降り続く雪をしのぐためフードを目深に被った五人組と、異様な姿をした白い男が木々の陰を歩き続けている。案内役のゼツを先頭に、"鷹"、カナと続いて目的地を目指していた。
「待ち伏せして、来る前に殺っちゃったほうがいいんじゃない?もう疲れちゃったよ」
相変わらず物グサな水月が情けない声を上げると、またいつも通り香燐が「バカかお前」と嗜める。
「火影の到着が遅くなれば、何かあったと考えるのが普通だ。増援の"侍"がすぐに嗅ぎつけてくるし、他の五影まで来たらどうする?敵の能力も分からない以上、帰り道で隙を見て奇襲するのが妥当だ。な?サスケ」
「......今は敵のチャクラ位置に集中しろ、香燐」
香燐が得意気に同意を求めるが、サスケはにべもなく。それで水月がからかい、また香燐が怒鳴った。
"侍"。後ろから水月香燐、サスケの会話をただ聞いていたカナは、香燐が発したその単語に首を傾げる。「侍って......」と、その呟きに反応したのは重吾。
「ああ。"鉄の国"は忍じゃなく、侍が国を守ってることで有名なんだ」
「そうなんですか。......でも、どこかで聞いたことがある気がする」
「風羽は侍たちとタチが似てたからじゃない?」
会話に加わったのは振り返った白ゼツだ。
「確か、風羽と侍ってのは割に友好関係にあったって話を聞いたことがあるよ。平和とか、そういう同じものを求めた同士ね」
言われて、カナもようやくピンと来た。幼い頃、集落で何度か聞いたことのある単語だった。無論その時は意味も分からず興味も湧かずだったので、詳細は不明だが。
「すっきりしました。どうも」と軽く頭を下げたカナは、僅かな笑みを浮かべる。それを遮るが如く、すぐさま「そんなことより」とサスケが"ダンゾウを識別する役"・ゼツを見据えた。
「会談前にダンゾウの顔を確認する。嘘をつくな」
「ウチはチャクラを感じ取る。嘘を言った時のチャクラの乱れってのは決まってる」
香燐がビッとゼツを指差す。「アンタのことも常にチェックしてっから忘れんな」とどことなく誇らし気に続ける声に、「嘘はつかないよ」とゼツは胡散臭い笑みを浮かべた。
「ダンゾウは僕らにとっても邪魔だからさ......」
利害は一致するというわけだ。サスケはその姿を一瞥した後、フンと鼻を鳴らし、また前を見据えて歩き出す。香燐の能力で見張りの位置を掴みつつの移動は順調で、もう会場も一行の視界に姿を見せ始めていた。
「(......私は)」
カナはその目的地を目に、表情を固くした。
平和を求めた自分の一族の血。ペインはこれが平和の為だと言った。だが、果たして本当にこの行動が"風羽"にそぐうものなのかどうか。幼い頃の記憶を辿って両親や長の思いを受け取ろうとしても、ペインに言った言葉は頭にあるのに、自分がどうすべきかは曖昧なままな気がしている。
だが、カナが明確な意志を持つまで、時はそう待ってはくれない。
忍として、六人は侍たちの警備を易々とかいくぐり、石造りで出来た会場に侵入を成功する。入り口付近の階上で息を潜め、そこを出入りする者たちに集中した。
すると、そう時間も経たないうちにゼツが口を開いた。
「アイツだよ。中央のジジイ」
三人組が入り口を通過し、侍たちの検分を受けていた。つまり、ダンゾウはその中の、包帯で右目を隠し杖をその手に持った男。
サスケの目に前触れも無く写輪眼が映し出される。それは、憎悪の瞳の色。
「アイツが、ダンゾウ......!」
この忍世界のトップに立つ影たちの会談が、波乱の空気を目前に、今幕を上げた。
ーーー第五十八話 大国集結
広い円卓を囲む形で、水、風、火、土、雷の五影が揃う。その彼らと向かい合う形で侍の長・ミフネが座り、五影会談の体は完成していた。
「この場を預かるミフネと申す。これより、五影会談を始める」
水影には妙齢のくノ一、照美メイが。火影には気難し気な顔を装備するダンゾウが。土影には体躯が一際小さい老爺、オオノキが。対象的に雷影には浅黒い巨体のエーが。そして、風影にはこの場で最も若い我愛羅が着き、そして早速「オレから話す。聞け」と聞くからに不遜なセリフを放った。
