高校生になってから、もうすぐ一年になろうとしてる。
自室の窓から薄暗い外の景色を覗いた。そしたら見えたのは、ちょうど夜空から降ってきた雪。「うわー...見てるだけで寒いや」。絶対外出たくないな、と独り言を呟く私は、中学くらいまではあった?純粋さもなくした気がする。しんしん降り出した雪を見てたら、ちょっとセンチメンタルな気分になった。
雪だ雪だとバカ騒ぎした中学生のとき。なんだかすっごい変人たちの中に一人放り込まれた気がしてたけど、他の友達には「アンタも似たようなもんでしょ」とかって言われてたっけ。道路に降り積もってた雪を玉にして、男共に放り投げて、逆に投げ返ってくる玉からは親友と一緒にキャーキャー言いながら逃げて。意味もなく楽しかったあの頃、女子高生が青春しないでどうすんのとか今は言われるけど、私にとっちゃあの頃のがしてた気がするなあ...という思いだった。
赤とか紫とか桃色とか黄色とか水色とか緑とか、カラフルな頭のあの人たちを連想していって、結局、最後に思い浮かべたのは青色で。
「(そういやアイツ、今頃どーしてんだろ...今となっちゃ、中三あたりのグレてたイメージしかないな...)」
どーやったらそこまで黒くなれんのって言いたくなるくらい、色黒でバカ面の男を思い出して、ふーと溜め息をついた。
時だった。
突然 手に持ってたケータイが震えだして、「うわあっ!」。みっともなく声出した私は、あーびっくりしたとドキドキしながらケータイを開いて、液晶を見た。すると、久しく見てなかった名前に、私は多分、目に見えるくらい明るくなった。
「はいはい、那雨ですよ!」
『わー那雨の声だー!ひっさしぶりー、元気だった?』
「さつきー!うわー、なんか声大人っぽくなった?気のせい?」
『そういう那雨こそ!...えへへ、なんか緊張するなあ』
可愛らしく笑う受話器の向こうの相手。幼稚園から中学まではずっと同じ学校に通ってたから、ここ一年離れてたって言っても、気心しれまくりで全然気負わずに済む。「緊張〜?何を仰る!昔からのバカ那雨だって思ってくれていーのよ!」『だよねー』「こらそこ否定しとけよ」。次々と口から飛び出す言葉に、遠慮なんて今更だった。
「それで、どしたの?随分 急だね、電話」
『うんー...ま、ね。最近、ちょっと色々あったから...』
「うん?なに?バスケ関係?それともあのバカのこと?」
『...両方?っていうか、バスケが関わってるって言ったら大ちゃんだし、大ちゃん関わってるって言ったらバスケでしょ?』
さつきは困ったように笑った。大ちゃんとは何を隠そうバカこと青峰大輝、さつきのほうが付き合いは長いだろうけど、私にとっても幼なじみといって差し支えない男である。ちょうど今 思い出してた相手だから、すぐにすっと脳裏に浮かんで、苦笑い。なんだかちょっと、思い出すのが複雑だった。
「それもそーか.........って、あれ」
『なに?』
「..."青峰くん"、じゃなかったの?」
不意に感じた違和感を口にすれば、あ、とさつきはバツが悪そうに零した。
『...うん。実はその事なの』
「...どの事よ?」
『那雨はあんまり事情知らないかもしれないけど、さ......今日、実はね、ウチの桐皇......大ちゃんがね、誠凛...テツくんが行った高校のトコに、負けたんだ』
「......負け?」。私はポカンと口に出した。「...大輝が?」。
私は、そんなにバスケのことを知らない。中学時代 バスケ部に入ってた変人たちと仲が良かったのは、たださつきと大輝繋がりってだけだ。だけど、素人目でも、アイツがどれだけ強いのかはわかってた。さつきの言うテツ君こと黒子君が、あまりバスケを得手としてなかったことも。
それと、才能に恵まれ過ぎたから、コートの中の大輝が孤立してたってことも。
「......大輝が...黒子くんに...」
『...うん。そしたらね、大ちゃん、吹っ切れたみたいな顔してた』
「...そっかあ...。ついに、負けたんだ。...ちょっとアレかもしれないけど...この言葉でいいかな?」
『うん?』
「おめでと」
