一番キラキラしてる、そりゃもう、眩しいくらいに。その光が私まで届いてるみたい。
今もきっと、私とおんなじように、彼を見てる人はいっぱいいる。私はただのその一人だ。そう考えると、私もミーハーなんだろうな。
「んであんた、告白とかしないのー?」
「......えー。ゆーちゃん、私が告白してもいいの?」
「べっつにぃ、あたし、友達の恋人盗る趣味はないわよお。あんたが玉砕したら今度はあたしが挑戦するけどお」
「そこはかとなくヤな言い方だねえ......」
「そりゃ失礼しました」
軽口を言いつつ、考えてみる。
告白、告白ね。ライクかラブかで言ったら、多分ラブだから、しても問題ないんだろうな。してもいいかもな。あの、キラキラが、間近で見れるのなら。
黄瀬涼太くんとはこれまでまともに話したこともなかった。そりゃ、クラスメートだから、全く関わらないわけじゃないけど。でも、やっぱりただのクラスメート。彼に名前を覚えてもらえてたら、多分それだけで良いほうだと思う。毒にも薬にもならないとある女、程度だろう。
あれだけ女のコをいつもはべらせてるんだ。私程度、目立ちもしないし、この人の目にはどう映ってるんだろうか。
とか思いながら、私はその日の放課後、黄瀬涼太くんの前に立っていた。
行動力だけは褒められる。
「えーっと......白樺さんッスよね」
「わ」
「え?」
「私の名前知ってるってすごいね」
「いや、クラスメートじゃないっスか」
困った顔して笑う黄瀬涼太くん。困らせてしまったか。キラキラが少し萎んでしまった気がする。だめだだめだ、私この人のキラキラが好きなのに。
「で、何の用っスか? 世間話......とかじゃあないよね」
「うん」
気遣ってくれてるのがとてもよくわかる。もちろん、この人はわかってて言ってるんだろうな。それで、どうやって断ろうか悩んでるに違いない。玉砕覚悟、覚悟の上に覚悟を重ねてきたから、それほど怖くはない、大丈夫。失敗は決まってるけど、人生で初の告白だ、ここはぴしっと決めてやろう。
「好きです、黄瀬涼太くん」
まっすぐ目を見て、大好きなキラキラを見て、ぴしっと。
そして待つ。ごめんなさいを待つ。無駄な期待を持つ前に、ばっさり斬られておきたい。そしてまた影から見るんだ。とりあえず私は彼のキラキラが好きなのだから。
「......ああっと......その、白樺さん」
「うん。どうぞ」
「......オレ、今は、部活に打ち込んでるんスよ。だから恋とかは今は考えてなくて......」
「うん」
「すんませんッス。白樺さんの気持ちには応えられません」
何人も何人も、同じように告白を受けてきたんだろうな。きっとそれで、こうやって断るたびに、申し訳ない気持ちでいっぱいになってるんだろうな。
私はうんうんと頷いて、「わかりました」と応えた。まっすぐまっすぐ、目を逸らしちゃいけない。もうこれだけこの人に接近できる機会はないだろうから、告白の特権をいかして、精一杯近くで見てやるのだ。
「......なんか、白樺さん、印象違ったっス」
「え、そうなの?」
「結構はっきり言うんスね」
「......まあ、その、最初っから結果は見えてたし、ドキドキすることもなかったっていうか。それだけだよ」
「えー......なんかほんとすんません」と謝られ、私は頭を振った。本当に良かったのだ。不思議だけど、何故か今は、断ってくれてよかった、とまで思ってた。
なんでだろう。本当に不思議だ。でも、実際、この人のキラキラが増したのだ。私の告白を断った時、余計に増してたのだ。
不思議なキラキラ。変なの。
そう思いつつ、私は彼と別れた。部活に行くところを引き止めてしまっていた。早く行きたかったんだろう、彼は走り去っていった。部活へと行く前の別れ際の笑顔が、これまた一際輝いて見えた。
「ゆーちゃんおはよー。玉砕したよー」
「......って、もっと落ち込んでなよ、あんた。昨日の今日じゃん。昨日いきなり告るとか言った時もドン引いたけどさ」
「いーの。私は満足したんだから」
ゆーちゃんは結局告白しないらしい。モデルさんは見るに限るって。
そうなのかな。見るに限るから、私もそんなに傷ついてないんだろうか。わからない、やっぱり、わからない。今日も私は彼を目で追ってる。キラキラしてる彼を見て、それだけで満足してる。
「......うーん」
変な悩みだけど、その悩みはつきなかった。
とある時が訪れるまで。
←→
部活が楽しい。
バスケが楽しい。
こんなに何かに打ち込むなんて、生まれて初めてに違いない。
何で中学始めから、いや、何で小学生とかから始めなかったんだオレ!とかすごい後悔するほど、バスケにのめりこんでしまった。とはいえ、小学生の頃から始めてたらきっと今みたいにはいかないんだろう。やっぱ青峰っちの存在だな。どう足掻いても勝てない人がいるからだな。
