それは、遠い過去の記憶だ。明るい里の中の、暗い路地裏のことでのことだった。
「お前、いっつも泣いてるな」
幼い少年の声が後ろから届いた。振り返ると、この里には珍しい銀色の髪の少年が、じとっとした目でオレを見ていた。
「…なんだよ。あんたもバカにしに来たのか」
「へーなんだ、お前、アイツらにいっつもバカにされてんの?」
「…」
「そんでそうやって泣いてんのかよ。こんなじめじめした路地裏なんかに逃げ込んで。アホくさー」
そう言われて、オレの目からまた大粒の涙が落ちる。ぐっと唇をかみしめても、我慢ができなかった。泣かせた張本人はといえば、興味がなさそうに頭を掻いている。
オレは悔しかった。この少年のことは、この里では有名だった。
「よそ者のくせに」
怒らせるつもりで言った。だが、予想に反して、少年はそれでニッと笑った。
「なんだ。お前、そうやって反抗できんじゃん」
「……は?」
「バカにされて泣いてんなよな。そうやって蹴散らそうとしろよ。お前、賢いんだろ。めちゃくちゃ勉強してるって聞いたぜ」
「……だからお前のともだちに、ガリ勉って、バカにされるんだ」
「いいじゃねえか、ガリ勉で。なんもしねえより」
そう言った少年が近づいてくる。その手が突然印を組むのを見て、目を見開いた。オレが逃げるよりも先に、その手がオレの額を小突く。
ぐ、っと、自分の体が金縛りにあったように動かなくなる。でも、
「解」
呟くと、すぐに解放された。
「やっぱすげえじゃん、お前」
たった今一瞬だけオレを捕まえた少年は、満足そうに笑ってる。
「封印術はだめだなー、お前のが格上かー。お前、それ誰に習ってんの?」
「…父さんだよ。凄腕の術師なんだ」
「いいな。オレは全部独学なんだ。うちは父さんが別の一族の人だからさ、母さんは忍者じゃねえし」
「…知ってる」
「ん?」
「アンタのことは、有名だよ」
「はは、まあ、そうか。そうなんだ。だからさ、オレに教えてくれねえ?」
目を瞬く。少年はなんてことなさそうに、自分の腕でオレの顔を乱暴に拭いてきた。涙を拭っているつもりなんだろうが、逆に痛いくらいだった。
それで、オレの手を引いて歩き出す。よろめいたオレは抵抗ができずに、路地を抜けて、明るい道へと連れ出された。
「オレ、北波ってんだ。お前は?」
「…イギリ」
「イギリ!今日からお前、オレのししょーな!んで、今度アイツらに目にもの見せてやろうぜ!」
藍色の一族の中を歩く、輝かしい銀色の髪の少年。
文字通り異色な彼は、やっかみを受けることもあっただろうが、それを跳ね除ける自信を常に持ち合わせていた。
いつも笑顔で、前向きで、闇の色を弾き返すような。
「……お前はそんな顔、してなかっただろ……」
暗闇の中、イギリは呟く。
戦争の真っ只中、結界術の中央にある、深い洞窟の中。
外道魔像の姿はもうない。いつかのタイミングで、どこかに口寄せされたんだろう。
ただ、イギリのすぐそばには、棺桶に入ったままの銀色の青年の姿があった。
渦木北波は、意識のない目のままでただ、棺桶の中で突っ立っている。
ゴウッ──────!
