ナルトはその場に身軽く降り、先ほどの黒が消えた場所をいつまでも見続けていた。何故そうしているのかはナルト自身分からなかった。ただ、ナルトはじんわりと手に汗をかいていた。
「ナルト」
名を呼ばれ、ナルトはやっと我に帰る。背後に降り立ったカカシはこつんとナルトの頭を小突いた。
「今はヤツの正体を考える前に、するべきことがあるだろう」
「カカシ先生......けど」
続けようとしてナルトは思いとどまった。
「(けどって、なんだよ、オレってば)」
ナルトは自分がわからない。その空色の瞳の中で、ぐるぐると先ほどの"黒"の姿が回っている。どう考えてもそれはただの不審人物に向ける感情ではない。
「わっけわかんねえ......」
そのナルトが自分に向けた言葉は風に吹かれた。
「とにかく、我愛羅くんを奪い返すんだろう?」
「......オウ」
「じゃ、行くぞ」
「え、行くって、でもセンセー、今のヤツがどこ行ったのかわかんのか!?」
目を見開いてナルトが言うと、カカシは一旦 赤色の瞳を隠し、「ああ」と頷いた。
「どういうわけか知らないが、ヤツはチャクラを振りまいてるようだ。オレたちに行き先を教えると言わんばかりに......」
カカシはそう言ってその行く先を見据える。ナルトを激励したとはいえ、カカシもまた先ほどの"黒"に不審感を抱いていることに変わりはない。
しかし今、ナルトとカカシがするべきことは一つ。
「行くぞ、ナルト」
「......オウ!!」
二人は枝を蹴って突き進んだ。
ーーー第四話 錯綜
"黒"は、そのフードに隠された額を、赤髪の少年に寄せていた。銀色のチャクラが二人を覆い、二人の髪がざわりと揺れている。紫色の鳥は"黒"の肩でじっとそれを見ているだけだった。少年の赤色と"黒"の銀色が混ざる。
いつしかゆっくりと目を開けた"黒"は、すっと少年から離れた。
「どうや」と鳥が口にする。"黒"は弱々しく首を振った。
「チャクラの流れがもうあまりにも弱々しすぎる......正直、可能性は低い」
「......でも完全に希望が絶えたわけでもないんやろ?」
"黒"は少年を見つめて歯ぎしりする。その瞳に滲む色はフードに隠れてわからない。相棒の言葉はあまり届いてはいないようだった。じっと俯く"黒"を、忍鳥は暗い目で見つめている。
「......もう来よるで、アイツら」
すると"黒"はゆらりとようやく顔を上げ、うん、と呟いた。
そうして二人は少年、我愛羅を残し、風と共に消えた。
ーーーその気配と入れ替わるようにして、ナルトとカカシがその場に現れていた。
途端にナルトの目が大きく見開かれたのは言うまでもない。静かに目を閉じている我愛羅を見つめて、ナルトは震えていた。その一瞬で、ナルトの頭から"黒"のことは頭から消え去った。
「我、愛羅......」
ナルトは掌に爪がのめり込もうとも更に強く拳を握りしめた。
我愛羅が、死んだ。違う、殺された。"暁"に、殺されたのだ。
ナルトの中に沸々と沸き上がる激情。カカシはそれを見つめていることしかできない。ナルトの瞳が赤に染まっていく。頬の線が何重にも重なっていく。獣のように、爪がのび、牙が伸びる。
「ぶん殴ってやる......!!」
ーーその様子を遠くから見ていた一つの影。両の腕をもがれても "九尾"を観察し続けていたデイダラだ。深手を負っているものの、その頬には余裕の笑みが貼付けられている。
「分かった分かった。近いうちにまた相手してやるよ...うん」
それはナルトの怒りの言葉への返答だったのだろう。ふっと笑ったデイダラはそこで姿を翻した。
だがその時、ぽつりと呟いた声があった。「油断しすぎだよ...」と、それは紛れもなくカカシの声。
次の瞬間だった。
ガッ__!!