のめり込めるものがあれば、毎日充実してる気分になる。勉強は今までどおりそこそこにしかできないけど、バスケがあれば未来は明るい! 日々ってこんなにキラキラしてたっけ? 学校がこんなに毎日楽しみになるなんて思いもしなかった。
とにかく、バスケだ。今は他に何も要らなかった。
それでもラブレターは次々来るんだけど。むしろ、バスケ始めてから更に倍くらいにはなった気がする。あっつい視線も多い。でも今は全てが煩わしいんだ。
ラブレターは受け取らない。熱い視線も見返さない。反応してほしいのかもしれないけど、今はそんなのにかまってられねえの。
来るなら来い!
聞いてほしいのなら自分で来い!
ちゃんと自分の足でオレのとこまで来るなら、それはちゃんと聞くからさ!
......なんて、勝手に心の中で熱弁してたら、ほんとに来てしまったのである。
クラスメートだ。正直ごめん、特に意識した事もない。名前くらいは覚えてるけど、そりゃそうだろ。
自分でちゃんと来る人は珍しいほうだけど、でもやっぱり断った。
すみません、オレ、今はバスケしか考えられねんスわ。
そんな感じのことを言うと、無意識だろうか、白樺さんは何故か嬉しそうだった。え、なにそれ、おかしくね? どーいうことなの、とは、言えなかったんだけど。
「オレって言うほど魅力ないんスかねえ。それともなんかのバツゲームで告白してきたんスかね」
「後者じゃないですか」
「よりによって酷いほう! 黒子っち、いい加減に応えないでくださいッス!」
「僕だったらバツゲームならしょうがないから動きます」
「つらい!」
部活中、休憩中。黒子っちは終始興味なさそうな話をしてたけど、ついさっきの出来事をこと細かに話した。ちゃんと聞いてくれてるあたりはさすが黒子っち。
「でもなんで断ったんですか? 白樺さんは顔で判断するような人じゃないでしょう」
「え、黒子っち、なにその親しそうな言い方」
「少なくとも黄瀬くんよりは彼女と話しますよ。彼女が君を好きなことも知ってましたし。聞いたわけじゃないですけど」
「そうなんスか......。......まあ、断った理由としては、やっぱりバスケっスよ」
「へえ」
"へえ"って! 聞いといてなにその応え方!
と、かみついてやりたかったけど、ちょうどそこで監督に集合をかけられた。断念。
白樺さんはそんな感じでオレの印象に残ったけど、でもやっぱり付き合うとかは考えられなかった。恋人になるとそういうことをしなくちゃならない、って既に束縛感を感じちゃうから。そういうこと考えてる暇があったら、今はとにかく、青峰っちに近づく方法を考えたい。どうすりゃあの人を超えられるか、とにかく練習したいんだ。
季節が一周し、木枯らしが吹くようになるまで、そう考えてた。
認識はあっという間に変わる。周囲も変わって、オレも変わった。やればやるほど力がつく。試合相手とは勝負にならない。青峰っちも練習に来ない。切磋琢磨する相手もいなくなって、じゃあ、スポーツってなにが楽しいんスかね。
そう相談する相手も、今はいなかった。何かが間違ってしまったのか、それともこれが正しい道だったのか。
風の音が嫌なほど耳に届く。
暇ができてしまった。
もう打ち込むことがない。
女のコと付き合うのもいいかもしれないな。そういえば、印象に残った人がいたっけ......。
一度告白されてからは多少意識してた人を、ふと思い返した。そうだ、白樺さん。二年の時はクラスメートだったけど、今は違う。今はどこの組なのかさえも知らない。でも、今なら探してみてもいいかもしれない。あの時は断ったけど、わりと好印象だったんだ。オレのことを忘れたりはしないだろう。
「あー。赤司っち、白樺さんて知らないスか?」
「白樺? ......ああ、確か......」
駄目もとで聞いてみたら、案外赤司っちはさらりと応えてくれた。存在を知ってるかすら際どいと思ってたんだけど。白樺さんはどうやらクラス委員長をやってるらしい。そりゃ赤司っちなら知ってるか。
部活も今は出なくても何も言われない。
放課後、オレは早速教えられたクラスに向かった。相変わらずまとわりついてくる視線はあるけど、今はオレらしくもなく、白樺さんに会うことに胸を高鳴らせていた。あれ、なんとなくの行動のはずが、なんかすげえ恋してる気分。
「あのー、白樺さん、いません?」
「___え?」
廊下側の窓からひょこりと顔を出す。すると、あっさりその姿は見つかった。
連れ出すのは結構難しかった。周囲がうるさいのもあったし、白樺さんが渋ったのだ。なんでだろう、この人、オレのこと好きだったんでしょ?