そして静かだった空間に、まさに今、凄まじい風が走った。
洞窟、その天井に、衝撃に負けた大穴が開く。暗闇に突如として外界の明かりが入り込む。
ガラガラと瓦礫がイギリの上に降ってくる。
砂埃があがっている。暫く襲撃者の顔は見えない。
だが、イギリはもう理解していた。
ーーー第七十五話 姫の翼
戦争は混乱を極めていた。
トビが動き出した───そして、我愛羅が指揮していた戦地の元に、あり得ない人物が現れていた。
それこそが、うちはマダラ。
穢土転生の証の、黒い眼を宿したうちはマダラが、姿を現していた。
すると面の男・トビは誰になる。
ナルトとトビがぶつかった。トビが連れる元人柱力たちと、ナルト・ビーの戦いが始まる。
…戦争は、混乱を極めていた。
■
まだ瓦礫が崩れる音は続いている。
イギリは冷静な顔を崩さなかった。結界の中のことは全てイギリには筒抜けだったため、ここに向かってくる人物がいることは承知の上だったからこそ、襲撃者については一切の驚きを見せなかった。
「……シハク?」
ただ一つ予想外だったことは、真っ先に見えた影が、見覚えのある鳥の姿をしていたことだ。
砂塵が晴れていく。紫珀の他に、もう一人、カナももちろん瓦礫の上に立っている。たった今乱暴に洞窟を破壊したカナは、跳躍してイギリと同じ地に降り立った。
「お久しぶりです、イギリさん」
「カナ……お前の忍鳥は……シハクだったのか…?」
「ほんまに久しい顔やな、イギリ……こうして実際に会うまで、半信半疑やったわ」
イギリにとって懐かしい、紫珀の独特の口調。
「ここにオレ様がおったことが、お前の結界の唯一の弱点やったな。この結界は、術者を中心に球体の結界を張ってまう。結界の頂点さえ見つかれば、その下に術者がおることはバレバレや」
「…探っている者がいることは分かっていた。だが……まさか、シハク、お前が」
「オレにとっても、まさか、や。…経緯はカナから聞いたけどな」
紫珀の足がカナの肩に降りる。
ここに来るまでにカナは全てを話していた。イギリという人物と少しの間行動を共にしたこと、イギリとイギリの両親だけがたまたま難を逃れていたこと、それから北波を探していたこと。
「…なんで北波が生きとるって知っとった?」
北波という個人を探すには、北波が生きているという確信がなければ無理だ。
「…風羽に殺されたみんなを、いつまでもそのままにしてるわけないだろ。オレと両親は、ほとぼりが冷めた頃、みんなを供養するために里に戻ったんだ」
「…そういうことか。そこで、北波だけがおらんことに気づいたんやな…」
「オレからも聞かせてもらうぞ」
「……」
「なんでお前、風羽と一緒にいるんだ。シハク」
イギリの藍色の瞳が、射殺さんばかりの視線でカナと紫珀を貫いた。
当然だ。イギリの中では、紫珀───シハクは、北波の相棒。渦木を殺した風羽一族を恨みこそすれ、仲良くしている道理はない。
「色々あったんや。……本当に、色々、な」
それを説明しようとすると、あまりにも長い話になる。
イギリが苦々しげに舌打ちする。じっと二人の会話を聞いていたカナはようやく口を開いた。
「イギリさん。あなたはこの戦争で、どうするつもりなんですか?」
「…別に、どうもするつもりもない」
「…どういうこと?」
「どうでもいいんだ。オレにとって、こんな戦争は」
あまりにも投げやりな言葉だ。紫珀が「はあ?」と声を上げる。どうでもいい、で済まされる戦いの規模ではない。
「木ノ葉を潰す…のは、やめたんですか」
イギリの目的はそれだったはずだ。サスケほど明確な言葉は口にしていなかったが、イギリは一族を殺した全ての原因の木ノ葉を許さないと言っていた。
だが、そういう渇望をしているという眼でももうなくなっている。
「どうでもいい」
イギリはひたすらにそう言う。───だが、と続けた。