土影がそれに茶々を入れたが、水影の促しもあり気にせず続ける。
「オレは元・人柱力だ。だからこそ、"暁"が極めて危険な存在であると考えている」
話は最近やけに表立って来た"暁"から始まった。そもそも雷影が五影会談を召集したきっかけの集団である。
だが、いくらなんでも"暁"に対抗する動きを見せるのが遅すぎる、と我愛羅の話は続く。するとまたもこの場で最も"忍"として長く生きてきた土影が反応し、鼻で笑った。
一尾から九尾まで、初めは九人いた人柱力は、元は各国に分配され軍事力の平均化に使われたものだった。しかしそれらが"暁"に奪われてもなお騒ぎ立てなかったのはつまり、恥晒しにならないためだったという。
協力するなどとんでもない。そういう時代がずっと流れてきたし、今もそれは途絶えていない。それが下らない古い考えだと思うのは、我愛羅が若い世代であるからか。
「ですが、尾獣を奪われたからといって、それがすぐ恐怖に繋がるわけではありません」
今度は水影が口を出す。これには土影、火影共に同意を示した。尾獣一匹だけでも抑え操ることがどれだけ困難なのかは、各人柱力の負担の大きさからも明らか。火影、ダンゾウが言う。
「そもそも尾獣をコントロールできたのは、うちはマダラと初代火影の千手柱間、それに四代目水影のやぐら、雷影殿の弟のキラービーほどだった」
その、"弟の名前"が起爆剤となったのかもしれない。「だが......」と続けようとしたダンゾウの声が途切れる。誰もが今まさに荒々しく動いた腕に視線を向けた。
「グダグダと、いい加減にしろ!!!」
雷影の腕が、拳が、壮絶な音をたてて目の前の机にめり込んだ。
その直前に各々の護衛たちが影たちの前に立ちはだかり、また雷影の護衛も事の発端の主を護る。途端に会場がピリッとした空気に代わり、数秒殺気の張り合いが続いた。
溜め息をついたのは、唯一動じなかった侍側・ミフネ。
「ここは話し合いの場でござる。礼を欠いた行動は慎んでもらいたい」
それは全員に向けられた言葉だ。各影たちが殺気立つ護衛に声をかけ、元の立ち位置に退かせる。改めて体裁が整い、雷影も深く腰を下ろした。
「木ノ葉、岩、砂、霧。お前らの里の抜け忍で構成されとるのが"暁"だ。それだけではないぞ。前任者の影も含めたお前らの中には、暁を利用してきた者がおることも調べがついとる」
「利用してきた......?」
この場で唯一、戦争を知らない我愛羅が眉根を寄せる。"暁"に直接被害を受けた我愛羅には信じ難い言葉、しかしそれは事実だった。"暁"は犯罪集団であると同時に"戦闘傭兵集団"でもあったために、国の上層部が内密に雇い不意の戦に重用する、戦争のための一つの手段とされていたのだ。
「"砂"は"暁"を利用し、木ノ葉崩しに利用した。大蛇丸だ」
雷影は我愛羅を見ながら続ける。
「あの時"暁"を抜けていたかどうか定かではないが、ヤツのせいでお前の父・四代目風影と、三代目火影ヒルゼンが死んだ。......もっとも、これは誰かの画策でもある可能性も捨て難いがな」
鋭い視線がダンゾウに流れる。しかし反応は得られず、雷影は内心毒づいた。「大蛇丸のう。ヤツはやってくれたモンじゃぜ」と土影は呟き、"和"に尽くす侍側・ミフネのほうに顔を動かした。
「どこの国にも属さず、全国々の調和を求めた"風羽"。あの一族を殺したのもあやつじゃったな」
ミフネだけでなく、我愛羅の眉もぴくりと動く。脳裏に一瞬で幼いあの少女の姿が甦ったが、口出しはしない。
「ヤツらはどこの国の味方でもなかったがために、これまでの五影会談にも侍と同じ中立側として出席してたのにのう。とはいえ、五影会談なんぞ開催されたのはこれまでも片手で数えられる程度じゃったが」
「フン。しかしたった一人の生き残りは今や木ノ葉の抜け忍とかいう話だ。"風羽"が聞いて呆れるな。しかも真偽は定かではないが、ソイツは"神人"だとかいうウワサまで流れていた」
「"神人"......確か長期間のスパンの間に一度だけ生まれるとかいう話でしたが、今の時代に?」