負けたとこにいうのは、ちょっと失礼かもだけどさ。ってちょっとどもりながら言うと、さつきはちょっと沈黙を置いたあと、『...ううん。ありがと、那雨』と静かに返してくれた。「...どいたしまして」ちょっと照れてちっさく言ってみたら、さつきはクスクス笑って。慌てて、「それで?」と声色を無理矢理変えて話題転換。
「大輝が負けたから...私に電話かけたの?報告?」
『ああうん、それもあるけどね。那雨も、ちょっとは気にかけてたでしょ?』
「えー......ちょっとは、ね?」
『素直じゃないなあ、もう。...まあでもね、私が那雨にわざわざ電話したのは、実は、それだけではなくてですね...』
「それだけではなく?なに?」
『え...っとお』
「ん?」
『...う〜あ〜、わ〜、なんだかもうこっちまで照れてきた...!』
「は?ちょっとさつき?」
『だって、だってね!?私、ぜーんぜん気付かなかったんだもん!この私がだよ!?』
「いや、知らないよ。何の話よ」
『..................あ...っあのね!実は今日、その、大ちゃんが試合負けたあとにね...!』
コツン。
ちょうど、さつきがそう言って、私になにか重大発表らしきものをしそうになった時だった。
「うわっ!?」。私はまたもや情けない声をあげていた。ずっとぼうっと見ていた窓に、突然、小石がぶつかったのである。結構近距離だったから本気で体が跳ね上がった。
『え、どしたの?』
「いや、なんか石が.........あ」
大輝。ぽつりと零した私の声に、今度はさつきが『え!?』と声をあげた。
窓の外。通りのほうを見たら、なんとびっくり、たった今話題に上がってたガングロバカが立っていた。手で小石を上に放り投げてはキャッチしてるから、今 あろうことかこの私の窓に石を投げたのは間違いなくアイツだろう。
『え、なに...大ちゃんが来たの?』
「私の部屋の窓に傷がついたらどうしてくれるんだろうねあのバカ。はたいてきてもいいかな」
『状況掴めないんだけど、どういうこと!?』
「あー...あとでメールするよ、さつき。とりあえず、なんか出てこいとか言われてるみたいなので、一旦切るね」
バカが風邪ひくのかどうかは不明だけど、雪まで降ってる中で、あまり長い時間待たせるのも忍びないので。
『う...うんっ、連絡待ってるから...!』。なんだか異様に声が上ずってるさつきに、じゃあまた、と返事してから電話を切った。どういうつもりだろうとぶちぶち思いつつコートを羽織ったり用意をする間、私はなんだか、妙に心臓がうるさいのに気がついた。
「...よお」。
顔を見るなりそれだけ言った大輝に、私は思わず苦笑を一つ。
「久しぶりじゃん。......変わってないね、大輝」
「...多少伸びたろ。身長とか」
「元から高かったのに、今更伸びたってわかるもんじゃないって。...で、どしたの?」
減らず口を叩きつつ、私は実は、ちょっと嘘をついていた。...たった一年、されど一年。
なんだか一年見ないだけで、コイツがコイツじゃなくなったみたい。バカのくせに、なんだかかっこよくなった気がする。...ま、多分、気のせいにすぎないんだろうけど。
妙にしおらしい大輝は、私にばんばん違和感を押し付けまくりながら、一歩前進してきて、私の頭にぽふりと手を置いた。
「ちょ、」
「お前はなんか、変わったな」
「は!?」
「女っぽくなった」
開けてた家のドアから手が離れて、私の背後でがちゃりと閉まる。私は多分間抜け面しかしてない。過去最上級のバカみたいな顔をしてることだろう。しかし、私に非があるものか。
なに、この状況。
「...熱でもあんの...?それとも...黒子君に負けて、よっぽどショックだったとか...?」
「あ?...さつきか」
「う、うん、たった今電話が......つかいい加減離せ!」
気恥ずかしい。バッと大輝の手を振り払って、腕で顔を覆い隠す。まずい、今、赤い自信がある。
さつきとの最後の会話内容を思い出した。なんか妙に荒ぶってたよね、さつき。大輝が黒子君に負けたからってだけで電話かけたんじゃないとかなんとか......もしかして、なんか大ちゃん変になったんだけどどうしよう那雨!?って話だったんだろうか。