「お前がわざわざ目の前に来たのなら……憎しみが湧かないほど、人間できちゃいない…!」
その時、イギリのそばにあった瓦礫が動いた。
何の意識もしていなかったカナと紫珀はたじろぐ。まさか、そこに人がいたのか───いや。
二人の視界の中で、瓦礫に潰された、古びた木の箱があった。
そこから人の手が出てくるのを見て、息を呑む。
そして前触れもなく風が吹いた。
それは、その木の箱と瓦礫をも吹き飛ばす勢いの。
潰されていた手の主が、ゆらりと立ち上がっていた。
「北波…!?」
「北波兄さん!!」
それは確かに、この三人に深く関係する、もう死んだ人の姿だ。
「穢土転生…!」
「イギリ!!まさかお前がこいつの術者なんか!?」
「そんなわけないだろ。オレにこんな忍術は使えない。…こいつの術者が、オレの護衛にと残していっただけだ。…悪趣味にもな」
声をかけられて尚、北波の口は何も言わない。意識がなく、完全に操られた状態のものだ。その全く人の道理のない術は、何度見てもカナの心を抉る。
「イギリさん……兄さんをこんなふうにされて、なんとも思わないの……?」
「……何言ってるんだ」
イギリは暗い瞳で北波を見ている。北波はゆらりと動いて、イギリとカナの間に立ちはだかった。
「お前が殺したんだろ!!」
爆発したようなイギリの声に反応する間もなかった。
北波の体から再び風が吹き上がる。「紫珀離れて!!」と怒鳴る間に、風に乗ったスピードで北波がカナに詰め寄った。
ギリギリ、と音を立てて、北波の短刀とカナのクナイがせめぎ合う。
それがなんだか懐かしく感じてしまって、苦々しくもカナは口角を上げた。
「兄さん、やっぱりちゃんと、風も扱えたんだね……」
「……」
返事はない。意識がない。
ということはつまり、生前はあった手加減もあり得ない。
だが今回はカナのほうだって、手加減をするつもりはない。
それが例え、兄と呼び慕った者が相手でも、この戦争で負けるわけにはいかない。
■
同じように、別の場所でも、兄弟と呼ばれた二人が邂逅を果たしていた。
───サスケだ。
その眼に宿る写輪眼。トビから兄の両眼を移植され、やっと定着し、サスケには新たな瞳術が与えられた。
そうして見張りと称して屯っていた白ゼツたちを蹴散らし、向かうは一途木ノ葉、殺しに行くと断言したナルトの元へだった。
しかし道中、サスケの写輪眼が横切っていった影を捉えた───それは、見紛うのことのあり得ない兄の姿。
「待て!!」
一瞬で胸中を駆け巡った思い出を吐き出すように、サスケはイタチへと怒鳴った、だが走っていく姿は止まらない。
「イタチ…なのか!」
「…」
「…待てって、言ってんだろうが!!」
完全に定着した力、須佐能乎の手がサスケから現れ、跳んでいくイタチへと伸びる。だが一瞬もなく、同じ力がそれを弾いていた。
須佐能乎。
「やはり…お前は、イタチ…!」
「まさか、お前までコレを使えるようになってるとはな」
「なぜアンタがここにいる…!?死んだはずだ!」
「今のオレは穢土転生だ…今は止まってはいられない。やらなければならないことがある」
「そんなの知るか!!アンタがこうして目の前にいる、聞きたいことが山ほどある!!」
サスケはイタチの背中を睨みつける。止まらない背中に、全てを問いかける。イタチは止まらないままで、今答えられるだけのことだけを返す。
サスケだけを残した。一族の重みを背負う必要のない子供だったサスケだけを残し、とにかく里を守ることに徹して、そして、いつか里の大罪人として、木ノ葉のサスケに裁かれようとしていた。
しかし、失敗した。一本道を作ろうとしたのにも関わらず、まったく別の結果に終わってしまった。
「カナまでも巻き込んで…お前たちを罪人にしてしまった」
「…!」
「お前たちが正しい道を歩いていくことを願っていたのに…」