場所、ほとんど誰も来ない屋上前の階段。ちょっと声が響くけど、外はさすがに寒いんで。
「えーと、何の用かな、黄瀬涼太くん」
「変わってないっスね、白樺さん。なんでオレのことフルネームなんスか?」
「......なんとなく......距離?」
距離って。なんとなく笑えば、白樺さんは首を傾げた。
「もう一度聞くけど、どうしたの、何か私に用事? 私にできることならするけど」
「......この状況で考えないんスか?」
「......なにを」
「告白」
あの時の白樺さんのように、オレは白樺さんの目を真っ直ぐ見つめた。こうすると、一挙一動がよくわかる。白樺さんは僅かに目を見開いた後、眉をひそめてしまった。どうやら疑われてるらしい。冗談じゃあないッスよ、とオレは先回りした。
真剣な表情を作る。嘘だと思われないように。白樺さんってマジメぽいから、からかわれてると思っちゃうのかも。
「去年のあの時は断っちゃったんスけど、考え直しました。オレ、白樺さんとなら付き合いたいっス」
「......本気で、言ってるの?」
「超本気だから」
一歩、詰め寄る。こうするとこの人なんかちっちゃく見えるな。守ってあげたいかも。
白樺さんはたじたじとしてた。見るからにわかる、すごく困惑してる。それくらいはしょうがないっしょ。一度断られた相手なんだし、それからはオレを諦めようとしただろうし。いや、まあ、あの時黒子っちと話したように、バツゲームじゃなかったらの話なんだけどさ。
「あ、もしかして、既に他に彼氏がいたりするんスか?」
「ええ!? いないいない!」
一応聞いてあげる。さすがに強奪愛は悪い。とはいえ、その心配はないみたいだけど。
全力で顔を横に振った白樺さんは、だけどそれでも困った顔をしてた。なんだろう、他に困ることって。ていうかこの人照れたりはしないんだろうか。
「じゃあ......」
手を伸ばす。無性に抱きしめたくなって、無意識だった。
が。
予想外、胸にどんっと衝撃が来た。「うわっ!?」痛くはなかったけど、十分後ろに押し出される強さだ。押したのは誰って、もちろん、白樺さんしかいない。わけがわからずその顔を見たら、白樺さんの顔は苦渋に満ちていた。
「き、」
「き?」
「キラキラしてない」
頭に浮かんだハテナマーク。突然どうしたこの人。
「私、あなたのキラキラが好きだったのに、最近全然だから」
「え......ええ?」
「今の黄瀬涼太くんは、その、す、好きになれない......」
ズガン、と何かで撃たれた気分になった。
顔も運動神経も良く生まれてきたオレだもん、告白なんてしなくても女のコのほうから寄って来たから、これが初告白だったんだ。なのに、あれ、ほろ苦い。
「ご、ごめんなさい......」
この人、自分が告白する時はまったく緊張してなかったのに、今は見てわかるほど震えてる。断る時のほうが緊張してんのかこの人、変な人だな。
パッと顔を上げた白樺さんは、何故か泣きそうな顔をしていた。慰めてほしいのはオレのほうだけど、白樺さんを慰める暇もなかった。頭を深々と下げた白樺さんは、だっと走り出していた。
階段を下りる音を聞きながら、フられたことを考えた。
キラキラ、キラキラ、か。
そういえば、バスケに打ち込んでた頃は、全てのものがキラキラして見えたっけ。
←→
別に私は泣き虫じゃない。強いわけでもないけど、あっという間に泣くわけでもない。
なのに、久しぶりに黄瀬涼太くんを前にして、告白された時、すごく泣きたくなって、そして我慢できなくなってしまった。
進級して、クラスが変わって、黄瀬涼太くんを見ることは少なくなった。中一の時と同じだ。ただそれだけだったけど、クラスメートの時にはっきりと心を奪われた私は、よくよく彼の姿を探してた。