「いや...あれだよ、大輝。誰だって一度や二度敗北するんだよ...むしろ、ずっと全勝してた中学時代が異常だったんだからさあ...ね、あんまり気を落とさずに、いい契機だったと思って、ほら、いつも通りのバカみたいな大輝に...」
「バーカ。誰も落ち込んじゃいねえよ。つーか んだよ、バカみてえなオレって」
「や、そのまんまの意味です......けど」
なに、照れてんだろ、私。いくら一年離れてたからって、相手は大輝だぞ、照れる要素一つもないじゃん。
「......確認しに来たんだよ」
私からちょっと距離を置いて言った大輝に、私は顔をあげる。するとやっぱりそこには妙に真面目くさった大輝がいて、どうしようもなく居心地が悪くなる。「...何を...」。やっとのことでそう吐き出すと、大輝はなんかいきなり口元を上げる程度の優しい顔で笑った。それで、ちょっと心が軽くなった。
バスケが楽しいって、そう笑ってはしゃいでた頃の、面影が残る笑顔。
「.........獲れる可能性が、あるかどうか、だよ」。
また、手が伸びてくる。
私は咄嗟に身動きできずに、その腕に捕らえられていた。
「ちょ...っ大輝!は、は、放せバカ!」
「弱ェ弱ェ。那雨お前、力弱くなったんじゃね?中学の頃のほうが痛かったぜ、お前の拳」
「うっさい!そっちが勝手に強くなったんだろもう放せってば!!」
自宅の玄関の前で幼なじみにだきしめられるってなに?羞恥プレイ?なにこれドッキリ?
コート着たって寒かったのに、熱いし。雪なんてもうへっちゃらだし。心臓ばくばくいってるし、なにこれわけわからない。獲れる可能性って、なに、それって。
「...意地張ってたんだよ、オレ」
「...いや、ごめん大輝...聞きたくない」
「いいから聞け。...自覚は、ずっとしてた。いつからなんて忘れたけどよ。けど、バスケでなんかむしゃくしゃしだして、いつか言おうとか思ってたのに言えねえまま、お前は違うガッコに行きやがって」
「...私がどこ行こうと勝手でしょ...!幼稚園からずっと一緒だったとか、そっちのほうが奇跡だったんだから!」
「けど、毎日みてえに顔合わせなくなってから、余計に意識しだした。よかったな、オレん中でお前、結構でけえ存在だったみてえだぜ?」
話聞けよ。もういいって。私、そこまで鈍くない。恥ずかしすぎる。バカみたいに笑い合ってたあの頃に、今更そんな後付けしないでよ。
普通に名前呼びなのも、平気で罵倒できるのも、全部、小さい頃から知ってたからだ。だからずっと、ただただ騒ぎ合う悪友、みたいなもんだったのに。いつからだ、こんなの。...こんなの、...大輝だけじゃないじゃん。
私の中で一番輝いてたセイシュンは中学時代だったって、この一年ずっと思ってたのに。...なんでその言葉を、今更この時に当てようとしてんだ、私。
「...けどなんか、やっぱ、今みてえにお前んちにまで行く、なんてことはできなかったんだよな」
「......グレてたもんね、大輝...どしたの、心変わり?」
「うっせえよ。...ま、テツに感化されたみてえなもんだけどな。アイツ、すげえぜ。一年経ってもなんも変わっちゃいねえ、真っ直ぐなままだったわ」
「...ハハ、さすが黒子君。ねえところで、いい加減、放してくんない?」
嫌だね、と意地悪く言う声は、吹っ切れたように楽しそうだった。言ったろ、テツに感化されたって、と響く言葉と同時に、腕の力が強まる。
「今だけかもしんねーぜ、こんなにオレが素直なのは」
「...だからなに」
自然と拗ねたような声が出て、なんだか惨めな気分になる。素直なアンタなんかいらないっつの、ってはねのけられない今現在。悔しい。悔しくて、すっごく顔が熱い。
大輝の腕の力が強くなる。更にぎゅっと抱きしめられて、肩ごしの大輝の吐息がくすぐったい。久しぶりに感じる匂いに、情けなくも、体の力が抜けていった。無理矢理にでも抜け出せない理由なんて、もう明白だった。
「...那雨。会いたかった」
初めて聞いたんじゃないかってくらい優しい声を聞いて、私はもう、抵抗なんて全部やめていた。
From:さつき
To:那雨
Sub:オメデトv
本文:今度 私とテツ君と、ダブルデートしようね!