その名前にサスケは小さな動揺を見せる。イタチはその気配を見逃さなかった。
「さっき、カナに会った」
「…!アイツは…もうオレのことを覚えちゃいない」
「記憶は取り戻していた」
サスケの足が一瞬止まった。
だが、イタチの足はそうではない。
すぐに我に返ったサスケはまた前へ進む。だが、何か言おうと開けた口からは何も出なかった。
「…カナはナルトと一緒にいた。全てを取り戻してな。そして前向きに言っていた…ナルトと共に、お前を連れ帰ると」
「……アイツは……」
「…深くは聞いてないが…お前、カナに何かしたな」
「…!」
「だが…それもナルトが横にいれば平気だろう…」
イタチはフッと笑う。動揺を隠せないサスケは、何がおかしい、と苦し紛れに言った。
「いや……道案内は何も、立て札ばかりじゃなかったんだな…」
唱えたイタチのその指が、唐突に印を組んだ。
口寄せの印で、視界を遮るほどのカラスが飛び出てくる。サスケのほうへと羽撃かせ、サスケの侵攻を遮るように。
「お前はここにいろ」と言う声が耳に届いてすぐ、イタチは速度を上げてサスケの視界から消えた。
「…待て…!」
邪魔をしてくるカラスを斬り捨てながら、サスケは自分の心が混乱するのを抑えようとしていた。
昔見ていた、銀色の笑顔が脳裏に甦る。
と同時に、それを塗り替えるように、自らの千鳥で刺して、死にかけの中で見せた笑顔も。
───サスケの心を惑わす。
「イタチ!!」
最後の一羽を斬り捨て、サスケは一度覚えた気配を追った。
そしてすぐ追いつくことになる。辿り着いたイタチの目前にいた人物は、もうとうにサスケの記憶から薄れていたカブト───穢土転生の術者の元、兄弟の共闘が始まった。
■
狭い空間にあらゆる忍術が飛び交っている。洞窟の瓦礫がどんどん崩れていき、カナはそのたびそれを気にしてしまう。
洞窟を全て破壊してしまえば、紫珀やイギリ諸共ただでは済まない。場所が悪いことがカナの懸念となり、大技は出せなくなっていた。
「カナ!そんなんやったらジリ貧やぞ!」
「分かってる!!」
なにせ、今の北波は不死身だ。ちまちま攻撃していてもすぐに体が回復している。
紫珀は言えば洞窟外に出るだろう、だがイギリは。
そう思ってカナが一瞬イギリに目線をやると、ちょうどイギリが何かしらの印を組んでいて、ハッとした。
「結界術 業火の陣」
次の瞬間、カナの周囲に立方体の結界が現れ、その結界内に炎が噴いた。焦った紫珀が「カナ!!」と叫ぶ。
五秒といれば焼け死ぬ───カナは息を止めてすぐさま水遁の印を組んだ。
「水遁 水陣壁!!」
優勢の術式を受け、結界は一秒と無く解ける。ゴホゴホと咳き込むところに北波がまた突っ込んでくる、と予想するのは容易い───
「人柱式・有翼変化!」
瞬間、カナの瞳が金色へ、チャクラの翼が風を生み出し北波の突進を防いだ。
暫くむせ返っていたカナだが、そのまま凄まじい風圧で北波を抑え込む。その頬に滲む汗は、カナも相当無理して何度も力を出していることを示している。
「(やっぱり、消耗が激しい……早く終わらせないと)」
その目で紫珀を見上げる。不意打ちで北波を抑えられたのは大きい。今のうちに、紫珀に北波を封印してもらえれば。
紫珀も意を掴んだのだろう、頷いて、カナの傍に降りようとした。
「水遁 水飴鈎手(みずあめかぎて)」
その一瞬の油断をイギリは見逃さない。水で出来た巨大な手のようなものが伸び、紫珀の翼を捕まえたのだ。
カナが叫ぶよりも前に、紫珀の体はイギリの手の中に収まり、地面に押さえつけられていた。
「紫珀!!」
「させるわけないだろ……シハク。お前があちこちで穢土転生を封印してたのは知ってるんだ」
「てめえイギリ…離せや!!」
「だから、離すわけないだろ───」
だが、イギリの意識もまた、その一瞬でも油断していた。
今のカナのスピードをなめていた。