雷影が忌々しそうに口にし、水影が怪訝な声色に乗せる。「その話もウソかホントか分からんモンじゃぜ」と土影は肩を竦め、「で、ホントのところはどうなんじゃ?」とダンゾウに話を振った。全員の視線を集めるが、やはりダンゾウは欠片も動じていないような顔をしている。
「そんなことより今は"暁"の話ではなかったか?」
「......フン。自里の出身者だからといって隠しよるわい」
我愛羅はただ話の流れを聞いている。その"神人"と友人関係にもあった我愛羅だが、今ここでその話題を出すのは風影として不適切だとは悟っていた。
"風羽の神人"の話はそこで終わり、今最も"暁"に恨みを抱いている雷影がまた言葉の切っ先を動かす。今度は水影へだ。
「それより、一番怪しいのは霧隠れだ。お前ら"霧"は外交をしない。"暁"発祥の地とのウワサもある」
矛を向けられた水影はそっと表情に影を落とす。そして重々しく口を開き、本来なら体裁の悪い内情を打ち明ける。先代の水影が操られていた可能性、そしてその糸先が"暁"の者であった可能性。白状して目を伏せた水影を目に雷影は容赦なく言葉を浴びせる。それに土影がまた口を挟み、睨み合いが起こった。
国の対立の歴史が長かったがために、それぞれの意見が大きく食い違ってしまうのだ。会談開始からここまで誰もの表情が一様に固いまま変わっていなかった。
「......立場のことで言い争う前に」
ここで話を切り、初めて自ら話題を振ったのはダンゾウだった。
「先ほど言おうとしたことをみなに伝えたい」
「何だ」
「"暁"のリーダーは恐らく、うちはマダラだ」
その場にいる全員に衝撃が走る。これまで他者の発言にそれほど意に介さなかった雷影までもが目を見開いた。沈黙が続き、ようやく「それは、本当なのですか」と水影が怖々言う。返答は是だ。
「わしもよくは分からん。だがかなり確かな情報だ」
「ヤツは不死だとでもいうのか!?」
「かもしれん」
「まさか......本当のバケモノだったとはのう」
マダラと名を聞くと誰もが何も不可能なことなど無いように思える、これこそがかつて生きた男が誇った凄まじい力の証。それが、今まさに敵にしようとしている"暁"のトップだと聞くと、神妙な空気が場に流れた。
つまり、全員の根本的な思いは今、この場で初めて合致したと言えるだろう。その空気を察してここでミフネが口を開いた。
「中立国の立場から言わせて頂こう。......"暁"のリーダーは時代の流れを読んでいた。国々の安定、その内に秘める不信感の隙をつき、力の拡大を図っていた」
急いた雷影が「何が言いたい」と凄むが、ミフネは「まあ焦るな」と抑える。そして"災い転じて福と成す"、と呟き、改めてこの場に揃う五影を見据えていた。
「どうであろう?"暁"を処理するまでの間、世界初の五大隠れ里・"忍連合軍"を作ってみては」
「......連合軍、だと?」
「良い案だ。今は非情事態に等しい。協力こそが必要だ」
訝し気に目をすがめた雷影とは違い、すぐさま同意を示したのは意外にも火影、ダンゾウだ。ミフネは頷く。
「それに至っては、指揮系統を統一するのが望ましい。これ以上の混乱は避けねばならん」
「で?問題は連合軍の権限を、誰に託すかじゃのう」
土影がわざとらしく強調する。今までの話し合いからも分かる通り、解決困難な壁だろう。するとミフネは中立国の立場から自分が適任である人物を決める、と主張する。若干どこか不自然なほどの流れだった。
「火影に忍連合軍の大権を任せてみてはいかがか」
"忍の闇の代名詞"である男、ダンゾウ。そのミフネの決断には誰もが衝撃を受けることになった。
ミフネは続けてつらつらとその理由を述べていく。雷、風、土、水の影たちにはそれぞれ不足するものがあるゆえに、九尾を持つ火影が芳しいという。
中立の国の意見であるがために誰もが異を唱えにくい。だがだからこそ、連合軍を作るという流れにもそのトップがあっさりダンゾウに決まるのにも、気持ちの悪い違和感があった。
それを肌で感じたのは護衛含む全員であり、そして空気は険悪なものへとなっていく。