だけど、ある時期からすうっとその回数が減っていった。
一度ゆーちゃんに誘われてバスケ部の練習を見に行ったことがある。二年生の終わり頃だったかな。黄瀬くん黄瀬くんと騒ぐかわいい子たちに紛れるのはちょっと億劫だったけど、私も彼を見たい気持ちはあって、頑張って手すりから身を乗りだした。
その時、気付いたんだ。黄瀬涼太くんのキラキラはここが発信源だったんだって。汗水垂らして走りまくる、その姿はまったくモデルらしくない。だけど、輝いてた。部活仲間と笑い合うその笑顔も、床にバテてダウンしてるその姿も、全て、全て。
「ゆーちゃん。黄瀬涼太くんって、バスケが本当に大好きなんだね」
と、ボールがあちこちでバウンドする音を聞きながら言った。隣にいたゆーちゃんは首を傾げてた。
「突然なに? あんたが黄瀬くんに断られた理由でしょ、それって」
「うん、それもあるんだけどね。でも、今、やっと私が彼を好きな理由がわかったの。バスケをしてるからなんだよ、きっと。バスケが大好きな黄瀬涼太くんが好きなんだ、私」
そう考えると、つじつまがあった。部活に夢中だからって理由で断られた時、一際輝いてたんだもの。バスケバスケって言ってる彼が好きなんだ。好きなものに打ち込んでる彼に惹かれてるんだ。
「......なるほどねえ」
とゆーちゃんは笑った。確かに輝いてるかもって言ってくれた。好きな人のことを認められると、なんだか無条件に嬉しくなって、そうでしょって応えた。
だけど暫くしてから、ゆーちゃんは思い出したように言ったのだ。
「でもそれって、あんた、黄瀬くんとは一生付き合えないってことじゃないの?」
「え? どういうこと?」
「あんたはバスケしてる黄瀬くんが好き。でもバスケしてる黄瀬くんは他の事が煩わしい。だから、黄瀬くんがもしバスケに興味をなくせば、あんたに可能性が出るってことだ。けどさ、その時には逆に、那雨、あんたのほうが黄瀬くんに興味がなくなってるってことでしょ」
ゆーちゃんが言ってることはややこしい。だけど、確かにそうだと思った。
バスケが好きな黄瀬涼太くんが好き。そんな私は、きっと、彼がバスケをやめてしまった時には、彼のことが好きじゃないのだ。彼のキラキラが消えてしまうのだから。
「そっかあ......じゃあ彼に言い寄られたとしたら、私、傷ついちゃうかなあ」
「無さそうな可能性のハナシだけどねえ」
「えー、ひどーい」
でもそれでいいんだ、彼がキラキラしてさえいればーーーーーーそう思った、ずっとそう思ってて、だけど。
ある時期から本当に起き始めていたから。
黄瀬涼太くんのキラキラが消え始めていたから。
女のコってみんな綺麗なものは好きでしょう。でも、綺麗だったものがくすんでしまうと、目が移ろいじゃうの。元々アンティークなものだったとしたら、それはくすんでることが魅力だけど。だけど、綺麗だったものが色褪せちゃったとしたら。
『オレ、白樺さんとなら付き合いたいッス』
そんな言葉は聞きたくなかった。いつまでもバスケに夢中ですって言ってほしかった。
あんなにも好きだったのに。彼、あんなにもバスケが大好きだったのに。
そう思うと、涙が溢れてた。
教室に駆け込むと、あの黄瀬涼太くんに呼び出されたってことでクラス中がうるさかった。だけど、私が泣いてたからだろう。女子はホッとしてあっという間に散り散りになり、男子は期待を裏切られてつまらなさそうに散り散りになり。
最後まで私に付き合ってくれたのは、ゆーちゃん一人、机にふせってぐずってる私の話を聞いてくれていた。
「おかしいよね、私、絶対おかしいよね」
「そんなことないよ、那雨はおかしくない、大丈夫だから」
