彼のこんなところを見るのは嫌だった。
ソファに仰向けに寝転んで、スカーフで顔を隠してる。そのスカーフをとられることがないように、更に手でスカーフを抑えてる。
食事だと呼んでも出てこないから、声をかけてから部屋に入った。いつもは完璧に掃除されている部屋は、今日は僅かに埃がまっていて、それに、うっすらと泥臭く、...血がついた隊服が、無造作に脱ぎ捨てられていた。
それは彼の血ではないだろうし、蒸発するから巨人のものでもないはずだ。...だから、あの赤黒いものの持ち主だったのは、きっと。
この前までは、調査兵団の一員だった人のものなんだろう。

「...誰が俺の部屋に入っていいと言った...」
「...夕食ですよ。ここ数日の壁外調査で、まともなもの食べてなかったでしょ...栄養とらないと」
「今日はいい。...お前はさっさと行け」

声はいつもと変わらない。それも、いつものことだった。
明日になれば平常通りになるだろう。何事もなかったかのように戻るだろう。
だけどそれが何より痛々しいと、彼は気付いているだろうか。

「...調子、狂うじゃないですか..."人類最強"」

くるりと彼に背を向けて、ぼそりと吐いた。気分は暗いのに、何でか小さく笑ってしまった。
ここ数日間で、私は何度食われかけただろう。一匹苦労して殺しても、まだ背後に何体もの巨人が残ってることに、何度絶望しただろう。何回、この世界の残酷さに跪いただろう。
いっそ死ねたなら。
...だけど、そんな思いは、本当に死んでしまった仲間を見る度消え失せる。バカなことを考えてしまってごめんと、土下座したくなる。肉片に掻きついて、涙が枯れるまで泣いてしまいたくなる。
血の匂いなんて大嫌いなのに、仲間の血の匂いだけは、一生忘れたくないと思う。
...そう、私は、思う。
この人が思うように、きっとこの人も思っているように、私もそう思う。
だけど...この人は、違うのだ。自分勝手だとわかっているけど、この人だけは、違うのだ。

「...人類最強なんですから、誰より気高くいて下さいよ」

あなたも人間だけど。ちょっと強いだけの、ただの人間でしょうけど。

「じゃないと、私たちは...誰に縋りつけばいいんですか」

最強であるはずのあなたが嘆いていたら、私たちに突き付けられるのは、絶望しかないんですから。

「.........勝手なヤツだな」

ぼそり、と呟かれる声。ソファのスプリングが鳴って、床に足がつく音がした。

「へへ......多少我侭じゃないと、こんな世界、やってられませんから」
「ハッ...多少か?」
「...すみません」
「...いいや」

俯いて佇んでたら、背後から突然後頭部をぼすりと叩かれる。振り向いても、彼は私を見ているわけじゃない。ドアをさっさと開けた彼は、振り向こうともしなかった。

「飯行くぞ」

その声はいつもと変わらない。

「早くしろ...とっとと行かねえと冷めちまうだろうが」
「...我侭なの、お互い様じゃないですか」
「なんか言ったか?」

「...何も」。小さく笑って、彼の後を追いかける。やっぱり振り返らない彼の背中を見ながら。
今彼がどんな表情をしているのか、そんなの、私にはわからない。
...ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。強くなれない名もない隊員でごめんなさい。少しでもあなたの力になれたなら、なんて、そんなことも思えないほど、弱い人間でごめんなさい。
でもやっぱり、あなたは。

あなたは、私たちの希望であってください。
私たちの前で、どうか、誇り高い人であってください。

どうか。




「...ティゼ」
「!...え」

突然 名前を呼ばれて私は固まった。彼は相変わらず振り返らなかったが、立ち止まった私と同じように、歩くのをやめていた。

...お前は、いなくなるな。

小さな声だった。だが、私は確かに耳に拾った。
強く、弱い人は、また歩き出す。私は暫くその背中を見つめ続けていた。

その背に、いつか、追いつけたなら。

ごめんなさい、とまた心の中で呟く。
今はさっきみたいに縋り付くことしかできないけれど。
いつか追いつけたなら、その隣で歩いて、彼を支えてあげられたらいい。

今はただの願望でしか有り得ない気持ちを、私はその胸に抱いて、追いかけるように走り出した。


 
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