「火影殿。その包帯の下の右目を見せて頂こう」
かつての強者の写輪眼を使った、操られている者ですら気付かない瞳術。水影の護衛が表に出て発言したことにより、ダンゾウが密かにミフネを誘導していたことが明らかになる。
不審感が確定する。他の者たちが眉をひそめる中、雷影が「貴様ァ!!」と怒鳴り声を上げた。
だが、今その部屋の中心から異形の者が現れ、事態は急変したのだった。
「ハロ〜〜〜!!」
小馬鹿にするような声と、ニタニタとした笑み。
すぐさま五影たちの護衛が現れるが、どれほどの数を前にしようと堂々とふざけたセリフを放つその人物は、"暁"。
「うちはサスケが侵入してるよー!さあて、どこに隠れてるんでしょーーーか!」
突如会場のド真ん中に突撃した白ゼツは、"うちはサスケ"その一言で、五影たちに爆弾を落としたのだった。
■
その頃"鷹"は、侍たちの目を盗みつつ、更に建物の奥へと侵入していた。
白ゼツはいつの間にか消えていた。それに気付いた時、誰もが怪しんだがそれ以上にすることはなく、今もただ自分たちの目的の為に足を前に向けているだけだった。
暗がりを音も無く進む中、自然と誰もが口少なになっている。相変わらず最後尾でついて行くだけのカナは、やはり変わらずサスケの背中を見つめるだけだった。サスケは十分その事に気付いているだろうが、振り向く気配はない。
「......見過ぎだっつの」
「!」
サスケでなく、ぼそっと呟いたのは香燐だった。その目がどことなく不機嫌そうにカナを見ている。カナは苦笑いしてから、すみません、と声を抑えて言った。香燐はそれで鼻を鳴らして前を向いたが、今度はカナのほうが香燐にじっと視線を向け、それから核心をついた。
「香燐さんは、彼が"好き"なんですか?」
「ブッ」
すると香燐は素直に吹く。前を歩いていた水月が怪訝そうに振り返ったが、赤色の髪の毛をブンブンと振り回して何も無いことを示した。それからまたカナを睨んで静かに怒鳴る。
「てめっ......何変な、いきなりワケわかんねえそんなッす、好きとか......!」
「え?」
「だ、だから、こんなとこでする話じゃねえだろって、言って......」
言いかけた香燐は、そこで口を噤む。まだ"鷹"が"蛇"だった頃、サスケが兄と遭遇する直前に、香燐が同じように突然話題を振ったことを思い出した。あの時も状況が状況であったのにも関わらず「サスケのことが云々」という話だったか。
とすると安易に今のカナを責めることもできず、香燐はぶすくれる。カナはその反応に首を傾げた後、再びサスケの背に視線を戻してぼやいていた。
「その感情って、どんな感じですか?」
「......"好き"が、か?どんなって......うまく口で説明できねえよ。ただ、一緒にいるとドキドキしたり、もっと近づきたかったり......って、何言わせてんだよ!」
「ドキドキ......?」
香燐はまたも静かに、飽くまでも静かに怒鳴るが、一方でカナは自分の世界に入っている。それに苛つきつつも、香燐は違和感を感じて銀色に視線を向けた。それは、カナのほうからこういう話題を振って来たからかもしれない。
「じゃあ、違うのかな......」
その口がまた、小さく呟く。その目は未だにサスケに向けられたまま。
香燐はそれを見て、目を瞬いた。
「......お前、それって」
だが、話しながらも鋭敏に働いていた五感が、香燐の言葉を遮っていた。
ハッとある方向に顔を向けて「これは......!」と目を見開く。その呟きはカナと会話していた時よりも大きく、前を歩いていた三人も反応した。
「どうした、香燐」
「......侍たちの動きが慌ただしくなった。ウチらを捜してるみたいだ」
「ええ?何で。僕ら見つかるようなことしてないよ?」
ちょうど白ゼツが会場に乱入した頃だが、"鷹"側が知るはずもない。ただ重吾は冷静にその事を言い当ててサスケを見た。黒い瞳は無言だが刃の切っ先のようにギラついているようだった。
ゼツが何らかの意図を以て侍、更には恐らく五影にまで接触した。これで確実に"鷹"は動きづらくなったが、その意図は何なのか。そう考えた時、カナはマダラと接触した時のことを思い出した。