バスケが好きじゃなくなったって、黄瀬くんは魅力的な人だってことはわかってる。顔がいいのに越した事はないし、運動神経も抜群。勉強のほうはどうか知らないけど、モデル業をしてるからか、対人関係もうまい。だからといって大人過ぎるわけでもなく、大人と仕事もできるけど、普段は普通の男子中学生で、親しみやすい。
「でもね、それでも私の一番は、」
「わかってるから。那雨、きっとそれでいいんだよ。大丈夫、大丈夫......」
ゆーちゃんは大丈夫大丈夫って慰めてくれた。解決策があったわけじゃないけど、それだけで有り難かった。聞いてくれる人がいて良かった。
私の恋はそうして終わった。
フられた時には終わらなかった。フられたって好きで居続けるのは自由でしょう。でも、告白された時に、私の恋は終わってしまった。好きな気持ちが消えてしまったのだから。
さよなら、私の初恋。さよなら、黄瀬涼太くん。
「那雨〜、もうあんまり会えなくなるねえ」
卒業式の日。全ての儀式が滞りなく終わって、みんながガヤガヤしてる中、私とゆーちゃんも別れを惜しんでた。いつもは気丈なゆーちゃんが涙目だ。
「そんなことないよ。いつでもメールも電話もしてね、待ってるからね」
「でもあんた都外行っちゃうじゃないい〜」
「隣でしょー。会いたいって連絡くれたらいつでも行くから。文化祭とかもお互い行こうよ。絶対楽しいから」
いつもは引っ張られる側だけど、今日は慰める側だ。ゆーちゃんの頭をよしよしと撫でながら言えば、ゆーちゃんはうんうんと頷いて、「絶対だからね」と涙声で言った。
「あんたが行く、海常ってとこ、無駄にでかいんだから、文化祭の時は迎えにきてよお」
「行く行く、行くからね」
「もうっ、那雨のくせに進学校に行っちゃってえ!」
ばしんと叩かれ、痛かった。
卒業式、友達ともお別れ、そして、私の初恋ともお別れ。
もう姿を探したりはしない。ただ、心の中でお礼を言った。
黄瀬涼太くん。素敵な恋を、ありがとうございました。
←→
入学式も一月ほど前に終え、新しい生活に慣れ始めた頃。ダレてたとはいえ部活はやっぱりバスケで、新しい先輩にシバかれながらも、まあほどよく楽しかった頃。
黒子っちとの練習試合に負け、中学の時に感じてたような熱意を取り戻した頃。
あ、キラキラ。と、そう思った頃。
周囲の何もかもが輝いて見える。久しぶりの感覚だった。部活に行くのが何よりも楽しみになって、モデル業も二の次になって、学校が倍くらい楽しくなって、毎日が充実してる気分になる。風の音も、聴こえない。
「(キラキラ......って言葉を耳にすると、どうしても思い出すんだよなあ)」
放課後。外周ついでに、水飲み場で喉を潤し、顔も洗いつつ、思い出す。
オレが初めて告白した相手、白樺那雨。付き合った事もないただの女のコをフルネームで覚えてることなんて珍しい。ちゃんと目の前にしたのは二度、だけど、今も完璧に思い出せる。
「(案外、オレの初恋だったりしたのかねえ、彼女は............)」
ほろ苦い思い出。告白されてフって、告白してフられたって、なんてカッコ悪い。まあ、もう会う事もないんだろうけど。
フられてからは余計意識したりもしたっけ。廊下を歩くたびに探してみて、だけど中々見つからなかったんだよな。黒子っちかよってなった。ていうか自分のほうが目立っちゃうタチなんで、もしかしたら故意に避けられてたのかもしれない。うわ、それならすげえショックだけど。
顔をばしゃばしゃと洗って、持ってきてたタオルで拭く。
なんとなくセンチメンタルな気分になって空を見上げた。目にしみるくらい、すっげえ青い。目を瞑れば思い返す彼女の姿。
「うー......さよなら、オレの初恋、白樺さん......」
今のオレならまた好きになってくれんのかもしれねえけど。とか思うのは、希望的観測か。モテるばっかりのオレに、良い経験をさせてくれたよ、白樺さんは。
なんて。