もうカナのクナイの切先がイギリの首元に届いている。無論、北波への意識も忘れていない、風圧で押さえつけたままだ。
押さえつけている紫珀を見下ろしていたイギリは、それで顔を上げた。
「……やはり強いんだな、お前は。チャクラの翼……化け物じみてる」
「紫珀を離して…」
「…離さないと言ったら?」
カナは口を閉じる。目を細めて、クナイを握る手に力を込めた。
鋭利な刃先が、間違いなくイギリの首を浅く刺す。それでもイギリに動揺はなかった。
「殺せばいいだろ」
「…!」
「もう、この世のどこにもオレを知ってるヤツはいない。オレの死を悲しむヤツもいない。ずっと探していた北波も死んでいる。別に、思い残すことはない」
「……なんでそこまで」
「フン。その北波を殺したお前が言うか?」
カナは眉根を寄せた。北波を、殺した。
そういえば先ほど、戦闘に入る前もイギリは言っていた……お前が殺したんだろ、と。
「何言っとるんや、イギリ…」
イギリに抑えられたままの紫珀が苦しそうに口を出した。
「カナが北波を殺したって、そう言いたいんか…?」
「……お前が何言ってるんだよ。そんなことも知らなかったのか?こいつは…北波を殺した。風羽は、一族を殺したのみならず、最後に北波までもを奪ったんだ…!」
「(……そうか)」
カナの頭に、うちはマダラと名乗る面の男がチラついた。
カナの記憶を奪い、それっぽい言葉を並べたて、自分に協力させようとした、並々ならぬ欲望を抱いている男を思い出した。
カナも暫くの間、あの男の虚言に付き合わされていた。イギリは───まだ。
クナイを握る力を弱めないまま、カナはぽつりとこぼした。
「そう……確かに、殺したようなものかも……」
「おい、カナ…!」
「それは否定しない」
最後の最後、北波はカナをトビから救い出すために命を懸けたのだ。言葉ひとつで、それは違う、とはカナも言い返せなかった。
「だけど……間違いなく言えることはあるよ、イギリさん」
イギリが訝しげな目線を上げる。
「あなたは都合のいいように使われてる」
「…何が言いたい」
「あなたは兄さんの代わりをさせられてる。兄さんも結界術師だったから、多分ずっと暁のために結界を張ってたんだ。だけど兄さんは…死んだ」
「お前が殺したんだろ…!」
「…それも含めて、全部仕組まれてたんだって言って、イギリさんは私を信用する?」
「…戯れ言を言うな!!殺すなら早く殺せ!!オレがお前に勝てるとは、」
思っていない、とイギリが言うよりも前に、カナはクナイを降ろしていた。
イギリが動揺で目を丸めたところで、そのイギリの腕を引っ張る。解放された紫珀が咳き込むかたわら、カナは掴んだ腕をそのまま後ろに押した。
二人の体が離れる。
「……何のつもりだよ」
「さすがに、騙されてるだけの人は殺せないな…と思って」
例えばイギリが自分の意で世界を潰すことに加担しているのだとしたら、心を徹するべきところだった。だが違ったのだ。
「イギリ…目ェ覚ませ…!」
小さな足で立ち上がった紫珀が言う。
「コイツのことを、風羽ってだけで判断すんな…!風羽や木ノ葉を憎む気持ちはわかるが、コイツも当時、お前と同じただのガキやったんや!」
「そんなことは分かってる…!だが、実際北波は殺しただろ!」
「事情も知らんくせに分かったような口を叩くな!」
「お前はカナの味方だからな!!大体、渦木の気持ちを裏切って、そんなヤツの忍鳥をしているお前の言葉なんて、ハナから信用できるわけないだろ!!」
「あーそうやな、じゃあ無理矢理にでも言うこと聞かせたるわ!!」
怒鳴った瞬間、紫珀の周りに煙が立ち込めた。───変化の術。
「紫珀!?」
カナが焦って叫ぶ、その間に煙から青年が飛び出した。
人型となった紫珀は、印を組みながらイギリへと突進していく。
「封印術 止法の形!」