『そして、次の段階は五影たち。世界の平和のために、ヤツらを相手にする』
マダラはあの時から火影だけでなく、他の影たちの存在も匂わせていた。つまりこの状況は最初からマダラの思惑通りなのかもしれない。チリッと嫌な予感がカナの胸に現れる。それで昨夜のことが気まずいだの何だのということは気にせず、サスケのほうへ顔を向けた。
「サスケさん、」
「お前らは隠れてろ。オレがやる」
だがカナの言葉を遮ったサスケは他の事は何も考えていないようだった。その瞳の色に、息を呑む。昨夜話していた時よりも、さらに深くなっている闇の色が、今 血のような色に変わった。
他の誰かが声をかける間もなかった。サスケは本当に独りで、今まさに自分たちを探しまわっている侍たちの前に躍り出たのだ。階上から階下へ。「居たぞ!!」と侍たちの怒鳴り声が炸裂した。
言いつけ通り階上で身を隠しつつ、チャクラを敏感に感じ取る香燐は震える。
「ダメだ、数が多すぎる。これじゃすぐに見つかって捕まるぜ!」
「ゼツとかいったっけか?アイツ、覚えてろよ」
「......私たちも加勢したほうが」
「いや。とりあえずサスケがどうするつもりかを見よう」
重吾に促され、カナもそっと階下を覗く。既に心臓が高ぶって痛いほどだった。
侍たちとは対象的に、妙な静けさを保ったサスケがどこか恐ろしい気がする。多勢に無勢であるはずなのに、状況は最悪であるはずなのに、サスケはまるで無心なようだった。
「オレは今苛立っている。来るなら手加減はできそうにない」
「それはこちらとて同じ!」
吠えた侍たちはその瞬間、二刀流の刃にチャクラを込めて放った。真っ直ぐサスケに向かった波動はしかし、ぶち当たる直前で霧散する。土煙から現れたサスケに傷一つなく、千鳥でできた刀がその手に宿っていた。
その赤色の目が映し出したのは"獲物"。
「......香燐、侍の感知はもういい......ダンゾウの居場所を感知しろ」
それを見ていた重吾が声を抑えて言う。
「ど、どうすんだよ、侍は」
「侍はオレが相手をする。とにかくダンゾウだ」
サスケは侍たちの間を縫って進むのではなく、完全に直接相手をしようとしている。それならばさっさと片付けるべきか。
階下では既に、侍たちが一気にサスケに押し寄せていた。
重吾と香燐の会話も朧げにしか聞こえなかったカナは、ただその姿を見つめていた。
「......!」
血飛沫と、悲鳴、倒れる音。
千鳥が奪っていくのは、一時的な動きだけではなかった。
「アイツ......僕にはあれだけ殺すなって言ったくせに」
水月が不満そうにぼやく。その通り、迷いも躊躇もなく、淡々とサスケの刃は獲物たちを葬っていくのだ。
決定的な違いだ。サスケはこれまで、無関係な者を進んで傷つけることはなかったのに。
肉を裂く音が止まらない。
チャクラの本質を感じる香燐は震えていた。
カナはただ囚われたようにサスケを見つめて、そして今はっきりとしたイメージを見ていた。
サスケが黒く濁った水面に浸かっていく。もうどうしようもなく、届きそうにない深さへ。
「("サスケ"......!)」
頭がズキンと痛み、カナは思わず目を瞑る。自分とて襲って来た"暁"を何人か手をかけたくせに、サスケがそうしているのには酷く苦しくて、唾を呑み込んだ。
その時重吾が陰から飛び出て、サスケに向かっていた攻撃を弾く。それでサスケの横に並び、侍たちに向かい合うのは二人となった。サスケ一人でも強敵以上であったのに、仲間がいたとなると侍たちは僅かに後退する。
だが、香燐がまたも真っ先に気付いていた。
「......!何か来る!」
直後、天井が崩壊した。
瓦礫が盛大な音をたてて落下してきて、サスケと重吾はすぐさま飛び退く。侍たちにもどよめきが走ったが、大きな土煙から姿を現したのは彼らの味方───雷影率いる、雲隠れの陣営だった。
「小僧!!憤怒の恐怖を教えてやる!!」
その巨体には全身に雷遁が迸り、青白く発光している。その両脇に控える護衛、ダルイ、シーも既に臨戦態勢に入っている。