思いながら振り返った時、オレの手からタオルがはらりと落ちていた。
オレの視線の先でも、プリントがばさりと落ちていた。
数枚は風に吹かれて、どこかへ飛んでいってしまった。
「キ、キラキラ.........」
そして第一声。
思わずオレは笑ってしまった。
「......変わってないんスねえ。......久しぶりっス。白樺さん」
たった今挨拶をした、彼女がそこにいた。驚いたままの格好で止まっている彼女が。
「き......黄瀬涼太くんは、また変わったね。前より、ずっと、キラキラしてる......」
「そッスか? ......惚れ直すくらいには?」
「え。え、えっと」
「冗談っスよ」
驚いていた気持ちは、自然と穏やかな気持ちに変わっていった。白樺さんはオレを追いかけてきたわけじゃないだろう。きっと、偶然、同じ学校で、また出くわしたんだ。
歩み寄っても、もう逃げられない。白樺さんはじっとオレのことを見上げてた。
「白樺さん。プリント」
「あっ、そうだ、プリント、マネージャーの子に渡してほしくて......クラスメートの子で」
「飛んでっちゃったけど」
「え、嘘? ずっと持ってたはず......」
持ってる枚数を見直して、ホントだ無い、って驚く白樺さん。マジで気付かなかったの? そういえば、ずっとオレを見てたもんな、この子。
女のコは、光モノが好き。自惚れて良いんだったら、オレのそのキラキラってヤツから、目をはなせなかったってこと?
「白樺さん」
声をかければ、白樺さんはまたオレを見る。その目はじっとオレを見つめてはなさない。真っ直ぐ、真っ直ぐ、いつまでも。
「オレ、またバスケに打ち込んでるっスよ。白樺さんが言ってた、キラキラしてないって、きっとそういうことだったんスよね」
あ。初めて、オレの前で赤面した。赤くなるタイミングよくわかんない人だな、この人。白樺さんは、それでも真っ直ぐオレを見てた。
「オレ、またバスケが大好きになりました」
「う、うん......良かった」
「白樺さんは、こんなオレが、好きなんスよね」
「うん......そうだよ。バスケが大好きなキミが好き。だからね、私の好きは実らないの」
そう言って白樺さんは笑った。なんにもおかしくないって思ってるみたいに、堂々と笑顔を見せた。吹っ切れたような顔だった。
でも、オレはまだ吹っ切れてない。白樺さんがまたオレの目の前に現れたから。
「いや......実ってよ」
カッコ悪く言うなら、実らせて、なんスけどね。
「オレ、今、バスケが大好きだけど、白樺さんのことも好きなんで」
ぽかんとした白樺さん。この人のことを深く知ってるわけじゃないけど、すごく知りたいって思ってるんだ。真っ直ぐオレのことを見てくれる人。オレが頑張ってるのが好きだと言ってくれる人。
「バスケにもキラキラするけど、恋にもキラキラしてみせるッスから」
「......キラキラ......あははは、キラキラって」
「ちょ、なんで笑うんスか!? 自分で言ってたくせに!」
「うん。ありがとう、黄瀬くん」
あ。名前。なんでフルネームなのって聞いたら、距離?って言われたっけ。
「私も今の黄瀬くん、好きです。ぜひ私と付き合って下さい」
「モチロン......ってそれオレのセリフ!」
「バスケ、頑張ってね。ずっと応援してるからね」
「......へへ、ハイっス。白樺さんも、練習見に来て下さい。そしたらオレ、もっと頑張れるから」
オレの好きを応援してくれる人。なんて、ありがたい存在。
嬉しくなって手を差し出したら、それに気付いた白樺さんは一瞬遠慮したけど、同じように手を差し出して、ぎゅっと握ってくれた。
「「よろしくお願いします」」
これからどうなるかなんてわからないけど。
三年越しの恋が実って、照れくさくなって、オレたちはお互いにクスクスと笑っていた。