デイダラはまともにナルトの拳を受けていた。
■
澄んだ瞳の光が走っていく。戦闘を終えたサクラは、仲間たちの元へ全力疾走をしていた。ナルトとカカシがまだ戦闘しているのならば、それを援護するのが今のサクラの任務だった。
サクラはただただ強く枝を蹴ったーーーが、その時、唐突にサクラの後ろを跳んでいたチヨがバランスを崩した。
「チヨバア様!!」
すぐさまサクラが支えに向かうが、明らかにチヨの顔色は悪い。
「チヨバア様......本当にいいんですか」
「......うむ。すまん、サクラ......」
サソリとの戦闘で毒を受けたチヨは、本来なら真っ先に砂隠れへと戻らねばならない。しかしそれを固辞したのはチヨ自身だったのだ。サクラがいくら気遣おうとも、チヨは首を縦には振らなかった。それ以上何も言えないサクラは黙ってチヨに肩を貸した。
チヨは、自身も必死に走りながら先を見据えていた。二人は目先のチャクラの気配を追っている。ナルト、カカシ、それにデイダラ。
だが、チヨは不意に妙なことに気がついた。
その三人以外の力強いチャクラが確かに存在しているのである。
「"暁"、以外に......敵がおるかも、しれぬな」
「!? どういうことですか、チヨバア様!」
聴こえた声に目を丸めるサクラ。顔色が悪いチヨは途切れ途切れに返答する。
「気配の数が......合わんのじゃ。敵か味方か、は分からんが」
ごくり。緊張が走り、サクラは唾を呑み込んだ。
もし敵だった場合、例えどんな相手であろうとも不利になることは目に見えている。"暁"と戦闘した後にまともに戦えるチャクラが残っているはずがない。
急がなければ、と尚更サクラは思うばかりで、一際強く枝を蹴った。
■
"五行解印"を解くために四方向へ散っていたガイ班は、先ほどようやく集合していた。厄介なトラップにかかった為に時間がかかったがなんにせよ、彼らはカカシたちの元へ急いでいる最中だ。
「どうだ、ネジ」
木々を移動している合間にガイがネジに聞く。先頭を走るのは特有の血継限界を誇る日向の末裔。ネジは数秒難しい顔をした。
「ナルトが"暁"の一人と交戦しているようだ。それもたった一人で」
「一人で!?それって大丈夫なの!?」
「......今のところは問題ないようだ。圧倒的にナルトが勝っているように見える」
「さすがですね、ナルト君!!そのまま暁を完璧にノして......いや、少しは僕の出番があっても......」
「なに不謹慎なこと言ってんのよ、リー」
相変わらずの師匠ゆずりの熱血ぶりで腕を振り上げるリーに、呆れた調子で言うテンテン。それに続き、キランと歯を輝かせたガイが「よし、急ぐぞ諸君!」と声を張り上げる。この中で一番冷静なネジは溜め息をついた。白眼で色褪せている視界を再び見直す。
"暁"の一人、デイダラと対峙しているナルトとカカシ。ガイ班と同じく仲間の元へ向かっているサクラとチヨ。アジトで息絶えている赤砂のサソリ。
「(......一応、問題無しか?)」
ネジは思う。このままガイ班、そしてサクラらが到着すれば。
ーーーだが、ネジはその時、ぴくりと眉を寄せていた。予想外の"不安分子"を発見したからだった。
「(あれは......?)」
色あせた視界に入った一つの影。体格よりも大きなコートを纏い、フードを目深く被っている"黒"。木ノ葉の人員であるわけがなく、しかし身動き一つないがゆえに敵とも判断しきれない。その肩にはどうやら一羽の鳥が乗っているようだった。
「......リー、ガイ先生」
「ん?どうした、ネジ」
「二人はこれからオレが言う場所に行ってくれ」
「どういうことですか?」
怪訝な表情をしたリーが尋ねる。ネジは目を細めて答える。
「不審な人物がナルトを観察している......今のところナルトたちに手を出す様子はないようだが、一応オレとテンテンでそちらに向かおう」
「不審な人物......?一体誰でしょうか」
ネジは「それが分かったら」と続けようとしたが、その先はガイに「苦労はしない、な」と取られた。そうして暫し班員の提案を考えたガイは頷く。
「分かった。ネジ、テンテン、そっちは任せたぞ」
「ああ」
「オーケー!」
威勢良く返事をした二人。ネジは残りの二人に大体の方角を伝えたあと、テンテンと共にリーとガイの側から離れた。
目的地まで、あと数百メートル。
■
金髪の少年の体から噴き出す赤いチャクラ。憎悪の塊となってしまった少年は、今もなお憎しみの対象を探している。
"黒"はその様子をずっと見つめていた。フードに隠れた瞳に映る姿は、"九尾の意識に取り憑かれた人柱力"ではなく、"仲間を失った痛みに悶える少年"だった。
「嫌なチャクラやな......」
"黒"の肩に乗る忍鳥が呟いた。
いつしか少年のかつての上司が動き、少年の額に封印の式を描いた紙を貼付けていた。そうすると"妖狐の衣"はあっという間に消え、辺りを包んでいた刺々しい空気は消え去った。銀髪の男が肩の力を抜いたのと同時に、"黒"も密かに吐息を漏らした。
その時謀ったように、別の二人の姿が現れていた。
老齢の砂隠れの忍と、桜色の髪の少女。
忍鳥は、"黒"が微かながらも反応したのに気付いたが、何も言えなかった。
"黒"は沈黙を守っていたが、確実にその目は、その光景に奪われていた。懐かしいものを見るかのように、"黒"はじっと、見つめていた。
「何者だ」
ーーそんな声が、聴こえるまで。
「......!」
先に反応したのは忍鳥のほうだった。だが忍鳥は言葉もなく、真っ先に上空に飛び去っていく。
少年の声色は厳しかった。それでも黙りこくっていた"黒"は、さした動揺も見せず、ゆらりと立ち上がって振り向いていた。
"黒"の背後に立っていたのは二人。両名とも強い意思を露にして"黒"を睨みつけている。
一人は長髪の少年。一人はお団子結びをした少女。二人とも、額当てを強く締めているーーー木ノ葉隠れのマーク。
「フードで顔も見えないし、正体も不明ってワケね。確かにネジの言う通り、不審人物だわ」
「テンテン、気を緩めるな。チャクラからして相当強い手練のはずだ......一秒たりとも油断すれば、それが命取りだぞ」
「......過大評価ですよ」
フードの中でこもった声が響く。少年、日向ネジと少女、テンテンは尚更眉根を寄せた。
その瞬間、"黒"はふっと消えた。