サスケはすぐに考え無しに飛び出していた。千鳥で真っ直ぐ狙うのは中央の雷影。だが結果、ダルイの水遁によって阻まれ、結局サスケはもう一度重吾の隣に戻ることになった。
「ボス。コイツ情報通り、雷の性質に間違いないみたいっすね」
「それに火も持っている。じきに火遁も使うだろう。ダルイ、水遁の容易を常にしておけ」
「ああ」
ダルイ、シーが言葉を交わす。既に木ノ葉から情報を得ている雲側は比較的優位かもしれない。
「コイツら雲隠れの上忍、中央のでかいのは雷影だ。簡単には通してもらえない」
重吾が慎重に言う。その事には階上の三人も気づき、更に状況が深刻になりつつあることも感じた。
これまではただの侍の軍勢だったが、今度はレベルが違う。一里のトップだ。サスケと重吾の強さも本物だが、果たして。
「......私も行かなきゃ。彼を、助けなきゃ」
カナは立ち上がろうとして、だがそれは水月の腕に引き止められていた。
「待ちなよ。次 サスケたちがピンチになったら僕が行くし」
「だって雷の性質には、私の風遁が」
「キミ、今すっごく顔色悪いよ。気付いてる?」
水月に指摘され、憑かれたようにぼやいていたカナの肩が震えた。
サスケが侍たちを手にかけたのを見てから、カナの表情は戻っていないままだったのだ。
階下では戦闘がまた再開している。サスケと重吾はちょうど、幻術にかかった隙を狙われたところだった。
宣言通り、水月がバッと飛び出して行き、その窮地を救った。
「助かった......」
そう吐息と共に吐いたのは香燐。ずりずりと陰に隠れ、それから隣のカナを見やった。
「......大丈夫か?」
「......うん。ごめんなさい、しっかりする」
なぜこんなにも胸が疼くのか分からない、だがそんなことに囚われている場合ではない。大きく深呼吸したカナは、すっと表情を引き締めて再び階下を伺った。
しかし、ちょうどその時だった。水月の登場に目を眇めたダルイが、感知役の仲間に振り返る。
「シー。他に仲間がいるのか、辺りを調べてみろよ。次々に出て来られちゃダルくてやってらんねー」
「確か、あと二人いたはずだ」
まさに香燐とカナのことだ。二人は顔を強ばらせた。
「しかしそっちに集中すると、戦闘には参加しにくいんだが」
「お前はいらねえよ。ボスとオレでやっからさ」
シーとダルイは軽く会話しているが、身を潜めている二人には深刻な問題だ。とりあえず反射的に完全に陰に隠れ、目を合わせた。「ウチは自分のチャクラを消せる......けどお前は」とまず香燐が言う。
カナは一旦目を伏せ、それから顔を上げていた。
「一人、引き受けます」
「は!?」
香燐がその真意を問う間もなく、カナは階下からの視線の死角をとりながら走り出した。
それに感知を始めたシーがすぐに気付く。
「一人発見、会場のほうに向かってる!!」
サスケたちも眉根を動かす。チャクラを消せる香燐とは違い、カナが発見されることは目に見えていたが、その行動は予測不可だ。
「オレたちを無視して行こうとしてるらしい!雷影様、オレが追います!」
「気を抜くなよ」
「ハッ!!」
そんな会話を耳に入れつつも、カナは足を止めなかった。ひたすら陰に隠れつつ前に進んでいく。その方向が会場側であったことは偶然だが、確実に一人釣れる分、カナにとって都合が良かったことは確かだった。
一人だけ気配が追ってくる。必然的にサスケたちと雲側は三対二となったのだ。
全力で走りながら、カナは思った。
「(自分の記憶のために彼のそばにいたいんだ、って思ってた)」
脳裏に黒髪黒目の少年の姿が浮かぶ。
「(だけど今は、そんなの関係ないって分かる。私、ただ......彼のそばにいたいだけなんだ)」
今は"風羽"じゃない。胸の奥から叫ぶように聞こえてくる、覚えの無い感情に身を任せる。
サスケのそばにいたい。サスケをここで死なせたくないから、その為に動くのだ。
きっと、それだけ。
ある程度の距離を走ったところで、カナは自ら止まり、バッと振り向いた。追ってきた忍に目を留めて、印を結束する。