その手が伸びる。イギリはすぐに避けた。その間にイギリのほうも全く同じ印を組む。術名を呟いたのち、イギリの手も同じように紫珀に伸びるが、紫珀もすぐには捕まらない。
先に捕まったほうの負けだ。
助太刀を、とカナが足に力を込めた瞬間、カナの背中にも悪寒が走った。
やっとのことで風から抜け出したのか、体を修復しながら北波が迫ってくる。その手が土遁の印を組んでいる。
「土遁 地柱針」
カナの足元が振動した。咄嗟に跳躍したカナの元いた場所から、まるで噴火のように盛り上がった地面から凶悪な針が伸びている。その針が追いかけてくる。
カナのチャクラの翼が羽ばたいた。そもそも地面から足が離れれば、地中からの攻撃は怖くない。
「北波兄さん…!」
「……?」
北波の眉が僅かに動いた気がする。カナは目を丸めた。
「聞こえる!?」
「……土遁」
だが、期待は外れていた。
「土蛇」
土の針だったものが、蛇へと変化して、上空にいるカナを追いかけ始めた。
苦々しい顔をしたカナはすぐさま旋回して避ける。北波のコントロールの元、土蛇は諦めを知らず追いかけてくる。
「(兄さんを封印しないとキリがない!)」
また向かってきた蛇を避けると、カナはその勢いのまま、自分を見上げてくる北波に突進しようとした。
だがその前に、激しい振動が空間全体を包み、カナはハッとして振り返った。
「洞窟が…!」
カナが避けた土蛇が、そのまま洞窟の天井に突っ込んでいたのだ。
ただでさえカナの風で弱っていた天井が、そして壁面が、ガラガラと崩れ始める───もう止まるところを知らず、どこまでも瓦礫が降り始める。
その衝撃に気づき、争っていた紫珀とイギリも目を見開いて上空を見上げている。
「紫珀、イギリさん!!」
二人ともすぐに避けるだけの身体能力はない。
このままでは埋まってしまう───!
だが、咄嗟に助けようと向かおうとした矢先、カナの目の前に瓦礫が落ちる。
重力の速さに間に合わない。
叫ぶも、崩れる破壊音にかき消されてなにも届かない。
カナの視界から二人の姿が消える。
カナ自身も必死に崩れる壁から避けるしかない。
「二人ともっ…!!」
───何秒後かに、崩れは止まった。
全てを崩したその場所には、外界の空気が入り込む。
長い一日が再び終わり、呆然としているカナを襲っていたのは、再び夜の闇だった。
カナの足が瓦礫の上に降りる。
朱色の輝きは消えぬまま、カナの背を明るく照らしている。
「……紫珀……!」
相棒の名前を呼んで、カナは瓦礫をのけ始めた。
チャクラを目一杯腕に込めて、重たい瓦礫を取り除いていく。元よりそこまでチャクラコントロールが良いほうではない、すぐに額に汗が伝うが、諦められるはずもない。
「紫珀!!」
そのカナの叫び声に応じるように、その時風が突き上げた。
カナはハッと見上げる。
ある一点から唐突に吹いた突風が、その場所にあった瓦礫だけを吹き飛ばしていたのだ。
重なり合っていた大量の瓦礫が、カナの周囲へガラガラと落ちていく。
「え……」
カナは何もしていない。
だがとにかく、カナはその、瓦礫が吹き飛んでなくなった場所へとすぐに駆けて行った。
まるで、何かを守るように、そこにだけ穴が空いていた。
穴の底には、人影が二人と、カナの相棒。
「紫珀…!」
「カナ!!お前、無事やったか!」
「それは…こっちのセリフだよ!!なんで……」
穴を覗き込んでいたカナは、言いかけて止まる。
一人、異様に人間離れした光を帯びている、銀色の髪。
腰を抜かしているイギリは目を丸めてその人物を見上げている。
そして紫珀はというと、軽く羽ばたいて、その人物の肩に乗っていた。
「イタチ、やったみたいやで」
その人物が顔を上げた。
男の目には、夜の闇を背景に、朱色の翼を携えている銀色の髪の少女が映る。
男は満足そうに笑った。
「ずっと暗闇にいた目には……眩しいな。姫の翼は」
兄さん、と呟いたカナの頬に、涙が伝った。